第65話 倉庫番

「おらぁ、さっさと運び込まんかぁ! まだまだ荷物はあるんだぞ!」


 荷馬車の荷台の上で知らない男がどやしつけてくる。


「う、ういっす!」


 修介は急いで荷馬車から木箱を肩に担いで倉庫へと向かう。何が入っているのか知らないが、木箱はかなりの重量があり、肩に角が食い込んで痛かった。


 領主の屋敷にて会議が開かれた翌日。

 修介は自分が領主に関心を持たれ、シンシアから心配されていることなど知る由もなく、街の北門の近くにある倉庫で荷下ろしの仕事に汗を流していた。

 冒険者ギルドで依頼を受注した時の説明では倉庫の警備という話だったのだが、気が付けば頻繁にやってくる王都からの荷馬車の積み荷を倉庫に運び込む仕事を手伝わされていた。


「は、話と違う……」


 修介は肩にのしかかる木箱の重さに耐えながら小さく愚痴をこぼした。

 当初は倉庫の入口で警備員のように突っ立っているだけの簡単なお仕事だったのだが、大量にやってくる荷物に対し、それを倉庫に運び込む作業員の数が傍から見ていても明らかに足りてなかったので、ぼうっと突っ立ているだけでは申し訳ないと思ってつい手を貸してしまったのが運の尽きだった。


 賞金首のジュードを討ち取ったことは、修介に思わぬ恩恵をもたらしていた。

 街道の平和を脅かしていたジュードの存在は、街道の行き来を生業とする商人達にとって長年の憂事であった。その元凶が討ち取られたという情報は商人達の間で大きな話題となっていたのだ。当然、それを成し遂げた修介の存在も知れ渡った。

 新人冒険者の修介が、こうしてあっさりと倉庫警備の仕事に就くことができたのも、間違いなくジュード討伐の実績を買われてのことであった。


「どこの世界でも実績ってのは大事なんだな……」


 当たり前のことをさも悟ったかのように口にする修介であったが、その実績が自分の実力ではなくアレサの能力であることが悩みの種でもあった。

 自分の意志とは関係なく高まっていく周囲の評価に対して、実力が遠く及んでいないことは自分が一番よくわかっていた。こればかりは努力で補っていくしかないわけだが、いつ自分の本当の実力が露呈するのかと思うと気が気ではなかった。

 とりあえず今の修介に出来ることは、せっかく得た評判を落とすことのないようせいぜい真面目に職務に励むことだけだった。


「よっ……こらせっ!」


 修介は倉庫の一角に積み上げられた荷物の山に担いでいた木箱を置いた。

 荷物を担ぐ際に邪魔なのでとっくに革鎧は脱ぎ捨てていた。警備の仕事を任されているのだから鎧を脱ぐのはいかがなものかと思ったが、作業を監督している商会員の人が何も言わないことから、どうやら完全に作業員のひとりとして数えられているようだった。

 荷物を運び込む作業員の数が不足するくらいに、王都から次々と訪れる荷馬車には大量の荷物が積み込まれていた。その量はここ数年でも滅多にないほどだという。

 理由は例の黒い影の存在だった。

 街の南西に現れた黒い影のせいで西のキルクアムの街との交易がほぼ途絶えてしまっている分、王都との交易が活発になっているのだ。王都と取引をしている商会は思わぬ特需に狂喜乱舞しているという。

 そのおこぼれとしてこうして倉庫警備の仕事をしているのかと思うと、修介としては複雑な気分であった。


 調査団が敗北したという報は多くの領民を戦慄させた。 

 ぼろぼろになって帰還した調査団の姿は多くの領民に目撃されたことから、その情報は瞬く間に街に広がった。

 修介も調査団が帰還した翌日にはその話を聞き、調査団に参加していたロイやストルアンの安否が気になってすぐにそれを確かめようとした。

 だが、被害の程度や犠牲者の名前といった具体的な情報は一切入ってこなかった。

 インターネットの発達ですぐに情報が出回った前の世界と違い、この世界の情報網にそこまでの速度と精度を求めるのは酷というものだった。

 正確な情報が出回らない代わりに様々な憶測や噂話が飛び交っていた。


 修介はまず冒険者ギルドに行って情報を集めたが、話を聞く人によって得られる情報が全く違っていた。念のためハンナにも聞いてみたが、細かい情報はギルドにも入ってきていないとのことだった。

 仕方がなくシンシアを頼って領主の屋敷を訪れてみたが、顔見知りの門番に申し訳なさそうな顔で「非常事態につき出入りを厳しく制限されている」と告げられ、面会を断られてしまった。

 最後の希望を託して訓練場にも赴いてみたが、特殊な事情だったとはいえ途中で訓練場を抜けた修介が表立って入れるわけもなく、あっさりと門前払いされた。

 情報が得られずもやもやする心を抱えながらも、修介は冒険者としての仕事を再開することにした。何もしないでいると落ち着かないということもあったが、仕事を通じて情報が得られるかもしれないと考えたからであった。

