第262話 事情聴取

 静寂があたりを支配していた。

 空洞内で唯一の生者となった修介は、機械のようにただ黙々とナーシェスに言われたことを実行に移した。

 魔法王の指輪をアレサで叩き壊し、ルーファスの死体を空洞の中心部にできた巨大な穴に引きずっていって指輪の残骸と一緒に投げ捨てた。死者を冒涜するような行為には抵抗があったが、使命感がそれを上回った。

 そしてすべてを終えた頃には精も根も尽き果て、一歩も動けなくなっていた。

 修介はナーシェスの傍に座りこみ、その顔を見つめる。

 ほんのわずかな時間とはいえ己の望みを叶え満足して逝ったからなのか、驚くほど安らかな死に顔だった。


「……お前は馬鹿だよ、ナーシェス。死んじまったら意味ないじゃないか……残されたヤツのことも少しは考えろよ……」


 大切なものを失った悲しみは、ちょっとしたことをきっかけに発作のようにしつこく心を蝕んでくる。それを何度も繰り返していくうちに少しずつ波が小さくなっていき、やがて心が受け入れられるようになるのだ。

 前の人生でも大切な人との別れをそうやって乗り越えてきた。

 それはつまるところ、今回の人生もまた同じようなことを繰り返さなければならないということだった。

 無性に空が見たいと、修介は思った。

 仰向けに倒れ込み、ナーシェスの魔法によって穿たれた天井の大穴を眺める。

 あの穴の真下にいけばひょっとしたら空が見えるかも……そんなくだらないことを考えているうちに意識を失っていた……。




 救援がやってきたのは、そのすぐ後だった。

 修介は意気揚々と調査に訪れたマッキオに発見され、意識を失ったまま荷物のように肩に担がれてパーティの元へと帰還を果たした。

 傷が炎症を起こしたせいで高熱を発して二日ほど寝込むことになったが、シーアの献身的な看病とナーシェスの残してくれたポーションのおかげで大事に至らずに済んだ。


 調査団は地上まで撤退し、拠点を設けて地下迷宮の調査と戦死した兵士の遺体を回収する作業を並行して行っていた。

 ちなみに撤退した場所は白い塔ではなく、修介とイシルウェが侵入した洞窟の外である。入口にかけられていた領域魔法は、ルーファスの死と共に無効化されていた為、普通に通れるようになっていたのだ。


 次に修介が目覚めたのは、その拠点に設けられた天幕の中だった。

 そこでようやくパーティの仲間との再会を果たし、互いの無事を喜び合う。

 だが、その喜びも長続きはしなかった。

 ナーシェスの死はパーティに暗い影を落としていた。

 たとえわずかな時間だったとしても、共に旅をした仲間の死はそう簡単に受け入れられるものではない。

 シーアの目には泣きはらした痕がはっきりと残っていたし、デーヴァンも背中を丸めて悲しそうに俯いている。イニアーでさえ軽口を言わずに沈痛な表情を浮かべていた。

 誰も言葉を発することなく、ナーシェスの冥福を祈る。

 天幕の中は深い海に沈んでしまったかのように静かだった。


 しばらくすると、デーヴァンとイニアーは外へ出ていった。地下迷宮で亡くなった兵士たちを埋葬する穴を掘る作業を手伝う為だという。

 修介も付いて行こうとしたが、「その身体で馬鹿なことを言わないでください!」とシーアに強い口調で窘められた。

 その時になって、修介は傷の痛みがだいぶ引いていることに気付いた。

 ナーシェス亡き今、癒しの術はそれ単体での効果は薄い。それがわかっていてもシーアは術をかけ続けてくれたのだろう。おそらく相当な無理をしたはずである。

 これ以上、彼女に負担をかけさせるわけにはいかないと、修介は大人しく毛布の上に横になった。


 ところが、そうおちおちと休んではいられなかった。

 すぐにマシューがやってきたからである。

 マシューからすれば、あの場で唯一の生き残りである修介は真っ先に事情を聞かねばならぬ重要人物である。目覚めたと聞いて駆け付けないはずがなかった。

 シーアが「せめてもう少し体調が回復してからにしてください」と抗議したが、マシューは頑としてそれを聞き入れなかった。

 シーアは半ば強引に兵士達に天幕の外へ追いやられ、修介はマシューと一対一で対峙することになったのである。




 マシューの顔つきは険しく、事情聴取というよりは容疑者の取り調べに近い雰囲気であった。


(そりゃそうなるよなぁ……)


 修介は心の中で嘆息する。

 そうなる理由に心当たりがありすぎた。

 事故とはいえ団を離れて単独行動をとり、独断で敵の本拠地に乗り込み、挙句の果てに許可も取らずに魔力炉の停止に向かったという、報連相すべてを放り出したのが修介である。

 ある程度の事情はマッキオから聞いているとしても、マシューの修介に対する信用度はゼロに等しいだろう。

 加えて現場の状況もよくなかった。犯人と目された白い塔の魔術師の姿はなく、残っていたのは複数の死体と生存者が一名のみ。

 この場合、唯一の生存者を疑うなという方が無理な話である。


 それについては修介も心に疚しさがあるだけに生きた心地がしなかった。

 魔法王の指輪を破壊し、ルーファスの死体を処分した件についてである。

 この事実が発覚すれば、間違いなく罪に問われることになるだろう。

 ただ、マレイドの口ぶりから、彼女がなんらかの使命を帯びて指輪を求めていたのは間違いないと修介は確信していた。となれば他にも指輪の存在を知っている者がいる可能性があるということになる。

