第246話 領都防衛戦
グラスターの街の南部では、侵攻する
敵の正体が
その事実は彼らに恐怖ではなく、怒りをもたらした。
兵士達は初期の混乱から立ち直ると、それぞれの持ち場を死守しようと奮闘した。
すると、それを見た住民の中に、戦いに加わろうとする者が現れ始めた。彼らは自分たちの住む街を、あるいは家族や友人、恋人を守ろうと、手近にある武器や棒切れを手に取った。
とはいえ、所詮は素人である。それらの抵抗は組織立ったものにはならず、
最激戦区となったのは、南門から一番近い場所に位置する生命の神の神殿だった。
神聖騎士ブルームは周辺にいた兵士達をかき集め、神殿の正門前を囲うように配置して
ノルガド、クナル、トッドの三人は、いつでもフォローに動けるよう正門の内側で待機していた。
「左から二匹入り込んだ! ノルガド、カバーして!」
サラの指示にノルガドは素早く視線を巡らせる。兵士達が討ち漏らした二体の
「ふんッ!」
戦斧を振り回し、かつてゴブリンだった
元がゴブリンだけあってさほど戦闘力は高くないが、いかんせん数が多い。
それでも辛うじて持ちこたえられているのは、神殿という場所柄、神聖魔法の使い手が多くいたこと、そしてなによりシンシア嬢を守らんとする兵士達の士気の高さのおかげであった。
だが、それもそう長くはもたないだろう。
「サラ! おぬしは神殿の中に入っておれ!」
ノルガドは前を向いたまま声を張り上げた。
「いやよ」
小気味よいと思えるほどの即答が返ってくる。
「ここが突破されたら神殿の中にいたって同じよ。だったら最後まで抗ってやるわ」
「じゃが、おぬしは――」
「それよりも、ひとつ気が付いたことがあるの。
「こんなときになんじゃ!?」
「いいから聞いて。
「それがどうしたと言うんじゃ?」
「どんなに優れた術者でも、これだけの数の
ノルガドに瞳に理解の色が浮かんだ。
「……つまり、司令塔的な役割を果たしている奴がおって、そやつが他の個体を率いておると?」
「たぶんだけど、あの妖魔の姿をした
「妖魔が協力しておるとでも言うのか!?」
ノルガドが目を剥いた。
「違うわ。使い魔として使役されているのよ。これだけのことをやってのける魔術師ならゴブリン程度の下位妖魔を使役するなんて造作もないでしょうからね」
「なんと……」
「だから、その司令塔の妖魔を倒せば、少なくとも集団としてはまともに機能しなくなると思う。それだけでこの状況が打開できるわけじゃないだろうけど、試してみる価値はあると思わない?」
「じゃが、どうやってその司令塔とやらを見分けるんじゃ? あきらかに欠損している奴は別としても、五体満足の奴はそう簡単に見分けがつかんぞ」
「使い魔と
「そんなことができるのか?」
「わからない。だけど、今の私じゃこれくらいしか役に立てそうにないから、頑張ってみる」
サラは前方を見据えて集中し始めた。
それを見てノルガドも覚悟を決める。
遠目からかすかな魔力の違いを見分けるなど、そう簡単にできることではない。
それでもサラがやるというのなら、とことんまで付き合うつもりだった。
「話は聞いておったな。これはこの戦いの行く末を左右するかもしれん重要な役目じゃ。おぬしらも心してかかれ」
ノルガドは近くにいるクナルとトッドに声を掛ける。
「任せろっ!」
クナルが気合の入った声で応じ、トッドは緊張の面持ちで頷いた。
(それにしても――)
ノルガドはいつでも指示に反応できるよう体勢を整えながら、ちらりと横目でサラの様子を窺う。
(この一年で随分と変わったもんじゃな……)
ノルガドの脳裏に、幼き日のサラの姿が思い描かれる。
サラは物心ついた時から祖母の研究室に出入りし、大人でも理解出来なさそうな分厚い魔術書を熱心に読みふけるほどの魔法好きな娘だった。
その才能は偉大な魔術師である祖母の後継者と周囲から期待されるほどであった。サラ自身、そのつもりでいたようだし、それに相応しい努力もしていた。
一方で、祖母譲りの好奇心旺盛な性格と豊かな才能故に、無鉄砲で考えなしな部分が多々見受けられた。
魔法を扱えるようになってからはとにかく楽しくて仕方がないようで、のべつ幕なしに魔法を使っては周囲に迷惑を掛けてばかりいた。
今となっては笑い話であるが、覚えたての火の魔法で、ドワーフにとって命とも言える髭を焦がされたこともあった。
そんな破天荒な部分も、隊商襲撃事件で人を殺めてからは少しは大人しくなるかと思ったが、見聞を広げる為にと始めた冒険者稼業が悪い意味で彼女に自信を与えてしまう結果となった。
サラはその才能を如何なく発揮して冒険者として多くの功績を上げていった。そして、その過程で、『自分は正しく力を使えている』と自信を深め、魔法を使うことを躊躇しなくなってしまったのだ。
グラスターの街に来てからもそれは変わらなかった。心配したベラに孫の面倒を見てくれと直々に頼まれたが、ノルガドがいくら注意しても、天真爛漫な彼女の耳には半分も届かなかった。
しかし、そんなサラに転機が訪れる。
きっかけは修介との出会いだった。
マナがないという特異な体質を持つ、あの黒髪の青年との出会いが、彼女に慎重に魔法を扱うことを強いたのである。