 本来であれば薬草採集の仕事をする予定だったが、そう言った事情から修介は街から離れずに仕事ができ、情報が集められそうな商会の依頼を受けることにしたのである。

 結果として情報は得られず、荷下ろしを手伝う羽目になっているわけだが。




 最後の荷物を倉庫に降すと、走り去る荷馬車の後ろ姿を見て修介は一息ついた。

 これで次の荷馬車が来るまでは一休みできそうだった。

 脱ぎ捨てた革鎧の傍に腰を下ろし、手拭いで額の汗を拭いながら、石畳が敷き詰められた街路を行きかう人々の姿をぼうっと眺める。

 小さな荷馬車に荷物を目一杯載せて街を出て行こうとしている人の姿があった。おそらく街から避難しようとしているのだろう。騎士団は全滅したなどという噂も出回っているくらいだから、今後はそういった人はもっと増えるのかもしれない。


 一方で、街には南西の地に住んでいた多くの人々が避難してきていた。街を取り囲む二重防壁の壁と壁の間にある土地は、避難してきた人たちの一時的な受け入れ先となっていた。当然、仮設住宅などあるはずもなく、ほとんどの避難民が野宿を強いられているという状況だった。今の季節ならまだいいが、冬になったらそのまま野宿というわけにもいかなくなるだろう。

 そういう状況の中で自分はこんなところで倉庫番をしていていいのだろうか、ふとそんな思いに駆られるが、かといって騎士団でも勝てないような化け物を相手にできることがあるとも思えず、思考は堂々巡りを繰り返すのだった。


「おや、そこにいるのはシュウスケ君じゃないか」


 唐突に名前を呼ばれたので顔を向けると、目の前で止まった豪奢な馬車の窓からセオドニーが顔を出していた。


「ど、どうも……」


 突然現れた領主の息子に修介はどうしていいのかわからず、とりあえず急いで立ち上がると頭を下げた。


(あれ、こういった場合は土下座したほうがいいのか?)


 修介はそんなとんちんかんなことを考えた。

 この世界に来てからすでに四カ月程が経過していたが、修介にはいまだに平民と貴族の身分の差がピンと来ていなかった。日常で貴族との接点がほとんどないということもあるが、今までに出会った貴族があまり偉ぶった態度を取らなかったこともあるだろう。その代表例が目の前のセオドニーであった。

 セオドニーはわざわざ馬車から降りて修介の元へと歩み寄る。


「セオドニー様!」


 馬車の後ろに控えていた騎士が慌てて馬から降りて修介の前に立ちふさがろうとする。いきなり護衛対象が馬車から降りて平民に近づこうとしているのだ。護衛として当然の行動だったが、セオドニーはそれを片手で制した。


「大丈夫。彼は知り合いだから」


「は、はぁ……」


 大丈夫と言われたからといって大人しく引き下がるわけにもいかず、騎士は微妙な距離を保ったまま注意深く修介の様子を窺う。

 だが、セオドニーは騎士の心配をよそに優雅な足取りで修介に歩み寄る。


(なんでわざわざ馬車から降りてこっちに来るんだこの人は……)


 修介はそう思いつつも逃げるわけにもいかないので、黙って待つことにした。

 セオドニーとは修介がこの世界に来た日の晩餐で一度会っただけである。第一印象があまりにも強烈だったので修介はよく覚えていたが、貴族であるセオドニーが自分のことを覚えていたことは意外であった。

 セオドニーの姿は屋敷で会った時のような仕立ての良い服ではなく、どこか旅にでも出るような恰好だった。

 馬車の背後には複数の騎士が控えており、おそらく街の外へ出るのだろうと修介は推察したが、領主の息子の護衛としては少ないような気もした。


「いつぞやの晩餐以来だね。元気だったかい?」


 そう言うとセオドニーは修介の肩に気安く手を置いた。 

 一度会っただけなのに随分と馴れ馴れしいな、と思いつつも修介は作り笑顔を浮かべて慇懃に答える。


「その節はお世話になりました。おかげでさまでこうして元気でやっております」


「それはよかった」


 セオドニーは笑顔を浮かべたが、相変わらずその笑顔は作り物のようで内心はまったく読めなかった。


「それで、君はこんなところで何をしてるんだい?」


「あ、はい。ギルドの依頼でそこの倉庫の警備の仕事をしています」


「警備なのに鎧を脱いじゃってるのかい?」


 修介の背後に放置されている鎧を見ながらセオドニーは楽しそうに問う。


「きゅ、休憩中なんで……」


 事情を説明するのも面倒なので修介はそう言ってお茶を濁したが、セオドニーは元々そんなことに興味はないらしくすぐに話題を変えた。


「そういえば聞いたよ。一級賞金首を討ち取ったんだってね。すごいじゃないか」


 修介は思わず「えっ?!」と声を上げた。

 修介が冒険者になったことは当然報告がいっているだろうが、まさかその後の修介の動向まで知っているとは思ってもいなかったのだ。特にセオドニーはそういう事には興味がなさそうな印象だったので尚更であった。


