第221話 遺跡調査団
修介がソファーに座ると、タイミングを見計らっていたかのように侍女らしき若い女性がトレイを手に入室してきた。テーブルの上に湯気を立てているカップを置き、一礼すると音もなく部屋を出て行く。
それを見届けてからセオドニーはテーブルを挟んだ正面に腰を下ろした。
「結論から言うとね、君のお友達のエルフは今回調査しようとしている遺跡に連れて行かれた可能性が高い、と僕は考えているんだ」
「……詳しく話してください」
修介の言葉に、セオドニーは頷いた。
「事の始まりは一ヶ月ほど前、ヴィクロー山脈の麓にある村に住む一家が忽然と姿を消したという事件が発生したことなんだ。僕はその報告を受けて、人手不足に悩む騎士団に代わって独自に人をやって調査させた。その調査報告がなかなかに興味をそそられるものでね。なんでもヴィクロー山脈に連なるクルズ山の山奥で白い塔を発見して、そこで大量の動く妖魔の死体や絶滅したはずのサテュロスに遭遇したというものだったんだ」
「動く妖魔の死体にサテュロス……?」
耳慣れない単語に、修介は困惑気味に呟いた。
サテュロスという単語は前の世界でも聞き覚えがあったが、具体的にどういった存在なのかまでは知識にはなかった。
「色々と調べてみたところ、どうやらその白い塔は古代魔法帝国時代に当時の魔術師達の手によって建てられたものらしいんだ」
マッキオがいたら興奮のあまり卒倒しそうな話だな、と修介は思った。
「魔獣ヴァルラダン出現以降、僕は領地の南西、特にヴィクロー山脈付近をずっと気に掛けていた。あの巨大な魔獣はいつからあそこにいたのか、どうして今になって突然姿を現したのか、それらの疑問を放置するわけにはいかないからね」
修介は同意とばかりに頷く。
人々の間ではヴァルラダンの件は終わったことになっていても、領地を運営する側の人間にとってはそうはいかない。同じ悲劇を繰り返さない為にも、その原因を突き止める必要があるのは当然だった。
「案の定、ヴァルラダン討伐後も領地の南西一帯は妖魔の出現に悩まされ続けた。先日のグイ・レンダーやレギルゴブリンの一件は、君も記憶に新しいはずだ」
「セオドニー様はその白い塔にいるサテュロス……でしたっけ? そいつが村人を攫い、ヴァルラダンや上位妖魔の出現にも関わっているとお考えなのですか?」
セオドニーは首を横に振った。
「そこまではわからない。むしろ、僕が注目しているのはサテュロスじゃなくて動く妖魔の死体のほうだ。おそらくそれらは
「サテュロスが魔術師である可能性もあるのでは?」
「もちろんその可能性はあるけど、調査員の報告では、そのサテュロスは他に仲間がいるようなことを口にしたらしい。いずれにせよ、白い塔が魔術師の拠点である可能性が高いことに変わりはないだろう?」
「それは……そうですね」
「知っての通り、王国は厳しく魔法の管理を行っている。力を持った魔術師が勝手に拠点を作り、あげくに妖魔の死体を使って魔動人形を操っているとなれば、領地を統治する者として放置するわけにはいかない。だからこその今回の遺跡調査団というわけさ」
「……つまり、その白い塔の魔術師がサラの屋敷を襲撃した犯人と同一人物だとおっしゃりたいんですか?」
「騎士団からの報告では、サラ嬢の屋敷を襲った犯人も相当な魔法の使い手だったらしいじゃないか。それほどの実力を持った魔術師が同時期にふたりも現れるとは考えにくい。よしんば複数人いたとして、まったくの無関係ってこともないだろうしね」
「おっしゃりたいことはわかりますが、それだけで同一犯だと考えるのは、その……失礼ながら安直ではありませんか? 犯人は白い塔以外にも拠点を持っているかもしれないですし、まだ街の中に潜んでいるかもしれないじゃないですか」
そう口にしながらも、修介はセオドニーの推測が正しいだろうと考えていた。犯人が白い塔にいるとすれば、ナーシェスの使い魔がいる方角とも一致している。
