第24話 妖魔

 訓練が終わり夕食も済ますと、訓練兵達は各々が自由に食堂兼談話室である大部屋でくつろいでいた。場の話題はやはり郊外演習についてであった。

 修介はレナードとロイと同じテーブルに着いていた。

 シンシアの訪問以来、レナードとロイは修介によく話しかけてくるようになり、年齢が近いこともあって気が付けばこの三人でよくつるむようになっていた。

 年齢が近いといっても修介の中身は四三歳なので精神年齢は親子ほども離れている。当初はタメ口で会話することに抵抗があったが、最近ではそれにもだいぶ慣れ、むしろ遠く過ぎ去りし青春の日々を思い出して楽しくなってきていた。

 この訓練場にいる訓練兵は一二歳から一七歳までの年齢で構成されており、修介達は最年長組であった。その最年長組のうち二人が四班というのはあまり褒められた状況ではないと言えた。


「ふたりとも四班だったね。ロイはともかくシュウスケはもっと上の班に入れるかと思っていたんだけど……」


「ロイはともかくってなんだよ」


 レナードの言葉にロイが食ってかかるが、修介は黙るようロイを手で制してレナードに答える。


「まぁ、俺は模擬戦での負け数が多いからな、仕方ない」


「伝説の二五連敗男だからな」


 ロイは修介の手をかいくぐりながら揶揄するが、今度はレナードに頭を押さえられた。ロイの扱いはいつもこんな感じである。


「でも最近の模擬戦の成績は勝ちのほうが多いよね」


「まぁな。と言っても相変わらずお前には勝てないけどな」


 訓練場に来て二ケ月が経ち、修介は肉体的にも技術的にもこの世界に来た当初に比べて飛躍的に成長しているという実感があった。剣技ではレナードには敵わないが、彼以外の訓練兵との模擬戦ではだいぶ勝ち負けができるようになっていた。ここに来たばかりの頃の負け分が多すぎた為、評価が低いままなのは致し方がないところである。


「でもよう、今度の郊外演習は結構やばくないか?」


 頭の手を払いのけながらロイが会話に加わってくる。


「やばいって何が?」


 修介はロイのほうを見て尋ねる。


「妖魔の目撃情報が増えているって話だよ。教官が言ってただろ?」


「そんなに目に見えて増えているのか?」


「そうらしいよ。なんでも冒険者ギルドへの妖魔討伐の依頼数が、ここ最近は南より西のほうが多くなってるらしい」


 修介の問いに答えたのはロイではなくレナードだった。


「それだけじゃないんだよ。どっかの行商人が西の街道を移動中に巨大な鳥のような影を見たっていう噂まで出ているらしいぞ」


 レナードの後を継ぐようにロイが言った。


「なんだそれ? それは単に大きな鳥が空を飛んでただけなんじゃないのか?」


「いや、その大きさが普通じゃなかったらしいんだよ。なんでもちょっとした屋敷くらいの大きさだったってその行商人が言ってたって話だぜ」


 この世界の『普通』というものがいまだによくわかっていない修介からすると、そういう巨大な鳥がいたとしてもなんら不思議には思わないが、屋敷くらいの大きさの鳥というのはたしかに尋常ではない。


「空を飛んでる鳥の正確な大きさなんてぱっと見じゃわからないだろ。その行商人が勘違いしただけなんじゃないの? もしくはそういう噂を流して他の商人の商売の邪魔をしようとしているとか」


「いやそんなことまでは知らねーよ。ただそういう噂があるってだけだ。他にもその鳥には目が六つあったとか、翼が六枚あったとか、そんな噂まであるらしいぜ」


「それはもはや鳥じゃねーだろ」


「だから噂だって。俺が言ったわけじゃねーよ」


 修介の物言いにむっとした顔で言い返すロイ。


「でも、大きな鳥云々は噂だとしても、実際に領内で目撃される妖魔はゴブリンだけじゃないみたいだよ」


 レナードはテーブルの上で両手を組むと、前かがみになりながら声を落としてそう言った。


「ゴブリン以外ってことはホブゴブリンとかオーガとかか?」


「もちろんそいつらも目撃されているけど、他にもオークやトロル、さらにはグイ・レンダーなんかも目撃されているらしい」


「グイ・レンダーって上位妖魔じゃないか……」


 レナードの言葉にロイが愕然とした表情を浮かべる。


 妖魔については修介も訓練場の座学である程度は学んでいた。

 妖魔はその脅威度によって下位、中位、上位といった等級で分けられており、基本的に人型形態のものを妖魔、それ以外の形態のものを魔獣と呼び分けている。

 下位妖魔には修介が戦ったことのあるゴブリンやホブゴブリンの他に、猪の牙のような犬歯を持った豚顔のオークや、犬のような顔をした背の低い人型爬虫類のコボルトなどの妖魔がこの領内では多く見かけられる。


 中位妖魔には大柄な種族が多い。グラスター領で主に目撃される中位妖魔としては、修介が一度見たことがあるオーガの他に、トロルやバルゴブリンなどが存在している。

 トロルは体長が三メートル近くあるが酷く痩せこけており、一見それほど危険がなさそうに見えるが、底なしの胃袋を持つと言われ、獰猛で敏捷性にも優れている。コケのような灰色がかった暗い黄緑色の表皮はゴムのようにしなやかで耐久力も高く危険な妖魔である。

 バルゴブリンはゴブリン種の上位種族で体長は二メートルを優に超え、力も知能もホブゴブリンより優れており、自分より弱いゴブリン達を従えて集団で行動する。個体としてはトロルやオーガよりも弱いとされているが、集団となった時の危険度はバルゴブリンのほうが高いとまで言われている。


