第166話 財宝

 マンティコアとの死闘を終えた修介は、マッキオから傷の手当てを受けていた。

 ノルガドの神聖魔法で治療しないのは、肝心のノルガドがマンティコアの毒の影響で身動きが取れないからである。

 どうせ動けないなら、とノルガドは開き直って床に大の字になって眠っている。戦闘中にかなりのマナを消耗していたこともあって、すぐには起きそうになかった。

 同じく身体を動かすことができないヴァレイラも修介のすぐ隣で横になっており、魔法で眠らされたサラはしばらくすると目を覚ましたが、「頭がぼうっとするわ」と言って同様に横になって休んでいた。

 パーティでまともに動けるのはマッキオとエーベルトだけという、今誰かに襲われたら割と洒落にならない状況と言えた。


「いやぁ、危ないところだったねぇ」


 修介の肩に手際よく包帯を巻きながらマッキオはしみじみと言った。


「マッキオさんが最初から一緒に戦ってくれていれば、あんな苦戦することもなかったと思うんですけどね」


 修介は皮肉を込めてそう返す。


「戦闘は苦手だって言ったじゃないか。それにほら、その魔剣だって役に立っただろ? 君の為にわざわざ走って取ってきたんだからそれで勘弁してくれよ」


「それについては感謝してますけど……っていうか、いつのまに部屋を出てたんですか?」


「マンティコアが魔法を使って君を攻撃しまくっていた時さ。魔法を使う時はどうしたって意識を集中するからね。そのタイミングで逃げ――部屋を抜け出すのはそんなに難しいことじゃないさ」


「そもそも、なんでマッキオさんには麻痺の術が効かなかったんです?」


「それはこいつのおかげさ」


 マッキオは得意気な顔で懐から古びたペンダントを取り出した。


「なんすかそれ?」


「このペンダントは古代魔法帝国時代に作られた対魔法用のお守りアミュレットで、魔法の効果を打ち消すことができる強力な魔力が付与されているんだよ。これを身に付けていたから麻痺の術に掛かることがなかったってわけ。ただ、一回発動しただけで内部のマナを使い切っちゃうんで、もう一度使えるようになるまで半年くらい掛かるのが難点なんだよね……」


「……もしかしてそれがサラの言ってた魔法学院から勝手に持ち出したっていう?」


「いやだなぁ、ちょっと借りてるだけだよ」


 マッキオは目を逸らすと、そそくさとペンダントを懐に戻した。

 その態度から彼に返すつもりがないのは明らかだった。


「それにしても、よくそのまま逃げずに戻ってきてくれましたね」


「僕は仲間想いな男だからね」


 この男は自分で口にした言葉が真実であると信じ込むことができる才能でもあるのかもしれない。邪気のない顔で言うマッキオを見て修介はそんなことを思った。

 とはいえ、実際に彼が戻ってきてくれなかったらパーティは間違いなく全滅していたのだから、文句を言えるはずもなかった。


 その後、修介の手当てを終えたマッキオは横になっているサラを強引に引っ張り起こして、扉を調べに掛かった。

 扉に掛かっていた吸命の術はマンティコアの命を奪ったことでちょうどマナを使い果たしたらしく、今ではただ頑丈なだけの扉に成り下がっていた。

 修介は身体を壁に預け、ふたりが作業している様子をぼうっと眺めながらも、頭の中ではまったく別の事を考えていた。

 頭の中を占めていたのは、ヴァレイラが人質に取られた時のことだった。


(あの時、俺はヴァルを見捨てようとした……)


 その事実が罪悪感となって修介の心を苛んでいた。状況的に仕方がなかったとはいえ、そんな決断をした自分が恐ろしくてたまらなかった。


「浮かねぇ顔だな」


 寝たままのヴァレイラがそう声を掛けてきた。


「そりゃ、危うく全滅するところだったからな……」


 修介はヴァレイラの方を見ないで答えた。目を合わせたら罪悪感で押しつぶされると思ったからだった。


「たしかに危なかったな。あの糞人面獣が最初からあたしらを殺すつもりでいたら、間違いなく全滅してただろうしな」


「……そうだな」


 マンティコアがそうしなかったのは、パーティの命を使って扉を開けようとしていたからだろう。勝てたのは様々な幸運が重なった結果に過ぎない。そう修介は考えていた。


「ま、結果的には勝ったんだからいいじゃねぇか」


「そうは言うけどな……」


 修介としてはそう簡単に割り切れるものではなかった。

 むしろ見捨てられかけた本人が何も言ってこないことに納得がいかなかった。


「やれやれ……どうせシュウのことだから、またつまんねぇことでぐじぐじと悩んでんだろ? ったく成長しねぇな」


 ヴァレイラが呆れたように言う。その態度は修介が何に悩んでいるのかお見通しだと言わんばかりだった。


「……悪いかよ」


「お互いにその時に最善だと判断してやったことだろ? だったら後になってああだこうだ言ったところで仕方ねぇだろ」


 その言葉に修介はむっとする。


「だからって普通自分で死のうとするか?!」


「あたしは誰かの足を引っ張るのが死ぬより嫌なんだよ!」


「足を引っ張るって……それはヴァルが俺を庇ったからじゃないか! 大体、なんであのとき俺を庇ったんだよ。俺よりもヴァルの方が強いんだから、ヴァルが残って戦うべきだろうが!」