「なるほど、たしかに君の言うことはもっともだね。……ところで、僕からも君にひとつ訊きたいことがあるんだけどさ」
「な、なんでしょうか」
セオドニーの眼光の鋭さに、修介は思わずたじろいだ。
「衛兵が声を掛けた時、君は街の外へ出ようとしていたみたいだけど、一体どこへ行くつもりだったんだい?」
「そ、それはもちろん攫われた仲間の捜索ですが……」
「この広大なグラスター領をなんの当てもなく? そもそも、犯人はまだこの街にいるかもしれないと言ったのは君だろう?」
「……」
語るに落ちるとはまさにこのことだった。
「サラ嬢を襲撃した犯人の行方は騎士団ですら掴めていないんだ。僕がさっき話した白い塔の情報も一部の者しか知らない極秘事項だ。当然、市井の民が知りえるものではない。そんな貴重な情報にもかかわらず、君はほとんど関心を示さなかった。まるで、もうすでに犯人の居場所に心当たりがあるみたいじゃないか」
「そ、それは――」
「もし君が犯人の居場所について何か情報を持っていて、それを隠匿していたとなれば、これはもう立派な反逆罪だ。騎士団にバレたらきっと大変なことになるだろうね」
この場で正直に答えれば不問にしてあげるよ、セオドニーの目はそう言っていた。
結局、修介はナーシェスの使い魔のことを話す羽目になった。
「……なるほど、使い魔かぁ。その魔術師君はなかなかに優秀だね。一度会ってゆっくりと話をしてみたいものだね」
セオドニーが感心したように言った。
「本人に伝えておきますよ。それで、セオドニー様は私が何か情報を持っていると確信していて、その確認の為にここに呼んだんですか?」
「それは違う。君の情報が図らずも僕の推論に信憑性を与えてくれたわけだけど、それと君を呼んだことは関係ない。僕の目的はあくまでも君に協力してもらうことだからね。白い塔の魔術師と襲撃犯が同一人物説は、言ってしまえば君を引き入れる為の撒餌みたいなものさ」
「どうしてそこまでして私を調査団に参加させたがるんです?」
その質問にセオドニーは形の良い眉をひそめた。
「……君はさっきから答えを知っていて、わざとすっとぼけているのかい?」
「そ、そんなことはないです」
「魔術師が相手となれば、マナのない君の体質が大いに役立つからに決まってるじゃないか。そうだろう? 魔法潰しの英雄シュウスケ殿」
修介はあやうく手にしていたカップを落としそうになった。
「……それもサラに聞いたんですか?」
「いや、違うよ。どういうわけかサラ嬢は僕と話している時には君のことを決して話題に出さないんだ。なんでだろうね?」
本気で気にしているのか、それともただの興味本位なのか、表情からは判断できなかったので、修介はその質問を無視することにした。
「いつから私の体質のことを?」
「君が冒険者ギルドに登録した日さ。僕は冒険者ギルドとも懇意にしているからね」
あの日のサラとのやり取りは、あの場にいたギルド職員なら耳にしていただろう。いくら他言無用とサラが口止めしたところで具体的な実行力はないのだから、そこから漏れるのはある意味で必然である。恐ろしいのは、その情報をあっさりと入手してしまうセオドニーの情報収集能力だった。
「強大な力を持った魔術師は脅威だ」
それまでの得意気な口調から一転、セオドニーの声に真剣味が帯びる。
「もし戦うとなれば上位妖魔以上に厄介な相手となる。だからこそ父上は騎士団を動員して一気に片を付けるつもりでいたわけだけど、例の妖魔の大侵攻が発生して調査自体が立ち消えになってしまったからね……。ここまでくると、大侵攻自体がその魔術師によって仕組まれたものなのではないかと邪推したくなるよ」
「いくらなんでもそれは……」
