第139話 情報収集

 宿を出た一行は予定通り二手に分かれて行動することにした。

 使える似顔絵が一枚しかないので、サラはアイナリンドに同行して市場へ向かい、修介は似顔絵片手にひとりでドワーフが多く住む地区に赴くことになった。

 アイナリンドはあたまに布を巻いて耳を隠していた。エルフが堂々と人間の街を歩くことでちょっとした騒ぎが起こるくらいには、人間とエルフの交流が途絶えているのがこの世界の実情だった。

 耳と長い髪を隠すことで、アイナリンドの見た目は弟とそっくりになる。


「これなら弟さんに会ったことのある人なら、すぐに気付くわね」


 サラがアイナリンドの頭の布を整えながら言った。


「そういうことなら、もう少し不愛想にしたほうがいいかも」


「こ、こんな感じでしょうか?」


 修介の言葉にアイナリンドが無理やりしかめっ面をする。


「別に本人になりすますわけじゃないんだから、そこまでする必要ないわよ。アイナはいつも通りでいいんだからね?」


 そう言ってサラはアイナリンドに微笑みかけた。


 サラとアイナリンドはここ数日で修介が軽く引くほど仲良くなっていた。

 ふたりは最初こそぎこちなかったものの、滅多に出会うことのないエルフ――精霊魔法の使い手を前にして、サラがその好奇心を抑えることなどできるはずがなかった。

 質問攻めにしてくるサラを相手に、生真面目なアイナリンドはそのひとつひとつに丁寧に答えていた。

 グイ・レンダーの襲撃を受けた際に、サラが庇ってくれたことを恩義を感じているということもあるだろうが、少なくともサラの方にはそれを恩に着せようという態度は皆無だった。むしろ好奇心を前にそんなことすっかり忘れている可能性の方が高いと修介は思っていた。

 おかげで昼間は弟の情報収集をし、夜は延々とサラの相手をする、というのがここ数日のアイナリンドの行動パターンとなっていた。

 見かねた修介が「嫌なら無理して付き合う必要ないんだぞ」と言うと、アイナリンドは「ちっとも嫌ではありません。母以外でこんなに女の人とおしゃべりしたのは初めてなので、とても楽しいです」と屈託のない笑顔で非モテ男子のような台詞を口にした。

 表情を見る限り無理をしているような感じでもなかったので、修介もそれ以上は何も言わなかった。

 並んで歩くふたりの後ろ姿は、仲の良い姉妹に見えなくもなかった。


 修介はそんな健気なアイナの為に、と気合を入れて情報収集に臨んだわけだが、結果は芳しいものではなかった。

 ドワーフ族は基本的に不愛想な人が多いということもあり、話しかけてもまともに返事をもらえないことの方が多かった。ノルガドがいれば話は違ったのかもしれないが、そのノルガドは修介の身代わりにヴァレイラに拉致されているので、ある意味で自業自得と言えなくもなかった。

 ドワーフへの聞き込みに失敗した修介は、少し治安の悪そうな地区にも足を延ばしてみた。本音を言えば行きたくなかったが、女子ふたりをそんな場所には行かせられないという修介なりの男気である。

 情報収集と言えば酒場だろ、という先入観から適当に入った酒場で聞き込みを行うと、「見たような気がする」という男に出会った。

 初めて掴んだ手掛かりに修介は小躍りしたが、男は情報を提供することをこれ見よがしに渋ってみせた。

 修介は渋る男への定番ということで酒を奢ってみるも、散々奢らされた挙句、酔っぱらった男の「悪い、勘違いだったわ」という一言にブチ切れて男を殴り飛ばしてしまい、気が付けば店を追い出されていた。


「俺ってこんな乱暴な人間だったっけか……」


 自分自身の行動にショックを受けつつ、理不尽を前に愛想笑いを浮かべることしかできなかった以前の自分よりも今の自分の方が好きだ、と前向きに考えることにした。

 その後も修介はめげずに聞き込みを続けたが、結局なんの成果も得られずに時間だけが過ぎていった。




「だああ、疲れたぁー。この世界の人間は怖えな。マジでなんなんだよ……」


 つい先ほど、情報屋を名乗る胡散臭い男の情報に踊らされ、二度ほど無駄足を踏まされた修介は、情報収集の為ではなく休憩の為に入った酒場で傷ついた心と寂しくなった懐を偲んでひとり酒を飲んでいた。


「やっぱり、この街に戻らずそのままどっかに行っちゃったんじゃないかね」


 まだ探し始めて数時間だというのに、修介の心はすでに折れつつあった。

 イシルウェがあの森でゴブリンに殺されてしまった可能性はもちろんあるだろう。だが、弟が生きていると信じているアイナリンドに向かって、それを指摘することなどできるはずがない。彼女が諦めない限りはとことん付き合うつもりでいた。


「これだけイケメンなら目立つだろうし、男じゃなくて女性に聞き込みをしたほうがいいのかもしれんなぁ……」


 修介は手にした似顔絵を眺めながら、ぶつぶつと呟く。


「おや、あんたその人の知り合いか?」


 唐突に背後から声を掛けられる。

 修介は椅子の背もたれに寄りかかったまま首だけで振り返ると、そこには冒険者風の出で立ちをした四人組が立っていた。


「ちょっとその絵をよく見せてくれないか?」


「いいけど……」


 修介は言われるがままに先頭の男に似顔絵を手渡す。

 男は食い入るようにその絵を見つめ、「やっぱりそうだ」と呟いた。

 それを聞いた修介は驚いて席を立つ。


「あんたら、もしかしてこののことを知っているのか!?」


 修介の言葉に、後ろにいる男が首を捻る。


「女の子? だとすると違うのか……あいつはたしか男だったよな?」


「ああ。だが、この絵の子にそっくりだった」


 先頭の男が戸惑ったように頷き返した。


(ビンゴだ!)


