第220話 セオドニー

 神官戦士シーアを加え五人となったパーティは、アイナリンドの救出に向かうべく、グラスターの街を発とうとした。

 ところが、彼らの旅は街を出る前に早くも頓挫してしまった。

 西門を通ろうとしたところで、待ち受けていた衛兵に修介が身柄を拘束されてしまったのである。

 わけがわからぬまま連行されたのは、騎士団の詰め所ではなく領主の屋敷だった。

 修介は心配そうな顔で後をついてきたパーティメンバーに近くで待っててもらうよう伝えると、左右を衛兵に挟まれながら門を潜った。

 二階へ上がり、さほど広くない部屋に通される。はめ殺しの小さな窓があるだけで、室内は薄暗い。その息苦しさを美しい風景画で中和させようとしている無理やり感が部屋の主の性格を表しているようだった。


「やあ、よく来てくれたね。待ってたよ」


 奥の執務机に座っていた青年が立ち上がって言った。わざとらしい笑顔を張り付けているのは相変わらずである。


「ご無沙汰しております、セオドニー様」


 拉致同然に連れて来たくせに、という内心を隠して修介は慇懃に頭を下げた。

 セオドニーは領主グントラムの次男であり、修介にとっては訓練場で生活できるよう手配してくれた恩人でもある。

 見た目は端正な顔立ちをした優男なのだが、話をしているとまるで面を被った人間と対峙しているのではと錯覚するほどの胡散臭い雰囲気を持つ男である。

 ただ、修介はそれ以上に『只者ではない』という印象も抱いていた。

 この貴族の青年は、たいした用もないのに衛兵を使って人を連行するような無駄なことをする人物ではない、という謎の信頼感があった。

 修介が大人しく連行されたのも、衛兵がセオドニーの名を口にしたからだった。


「元気そうで何より。突然呼びつけたりしてすまなかったね」


「いえ……。それで、わざわざ衛兵に拘束させてまで私をここに連れて来た理由をお聞かせ願えますか?」


 セオドニーは質問には答えず、室内にあるソファーを指し示した。


「そう急かさなくても、茶を入れさせるからゆっくりくつろぐといい」


「いえ、結構です。外に連れを待たせていますので」


 アイナリンドを取り戻すという大事な旅の出鼻をくじかれたこともあって、修介の発した言葉の端々には意図せず棘が多分に含まれていたが、セオドニーはそんな修介の態度に気分を害した様子もなく頷いた。


「では単刀直入に用件を言うとしよう。シュウスケ君、実は君に古代魔法帝国の遺跡調査に参加してもらいたいんだ」


「古代魔法帝国の……遺跡調査?」


「そう。つい最近、あらたに古代魔法帝国時代の遺跡と思われる建造物が領内で発見されてね。領主グントラムの名において調査が行われることになったんだ。君にはぜひともそれに協力してもらいたい」


「はぁ……」


 あまりにも突飛な話に修介は間の抜けた声を出してしまった。

 古代魔法帝国の遺跡調査は、マッキオのようにそれを生業とする専門家――探索者がいるのだ。拉致同然に連れて来てまで一介の冒険者を同行させるようなものではない。

 そもそも、今の修介にとっては論外な提案だった。こうしている間にもアイナリンドがどんな酷い目に遭わされているかわからないのだ。遺跡調査とやらにのんびり付き合っている暇などあるはずがなかった。


「せっかくお声がけいただいたところ申し訳ないのですが、私には他に優先すべきことがあります。ですので、そのお誘いは辞退させていただきたく存じます。別の機会があれば喜んでお力になります。ですが、今回だけは御容赦ください」


「そうか、それはとても残念だ」


 言葉の割にセオドニーの顔はまったく残念そうに見えなかった。


「ご用件はそれだけでしょうか?」


「まぁまぁ、そう邪険にせず、せめて話だけでも聞いていってくれないか? たぶん今から僕がする話は、君の言う優先すべき事とやらにも関係があると思うんだ」


「……どういうことですか?」


「君はサラ嬢の屋敷を襲撃した犯人を追っているんだろう?」


 修介は驚きを顔に出さないようにするのにかなりの精神力を使った。


「どうしてそのことを?」


「君は僕が領主の息子だってことを忘れてやしないかい? 立場上、領内で起こった事件については嫌でも耳に入ってくるさ。ましてやサラ嬢はライセット家が懇意にしているフィンドレイ伯爵夫人の孫娘だ。その身辺には気を配るに決まってるじゃないか」


「そうではなく、俺――私が犯人を追うつもりでいることまではいくらなんでも知りようがないですよね?」


 修介の疑問に、セオドニーは目を細める。


「そんなことないさ。事実を並べていけば、君がそういう行動に出ることは予想がつく。例えば犯人に連れ去られたという人物についてだ。その人物はエルフなんだろう?」


 修介は驚きのあまり数秒黙した。


「なぜそれをって顔をしているね。その答えは簡単だ。サラ嬢に直接聞いたからさ」


「……は?」


 予想だにしていなかった事実に修介のポーカーフェイスはあっさりと崩れ去った。


「僕とサラ嬢は公私ともに深い付き合いがある。なんと言っても彼女をギルドの顧問としてこの街に呼び寄せたのは僕なんだしね」


 そう言うとセオドニーは机の上のカップを手に取り一口含んだ。冷めていたのか、不快そうに眉を潜める。今の修介にはその仕草さえ演技にしか見えなかった。


「僕はこれまで領内のことで色々とサラ嬢に便宜を図ってきたし、逆に彼女に頼んで魔法学院に便宜を図ってもらったこともある。ほら、魔獣ヴァルラダン討伐の時にフィンドレイ伯爵夫人が協力してくれたのも、サラ嬢の口利きがあったればこそさ。そうそう、少し前には彼女との婚約話なんかも持ち上がったりしたっけ」


「……」


「そんな顔しなくても、結局その話は流れたよ」


「……話を続けてください」


 期待通りの反応が得られたからか、セオドニーの能面のような笑顔には珍しくそれとわかる喜色が浮かんでいた。


「サラ嬢はそのエルフの娘を冒険者登録しようとしていた。そして、その為にギルドに便宜を図るよう裏で僕に話を通そうとした。それだけのことさ」


 たしかにサラならばそういうやり方でアイナリンドの安全を確保するくらいのことは平気でやるだろうな、と修介は思った。


「彼女の話によれば、そのエルフの娘は輸送部隊の一件で協力してくれたエルフと同一人物だと言うじゃないか。となれば当然、君とも親しい間柄であることがわかる。君たち冒険者は仲間を大切にするんだろう? なら、君がその救出に動くと考えるのはごく自然なことじゃないか」


「……なにごとにも例外はあると思いますけど?」


「僕の知っている君はその例外には当たらないよ」


 事も無げに言い切ったセオドニーを見て、修介は確信した。

 ようするに初めて会ったあの日から、ずっとこの男に監視されていたのだ。知らないところで周辺を探られていたことに不快感はあったが、出自不明の怪しい人間を放置する方が問題だと言われればそれまでである。

 そのおかげでアイナリンドに関する情報が得られるのだとしたら文句を言うつもりはなかった。


「――さて、納得してもらえたところで話を戻そうか。今回の遺跡調査と君が追っている犯人の関係についてだったね」


 そう言うと、セオドニーはあらためてソファーに座るよう促してきた。

 今度は修介も大人しく従った。


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