「実際のところは僕にもわからない。でも、こちらの状況がどうであろうと、早急にその魔術師に対処しなければならないことに変わりはない。兵力が不足しているのなら、別の方法でそれを補う必要がある。それで君に白羽の矢が当たったというわけだ。魔法潰しとまで呼ばれる君は、間違いなくこちらの切札になる」
セオドニーの言葉に、修介はあらためてマナのないという自身の体質がこの世界の人間にとって異質なものであるということを痛感させられた。
「状況から考えて、行方不明となった村人達は白い塔に連れ去られたとみていいだろう。彼らは大切な領民だ。当然、助け出さねばならない。そして、攫われた君の仲間もそこにいる可能性が高い。目的は一致しているんだ。だったらここは互いに協力し合うべきだと思わないかい?」
「……」
修介はセオドニーの真意を測りかねていた。
この男をどこまで信用していいのか、判断がつかない。
元々、修介は言葉の裏を読むことが苦手だった。腹芸ができるような器用さはなく、相手にそれをされて捌けるような機転や洞察力も持ち合わせていない。
こちらから率先して好意を示すことで相手の好意を引き出すのが修介の人付き合いの基本スタンスである。それでいて人を見る目がないので、前の人生でも割といいように他人に利用されてきたという自覚もあった。
「一応確認なんですが、そんな重要な任務に俺のような得体の知れない冒険者を連れて行っていいんですか?」
修介の言葉にセオドニーは「もちろん」と軽く請け負った。
「君には一定の信用がある。ヴァルラダン討伐や輸送部隊の件で騎士団からも高い評価を得ているようだし、父上が君を騎士にしようと声を掛けたことも聞き及んでいる。なにより、僕の可愛い妹からも随分と信頼されているみたいだしね」
そんなことまで知ってるのか、と思ったが今さら驚くようなことでもなかった。
修介はしばしの逡巡のあと口を開いた。
「……仮に協力するとしても、俺の目的はあくまでも仲間の救出です。いざという時は自分の目的を優先しますが、それでもよろしいですか?」
「もちろん――と言いたいところだけど、この話はあくまでも僕と君との間で個人的に行われたものだ。表向きはギルドを通じて雇った冒険者ってことになるから、その辺りは現場で上手く立ち回ってくれとしか言えないね。もちろん、僕から団長に事情は伝えておくけど、だからと言って特別扱いは約束できない」
「……」
修介は無礼を承知でセオドニーを睨んだ。
「そんな怖い顔をしないでくれよ。大丈夫、目的は一緒なんだ。必要な物資や移動用の馬や馬車はこちらで用意するし、協力に見合った報酬だってちゃんと支払う。君の仲間にとっても悪い話じゃないはずだ」
「調査団の指揮はどなたがとるんですか?」
「マシュー・アシュクロフト騎士長だ。彼のことは君も知ってるだろう?」
修介は頷いた。かつて郊外演習に参加した時に隊長を務めた騎士だった。人柄や指揮能力は十分に信頼に値する人物だったと記憶している。
「騎士団の方も参加するんですね」
「僕が主導とはいえ、領主グントラムの名において行われる調査だからね。それでどうだい、協力してくれる気になったかい?」
修介は手元に視線を落として考える。
だが、結論が出るまでそう時間はかからなかった。
セオドニーが裏で何かを企んでいたとしても、行方不明の村人を探すという目的に嘘はないだろう。アイナリンドを救出するこちらの目的とも合致している。
それに、強大な魔術師が相手となれば戦力は多いに越したことはない。修介自身、好んで少人数で乗り込もうとしていたわけではないのだ。
「……わかりました。協力します」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
セオドニーがいつもの作り物めいた笑顔を浮かべながら右手を差し出してきた。
修介は一抹の不安を覚えながらも、その手を握り返したのだった。
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