第107話 上位妖魔との戦い
顎髭の戦士のパーティと合流した修介達は、グイ・レンダーと対峙した。
一瞬でふたりの冒険者を惨殺したグイ・レンダーだったが、その後はぴくりとも動かずじっと佇んでいる。その姿は目がないにもかかわらず、まるで群がってくる人間を観察しているかのようだった。
「あたしとデーヴァンで正面を受け持つ。あんたらは回り込んで背後から攻撃しろ」
そう指示を出したヴァレイラに、顎髭の戦士が食って掛かる。
「おい、なんでてめぇが勝手に仕切ってやがんだ! 大体てめぇんとこのリーダーはシュウスケだろうが!」
「うるさい。うちのパーティでは戦闘はあたしが仕切ることになってんだよ!」
その言葉に顎髭の戦士の視線が修介に向く。
修介は黙って頷き返した。
「ちっ!」
顎髭の戦士は舌打ちしたが、それ以上は何も言わずに残った仲間に声を掛けてグイ・レンダーを囲うように移動を開始した。最も危険な正面を受け持ってくれるというのだから拒否する理由はなかった。
修介とイニアーも同様にグイ・レンダーを囲うべく移動する。
小集団に分かれて相手を包囲し、タイミングをずらして攻撃を仕掛け、相手が弱ったところで一気に止めを刺す。スケールは違うが、魔獣ヴァルラダンとの戦いで討伐軍が採用した作戦と同じである。それが巨大な妖魔や魔獣と戦う際の基本戦術だった。
正面にヴァレイラとデーヴァン。右側面に顎髭の戦士を含めた三人の冒険者。そして左側面に修介とイニアーが立ち、七人でグイ・レンダーを包囲する形となった。
だが、そこまでしてもグイ・レンダーは動く気配を見せない。
あの凄まじい攻撃から一転、彫像のように佇む灰色の巨人の姿は、ただひたすらに不気味だった。
「いくぞォッ!」
ヴァレイラが雄叫びを上げてグイ・レンダーに斬りかかった。
真正面から飛び込むのは危険だと修介は声を上げかけたが、ヴァレイラはそんなことは承知しているとばかりに、グイ・レンダーが腕を振り上げた瞬間に攻撃を中止して素早くバックステップで距離を取った。
グイ・レンダーの攻撃が空を切る。
それを見た顎髭の戦士が背後から斬りかかる。
だが、グイ・レンダーはまるでその攻撃が見えているかのように腕を振り回した。その腕の先からは伸縮自在なのか、鋭利な爪が鋭い光を放っている。
「うおっ!」
顎髭の戦士は慌てて身を引いて躱した。
「おらぁッ!」
再びヴァレイラが正面から気合の声をあげて攻撃を仕掛ける。
グイ・レンダーがそれに反応したのを見て、今度は修介とイニアーが側面から飛び掛かる。
イニアーの攻撃は太い腕に阻まれたが、修介の剣はそれを掻い潜って妖魔の脇腹を切り裂いた。
だが、踏み込みが甘かったせいか硬い皮膚の表層を少し傷つけただけで、ほとんどダメージは与えられなかった。
傷つけられたグイ・レンダーは一瞬だけ戸惑ったように動きを止めたが、すぐに鬱陶しい虫を振り払うかのように腕を振り回す。
修介は地面を転がるようにしてそれを躱し、急いで距離を取った。
(くそっ! 浅かったか!)
攻撃が浅いのは修介が臆している証拠だった。
あの丸太のように太い腕の一撃は、掠っただけでもどうなるかわからない。
避け損なえば即死する――その恐怖が心に絡みついて、どうしてもあと一歩が踏み込めなかったのだ。
(まだ俺はびびってるのか! あんな奴、あの魔獣に比べれば大したことないだろうが! 俺はやれる! やれるんだッ!)
逃げるのが難しい以上、ここでこの巨人を倒さなければ全滅するだけなのだ。修介は恐怖に屈しそうになる心に無理やり活を入れた。
そこからしばらくは一進一退の攻防が続いた。
ヴァレイラとデーヴァンが交互に攻撃を繰り出してグイ・レンダーの気を引き、周囲の冒険者達がその隙を突いて攻撃する。それでなんとか均衡を保ててはいたが、それは同時に、相手にほとんど有効的なダメージを与えられていないということでもあった。
この灰色の巨人の強さは、修介の想像の遥か上を行っていた。ヴァルラダンのように炎を吐いたり、咆哮を上げたりといった厄介な能力こそなかったが、殴る、防ぐといった単純な戦闘能力が高く、その強さはオーガなどとは比較にならなかった。
修介の攻撃が二度ほど傷を負わせはしたが、致命傷には程遠く、他の冒険者に至っては攻撃のほとんどを防がれていた。
この灰色の巨人は目がないにもかかわらず、取り囲む冒険者達の動きに反応して、きっちりと攻撃に対処しているのだ。音や気配を頼りに反応しているのか、少なくともこの巨人にとって目が見えないことが戦闘においてなんのハンデにもなっていないのは明白だった。むしろ視線から情報を読み取れない分、正面で戦っているヴァレイラやデーヴァンはかなりやりづらそうにしていた。
そして、勝負が長引けば長引くほど不利になるのは自分たちの方だった。
疲れ知らずで暴れまわるグイ・レンダーに対し、冒険者達にはあきらかに疲労の色が見え始めていた。特にヴァレイラは大きく肩で息をしており、すでに体力が限界を迎えているのは誰の目にも明らかだった。