「魔法を使う奴が相手なら、あんたの方が分がいいって思ったんだ! 初っ端の魔法で戦闘不能になったあたしが残ってもまた魔法でやられるだけだろうが!」


「不意打ちじゃなければヴァルなら対処できるだろ!」


「うるせぇな、咄嗟のことだからそんなことまで考えてねーよ!」


「なんだよ、それ……」


 戦闘では常に冷静なヴァレイラとは思えぬ発言に修介は思わず彼女の顔を見た。

 その目は彼女らしい苛烈な感情をむき出しにしていたが、それでいてどこかこちらを気遣うような優しさを帯びているようにも感じられた。


「……なら聞くけどな。逆の立場ならシュウはどうしたんだ? あたしを無視してあの獣に攻撃できたってのか?」


「それは……」修介は言葉に詰まる。


「どんな熟練の戦士だろうが、いつも正しい判断ができるわけじゃねぇ。咄嗟の時に勝手に身体が動いてしまうことくらい誰にだってあるだろ。あんなことはな、パーティ組んで戦ってれば当たり前に起こることだ。いちいち気にしてられるかよ」


「それはそうかもだけど……」


「別に反省すんなとも落ち込むなとも言わねぇが、あまり自分を責めすぎんな。毎回毎回戦いが終わった後にそんな辛気臭い顔されたんじゃ、一緒にいるあたしの息が詰まるだろうがっ!」


 ヴァレイラはそう言って修介の足をつま先で蹴った。


「……くそっ!」


 修介は拳で背後の壁を強く叩いた。

 もっと強くなりたいと、そう思った。今こそラノベ主人公のようなチート能力が欲しいと心から願っていた。

 自分が一対一でマンティコアに勝てるくらいに強ければ、あんな理不尽な選択肢を突きつけられることはなかった。

 力があれば、仲間を失う恐怖に怯えることもなくなるのだ。

 だが、それが叶わぬ願いであることは自分自身が一番よくわかっていた。

 結局、経験を積んで次に活かすということを繰り返して地道に強くなっていくしかないのだ。


「……次はもっとうまくやる」


 修介は悔しさを胸に、そう呟いた。




「よし、やったぞっ!」


 マッキオが歓声を上げた。扉を開ける作業に入って一時間、ようやく苦労が報われる瞬間が訪れたようだった。

 軋み音をあげながら両開きの扉がゆっくりと開かれる。

 扉の向こう側の光景を見て、エーベルトを除く全員が「おお」と感嘆の声を上げた。

 部屋の中は仰々しい扉の割にはこじんまりとしていたが、そこにあるものは修介たちの期待に十二分に応えるものだった。

 壁際にある棚にはいくつもの美術品や装飾品が並び、床には変わった形の壺や見たこともない道具が所狭しと置かれていた。


「これだから遺跡探索はやめられないんだよねぇ!」


 マッキオが嬉しそうに言いながら部屋に入った。

 他の者も後に続き、各々が好き勝手に部屋の中を物色し始める。

 修介もわくわくしながら部屋の奥へ進むと、隅にある台座が目に付いた。

 台座の上には小さな黒い箱が置かれている。


「あれなんすかね?」


 修介は振り返ってマッキオに声を掛ける。


「おっと、あれはさすがに怪しいから勝手に触らないでくれよ。またあの魔剣のときみたいな騒ぎはごめんだからね」


「俺はヴァルとは違うって」


「なんか言ったか?」


 棚を物色していたヴァレイラが鋭い視線を向けてくる。修介は「なんでもないから」と手を振ってごまかした。

 マッキオはサラを伴って台座を調べ始めた。

 物理と魔法、両方の罠を調べなければならないことに地下遺跡探索の面倒臭さを感じつつ、修介は別の棚を物色することにした。


 棚にはいくつかの装飾品が置かれていた。

 修介はそのうちのひとつを手に取ってみる。大きな宝石があしらわれたネックレスは長い年月放置されていたとは思えない輝きを放っていた。


「シンシアにお土産として持っていったら喜ぶかな?」


 古代魔法帝国の地下遺跡で見つけた怪しげなネックレスを貰って喜ぶ女性がいるのかは疑問だが、心優しいシンシアなら本心を表には出さずに喜んで受け取ってくれそうな気もする。

 どうせ魔道具は使えないから一番高そうな装飾品を探そうか。そんなことを修介が考えたところで、いきなり腰のアレサが激しく震え出した。

 刀身が折れたせいで故障したのかと不安になり、修介は小声で「どうした?」とアレサに声を掛けた。

 だが、アレサは何も言わず、ただひたすら振動を続けている。その振動パターンはまさしく着信した時の携帯電話のそれだった。

 人前でアレサが修介を呼び出すことは滅多にない。エーベルトにアレサとの会話を一度見られているだけに、彼の気を引くような行動は避けたいところだったが、よほど重要な用件があるのだと考え、修介は仲間に「ちょっと用を足してくる」と言って部屋を出ようとした。

 その際、部屋を物色せずに入口を見張っていたエーベルトと目が合った。

 エーベルトは一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、すぐに視線を外してしまった。

 その態度は気になったが、修介はわざとらしく「漏れる漏れる」と言いながらそそくさと部屋を出たのだった。

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