第137話 余計なお世話
サラが目覚めてから数日が経った。
修介たちはいまだにクルガリの街に滞在していた。
クルガリの街からグラスターの街まで街道をまっすぐに進んでも一週間は掛かる。サラの体調が完全に良くなるまでは、無理をさせない方がいいと判断してのことだった。
もっとも、理由はそれだけではなかった。
本来であれば先発隊はクルガリの街に到着後に現地解散の予定となっていたのだが、騎士団がそれに待ったをかけたのだ。
妖魔の軍勢やグイ・レンダーとの戦いがあったあの日、混迷を極めた当時の状況を把握すべく、騎士団が急遽、先発隊の冒険者に対して事情聴取を行うことにしたのである。
グイ・レンダーとレギルゴブリン……同時に二体の上位妖魔が出現するという異常事態は「倒したからそれでよし」で終わらせるわけには当然いかなかった。三体目がいないという保証がどこにもないからだ。デヴォン鉱山への本格的な調査を行う為にも、何が起こったのかを騎士団が正確に把握したがるのは当然のことと言えた。
ただ、日頃から騎士団との折り合いが悪い冒険者のなかには協力を拒否する者も当然いた。その筆頭格がヴァレイラで、彼女は修介に「後は任せた」と言うや否や、早々に逃げてしまっていた。
仕方なく、リーダーでありブルームと個人的に付き合いのある修介がパーティを代表して聴取を受けることになったのである。
そういうわけで、修介は街の郊外にある大きな屋敷に赴いていた。
この屋敷は領主グントラムが滞在する時に使う屋敷とのことで、現在はシンシアが滞在しているとのことだった。
その屋敷の一角に設けられた騎士団の詰め所で、修介への事情聴取は行われた。
聴取を担当するのは四十近い古参の騎士と二十歳くらいの若い騎士のふたりで、質問は主に若い騎士が行った。
聴取は修介が思っていた以上に念入りなものだった。
修介はデヴォン鉱山の麓の森で単身行方不明となった挙句、捕らわれていた冒険者を救い出し、その後はグイ・レンダーと直接戦ったという、騎士団からしてみれば聞きたいことが山ほどある重要人物である。
修介としても協力するにやぶさかではなかったのだが、聴取はかなり難航した。
というのも、聴取を担当した若い騎士が、修介に対して露骨に侮蔑の感情を見せ、言動もそれに合わせて友好的とは程遠いものだったからである。事情聴取というよりはもはや尋問に近かった。
特に修介がシンシアの危機を救ったことや、グイ・レンダーとの戦いで活躍したことにはかなり懐疑的な様子で、他の騎士達の邪魔をしていただけだろうと言わんばかりの態度を取られた。
それが修介個人ではなく冒険者という職業に対しての負の感情であることは修介も理解していたが、そのせいで一気に協力する気が失せたのもたしかだった。
互いに非友好的な態度ながらも聴取はなんとか続いた。
状況が一変したのは、話題がエルフの協力者――アイナリンドについて及んだ時だった。
エルフについて話す若い騎士の言葉の端々には、エルフに対する嫌悪と偏見に満ちており、挙句の果てには「人間に近づいたのは何か良からぬことを企んでいるからに違いない」と口走ったのである。
命の恩人であるアイナリンドを悪く言われ、さすがの修介もイラっとしてしまい、「そんなに嫌いな物だらけだと生き辛くないっすか? もっと心と視野を広く持たないと一生小物のままっすよ?」と言い返した。
当然、若い騎士は激昂した。
修介も内心「やっちまった」と思いながらも、負けじと若い騎士を睨み返す。
両者の間に一触即発の空気が流れるが、古参の騎士が間に入ったことでなんとか最悪の事態は免れた。
古参の騎士が若い騎士に外で頭を冷やすよう伝えると、若い騎士は不満顔を浮かべながらもそれに大人しく従った。
若い騎士がいなくなると、古参の騎士は修介に非礼を詫びた。
彼の話によると、若い騎士が荒れている原因は、南の平原で騎士団と先発隊が妖魔の軍勢を相手に共闘したことにあるのだという。
先の平原での戦いで、騎士団と冒険者は協力して妖魔の軍勢を打ち破る快挙を成し遂げていたが、その裏では様々な問題が発生したのである。
一番大きかったのは、南の平原での戦いの後、先発隊が討伐の証の剥ぎ取りをする前に、騎士団が妖魔の死体を焼き払ってしまったことだった。
騎士団も悪意があってそうしたわけではなく、速やかに輸送部隊の元へ戻る為に戦後処理を急いだだけだったのだが、先発隊の冒険者からしてみれば、目の前で宝の山を燃やされたようなものだった。