 修介は心の中で歓声をあげた。


 その四人組は数日前にある商人の護衛を引き受けてキルクアムの街からやって来た冒険者だった。

 キルクアムの街からクルガリの街に向かう途中で、オークの群れの襲撃を受け、あわやというところに突如現れて助太刀してくれた男が、その似顔絵の人物にそっくりだった、ということらしい。


「見たことのねぇ風の魔法であっという間にオークどもをなぎ倒すと、礼を言う暇もなくすぐにいなくなっちまったんだ」


「ちょうどその絵の子みたいに頭に布を巻いていたし、かなりの美形だったからよく覚えているぜ。その子で間違いない。あんたそいつの知り合いなのか? だったら次に会った時に礼を言っておいてくれよ」


 これまでの情報収集で散々痛い目にあってきた修介だったが、この冒険者たちが嘘を吐いているとは思わなかった。同業者だからというのもあるが、彼らが修介を騙しても何の得にもならないからだ。


 四人組から聞いた話を総合すると、どうやらイシルウェは数日前にキルクアムの街に向かったようだった。

 タイミング的にはこの街でアイナリンドと鉢合わせになっていてもおかしくないはずだが、出会わなかったということは、もしかしたら彼はこの街に立ち寄らずに直接キルクアムの街に向かったのかもしれない。

 いずれにせよ、これは間違いなく大きな手掛かりだった。

 修介はこれまでの失敗を帳消しにするような情報を入手できたことに大いにテンションが上がり、その情報をもたらしてくれた四人組に景気よく酒を振舞った。

 ちなみに、修介はグイ・レンダーとの戦いの最中に背負い袋ごと財布を失っている。無論、全財産を持ち歩いていたわけではないが、今の彼は当然無一文である。今彼が使っている金は、「無駄遣いしないでよね」と子供に小遣いを渡す母親のノリでサラから渡された金だった。


(いや、これは情報提供者への謝礼だから、無駄遣いではない)


 修介はそう自分を納得させると、四人組と一緒になって大いに盛り上がった。盛り上がりすぎたせいで、サラたちと待ち合わせしていることを完全に失念していた。

 修介がそのことを思い出したのは、全身から危険なオーラを放ったサラと、悲しそうな表情を浮かべるアイナリンドが店に現れた時だったという。




 その後、修介たちは四人組に頼んで雇い主である商人に会わせてもらった。

 妖魔が出没するとわかっていてここまで来るくらいだから、欲の皮が突っ張ってそうな脂ぎった男に違いない、と勝手に想像していた修介だったが、現れた商人は気の強そうな四〇歳くらいのご婦人だった。

 女商人は命の恩人である少年との再会に感激してアイナリンドに抱き着き、どさくさに紛れてキスをしようとしたところで、アイナリンドが女性であることに気付いたようだった。

 女商人の反応から彼女が道中で出会ったのがイシルウェで間違いないと修介たちは確信する。

 そこから話はとんとん拍子に進んだ。


 モイラ、という名のその女商人はアイナリンドから事情を聞いて「命の恩人の身内ならば」と積極的に協力を申し出てくれた。具体的には明日キルクアムの街に向けて出発するのでそれに同行しないか、と提案してきたのである。

 商人と一緒であれば、素性の知れないアイナリンドが街に入るのも容易になるし、街中での人探しも格段に楽になるだろう。渡りに船とはまさにこのことだった。


 修介たちは返事を保留し、一旦モイラと別れた。

 念のためモイラの素性を洗っておこうとサラが小声で提案したからだった。

 修介たちは日暮れ前の市場で急いでモイラの情報を集めた。

 結果、その素性はあっさりと判明した。というよりも、彼女はこの街では相当な有名人のようだった。

 モイラは元々この街の出身らしく、主にこの街で採れる鉱石やドワーフ製の武具や工芸品などを北の街で売りさばくことで儲けているとのことだった。相当な無茶をすることで有名で、期日を守る為に夜間に移動する程度の事は平然とやってのけ、南の前線で物資が不足していると知れば、戦場のど真ん中を突っ切ってでも駆けつけるのだという。

 さらに、クルガリの街の食糧事情を知ったモイラは、他の商人たちがこぞって敬遠するなか、危険を承知で食糧を届けに何度もキルクアムとクルガリを往復していたらしい。

 もちろん利益を得られることが前提なのだろうが、義理人情に厚く、珍しい女行商人であることを逆手に取って間抜けな男どもを手玉に取る姿は一部で人気があるとのことだった。


「女傑だな……」


 敏腕女性社長の細腕繁盛記とか書けそうだ、と修介はくだらないことを考える。


「ちょっと心配だけど、話を聞いた限りだと信用はできそうね」


 サラはそう結論付けた。

 弟の行き先がわかったアイナリンドは一刻も早く出発したがったが、道中でオークの群れに襲われたという話を聞いたことから、心配した修介とサラが説得したことで、モイラに同行することが決まった。

 もっとも、一番効いたのは別れを惜しんだサラの「せめてあと一晩だけでも一緒にいて……」という言葉だったのは間違いないだろう。

 そう言われた時のアイナリンドの嬉しそうな顔を、しばらくは忘れられないだろうと修介は思うのだった。

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