第97話 リーダー
夕刻、修介達のパーティは最初の合流地点に到着した。
合流地点には先発隊の隊長であるダドリアス率いるパーティが、荷馬車と共に先行して到着していた。
ダドリアスのパーティは他のパーティへの支援や輸送部隊との連絡役も兼ねている為、街道をまっすぐに移動している。
今回の依頼では通常の達成報酬とは別に、道中で討伐した妖魔の討伐報酬がそれぞれのパーティの取り分になるという取り決めとなっていた。そういう意味では妖魔と遭遇する機会の少ないダドリアスのパーティは貧乏くじとも言えるが、そっちの方が安全だし楽そうで羨ましいな、というのが修介の本音だった。
その後も各地に散っていたパーティが続々と到着する。
まだグラスターの街からそれほど離れていないこともあって、妖魔と遭遇したパーティはほとんどいなかったらしく、どのパーティにも犠牲者は出ていなかった。そのせいか野営地にはどこか弛緩した空気が漂っていた。明日からが本番だとわかっているから今は力を抜いているのだろう。
ほどなくしてすべてのパーティが合流すると、ダドリアスが各パーティのリーダーを招集した。
たき火を囲って一息ついていた修介は、大きくため息を吐いてからゆっくりと立ち上がった。
「頑張ってね」
「頼んましたよ、旦那」
「良いルートを勝ち取ってこいよ」
パーティメンバーが好き勝手に声援を送ってくる。
出発前にダドリアスから夜までにパーティのリーダーを決めておくよう言われていたので、集合地点に到着後、一行はその為の話し合いを行ったのだが、どういうわけか修介がリーダーに選ばれたのである。
年齢的にはデーヴァンが最年長で適任なのだが、「ああ」と「うう」しか言わない彼にリーダーが務まるはずもなく、本人にもその意思はなさそうだった。
弟のイニアーは「兄貴を差し置いて俺がリーダーをやるわけにはいかない」と頑なに引き受けようとはせず、ヴァレイラは「柄じゃねぇ」と言って断り、サラに至っては声を掛ける前に「面倒だから嫌よ」と先手を打たれた。
こうして消去法で修介がリーダー候補となった。
修介はもっと実績と経験が豊富な人物がリーダーを務めるべきだと主張したが、イニアーに「討伐軍を救った英雄である旦那以上の実績を持つ奴なんていませんぜ」と言われては返す言葉がなかった。
修介は「本当に俺がリーダーでいいんだな? どうなっても知らないぞ?」と何度も念を押したのだが、結局誰からも反対意見は出ず、なし崩し的に引き受けることになってしまったのである。
修介は前の世界で勤めていた会社では部署長としてそれなりに責任のある立場にいたこともあって、リーダーとしての経験がないわけではなかった。
ただ、前の世界の仕事では失敗しても、せいぜい叱責か最悪クビになる程度で死ぬようなことはなかったが、冒険者はひとつのミスがそのまま命を落とすことに繋がりかねない仕事であり、圧し掛かる責任の重さは段違いだった。
それでいてお飾りのリーダーであることは間違いなく、誰も修介にリーダーとしての才能があることを期待していないのは明白だった。
ようするに、彼らは誰がリーダーであろうと自分だけは生き残ることができるという自信があるのだ。
「まぁ即席のパーティならこんなものか……」
リーダーになる権利を放棄し、修介がリーダーになることに反対しなかったという選択の責任は彼らにある。何もかもを自分が背負い込む必要はない。修介はそうやって無理やり自分を納得させると、リーダー同士の会合に向かうべく、集合場所へと足を向けるのだった。
荷馬車が止めてある場所の近くでは、すでに各パーティのリーダーと思しき冒険者達が集まっており、
先発隊の四三名は九つのパーティに分けられており、それぞれのパーティリーダーは、やはり経験豊富な者が務めているようだった。その中でも修介はとびぬけて若いリーダーだったが、誰も何も言わないのは修介の実績を知っているからか、それとも興味がないだけなのかは判断が難しいところだった。
「集まったようだな。それでは始めるとしよう」
ダドリアスの一言で、近くにいた魔術師が魔法を使って明かりを灯す。
光に照らされた地面には大き目の地図が広げられており、冒険者達は地図を囲むようにして座った。
修介は少し後ろから覗き込むような姿勢で地図を見る。
地図はグラスターの街と西のキルクアムの街までの街道を中心とした一帯を示したものだった。ところどころに丸印で囲われた部分があり、おそらくその部分が妖魔が頻出する場所なのだろう。街道を挟んで北側は印が少なく南に多いのは、妖魔が南の大森林や南西のヴィクロー山脈から出現しているからだった。
稼ぐのなら南のルートが良いということになる。
「……さて、明日からはいよいよ本格的に妖魔狩りを行ってもらうわけだが、まず各パーティにどこのポイントに行ってもらうかを決める。何か希望があるなら挙手して発言してくれ」
ダドリアスがそう言うや否や、修介は躊躇なく手を上げた。
「俺のパーティは一番北のルートを希望します!」