 マシューという人物は信用できても、彼は騎士である。騎士は命令に対してどこまでも忠実であることが求められる。誰かの密命を受けていないという確証がない以上、迂闊に教えるわけにはいかなかった。


 とはいえ、なにがあったのかの説明をしなければならないし、自身への嫌疑も晴らさなければならない。

 白い塔の魔術師はどうなったのか。

 なぜ魔力炉が消失したのか。

 マレイドやタイグ、そしてナーシェスが死んだ原因。

 これらの疑問に真実を伏せたまま破綻なく答える必要がある。


 修介は無い知恵を絞って考えた結果、最小限の嘘で済む方法を選択した。

 魔力炉の前で魔術師と遭遇し、戦闘になったところまではそのまま話したが、自分が倒したことにはせず、魔術師が魔法を使おうとしたところ、魔力炉が暴走して魔術師共々消し飛んでしまったことにしたのである。

 そして、自分もその時に吹き飛ばされて気絶してしまった為、後のことについてはなにも知らない――そう説明したのだ。


「なるほどな……」


 マシューは重々しく頷いたが、納得していないのは顔を見れば明らかだった。

 魔力炉の暴走など、そんな都合の良い出来事が偶然起こったと言われても普通は信じないだろう。

 かくいう修介もまったくもってその通りだと思っていたが、否定できる人間がもうこの世に存在しないのだから、それが事実だと開き直るしかなかった。


「では、お前のパーティの魔術師や紫衣者のふたりがあの場にいたことについても、お前は何も知らないと言うのだな?」


「はい。むしろなんでそうなったのか、こっちが聞きたいくらいです。彼らはあなた方と一緒に行動していたはずでしょう?」


「気付いた時にはいなくなっていたのだ! 我々も負傷者の手当てでそれどころではなかったからな」


 マシューの声には怒りが滲んでいた。修介だけに留まらず、魔術師連中まで勝手な行動を取ったのだからその怒りはもっともと言えた。

 修介としては紫衣者の手綱を握っておかなかったマシューに文句のひとつも言いたいところだったが、知らぬ存ぜぬで通す以上、そういうわけにもいかなかった。


「あの三名が道中で接触していたり、怪しげな行動を取っていたりとかは?」


 マシューの問いに、修介は首を横に振る。


「少なくとも俺は見ていません」


「人獣についてはどうだ。奴は最初からその場にいなかったのか?」


「いませんでした」


 矢継ぎ早に繰り出される質問を、修介は心の中で「俺は何も知らない俺は何も知らない」と繰り返し唱えながら答えていく。


「……もう一度確認するが、白い塔の魔術師は魔力炉と共に消滅したのだな?」


 真偽を測ろうとする青い瞳が向けられる。

 修介はそれをまっすぐに見つめかえし「間違いありません」と答えた。


 しばしの沈黙の後、マシューは修介の証言を受け入れた。というより他に証言できる人間が存在しない以上、受け入れざるを得なかったというのが本当のところだろう。

 ナーシェス、マレイド、タイグの三名は人獣と交戦し相打ち……最終的にそういう扱いとなったようだった。

 ナーシェスが紫衣者と一括りにされたことは心情的に納得いかなかったが、そうなるように仕向けた本人に文句を言う資格があろうはずがなかった。


「結局、魔術師が何者で、なにが目的だったのかはわからぬままか……」


 マシューは深々とため息を吐き出した。


「すいません、いきなり襲われたのでそれどころじゃありませんでした。サラ――フィンドレイ家の屋敷を襲撃した魔術師の特徴と合致していたってことくらいしか……」


「別に責めてはいない。……ところで、魔力炉とやらはその目で見たのだな?」


「遠目からですが。状況が状況だったので、じっくりと観察したわけではありません。なんとなくでよければ絵を描きますけど」


 修介は筆を動かす仕草をしながら言った。それくらいはしないと良心の呵責に耐えられそうになったのだ。もっとも、画力に自信があるわけではないので役に立つかどうかは怪しいところだが。


「それは後日必要になったときに頼む。おそらく魔法学院から要望があるだろう」


「わかりました」


 それで聴取は終了となった。

 マシューの表情からは終始抑えきれぬ苛立ちが見て取れた。

 事件が一応の解決をみたとはいえ、救うべき民を救えず、犯人である魔術師も逮捕できず、多くの兵を失ったのだ。彼にとってこの結果が屈辱以外の何物でもないことは想像に難くなかった。


「……お前とは以前に訓練場の郊外演習で共に戦ったことがあったな」


 天幕を出て行こうとしていたマシューがおもむろに振り返り、そう問いかけてきた。


「はい。その節はお世話になりました」


「なぜそのまま騎士を目指さなかった?」


 質問の意図を咄嗟に測りかねた。

 修介は少し考えてから口を開く。


「色々と事情があったからですが、あえて理由を言うとすれば、戦う相手を自分で選びたかったから、でしょうか」


「それで冒険者か……」


 マシューの表情は苦々しさで満ちあふれていた。


「お前と、お前の仲間たちには感謝している……。だが、もし俺が冒険者を雇う必要に迫られたとしても、お前だけは絶対に雇わんからな」


 そう言い捨てて、マシューは天幕を出ていった。

 修介は気取られぬように小さくため息を吐いて、その背中を見送るのだった。


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