さらに、騎士団が先発隊を囮にするような作戦を採用したことも冒険者たちにとっては面白くなかった。無論、歩兵隊の救援があったからこそ自分たちが助かったのだということはわかっていたが、それでも先発隊からしてみれば、自分達を餌にして騎士団がおいしいところを全部持っていったようなものだった。
そして、二体の上位妖魔を騎士団が討伐したことになっているのも、冒険者たちにとっては不満だった。レギルゴブリンはさておき、グイ・レンダーに関してはどう見ても修介のパーティの手柄だろう、というのが多くの冒険者たちの主張だった。
そういった騎士団への不平不満の数々が、聴取を担当した若い騎士に対して非協力的かつ非友好的な態度となって向けられた結果、彼のストレスが限界を突破して先ほどのような事態を招いたとのことだった。
「あいつも悪気があったわけじゃないんだ。ただ、ここ数日あんたら冒険者にずっと苛められていてな、鬱憤が溜まってたんだ。勘弁してやってくれないか」
「はぁ……」
修介は気のない返事をする。
「ならあなたが聴取を担当すればいいだけでは?」と指摘してみたが、古参の騎士は「若い奴に経験を積ませないといけないからな」と軽く流した。その表情はあきらかに面倒事を部下に押し付ける上司のそれだった。
前の世界でサラリーマンをやっていた修介には、どちらの気持ちもわからなくはなかったが、こちらも遊びで付き合っているわけではないのだから個人的な感情は極力排除して仕事に臨んでもらいたいというのが本音だった。
「それに、あんたは冒険者にしては気が弱――人が良さそうだから、あいつもついつい強気に出てしまったんだろう。冒険者ってのは舐められたら終わりの商売なんだろう? もっとふてぶてしい態度でいた方がいいんじゃないのか?」
悪びれずに言ってのける古参の騎士に、修介は「余計なお世話です」と返した。
結局、その日の聴取はそれでお開きとなった。
その翌日、修介が再びに騎士団に呼び出されて詰め所を訪れたところ、そこで待ち受けていたのは実に不愉快そうな顔をしたランドルフだった。
責任者自らが聴取に出てきたことに修介は「暇なのか?」と思ったが、対面に座るランドルフの目の下にできたクマや無精ひげの存在が彼が暇ではないことを雄弁に物語っていた。
「だいぶお疲れのご様子ですね。少しは休んだ方がいいんじゃないですか? 上が休まないと下の者が休みづらい空気になっちゃいますよ?」
前の世界で定時帰りを使命としていた修介がよく口にしていた台詞だったが、ランドルフにはまったく響かなかったようで、ギロッという擬音が聞こえてきそうな目で睨みつけられ、「余計なお世話だ」という連れない言葉が返って来た。
ランドルフと直接言葉を交わすのは実に訓練場を出て以来のことだったが、相変わらず警戒されているようだった。
ランドルフは従来の生真面目さと几帳面さを存分に発揮して、余計な会話は一切せず、かなり念入りに修介への聴取を行った。
顔見知りだとかそういった手心は一切なく、修介の発言に少しでもおかしなところがあれば、アレサを上回るほどの淡々とした口調で繰り返し確認してきた。
修介はランドルフの刺すような視線に晒されながら、彼が刑事だったら「すっぽん」とか「まむし」という異名が付いたに違いない、と益体もないことを考えた。
とはいえ、この目の前の若い騎士は今回の戦いで一日に二体の上位妖魔を討伐するという前代未聞の大手柄をあげた一流の戦士である。
騎士団が冒険者達からの非難の目を一切意に介さず大袈裟に喧伝したこともあって、ランドルフは今や最強の騎士の名を不動のものとしており、このクルガリの街でも英雄として称賛を一身に浴びていた。
(やっぱ只者じゃないよな、この人は……)
戦いを知れば知るほど、初めて出会った時にランドルフが見せた剣捌きがとんでもないものであったことを思い知らされる。
修介にはこの世界に来てから剣術については本気で取り組んできたという自負があった。それ故に、努力では決して超えられない才能の壁というものがあることも理解していた。
自分に剣術の才能があるとは思っていなかったし、性格的にも戦士には向いていないであろうことは、ヴァレイラに指摘されるまでもなく自覚していた。
だが、ひとつだけ、自分に才能と呼べそうなものが存在していることに、修介は気付いていた。
それは、この世界の人間と比べて自分が反射神経に優れている、ということだった。
訓練場で感じた「この世界の人間は鈍い」という違和感は、今回の旅で様々な戦士と出会い、多くの実戦を経験したことで確信に変わっていた。
