第22話 小芝居

 訓練場に戻るとランドルフが若い訓練兵達に向かって真面目な顔で語り掛けていた。

 訓練兵達はランドルフの周りを囲むようにしてその話に熱心に聞き入っている。

 ランドルフはシンシアが戻ってきたことに気付くと話を中断し、「お嬢様」と声を掛けて近づこうとしたが、シンシアはそれを手で制した。


「わたくしのことは気になさらず、そのまま話を続けてください。訓練兵の方々にとっては滅多にない機会なのですから」


「はっ……」


「それとランドルフ、わかっておりますね?」


「は、はい……」


 ランドルフはシンシアの言葉にやや緊張した面持ちで頭を下げた。


 修介はさりげなく輪に近づいてランドルフの話を聞くことにした。現役の騎士の話は修介の今後にとっても大いにプラスになるはずである。

 どうやらランドルフは多数の妖魔との集団戦における騎士同士の連携についての話をしていたらしく、実戦経験に基づいた有益な内容であった。訓練兵達も真剣に耳を傾けている。

 だが、話をしているランドルフがどうやら集中できていないようだった。先ほどからチラチラとシンシアのほうに視線を向けている。

 修介がシンシアのほうに目を向けると、シンシアはにこにこと笑顔を絶やさずにランドルフの方を見ていた。だが、どうにもその笑顔がおかしい。このような不自然な笑顔を以前にどこかで見た記憶がある……そう思った修介は記憶の糸を手繰る。

 思い当たった人物がひとりいた。

 シンシアの兄、セオドニーである。彼の張り付いたような笑顔と今のシンシアの笑顔はそっくりだった。その笑顔は笑っているようで、笑っている演技をしているだけなのだ。

 シンシアは笑顔のままランドルフを見つめ、ランドルフはその視線にプレッシャーを感じているようだった。


 ランドルフの話が終わると周囲の訓練兵から次々と称賛の声が上がる。だが、当のランドルフは上の空といった感じであった。


「ランドルフ」


 シンシアの呼びかけに、ランドルフはびくっと身体を震わせると、大きく息を吐いてから周囲の訓練兵に向かって「皆に聞いてほしいことがある」と告げた。

 訓練兵達はランドルフの言葉に姿勢を正す。

 ランドルフは修介に向かってこちらにくるよう手招きした。


「俺ですか?」


 突然の指名に修介は混乱しながらもランドルフの元へ歩み寄る。

 ランドルフは大きく咳ばらいをすると、修介の肩に手を置いてからよく通る声で訓練兵達に話しかける。


「ここにいるシュウスケについてだが……皆も突然現れた彼の存在には少なからず戸惑っていることと思う」


 突然、修介の話題が出たことで訓練兵達から小さなざわめきが起こる。

 修介も自分の事を言われるとは思ってもいなかったので、思わずランドルフの方を見てしまった。

 ランドルフは修介の視線を無視して話を進める。


「彼は私の知人の命の恩人であり、故あってここで預かることになったのだ。色々と疑問に思うこともあるだろうが、私の任務とも関わりがある為、すまないが詳細は言うことができない。むろん彼にも聞かないでもらいたい。

 ……皆も知っての通り頼りない男だが、熱意だけはあるようだから、どうか面倒を見てやってほしい。勝手な事ばかり言ってすまないが、協力してもらえると助かる」


 ランドルフは言い終わると大きく息を吐いた。


 ……完璧なまでの棒読みであった。

 まるで台本を丸暗記してきたかのような今の彼の台詞が、誰かに強制的に言わされたものであることは明白である。

 気が付けば、訓練兵達の視線は修介に集まっていた。

 修介は突然のことでどうしていいかわからず「あらためてよろしくお願いします」とだけ言って丁寧に頭を下げた。

 するとどこからともなく手を叩く音が聞こえてきた。頭を下げながら視線だけを向けると、シンシアが笑顔で拍手していた。

 周囲の訓練兵達からもシンシアに追従するかのようにまばらな拍手が起こる。

 なんでやねん、と修介は心の中で、しかも関西弁で突っ込んでしまった。拍手される意味がわからなかった。しかもその微妙な拍手からは訓練兵達の戸惑いが伝わってきて、余計にいたたまれない気持ちになる。


 おそらくシンシアは修介の置かれた状況を事前にハーヴァルあたりから聞いていたのだろう。そして、訓練兵達の憧れであるランドルフの言うことなら素直に聞き入れるはずと計算して、わざわざランドルフに小芝居を演じさせたのだ。

 自分のせいであることを棚に上げて修介はランドルフに同情した。


「そ、そういうわけで皆よろしく頼む」


 ランドルフはそう言って、足早にシンシアの元へと歩いて行った。さぞ不本意だったのだろう、まさに苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 お気の毒に、と修介は思ったが、ここは素直にその行為に感謝した。


 憧れの騎士に言われたことが効いたのか、この日を境に訓練兵達は少しずつ修介に声を掛けてくるようになった。

 そして、二カ月も経つ頃には友人と呼べる存在も出来ていたのであった。


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