第98話 実戦

「シュウ、そっちに二匹行った!」


 背後にいるサラの声で修介は素早く視線を巡らせる。

 二匹のゴブリンがヴァレイラの背後に回り込もうとしていた。

 修介は目の前のゴブリンを斬り倒すと、新手のゴブリンを迎え撃つべく、素早く前に出てその進路に立ちふさがろうとする。

 その脇をヴァレイラがものすごい速さで駆け抜けていった。

 そして瞬く間に新手のゴブリンを斬り伏せる。

 振り返ると、先ほどまでヴァレイラが対峙していたはずの三匹のゴブリンは血まみれの骸を大地に晒していた。


(俺が一匹倒しているあいだに三匹もやったのか……)


 修介はヴァレイラの戦いぶりに圧倒される。手合わせと実戦ではここまで違うものなのかと驚きを禁じ得なかった。


 二日目――修介のパーティは妖魔が出没するという噂のある森へとやって来ていた。そこでちょうど森から出てきたホブゴブリンが率いるゴブリンの一団と遭遇し、たちまち戦闘状態に突入したのである。

 戦闘開始当初こそ、修介は男の自分が体を張らねばと積極的に前に出ようとしたのだが、ヴァレイラはそんな修介の気遣いを無視するようにゴブリンの集団のど真ん中に身を躍らせ好き勝手に暴れまわった。

 連携も何もあったものではなかったが、ヴァレイラの腕前ならゴブリン相手に後れを取ることはないと判断し、修介はすぐさま立ち回り方を変えた。

 ヴァレイラの邪魔にならないよう少し距離を空けて、その分サラをいつでも守れるように位置取りを調整しながら、背後に回り込もうとするゴブリンだけを狙って相手にした。ようするに徹底してヴァレイラのフォローに専念したのである。

 男として情けないという思いはあったが、彼女との実力差を考えればこの立ち回り方が一番効率が良いと考えたのである。


 デーヴァンとイニアーもそれぞれの武器を構えてゴブリンを迎え撃っていた。

 その戦いぶりは圧巻の一言だった。

 デーヴァンは巨大な戦棍メイスを片手で軽々と振り回し、周囲に群がるゴブリンを小枝を掃うかのように次々と吹き飛ばしていく。その威力はオーガもかくやというほどで、吹き飛ばされたゴブリンは即死だった。

 驚いたことに、イニアーは戦棍メイスを振り回すデーヴァンの傍を平然と動き回っており、デーヴァンの背後を狙うゴブリンを的確に始末していた。ふたりの迷いのない動きは連携などといった生易しいものではなく、まるでプログラムされた機械のようだと修介は思った。

 気が付けば首領であるホブゴブリンもいつのまにかデーヴァンの戦棍メイスの餌食となり、二〇匹以上いたゴブリンの集団はわずかな時間で全滅していた。

 サラにいたっては魔法を使ってすらいない。修介達は傷らしい傷も負わず、戦いは完勝と言ってよかった。

 それだけ彼らの強さが際立っていたということだった。


 戦いが終わると、ヴァレイラは上機嫌に倒したゴブリンの耳を剥ぎ取っていた。

 結局、修介が倒したゴブリンは二匹だけで、ほとんどはヴァレイラが倒していた。

 討伐の証のパーティ内での配分については、下位妖魔については倒した者が、中位以上の妖魔については皆で分け合う、ということで話はついていた。

 ヴァレイラの戦い方は完全に修介のことを無視したもので、討伐報酬のことを考えるなら修介は文句を言っても良い立場だったが、あえて何も言わなかった。

 修介が出しゃばることで、ヴァレイラが実力を発揮できなくなってしまうことのほうが問題だと考えたからである。


 一方で、ヴァレイラは修介の立ち回りがいたくお気に召したらしく、「なかなかやるじゃないか」と声を掛け、討伐の証を七対三で分けることを約束した。

 修介は「それでもこっちの取り分は三なんだ」と思ったが、実際に楽をしていたのは事実なので、黙って受け入れることにした。

 ここに来るまでの道中でサラに聞いたところでは、今までヴァレイラがコンビを組んだ冒険者のほとんどが、ヴァレイラが女性だという理由で見下し、対等に扱わなかったのだという。酷いときは「女だてらに出しゃばるな」と言われ、前に出るのを邪魔されたこともあるらしい。

 そういう意味では、今回の修介の動きはまさにヴァレイラにとっての理想そのもので、さぞ気分が良かったに違いない。彼女がご機嫌なのも頷ける話だった。


 ただ、修介はヴァレイラの周囲を無視して好き勝手に立ち回る戦い方は、やはり問題があるように感じていた。

 他の冒険者が彼女とパーティを組むことを忌避したのは、女性だからではなく、その自分勝手な戦い方にこそ原因があるように思えた。

 ヴァレイラは確かに強いが、その無謀とも言える戦い方は、いざ強敵と相まみえたときに思わぬ不覚を取るのではないかという危惧があった。

 その点は相棒である自分が気を付けねばならないと思う一方で、あまりに独断専行が過ぎるようならちゃんと話し合う必要があるな、と修介はゴブリンの耳を削ぎ落としながら考えるのだった。