修介はこの世界の人間よりも、攻撃や回避における反応速度がわずかにだが速かった。正確には修介が速いのではなく、他の人間が遅いのだ。
その原因は相変わらずわかっていない。
この世界の人間にはマナがあり、修介にはない。その違いが運動機能の差として現れている可能性はあったが、マナのない体質とのトレードオフなのだとしたら、等価交換になっているかは怪しいところだった。
ただ、他人よりも優れた反射神経は修介の最大の強みであり、唯一の武器だった。そしてそれこそが、修介をここまで生き残らせてくれた最大の功労者とも言えた。
ヴァレイラに剣を師事しようとしたのも、彼女の次々と立ち位置を変えながら速度で押し切る戦い方こそが、自分の能力に合った戦い方だと考えたからだった。
修介は目の前で気難しい顔をした騎士を見ながら考える。
(俺はこの人みたいに強い戦士になれるのだろうか……)
今ランドルフと戦っても間違いなく勝てない。百本やって、おそらく一本も取れないだろう。それだけの差がある。
今はまだその背中すら見えない。
だけど、いつかは――。
「――おい、聞いているのか?」
ランドルフの声で、修介ははっとする。
「あ、すんません、聞いてませんでした」
修介の返答にランドルフは呆れたようにため息を吐く。
「だから、グイ・レンダーの討伐の証は君に渡すから、後はそっちで好きに処理してくれて構わない、と言ったんだ」
「えっ、マジ――本当ですか?」
「これで少しは冒険者達の不満も収まるだろう。建前としては討伐に協力してくれた謝礼ということになる。同行している内務官が、私が二体の上位妖魔を討ち取ったという事実に拘っていてな。申し訳ないが討伐の手柄は譲ってはやれんようだ」
「俺は別にそんなこと気にしてませんよ。そもそもランドルフさんが討ち取ったのは事実ですし」
修介としては、危ないところを助けられた、とは思っていても、手柄を横取りされたという意識はまったくなかった。戦いには勝利したが、個人としては敗北したと考えていたからでもある。
「今後はこういった事態が増えることを想定して、冒険者ギルドと討伐の証の扱いについて話し合う必要があるだろうな」
そう言ったランドルフの顔には隠しきれない疲労の色が伺えた。
心中お察しします、と言おうとして修介はやめた。言ったところで「余計なお世話だ」と返されるのがオチだろう。代わりに別の事を口にした。
「そういえば、シンシアお嬢様はいかがされていますか?」
「私がそれを教えると思うか?」
「思いませんが、訊くだけならただですから」
悪びれずに言う修介にランドルフは忌々しそうな顔で応じた。
「……街の方々に視察に赴かれては、民を元気づけておられる。とても御多忙ゆえ、間違ってもお会いしようなどとは考えないことだ」
「わかってますよ……」
修介としてはシンシアが元気に頑張っているならそれでよかった。
ランドルフはこれで聴取は終わりだと言わんばかりに席を立った。修介もそれに倣って席を立ち、ランドルフに一礼すると部屋の外へと出た。
「――お嬢様の危機に駆け付けてくれたこと、感謝する」
扉が閉まり切る直前、ランドルフがそう言った。
修介は驚いて振り返ったが、すでに扉は閉められており、その表情を確認することはできなかった。
その日の夜、騎士団の詰め所でちょっとした事件が起こる。
妖魔の軍勢を指揮していたレギルゴブリンが所持していた錫杖――。
その錫杖が保管されていた倉庫からいつの間にかなくなっていたのである。
報告を受けたランドルフは、騎士団の施設で盗みが発生したことを大いに問題視し、犯人の捜索と屋敷の警備を強化するよう命令を出した。
とはいえ、盗まれた錫杖は単に戦場で回収してそのまま倉庫に安置してあっただけで、重要物として扱われていたわけではなかった。美術品としてはそれなりに価値がありそうだったことから、内部の人間が闇に流した可能性も考えたが、ランドルフは忙しさにかまけて本気で捜索するようなことはしなかった。
だが、もしサラがその錫杖を見ていたとしたら、その錫杖に強力な魔力が付与されていたことに気付いただろう。そして、盗まれた現場にわずかな魔力の痕跡が残っていたことにも気付いたに違いない。
結局、犯人は見つからないまま、その錫杖の存在はいつしか関係者の記憶から忘れ去られてしまったのである。
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