第138話 似顔絵

 聴取が終わった翌日の朝。

 修介は弟の手がかりを探しているアイナリンドを手伝うべく、宿の食堂で作戦会議を開いていた。

 といっても、参加しているのは修介の他はサラとアイナリンドだけで、他のパーティメンバーの姿はなかった。

 ヴァレイラはクルガリの街の町長から先発隊の冒険者に対して出された、街の周辺に潜んでいるであろうゴブリンの残党を掃討する依頼を受け、討伐部隊に参加していた。修介も参加するかどうか迷ったのだが、恩人であるアイナへの義理を欠きたくないからと参加を見送った。

 ヴァレイラは「そういうことなら仕方ねーな」と、代わりにノルガドを強引に連れて行ったようだった。

 コンビを組んだばかりでいきなり別行動となってしまったことに申し訳なさを感じつつ、ヴァレイラの竹を割ったような性格を好ましく思う修介であった。

 ちなみに、デーヴァンとイニアーに関しては昨夜から姿を見ていない。


「……それで、今のところ弟さんの手がかりは見つかってないの?」


 サラが紙にペンを走らせながらアイナリンドに問いかける。


「はい、今のところは何も……」


「前に弟さんを目撃したっていう人のところには?」


「行ってみましたけど、その後は見ていないそうです……」


 以前にイシルウェを目撃したというのは雑貨屋の女性店員で、アイナリンドの顔を見て「あれ、昨日も来たよね?」と声を掛けてきたのだという。

 ハーフエルフであるイシルウェはアイナリンド同様かなりの美形である。それ故にその店員もよく顔を覚えていたということだから、おそらく間違いはないだろう。


「そもそも、なんで弟さんはデヴォン鉱山に行こうとしてたのかしら?」


「それは……私にもわかりません……」


 アイナリンドは申し訳なさそうに答える。


「でもさ、よくよく考えてみると、弟さんがこの街に出入りしてたのなら門にいる衛兵にでも聞けばすぐにわかるんじゃないの?」


 そう口にながら、修介も手にした紙にペンを走らせていた。


「いえ、衛兵はイシルの姿を見ていないと思います」


 アイナリンドは確信がある、という口調で言った。


「姿隠しの魔法、ね?」


 サラのその答えにアイナリンドは頷く。


「街への出入りは門番によって厳しく監視されていますから、よそ者で、しかもエルフであるイシルが堂々と街の門をくぐろうとは考えないはずです。なので、姿を隠して街に出入りしていたと思います」


 クルガリの街は周辺に頻出する妖魔のせいでほぼ孤立無援の状態にあった。当然、クルガリの街に訪れる者は冒険者以外はほとんどいなかったはずである。そんな状況下でエルフがひとりで堂々と街を訪れれば目立たないはずがない。一方で、それほど大きくないとはいえ数千人が住んでいる街だ。一旦入ってしまえば溶け込むのは容易だろう。


「……もしかしてアイナが前にこの街に来た時も?」


「わ、私の場合は夜の闇に紛れて街の壁を飛び越えました……」


「それはまた豪快な……」


 大人しい顔に似合わない大胆な潜入方法に、修介は半ば呆れつつも感心する。


「それが一番簡単な方法だったので、つい……」


 アイナリンドは恥ずかしそうに俯く。


「ちょ、顔を動かさないでくれ」


「ご、ごめんなさいっ」


 アイナリンドは慌てて正面を向く。

 その顔を見つめながら、修介は再びペンを走らせる。


(それにしても、姿隠しの魔法といい、風の精霊を使った跳躍力といい、エルフってのは相当優秀な暗殺者になれそうだな……)


 だからこそ人間に警戒されている、という側面もあるのだろう。アイナリンドがそんなことをするとは思わないが、その気になれば人間の首など簡単に取れるはずだ。いきなり背後から短剣を突き刺される瞬間を想像して、修介は思わず身震いする。