 そして体格に関係なく危険度が極めて高いとされる妖魔が上位妖魔である。そのなかに先ほど名前の挙がったグイ・レンダーがいる。

 グイ・レンダーは別名『灰色の巨人』と呼ばれる妖魔で、目と鼻がないという不気味な顔をしている。三メートル以上の灰色の巨体には一切毛が生えておらず、長く太い腕をゴリラのように前に垂らしながら移動する。性格は極めて獰猛で、普段は野生動物などを捕食しているらしいが、妖魔なので当然人間も捕食する。その腕力はオーガをも凌駕し、腕の立つ騎士が複数人で相手にしなければ討伐できないと言われている。座学でも出会ったら正面からまともに戦わず、集団戦法で対処するようしつこく言われていた。

 グイ・レンダーは人里離れた山奥などに生息しているらしく、普段は滅多に目撃されることがないとされているが、そんな危険な妖魔までもが出現すると聞いて修介とロイは思わず黙り込んでしまった。


「まあ、目撃されたのは西のヴィクロー山脈の麓の森の周辺らしいから、さすがにソルズリー平原までは出てきてないと思うけどね」


 レナードは場の空気が重くなってしまったことに気付いて、努めて明るい口調でそうフォローした。


「あーあ、随伴してくれる騎士がランドルフ殿だったら安心なんだけどなぁ」


 ロイが両手を後頭部に回して宙を見ながらそうため息交じりに言った。


「ランドルフ……殿ってそんなに凄いの?」


 修介の問いにロイは「はあ?」と言って咎めるような視線を返してくる。


「お前、ランドルフ殿の知り合いなんじゃねーの?」


「お、俺の知り合いってわけじゃなくて、俺の知人が知り合いってだけだ」


 シンシアが視察に訪れてから二ケ月が経っており「任務に関わるから触れるな」というランドルフの神通力もだいぶ効果がなくなってきていた。実際のところ触れられて困るような機密情報など存在していないので問題はないのだが、突然プライベートな部分に踏み込まれると相変わらず慌ててしまう修介であった。


「いいか、ランドルフ殿はな、俺たち訓練兵のみならず領内では英雄扱いなんだぞ」


 ロイが語ってくれた話によると、ランドルフは訓練兵だった一五歳の時に参加した郊外演習で、隊商を襲っていた妖魔の群れと遭遇。その戦闘において単騎でオーガ三体を屠るという華々しい戦果をあげ、その武功により騎士に抜擢されたらしい。

 さらにその三年後には北の街道を荒らしていた野盗の一団をほぼひとりで壊滅させ、わずか一八歳にして領内に一〇人しかいない騎士長に昇進。その後も数々の武勲を上げ、その名声はいまや王都にも届いているという。


「……なるほど、凄い人なんだな」


「そうだ、凄いんだぞ」


 ロイがなぜか自分のことのように誇らしげに頷く。

 あらためて修介はランドルフと出会った時のことを思い出す。剣を扱うようになった今だからわかるが、出会った時のランドルフの動きは尋常ではなかった。あの時は何もわからないまま剣を弾かれたが、おそらく今やっても結果は変わらないだろう。


「そんな凄い人がなんでお嬢様のお側役なんてしてるんだ?」


「凄いからだよ」


 ロイの言葉に修介は首をひねる。

 その様子を見たレナードが苦笑いを浮かべながら口を挟んだ。


「ここの領主、グントラム様はひとり娘であるシンシアお嬢様を溺愛していることで有名なんだ。適齢期のはずのお嬢様に縁談のひとつもないことがそれを物語ってるって領内で噂されているくらいだよ。それほど溺愛しているお嬢様の護衛役なんだ、当然領内最強の騎士をあてるだろう?」


 レナードの言葉に修介は冷や汗が出てきた。その溺愛されまくってる娘さんが自分に好意らしきものを向けてきているのだ。下手をしたら領主に謀殺されるかもしれない。


「でもさ、ランドルフ殿がそれだけ領内で英雄扱いされているなら、お嬢様の結婚相手の候補として名前があがったりしないの?」


 修介は深く考えずに思ったことを口にした。少なくともランドルフはお嬢様のことをとても大切にしているように見えた。美男美女の組み合わせでお似合いに思える。

 だが、それ対するロイの反応は呆れを通り越して憐れんでさえいるように見えた。


「お前ってたまに信じられないくらい物を知らないよな」


「はい?」


「そんなことあるわけがないだろう。ランドルフ殿はすでに結婚していて子供だっているんだぞ」


「マジで?!」


 思わず修介は大声を出してしまった。周りの訓練兵が奇異の目を向けてくる。


「マジデってなんだ?」


 言語ツールに対応していないのか『マジで』はどうやら翻訳されないようだった。


「いやすまん、興奮してつい変なことを口走ってしまった」


「変な奴だな」


 それにしてもランドルフが妻子持ちとは……別になんらおかしなことではないが、平均結婚年齢が高い日本出身の四三歳独身男性である修介にとって、あの若さですでに妻子持ちというのは十分センセーショナルな話であった。


「なるほど、妻子持ちであればたしかにお嬢様の傍にいても問題ないな。それなら領主様も安心だ」


「領主様も別にお前に心配されたくはないだろうな」


 もっともである。


「話が脱線しちゃってるね。……とにかく妖魔が増えているというのは本当みたいだし、中位や上位の妖魔との遭遇も視野に入れておかなくてはいけないね。巨大な鳥に関しては噂話だから鵜呑みにはできないけど、どちらにせよ明後日からの郊外演習は充分に注意したほうがいい」


 レナードに冷静な口調でそう言われて、修介とロイは真剣な表情で頷くのであった。


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