第245話 決断

「止まってください!」


 しばらく進んだところで、突然アイナリンドが鋭い声をあげた。


「いきなりどうした?」


 修介は振り返って尋ねたが、アイナリンドはそれには答えず、目を閉じて長い耳に手を当てている。


「何か音がします……金属同士がぶつかり合うような音……この先で誰かが戦っているみたいです。それもかなりの人数で」


「ひょっとしたら調査団かも」


 ナーシェスが通路の先に視線を向けながら言った。


「急ごう!」


 修介は言うと同時に走り出していた。他の者も後に続く。

 この先にはいくつかの通路が集約されている比較的大きな広間がある。そこには複数の竜牙兵が配置されていたが、通り抜けた際にすべて破壊しておいたはずだった。

 だが、扉を開けて広間に入ると、信じられない数の竜牙兵ドラゴン・トゥース・ウォリアーに調査団が追い立てられていた。軽く百体は超えているだろう。他の通路からも次々と押し寄せてきており、まだまだ増え続けそうな勢いだった。


「嘘だろ……まだこんなにいたのかよ……」


 圧巻の光景に修介は呆然と呟く。


「侵入者を奥深くに誘い込んで退路を断ってから始末する。ま、常套手段だわな」


 イニアーは軽い調子で言うと、修介を押しのけるように前に出て調査団に向かって声を張り上げた。


「おい、こっちだ! こっちの通路に入れ!」


 複数ある通路のなかで、修介達がやってきた通路には当然だが竜牙兵はいない。状況的に考えて他に選択肢はない。

 調査団の面々は修介達のいる通路へと飛び込んだ。全員が入ったところで修介とイニアーのふたりがかりで扉を閉める。


「扉を押さえろ!」


 マシューの指示で、兵士達がこぞって扉を押さえつける。

 直後に、竜牙兵が扉に激突するくぐもった音が聞こえてきた。扉は鉄製なので、そう簡単に破られることはないだろう。

 それでようやく調査団の兵達は一息つくことができたようだった。


「負傷している方はこちらへ!」


 シーアがさっそく怪我人に癒しの術を使って治療を始めていた。ナーシェスも鞄からポーションと取り出して比較的軽傷な者に渡している。


「なんだってこんな大量の竜牙兵がいるんだ!」


 探索者のひとりがそう吐き捨てた。

 本来、竜牙兵は地下遺跡でも滅多にお目に掛かれる存在ではない。なぜならば使われる素材が貴重だからである。その名の通り、竜の牙を使って作られる魔動人形ゴーレムなのだ。そんなものが大量に湧いてくれば、文句のひとつも言いたくなるだろう。


「そう長くはもたんだろうな……」


 マシューが焦燥を滲ませた声で言った。それに不規則に扉を殴りつける音が続く。


 デーヴァンが抱えていたイシルウェを壁際にそっと寝かせ、敵の突入に備えて戦棍メイスを手に前に移動する。

 修介も後に続こうとしたところで、いきなり強い力で肩を掴まれた。

 振り返ると、マッキオが立っていた。

 さしもの彼も無傷というわけにはいかなかったようで、こめかみのあたりから血が一筋流れている。彼が負傷しているという事実が、調査団が相当な激戦の中を潜り抜けてきたということを示していた。


「マッキオさん――」


 無事だったんですね、と言うよりも先に顔が至近に迫っていた。


「シュウスケくんッ! この先から戻ってきたんだよねッ! 何があった!?」


「何がって……奥にあったのはただの牢獄でしたよ」


「なんだ……」


 露骨にがっかりして肩を落とすマッキオ。

 この人はぶれないな、と修介は呆れたが、この状況下でも変わらないマッキオの態度は、どこか頼もしくも感じられた。


「とにかく無事でよかったですよ」


「お互いにね。崖から落ちたと聞かされた時はもう駄目だろうなぁと思ったけど、こんな迷宮の奥深くで再会するんだから、やっぱり君は持ってるんだねぇ……」


「そんなこと呑気なこと言ってる場合じゃないでしょう。あの大量の竜牙兵はどっから湧いてきたんですか?」


「そんなの僕が聞きたいくらいだよ。この階層に下りてしばらくしたら、いきなりあちこちから大挙して押し寄せてくるんだからまいったよ」


「途中の竜牙兵は俺があらかた壊しておいたはずなんですけどね……」


「だいたい、一度にあんな大量の竜牙兵を動かすなんて普通はありえないんだ。少しは常識ってものを考えてほしいよね!」


 マッキオはそう言って頬を膨らませた。

 あんたが常識を語るな、と修介は思ったが、さすがに口には出さなかった。


「現実を見ましょう。いくらありえなくても、あいつらは絶賛稼働中で、今も扉を破壊しようと躍起になってますよ」


「そう。だからこれには必ず仕掛けがある。あれだけの竜牙兵を一度に使役できるような仕掛けが。ほら、前に話さなかったっけ? 古代魔法帝国では大型の魔動機を動かす為の特別な動力源があったって。きっとここにもそれに類する物があるはずなんだ」