 そして、その機会は意外と早く訪れることになる。




「オオオオォォッ!」


 突然響き渡った雄叫びに修介は驚いて顔を上げた。

 見ると、デーヴァンが森に向かって吼えていた。

 その険しい表情は何かを威嚇しているようだった。


「ど、どうしたんだ?!」


「森から何かが来るッ!」


 叫びながらヴァレイラは剣を抜いて構えた。修介も慌ててそれに倣う。

 その直後に森の茂みからふたつの巨体がぬうっと姿を現した。


「オーガよ!」


 サラが叫ぶ。

 現れた二体のオーガを見て修介は戦慄する。

 オーガを見るのはこれで二度目だが、前回見たのは死体だったので、生きたオーガに遭遇するのはこれが初めてということになる。

 二メートルを軽く超える巨体の肌は赤黒く、下顎から生えた牙と相まって、まるで昔話に出てくる鬼のようだった。それぞれの手には戦斧や棍棒が握られており、その巨体から繰り出される一撃はまともに受けたら人間などひとたまりもないだろう。

 構えたアレサの切っ先がわずかに震える。いつかは戦う相手だと覚悟はしていたが、いざ相対してみるとその凶悪な見た目に気後れしそうになる。

 さらに追い打ちをかけるように、オーガの後に続いて一〇匹ほどのゴブリンが次々と姿を現した。

 オーガだけでも強敵なのに、複数のゴブリンまで同時に相手にしなければならないことに修介は焦りを覚えた。

 戦うか、退くか、リーダーとしてその判断を下さなければならない。

 だが、判断を下そうにも彼我の戦力差がどの程度なのかがわからない。なんといっても修介はオーガと戦ったことがないのだ。


「ヴァル、これやれるのか?!」


 修介は迷わずヴァレイラに声を掛ける。わからないなら、わかる者に聞けばいいだけの話だった。


「やるに決まってるだろう! ここで逃げたら何しにここに来たんだって話になるだろうが!」


 ヴァレイラの返答で修介は腹を括った。


「よし、やろう! ヴァル、指示を頼む!」


 修介のその言葉にヴァレイラは一瞬だけ不思議そうに修介の顔を見返したが、すぐに頷くと声を張り上げる。


「あたしとデーヴァンでオーガを抑える! あんたとイニアーはゴブリンを先にやれ! サラは魔法でゴブリンを何匹か眠らせてから、あたしらの援護を頼む!」


「よし、それでいくぞ!」


 修介も負けじと声を張り上げた。

 言われるがままだったが、素人に近い自分が下手に指示を出すよりも、専門家の意見に従うほうが良いに決まっている。なんでもかんでも自分でやろうとせず、適性に合った役割を部下に与え、決断を下すのがリーダーの仕事だ、という考え方は、どの世界だろうと通用する常識だと修介は考えていた。


 オーガが周囲のゴブリンに向かって吼えると、ゴブリンどもは雷に打たれたかのように一斉に動き出した。


「くるぞッ!」


 ヴァレイラの声に修介はアレサを構えなおすと、ゴブリンを迎え撃つべく前に打って出た。

 すると、先頭を走る二匹のゴブリンの周囲に霧のような煙が発生した。その煙がゴブリンの頭の中に吸い込まれると、ゴブリンは酔っ払いのように千鳥足になり、そのままふらふらと地面に転がった。


「止めを刺して!」


 サラの鋭い声に反応して、修介とイニアーは倒れたゴブリンに容赦なく剣を突き立てて止めを刺した。

 すぐさま残りのゴブリンが襲い掛かってくる。

 一瞬にして修介は三匹のゴブリンに囲まれていた。

 修介は迷わず一番近いゴブリンに向かって飛び掛かる。

 ぎょっとするゴブリンの肩口に容赦なくアレサを叩きつけ、振り返りざまにもう一匹のゴブリンを狙う。その一撃を小剣で受けたゴブリンは勢いを殺しきれずに後ろに吹き飛んだ。


「旦那、後ろっ!」


 イニアーの声に修介は迷わず体を横に投げ出した。背後から襲い掛かったゴブリンの攻撃が空を切る。

 起き上がりざまに振るった修介の一撃は、正確にゴブリンの足を切り飛ばした。悲鳴をあげながら地面を転がるゴブリンにアレサを突き立てると、そのまま先ほど吹き飛ばしたゴブリンにも止めを刺した。

 視線で感謝の意を伝えると、イニアーはにやりと笑って頷いた。

 そんなイニアーも複数のゴブリンに囲まれていたが、修介と違って余裕でゴブリンの攻撃をいなしていた。


 デーヴァンはわかりやすく強い戦士だが、イニアーは実に玄人好みの戦い方をする戦士だった。

 長年の実戦経験で培われたであろう戦闘技術は、視野の広さや相手との間合いの取り方、足の運び方に如実に表れていた。彼は必要最小限の動きで的確にゴブリンの急所を攻撃していた。

 その継戦能力はすさまじく、常に全力で剣を振るう修介が肩で息をしているのに対し、イニアーは涼しい顔で剣を振るっている。単純な腕力や剣の腕前だけが強さではないということを、彼は実戦のなかで体現していた。

 早くゴブリンを始末してヴァレイラの援護に行かねば、と焦っていた修介はイニアーの戦いぶりを見て冷静さを取り戻す。焦りは戦闘に置いてもっとも忌むべき感情だった。

 修介は大きく息を吐き出すと、アレサの柄を握りなおした。


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