「一旦下がれ、変態女!」
イニアーがそう叫んで入れ替わろうとするが、ヴァレイラは「引っ込んでろ、腰巾着!」とそれを拒否した。イニアーは「この戦闘狂がっ!」と吐き捨てるように言い返しながらも、少しでもヴァレイラの負担を減らそうと大胆にグイ・レンダーの間合いに踏み込んだ。
グイ・レンダーの拳がイニアーを狙う。無論、その動きを読んでいたイニアーは余裕を持ってそれを躱した――はずだった。
振り下ろされた拳が地面を打ち砕き、弾け飛んだ石の破片がイニアーの顔面を直撃したのだ。
「ぐぁッ!」イニアーはもんどりうって倒れた。
倒れたイニアーにグイ・レンダーは容赦なく襲い掛かる。
「イニアーッ!」修介の絶叫が響き渡る。
直後に「オオオオォォッ!」という雄叫びが上がった。
次の瞬間、修介は信じられない光景を目にした。
イニアーとグイ・レンダーのあいだに割って入ったデーヴァンが、両手で構えた
デーヴァンは弟の命を守る為に、すべての力を振り絞って妖魔の攻撃を押し返す。血管が破裂するのではないかと思うくらいに腕の筋肉が膨れ上がる。
だが、人間離れした怪力の持ち主であるデーヴァンでさえ、上位妖魔の猛攻を受けきることはできなかった。
ぼきり、という嫌な音が響き、デーヴァンは吹き飛ばされた。派手な音を立てて
「デーヴァンッ!」
叫ぶと同時に修介はグイ・レンダーの足元へと飛び込み、膝の後ろを叩き斬った。
さすがにこれは堪えたと見え、グイ・レンダーの巨体がわずかによろめいた。
その隙にヴァレイラがデーヴァンの体を懸命に引きずって後退する。
シーアがすかさず駆け寄り、癒しの術の詠唱を開始した。だが、その厳しい表情が、デーヴァンの状態が深刻であることを物語っていた。
「くそがっ! このままじゃ全滅だぞッ!」
顎髭の戦士が叫ぶ。その声はほとんど悲鳴に近かった。
「泣き言を言うなッ! 黙って戦えッ!」
荒い息を吐きながらヴァレイラはそう返す。だが、そう口にしたヴァレイラ本人が、勝利が絶望的であることを誰よりも理解していた。
「ひいいぃぃ!」
顎髭の戦士の仲間のひとりが悲鳴をあげて逃げ出した。
逃げるその背に向かってグイ・レンダーは跳躍し、容赦なく腕を振り下ろした。
骨が砕ける嫌な音が響き渡る。
最初の一撃で絶命しているだろうに、その後もグイ・レンダーは両腕を何度も地面に叩きつけていた。
「化け物め……」
ヴァレイラは吐き捨てるように呟く。
グイ・レンダーは死体を殴るのにようやく飽きたのか、ゆっくりと体をヴァレイラの方へと向けた。
「今度はあたしの番ってわけかい……」
冷たい汗がヴァレイラの頬を伝わる。
戦士として生きていくことを決めた日から、いつかこういう日が来ることは覚悟していた。それがたまたま今日だったというだけのことだった。
もちろん、ただでやられるつもりはない。決死の覚悟で奴の心臓に剣を突き立てて相打ちを狙う。初撃さえ躱せれば十分にチャンスはある。
ヴァレイラは腰を落として身構えた。
「ヴァル! 伏せてッ!」
突然の背後からの声に、ヴァレイラは反射的に地面に身を投げた。
直後に膨大な魔力を纏った白い稲妻が先ほどまでヴァレイラが立っていた空間を凄まじい速度で横切り、グイ・レンダーの巨体に直撃した。
凄まじい轟音と共に土埃が舞い上がり、衝撃波が大気を揺らす。
ヴァレイラは頭を抱えるようにして衝撃波に耐える。
今のはおそらくサラの魔法だろう。彼女の破壊の魔法は何度か見たことがあったが、これほどの威力を持った魔法を見るのは初めてだった。
まともな生物であれば、あれを喰らって無事でいられるはずがない。そう思えるだけの威力だった。
もうもうと立ち込めていた土埃が晴れる。
だが、現れた光景はヴァレイラが期待していた光景とは真逆だった。
グイ・レンダーは攻撃を受ける前とまったく同じ体勢で立っていた。
サラの放った雷撃の術は、グイ・レンダーの硬い表皮を貫き、肉を抉ってはいたが、致命傷には至らなかったのだ。
「な、なんて非常識なやつなの……」
サラは肩で息をしながら、恨みがましい目で妖魔を睨みつける。
ほぼすべてのマナを使い切ってまで放った最大の攻撃魔法でも、倒すことができなかったのだ。その事実にサラは打ちのめされていた。
最大の攻撃魔法が効かず、頼みのデーヴァンも倒れている。
状況は絶望的だった。
攻撃魔法を喰らって呆然と佇んでいたグイ・レンダーは、唐突に「グオオオォォ!」と怒りの咆哮を上げると、自分の傷口に何度も拳を叩きつけ、派手に血を巻き散らした。
そのおぞましい光景に冒険者たちは戦慄を覚える。
ひとしきり暴れた後、グイ・レンダーはゆっくりと体をサラの方へ向けた。
「あっ……」
目がないはずの化け物と目が合ったような感覚に囚われ、サラは動けなくなる。
そして、次の標的は自分なのだと悟った。
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