「どうかしましたか?」


 不安そうな表情で訊いてくるアイナリンドに、修介は慌てて「なんでもないよ」と笑顔で応じた。


「できた!」


 サラが手にしたペンをテーブルに置いた。


「……俺もだ。それじゃ同時に見せ合うか。……せーのでいくぞ」


 そう言って修介は手にした紙を裏返しにしてテーブルに置く。

 サラもそれに倣う。


「せーの!」


 二枚の紙が同時に捲られる。

 現れたのは人の顔と思しき何かが描かれた絵だった。


「……サラのそれはなんだ?」


「そういうあなたの絵こそ、なんなの?」


「いやひと目見ればわかるだろ、アイナに決まってんだろうが」


「それ本気で言ってるの? 私の目にはデーヴァンに百回くらい殴られた後のゴブリンにしか見えないんだけど?」


 サラの容赦ない寸評に修介は目を剥いて反論する。


「目が腐ってんのか? アイナの美しさを完璧に表現してるだろうが!」


「アイナの愛らしさの億万分の一も表現できてないじゃない!」


「なんだとう! そういうサラの絵だってなんだよ! なんで人の顔がそんな意味不明な幾何学模様になるんだよ!」


「失礼ね! これはアイナの体内に宿るマナを可視化したらこうなるっていう崇高な芸術作品なのよ!」


「お前、馬鹿だろ! 似顔絵の意味わかってんのかよ!」


「わかってるわよ!」


「嘘つけ!」


 激しく言い争う二人を前に、モデルとなったアイナリンドは困ったような笑顔を浮かべて固まっていた。


 修介とサラはアイナリンドの似顔絵を描いていたのである。

 アイナリンドひとりならば、「私に似た顔の人を見かけませんでしたか?」で済むのだが、手分けして効率よく探す為には似顔絵が必要だろうということで、ふたりで似顔絵を描いたのである。結果は先の会話が示す通り惨憺たるものだった。

 修介はアイナリンドの反応から己の絵の出来が芳しくないことをいち早く察したが、サラの方はなぜか自信満々だった。


「こうなったらどっちの絵が良いか、アイナに判断してもらいましょ」


「えっ!?」


 突然水を向けられたアイナリンドが驚いて硬直する。


「おまっ、正気か!? 俺の絵がアイナに似てるかどうかは脇に置いておくとしても、サラの絵は人の顔に見えてない時点で使い物にならねーだろ!」


「見る人が見ればちゃんとわかるわよ」


「誰が見てもわからなきゃ似顔絵の意味がないだろうが!」


「――あ、あのっ!」


 見かねたアイナリンドが声を上げる。


「その、どちらの絵もとても素敵だと思います。ただ……」


「ただ?」


「イシル――弟にはあんまり似てないかなって、思います……」


 最後の方は消え入りそうな声だった。

 自分に、と言わなかったのはふたりへの気遣いだったが、それが余計に痛ましさを倍増させていることに、この少女は気付いていない。


「おっかしいなぁ、絶対にわかると思うんだけどなぁ」


 サラは首を傾げながら自分の絵をしげしげと眺めている。


「俺にはなんでサラがそこまで自信満々なのかがわからないよ……」


 修介は自分の絵をテーブルに投げ出した。

 そこへ、どう見ても朝帰りといった様子のイニアーが通りがかった。

 イニアーからはかすかな香水の匂いがした。それでどこへ行っていたのかはだいたい察しがついたが、同じ男として修介は触れずにおくことにした。


「なにやってんすか?」


 眠そうな声で訊いてきたイニアーに、修介は事情を説明した。


「……なるほど、似顔絵ねぇ」


 イニアーは実に興味がなさそうな顔で言った。


「私の絵はどう?」


 サラがどうだと言わんばかりにイニアーに自分の絵を突きつける。


「だからなんでそんな自信満々なんだよ……」


 そう突っ込みを入れる修介だったが、イニアーの反応は予想と違った。


「ほう、これはなかなか……興味深い」


 イニアーはサラの絵を見て目を見開くと、顎に手を当てて感心したように呟いた。


「俺のは? 俺のは?」


 それならば、と修介もイニアーに自分の絵を見せる。


「……旦那はエルフの嬢ちゃんに何か恨みでもあるんすか?」


「なんでやねん!」


 修介は自分の絵をテーブルに叩きつける。


「ま、出来栄えはさておき、どっちの絵も似顔絵としては使い物にならないってのはたしかっすね」


 イニアーの小馬鹿にしたような物言いに修介はむっとする。


「そこまで言うならイニアーも描いてみろよ!」


 そう言って修介がペンと紙を差し出すと、イニアーは何食わぬ顔でそれを受け取り、さらさらっと短時間で一枚の似顔絵を描き上げた。

 完成した絵を見て一同は目を丸くする。


「なにこれ、そっくりじゃない……」


 サラが感嘆の声をあげる。

 アイナリンドも「わぁ」と口に手を当てて感動していた。


「別にこんなもんたいしたことじゃないだろう」


 イニアーは欠伸をしながら自分の部屋へと戻っていった。


「……」


 なんでも小器用にこなす奴はモテる。

 イニアーは修介の自論を地で行く男だった。

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