修介は元々こういった場で率先して発言するタイプではなかったが、このルート取りに関しては遠慮していて良いことはない。いくら消去法で選ばれたリーダーとはいえ、自身と仲間の安全を考えるならここで発言をしないのは怠慢だろう。
修介の発言を受けて、周囲の冒険者が一斉に修介の顔を見た。
場がしんと静まり返る。
篝火のぱちぱちと爆ぜる音がやけに大きく聞こえた。
やがて隣にいた顎髭が異様に長い戦士が声を上げて笑い出すと、周囲の冒険者達も次々とそれに続き、場が笑いに包まれた。
何がおかしいのかわからない修介は首を捻る。
「おいおい、冗談きついぜ!」
最初に笑った顎髭の戦士が修介の背中をばんばんと叩く。
「あ、いや、別に冗談のつもりはないんですが……」
「なら遠慮してるのか? 魔獣討伐の英雄を北のルートには行かせらんねぇよ。若いからって遠慮せずに南で存分に稼いでこいよ!」
周囲の冒険者達も口々に「そうだそうだ」「冒険者が遠慮なんてするもんじゃねぇぞ」と声を上げる。
修介は本気で北のルートを希望しているわけだが、どうやらそれを冗談や遠慮の類と受け取られてしまっているようだった。その態度からは彼らに悪意があって修介に危険な場所を押し付けようとしているわけではなく、純粋に善意からの発言であることが伝わってくる。
今回の依頼を受けた冒険者達のほとんどが魔獣討伐軍に参加しており、討伐軍を救った修介に恩義を感じて気を使ってくれているのかもしれない。
嫌われるよりは万倍マシではあるが、こういう形での恩返しはご遠慮願いたい、と修介は心の底から思った。
「君の実績はよく知っているし、パーティには凄腕の魔術師もいるだろう。北のルートは経験の浅いパーティに行ってもらって、実力者揃いの君のパーティには南のルートを任せたいのだが……」
戸惑う修介の様子を見て、ダドリアスが諭すように言った。
たしかに、魔術師のいるパーティとそうでないパーティとでは戦力が大きく異なる。
先発隊四三名のうち魔術師はサラを含めて三人しかいない。そうなると、数少ない魔術師がいるパーティが危険な南のルートに行くのは理に適っているような気がした。
「……わかりました」
修介は大人しく引き下がった。
修介にとっては悪夢のような展開だったが、そもそも妖魔討伐の依頼を受けておいて、「南は妖魔がたくさんいて危険そうなので嫌です」などと本末転倒なことが言えるはずもなかった。
「北には俺のパーティが行こう。うちには経験の浅い若い連中が多いからな」
二十代前半くらいの若い冒険者がそう申し出る。
「悪いな、ギーガン」
「なら、俺のパーティは南のここへ行こう」
「それじゃ、うちはこっちを担当するぜ」
修介が呆然としているうちに、次々と割り当てが決まっていく。
気が付けば、修介のパーティはもっとも妖魔が出没しそうなルートに決まっていた。
名声が独り歩きしている弊害がここでも起きてしまっていることに、修介は深いため息を吐くのだった。
「お、戻ってきた。どうだった?」
重い足取りでパーティの元へと戻ってきた修介にヴァレイラが声を掛ける。
修介は申し訳なさそうな口調で明日のルートについて説明をした。
てっきり罵倒されると思っていたが、返ってきた反応は真逆だった。
「そりゃまたがっつり稼げそうなルートじゃないか!」
ヴァレイラが嬉しそうに言った。
グラスター領の地理に疎いイニアーもルートの説明を受けて、「そりゃいい稼ぎになりそうっすね、さすが旦那!」と喜色を浮かべた。
意図せずして褒められて修介は戸惑ったが、よくよく考えてみると、妖魔討伐の依頼を受けた冒険者としては彼らの反応が普通なのかもしれないと思い至る。
彼らはピクニックに来ているわけではなく、金を稼ぎに来ているのだ。討伐報酬が各パーティの取り分になるのだから、妖魔が多いルートの方が稼ぎが良くなるのは自明である。
そのことを理解したところで、ようやく修介は自分があやうく本来の目的を見失うところだったということに気付いた。
この依頼はシンシアを守る為に受けたのであって、修介が自身や仲間の安全ばかりを考えて妖魔を討ち漏らしてしまえば、結果としてシンシアを危険に晒してしまうことになるのだ。
修介が考えるべきは安全なルートを取ることではなく、いかに効率よく妖魔を討伐するかであった。
(俺は、戦いに来たんだ)
それを心に刻み込む。
修介は大きく深呼吸をすると、パーティメンバーに向かって「あらためて明日からよろしく頼む」と伝えた。
ヴァレイラは「任せときな」と力強く応えた。
イニアーはにやりと笑い、デーヴァンは相変わらず空を見上げたままだった。
サラは修介の傍に寄って「ちゃんとフォローするから、あまり気負い過ぎないようにね」と優しく声を掛けた。
修介はサラの気遣いに感謝しつつ、彼女に頼られるようになる日はまだまだ遠そうだな、と苦笑するのであった。
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