もしくは、初めて自分よりも無鉄砲で考えなしな人物と出会ったことで、冷静に自分自身を見つめ直すきっかけになったという単純な話なのかもしれなかった。
いずれにせよ、修介と出会ってから、ただ好きで魔法を使っていただけのサラが、誰かの為に魔法を使うようになった。
あのわがままで自分勝手な娘が、ようやく魔術師として正しい道を歩み始めたのだ。
――その矢先での襲撃事件だった。
今のサラは魔法が使えない。手に杖こそ持っているが、あの日以来、魔力をコントロールすることができなくなっていた。
その事実が彼女の心にどれだけ深い傷を負わせているか、幼い頃からその成長を見守り続けてきたノルガドには痛いほどわかった。
それでもサラは魔法に頼らず、冷静に状況を分析してみせた。
修介が旅立つ際には、心配かけまいと自身の身体のことは最後まで口にせず、それどころか祖母からもらった大切な
聞けば、攫われたエルフの娘は大事な友達なのだという。
ノルガドの知るなかで、サラの友人と呼べるのはヴァレイラくらいなものだった。それがいつの間にか、そこまで大切に思える仲間ができていたのだ。
ノルガドはそこにたしかな成長を見た。
(成長した孫の姿をベラのやつに見せてやるまでは死なせられんて)
戦斧を握る手に力がこもる。
「――あれよ! あの集団の右から二番目!」
サラが声を上げると同時にノルガドは戦斧を構えて突っ込んだ。
兵士に向かって飛び掛かろうとするゴブリンの脇腹に横合いから戦斧を叩き込み、胴体を真っ二つにする。
すると、周囲にいた他のゴブリンの動きがあきらかに鈍くなった。まるで目隠しでもされたかのようにふらふらと左右を行き来する。
時間にすればわずかな時間だが、実戦でその隙は致命的である。混乱する
「決まりじゃな」
ノルガドはすぐさま最前列で指揮を執っているブルームに駆け寄り、口早に状況を説明した。
ブルームは「そいつは朗報だ」と喜んだが、正門を死守する役割を放棄するわけにはいかないことから、司令塔を破壊して回る役目は冒険者の手に託された。
その後、サラの的確な指示と、若きふたりの冒険者の目覚ましい活躍もあって、押し込まれる寸前だった正門前の戦況はだいぶ持ち直したのである。
「ようやった」
ノルガドの言葉に、サラははにかんだような笑顔を浮かべた。
だが、その喜びは長続きしなかった。
左側から大きな破砕音が轟く。神殿を囲う壁が崩れ去る音だった。
開いた穴から
「ぬおおおおッ!」
ノルガドは侵入してくる
討ち漏らしたゴブリンが奇声を上げながら後方のサラに襲い掛かる。
「逃げろッ!」
それが無理な話であることはわかっていた。それでもノルガドは叫ばずにはいられなかった。
「やれるものなら、やってみなさい!」
サラはゴブリンを迎え撃とうと杖を振りかぶった。
そのすぐ脇を光る何かが通り過ぎた。
次の瞬間、目の前のゴブリンの頭に短刀が突き刺さっていた。ゴブリンはそのまま地面に突っ伏して動かなくなる。
サラが驚いて振り返ると、少し離れた場所に包帯だらけの女戦士が立っていた。
「ヴァル!?」
「悪いな、寝過ごしちまった」
ヴァレイラがバツの悪そうな顔で言った。
「どうして……?」
「こんな楽しそうな祭りに参加しない手はないだろ」
強気な発言とは裏腹に、ヴァレイラの足元はおぼつかず、剣を杖代わりにしなければ立っていることすらままならない様子だった。
「そんな身体じゃ無理よ!」
「どうせあのまま寝てても殺されるだけだ。だったらあたしは、最後まで戦って前のめりに死にてぇ」
そう考えているのはヴァレイラだけではないようだった。気が付けば、宿舎で寝ていたはずの兵士や、神殿の中に避難していた者も戦いに加わろうと外に出てきていた。
「身体が動く限り戦って、一体でも多く道連れにしてやるよ!」
「ヴァル……」
「そんな顔すんなって。……でもよ、こうなるとシュウの奴がここにいなくてよかったよな」
「えっ?」
「あいつは弱っちいからな」
サラはどういう意味か視線で問うたが、ヴァレイラに答える気はなさそうだった。
ただ、サラにはなんとなく彼女の言いたいことがわかるような気がした。
おそらく自分が死ぬところを修介に見せたくないのだ。それほど心の強くない修介が仲間の死を目の当たりして取り乱す姿が容易に想像つく。そして、間違いなく必要以上に自分を責め、負わなくてもいい重荷を背負おうとするだろう。
(まったく、なんだかんだでシュウには甘いのよね)
だが、サラにはヴァレイラの考えに賛同するつもりはなかった。
あの臆病な修介が何のために必死に戦っているのか、その理由を考えれば、彼の手が届かないところで死ぬわけにはいかない。
なにより、みんなで一緒に王都へ行くと、そう約束したのだから。
「私はこんなところで死ぬつもりはないわ」
サラはヴァレイラの目を見て、はっきりとそう告げた。
「そうかい……。ま、あたしもそう簡単にくたばるつもりはないけどな」
ヴァレイラはにやりと笑い、剣を構えた。
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