 マッキオのその発言に、近くでイシルウェの具合を診ていたアイナリンドが「あっ」と声を上げた。


「どうした、アイナ?」


「……今思い出したんですけど、迷宮の奥にあった魔動装置を、あの魔術師はたしか『魔力炉』と呼んでいました」


「名前からしてそれっぽくないですか?」


 修介がマッキオを見ると、彼はこれまで見たことがないほどに目を輝かせていた。興奮のせいか全身もぷるぷると震えている。


「そ、それこそ古代魔法帝国の秘密そのものじゃないか……。す、すごいぞ、もしそうならとんでもない大発見だぞ……」


「アイナ、その装置がどこにあるかわかる?」


 修介の問いに、アイナリンドは頷いた。


「あの牢獄を出て、最初の分かれ道を私たちが進んだのとは反対の通路の先にある空洞です。そこに巨大な炉のような物がありました」


「それで間違いない! そいつを止めれば、竜牙兵を無力化できるかもしれないぞ!」


 マッキオがそう叫んだ直後だった。

 ひときわ大きな破砕音が轟いた。


「扉が破られるぞ! 全員下がって隊列を組めッ!」


 マシューの叫び声に扉が打ち倒される派手な金属音が被る。

 倒れた扉を乗り越え、竜牙兵がなだれ込んできた。


「があああッ!」


 デーヴァンが先頭の竜牙兵の頭部を戦棍メイスで叩き割った。

 人間であれば、その豪勇ぶりを見て怯まぬ者はいないだろう。

 だが、感情を持たない竜牙兵は躊躇なく残骸を踏み越え、通路に侵入してくる。そして侵入者を排除すべく、淡々と、正確に、急所を狙って剣を振るう。


「ううっ!」


 デーヴァンの腕から鮮血が飛び散る。すかさずイニアーとマシューが前に出て竜牙兵の追撃を阻止した。下がったデーヴァンの元へシーアが駆け寄り、神聖魔法を唱え傷を癒す。

 それを見て、修介も加勢しようとアレサの柄に手をかける。

 だが、その腕をマッキオが掴んで止めた。


「待った、シュウスケ君。君がすべきはここで戦うことじゃない」


「なに言ってんすか、竜牙兵相手なら俺がやらないと――」


 マッキオの視線が通路の奥へと向けられる。

 それだけで修介は彼が言わんとしていることを理解した。


「……まさか俺に魔力炉を止めてこいと?」


 マッキオはこくりと頷いた。


「いやでも――」


「問答している暇はない。あの調子で竜牙兵が増え続けたら、どのみち全滅だ。だったら一か八かで根本を絶つしかない」


 たしかに狭い通路内で乱戦になれば、魔動人形ゴーレムに認識されないというメリットはほぼ無意味になる。それに、あれだけの数の竜牙兵をひとりで破壊するのは現実的に考えて不可能だった。


「けど、俺は魔力炉の止め方なんて知りませんよ?」


「そんなの僕だって知らないさ。実物を見てなんとかしてくれ」


「んな無茶な……」


「あのっ!」アイナリンドが声を上げた。


「魔力炉を動かす為にはコアと呼ばれるものが必要だって、あの魔術師が言ってました」


コア?」


「サラさんの屋敷にあった、あの水晶玉です」


「あれか!」


 地下遺跡で手に入れたプラズマボールみたいな水晶玉……たしかにそれを破壊できれば、魔力炉が止まる可能性は高いように思えた。


(俺にそんなことができるのか……?)


 修介は無意識に下を向いていた。

 ここでの決断は、調査団の……いや、もっと多くの人々の命運を左右するかもしれない。前世でそういったものからひたすら逃げ続けてきた修介にしてみれば、あまりに重すぎる決断だった。


「シュウスケ君。気休めかもしれないけど、ここの主にとって君は間違いなくイレギュラーな存在だ。だから、君ならきっとうまくやれるはず……っていうよりかは、君じゃなきゃ無理だ」


 珍しくマッキオが真面目な顔で言った。


「マジで気休めっすね……」


 修介はため息を吐きつつ、顔を上げた。視線の先では仲間たちが必死に戦っていた。

 この窮地を脱する為になにが最善なのか、わからない。ならば自分にしかできない選択肢を選び、後悔のないよう全力を尽くしかなかった。


「……わかりました。俺が行って、魔力炉を止めてきます」


「で、でしたら私が案内をします!」


 アイナリンドがすかさず名乗りを上げたが、マッキオに「それはダメだ」と強い口調で止められた。


「僕がここの主なら絶対に魔力炉に至るまでの通路に魔法の罠や魔動人形ゴーレムを配置する。シュウスケ君以外の人間が行けば間違いなくそれに引っ掛かる。逆に言えば、シュウスケ君だけなら簡単にたどり着ける可能性が高いってことだ。だから、ここは彼がひとりで行くのが最善なんだ」


「そ、そんな……でも――」


「僕だって行きたいのは山々なんだ! くそう、なぜ僕の身体にはマナがあるんだ! シュウスケ君ばっかりずるいぞ!」


 マッキオが今にも血の涙を流しそうな顔で文句を言った。


「そんなこと俺に言われても……。とにかく、俺が行きますから、後は頼みます!」


「シュウスケさん!」


 その声に振り返ると、シーアと目が合った。

 彼女が何を言わんとしているのか、修介はわかるつもりだった。


「大丈夫です。命を粗末にするつもりはありません。ささっと行って、ささっと帰ってきます」


「……わかりました。ご武運を」


 修介は力強く頷き返すと、迷宮の最奥へ向かって走り出した。


「できれば魔力炉は壊さず止めるだけにしてくれよ!」


 マッキオの要望は聞こえなかったことにした。


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