第23話 郊外演習

 修介は湖に到着すると木桶を脇に置き、とりあえず湖の水で顔を盛大に洗った。冷たい水が顔から汚れと一緒に熱も洗い流してくれるようで心地よかった。

 さっと手拭いを洗い、木桶に水を汲むと、修介は立ち上がって軽く伸びをした。

 あの日からシンシアとは訓練の成果を報告するという謎の名目で何度か会っていた。実際はただのお茶会だったのだが、日々の慣れない訓練で肉体的にも精神的にも参っていた修介にとっては良い息抜きとなっていたのは確かであった。

 その後、シンシアは領主の名代として孤児院を見舞ったり、領地の視察に赴いたりと色々と頑張っているらしい。


「俺ももっと頑張らないといけないな」


 修介はそう呟くと、木桶を掴む手に力を入れた。



 湖から水を汲んで訓練場に戻ってくると、それを見計らったかのようにハーヴァルが訓練兵達に集合を掛けた。

 訓練兵達は駆け足でハーヴァルの前に整列する。修介も水の入った木桶をこぼさないように慎重に置くと、急いで列に加わった。

 ハーヴァルは整列した訓練兵達を見まわしてから口を開いた。


「知っての通り、明後日から貴様たちは郊外演習に赴くことになる。今から演習の班分けを発表するが、班長になったものは本日の訓練終了後に俺の元に来ること」


 郊外演習、という言葉に訓練兵達が身体を強張らせたのが気配で伝わってきた。かくいう修介も同様であった。


 郊外演習とは、グラスターの街の南西にある広大な平原地帯に赴き、行軍や夜営などのやり方を実地で学びながら近隣の村や集落を訪れ、妖魔の情報収集、出現した場合はその討伐といった治安維持を目的とした、一,二ケ月に一度の頻度で実施される実戦形式の訓練である。

 参加者は一四歳以上の訓練兵一六名と随伴の正騎士五名の合計二一名。日程は五日間の予定となっている。ひと班は四名で構成され、全部で四班に分かれる。各班にはそれぞれ正騎士が一名つくことになり、訓練中は基本的にその指示に従うことになる。

 訓練場に来て二カ月の修介は一ケ月前の郊外演習にも参加していたが、その時は初めてのことだらけで周囲に散々迷惑を掛けたことから軽くトラウマになっている訓練でもあった。


 班分けは成績発表の場でもあった。訓練の成績が優秀な者は番号の若い班に入れられるのだ。ハーヴァルは身分の差で訓練兵の扱いを変えたりはしないが、訓練兵間の競争意識を煽る為に、優劣についてはこうして事あるごとに差を見せるようにしていた。

 ハーヴァルは次々と訓練兵の名前を呼び、それぞれ所属する班を告げていく。

 優秀なレナードは一班の班長に選ばれていた。

 そして案の定、修介は四班だった。

 修介としては今回は三班には入れるのではないかと密かに期待していたのだが、どうやらここに来た当初に模擬戦で前人未到の二五連敗という記録を打ち立てたことがいまだに尾を引いているようだった。唯一の救いはロイも四班だったことか。


「――班分けは以上だ。最近、南西のソルズリー平原付近は妖魔の目撃情報が増えている。いつもと同じ演習だと思って舐めてかからないことだ。ゴブリン以外の妖魔との戦闘も十分考えられるからそのつもりでいろ」


 誰かの息をのむ音が聞こえた。

 前回の遠征ではゴブリンとの散発的な遭遇戦はあったが、ゴブリン以外の妖魔とは遭遇せずに終わっていた。元々ソルズリー平原は比較的妖魔が出没しない平穏な地として知られているのだ。

 むろん実戦訓練なので、過去の演習では妖魔との戦闘で死者が出たこともあったらしいが、騎士が随行することからもわかるとおり、可能な限り安全に配慮された訓練なのだ。それが、ゴブリン以外の妖魔との戦闘の可能性があると聞かされれば、訓練兵達が緊張するのも当然だった。


「明日は予定通り訓練は休みとする。演習に備えて体調を整えるもよし、人生最後の休日だと思ってハメを外すもよし。好きにしろ」


 ハーヴァルはにやりと笑い、訓練の終了を告げて去っていった。


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