「たった数カ月の訓練でそんな大手柄を上げるような戦士になるなんて驚きだね。君を訓練場に入れることを許可した僕も鼻が高いよ」


「な、仲間のおかげです。私自身はそんな大層なもんじゃないです……」


 修介は謙遜ではなく本心でそう言ったが、セオドニーはそう受け取らなかったようで、楽しそうに言葉を重ねる。


「いやいや、君のような優秀な冒険者がいるなら次のヴァルラダンとの戦いも安心だ。僕はね、君にはとても期待してるんだよ」


「ヴァルラダン……?」


 聞いたこともない単語に首を傾げる修介。


「セオドニー様! それは部外者には……」


 騎士が慌ててセオドニーに声を掛ける。


「おっとそうだったね。失言失言」


 セオドニーは頭に手をやったが、その表情には悪びれた様子は一切なかった。むしろ修介に興味を引かせる為にわざと言ったようにしか見えなかった。

 ヴァルラダンという単語は気になったが、背後にいる騎士の目もあるので、修介はわざとらしく話題を変えた。


「ところでセオドニー様は今日はどこかへ行かれるんですか?」


「ん? ああ、面倒なことにこれから領地の北の方に視察に行くんだよ。本来だったらシンシアが行く予定だったんだけど、事情があって急遽僕が代わりに行くことになってしまってね」


「シンシア様に何かあったんですか!?」


 修介は驚いて思わずセオドニーに詰め寄りそうになるが、背後の騎士が腰を落とすのを見てすんでのところで思いとどまった。


「そんな慌てなくても大したことじゃないよ。ちょっと父上に逆らって謹慎を言い渡されただけだから」


 それは十分に大したことに思えたが、病気とかではないようなのでとりあえず修介は胸を撫でおろした。

 セオドニーは修介の慌てた様子が面白かったのか、珍しくそれとわかる笑顔を浮かべていた。


「そういえば、シンシアが君がちっとも訪ねてこないことを僕の所に来て散々不満を漏らしていたからさ、落ち着いたら顔を見せに行ってあげてよ」


「は、はぁ……機会があればそうします」


 簡単に言ってくれるが、いくら顔見知りとはいえ、ただの冒険者が領主の娘に簡単に会えるわけがない。そもそも、つい先日門前払いされたばかりである。


 ふとセオドニーの顔を見て、修介は彼ならば自分が欲している情報を持っているのではないかと考えた。近くに騎士がいるので答えてもらえない可能性が高かったが、駄目で元々と思い切って尋ねてみる。


「あの、セオドニー様、ご無礼を承知でお聞きしたいことがあるのですが……」


「なんだい?」


「調査団に参加していた友人の安否を確認したいのですが、セオドニー様ならば何かご存知でしょうか?」


 修介の問いに背後の騎士が何か言いたそうに体を動かしたが、セオドニーはそれよりも早く口を開いた。


「悪いんだけど、騎士団のそういった情報については部外者には教えられないんだ。いずれ戦没者の名簿が公開されると思うから、それを確認してとしか言えないね」


「そ、そうですか……」


 わかっていたこととはいえ、情報が得られずに修介は肩を落とす。


「でも、騎士じゃない人の事なら多少は教えてあげられるよ」


「えっ!?」


「たしか調査団には訓練場の訓練兵も参加していたらしいんだけど、その訓練兵は重傷を負ったものの生還したそうだよ。今は実家で静養しているとのことだ」


(ロイのことだ!)


 修介は咄嗟にそう思い至った。なぜセオドニーがロイのことを知っているのか、そしてなぜ彼の無事を修介が気にしていることを知っているのか気になったが、ロイが生きているという事実の前にその疑問はすぐに上書きされた。


「セオドニー様!」


 繰り返されるセオドニーの失言にこれ以上は見過ごせないと判断したのか、騎士が声を荒らげて大股で近づいてくる。


「わかったわかった。もう何も言わないよ」


 セオドニーは両手を上げて降参のポーズを取った。

 騎士はやれやれといった様子で一歩下がる。


「悪いんだけど、そろそろ行かないといけないみたいだ。もう少しゆっくり話したかったけどそれはまた今度という事で」


「はい。ありがとうございます」


 修介は貴重な情報を教えてくれたセオドニーに対して素直に頭を下げた。


「それじゃあね」


 そう言ってセオドニーは踵を返した。そして馬車に足を掛けたところで振り返ると「そうそう、ちゃんと仕事が終わったら忘れずにギルドに報告に行くんだよ?」と言った。

 修介は「はぁ」と間の抜けた返事をした。何をそんな当たり前のことを言っているのかと思ったが、考えるだけ無駄だろうとすぐに思い直す。

 セオドニーを乗せた馬車は数騎の騎士を従えて北門へと走り去っていった。

 修介はすぐにでもロイの家に向かいたいという衝動に駆られたが、さすがにギルドの依頼を途中で放り出すわけにもいかないので我慢した。

 街路に目を向けると、セオドニーの馬車と入れ替わるようにして商会の馬車がこちらへと向かって来ていた。その荷台にはたんまりと荷物が積み込まれていた。

 修介はため息をつくと、重い足取りで荷馬車へと向かうのだった。

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