第39話 初めての依頼

 しばらくすると、受付の男が出来立てほやほやの登録証を持って席に戻ってきた。

 サラがいないことに気付いて目で問いかけてくる。


「あの人なら外へ出て行きましたよ」


 修介が入口を指してそう言うと、受付の男は「あの女ぁ」と声を凄ませた。どうやらサラは度々いなくなってはこうして他の職員に迷惑を掛けているようだった。


 その後、修介は受付の男から登録証を受け取り、冒険者としての諸注意などの説明を受けた。

 登録証はギルドから仕事の依頼を受ける際や、街に出入りする際の身分証となり、紛失しても再発行は基本的には行われない。

 冒険者ギルドは登録や仕事の斡旋、パーティの仲介等は行うが、冒険者が起こすいざこざには一切関与しないとのことで、犯罪を起こせば登録は抹消される。ちなみに悪質な犯罪を起こした場合にはギルドから懸賞金がかけられる場合もあるらしい。

 また、依頼を勝手に放棄したり、依頼人を裏切ったりといったギルドの信用に関わる行為は当然禁止されており、違反すれば同様に登録の抹消や懸賞金がかけられお尋ね者となる場合がある。

 他にも細々こまごまとした禁止事項はあったが、基本的にはその領地の法に従ってさえいれば問題なさそうであった。


「あの、どうせならこのまま依頼を受けたいんですけど」


 時刻はおそらくまだ昼前である。やる気があるうちに初仕事をこなしておきたいところだった。


「ここは登録の受付だ。仕事の斡旋はここではやってない。隣のカウンターだ」

 受付の男は隣のカウンターを指し示し、次に壁際の掲示板の方に目を向けると「依頼書はあそこに貼ってある。そこで好きな依頼を選べ」と言った。


「あの、文字が読めないんで、できれば相談しながら決めたいんですけど……」


 修介の言葉に「そういやそうだったな」と受付の男は言うと、隣の小さな机から一枚の小さな木札を手に取って修介に渡した。

 木札にはこの世界の文字で「5」と数字が書かれていた。


「この番号札の番号が呼ばれたら、その受付に行け。ちなみにその札は五番だ」


「わかりました。ありがとうございます」


 受付の男は態度こそ悪いが仕事はきっちりとこなすタイプのようだった。


(それにしても番号札とは、まんまお役所だな)


 修介はそんなことを思いながら、番号札を手にとりあえず依頼書が貼られている掲示板へと向かった。多少は読めるだろうし、いざとなったらアレサに聞けばいい。依頼書がどんな物なのか興味があった。

 いざ依頼書を見てみると、残念ながらほとんど内容はわからなかった。ところどころ虫食いで意味がわかるところもあったが、詳細に関してはお手上げであった。アレサに読んでもらおうかと思ったが、近くに他の冒険者がいたため断念した。

 掲示板の端っこに目をやると、他の依頼書と書式が異なる紙が何枚か貼られていることに気付く。中央に人の顔が描かれており、その下には大きく数字が書かれているようだった。


(これはもしかして手配書ってやつか?)


 修介は並べられた手配書のひとつをまじまじと見つめる。そこに描かれた男は特徴のある面長の顔をしており、これを描いた絵師に悪意があったのではと疑いたくなるほどに凶悪な顔をしていた。

 冒険者をしていたらこういった悪党どもと戦うこともあるのかもしれないが、修介にはそんな場面に遭遇する自分をイメージできなかった。



 しばらく手配書とにらめっこしていると「番号札五番でお待ちのかたー」と女性の声で呼び出しがあった。

 修介は「はいはいはい」と返事をしながらいそいそと小走りでカウンターに向かう。

 呼び出したのは先ほど修介の方を興味深げに見ていた受付嬢だった。三〇歳くらいの落ち着いた雰囲気のある知的美人といった女性で、修介はこのギルドに来てようやくまともな人間に出会ったような気がした。


「お仕事の紹介ですか?」


 受付嬢はそう言うと手元の紙に視線を落とす。おそらく先ほど書いた修介の登録用紙だろう。


「ええ、初心者の俺にもできそうな仕事があればぜひ……」


「そうですねぇ、この時間帯だとすぐにできるお仕事はあまりないんですよね。新しい依頼は朝一で掲示板に貼り出すので、割の良いお仕事はすぐになくなっちゃうんです。なのでシュウスケさんも次回からは朝一に来ることをお勧めしますよ」


 修介はその話でギルド内に人がまばらにしかいないことが納得できた。他の冒険者はすでに依頼を受注していて仕事に出ているのだ。


「お昼からでも募集しているお仕事は……街の西にある男爵様のお屋敷の雑草刈り。それから南の壁の補修工事用の建材を運搬するお仕事。あとは街の北にある商家の倉庫の荷下ろしと整理。こんなところですかね」


 まさにザ・日雇いといった仕事だった。

 修介の考える冒険者の仕事とはイメージが全然違ったが、これも仕事であることに変わりはない。特に冒険者なんて個人事業主みたいなものなのだから、こうした地味な仕事でも地道にこなして依頼人に顔を売って次の仕事に繋げることが大事なのだろう。

 とはいえ、冒険者として初めての仕事なのだからもう少し冒険者っぽい仕事をしたいというのが本音だった。


「ちなみに妖魔討伐の仕事とかはあるんですか?」


「あるにはありますけど、基本的にギルドが依頼を出す妖魔討伐は規模が大きめだから、個人での受注は認めていないんです。パーティ必須ですね。一応、ギルドでは討伐した妖魔に応じて謝礼を支払いますから、やるのでしたら依頼としてではなく個人で妖魔を討伐してもらうことになります。ただ、個人での妖魔討伐はリスクが高いのでギルドとしては推奨していません」


「なるほど……」


「妖魔討伐に参加したいのでしたら、朝一で募集を掛けることが多いので、その時に参加を希望してください」


「わかりました」


 修介としてもいきなりひとりで妖魔討伐に行こうと思うほど自分の腕を過信していなかった。先日のオークとの戦闘でもフィンがいなかったら修介は死んでいたかもしれないのだ。やはり妖魔と戦うにはパーティが必須であると実感していた。信頼できる仲間を見つけることについてもおいおい考えていかなければならないだろう。


「あと紹介できるお仕事としては……これは今からだとちょっと時間的に無理だから明日からになっちゃいますけど、薬草採集の仕事は常時募集しています。今、妖魔が増えているから薬草の需要が高まっていて常時買取を行っているんです」


「薬草採集!」


 修介はようやく冒険者っぽい仕事に出会えたことに胸を躍らせた。


「それやってみたいです」


 修介の食いつき具合に受付嬢はくすりと笑うと、詳細を説明してくれた。


 薬草採集は特定の場所に咲いているアプスラという名の花を指定された数だけ採取してくるという簡単なお仕事だった。口で言うだけなら、の話だが。

 アプスラの花が咲いている場所は街から歩いて片道二時間半ほど離れた森で、その花自体はあちこちに咲いているのだが、問題なのは薬草として使えるのはその中のごく一部だけということだった。

 受付嬢の見せてくれた絵だとアプスラは見た目は普通の花のようだが、採取の対象となるのは花の下の部分が反り返っていないものに限定される。その部分が反り返っていると薬草としては使えないらしい。


(なんか、たんぽぽの在来種と外来種みたいだな)


 修介はそんなことを思ったが、その比率はたんぽぽどころの話ではなく、採取対象となる花は全体の五%未満らしい。なかなかに心が折れそうな低さだが、四葉のクローバーを探すよりはマシだろう。

 街から比較的近いとはいえ、咲いている場所が森の中なので妖魔と遭遇する可能性もあることから、一般人はあまり薬草採取に行かないらしい。初心者の冒険者にうってつけの仕事と言える。ただ、往復五時間以上かかる移動時間に報酬は少な目、おまけに作業が地味であることから、依頼というよりは常時募集中な不人気仕事なのだそうだ。


「どう、やってみますか?」


 受付嬢の伺うような上目遣いの視線に修介は「やります」と答えた。

 受付嬢はにっこりと笑うと、詳しい森の場所を教えてくれた。


「今から行くと向こうで野宿する羽目になりますから、行くなら明日の朝一に出発するのがいいですね。買取は一〇本からなので、それより少なくならないように注意してください。多く採ってきた分は報酬に上乗せしますから、頑張って探してきてくださいね」


「頑張ります」


 修介はそう言って意気揚々とギルドを後にした。

 とりあえず無事に登録も完了し冒険者になれたし、こうして仕事も見つけた。まずは順調な出だしと言えるだろう。

 とりあえずは薬草採集で受付嬢が驚くような成果を見せつけることを第一目標とした。


『そんなにうまくいきますかね?』というアレサの言葉に、修介は「ふっふっふ」と自信ありげに笑うのだった。

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