第244話 戸惑い
無事に再会を果たした一行は、調査団と合流すべく移動を開始した。
先頭を任されているのは修介である。
修介は分かれ道に差し掛かる度に足を止めては後ろを振り返る。
「えーと、どっちだっけ?」
「左だよ」
ナーシェスが呆れ顔で答えた。
「ほんとに大丈夫かい? そんなんでよくこんな奥深くまでたどり着けたよね」
「ははは……」
言うまでもなくアレサという優秀なナビがあったからだが、それを説明するわけにもいかないので、修介は乾いた笑いで誤魔化した。イシルウェが気を失っているのが不幸中の幸いと言えた。
「頼むぜ、旦那ぁ」
最後尾のイニアーから非難がましい声が届く。
「ナーシェス、念のため後ろから指示してくれ……」
修介の要請に、ナーシェスは「了解」と肩をすくめながら答えた。
「シュウスケさん、彼女の意識が戻ったようです」
シーアが背負ったアイナリンドの様子を見ながら小声で言った。
ちょうどゆっくりと目を開いたところだった。
修介は「アイナ!」と声を上げて駆け寄る。意識が朦朧としているのか、アイナリンドはシーアの肩に顎をのせたまま、二度三度と瞬きしてからようやく修介の顔を見た。
「あれ……シュウスケさん? どうしてここに……?」
「助けに来たんだ。弟さんも一緒だ」
そう言って修介はデーヴァンに抱えられているイシルウェを指し示した。
「おと、うと……?」
寝ぼけまなこがゆっくりと指先を追う。イシルウェの姿を捉えた瞬間、アイナリンドは目を大きく開き「イシルっ!?」と叫んだ。
「どうしてイシルがここに!? それにどうしてデーヴァンさんに抱えられているんですか!?」
「落ち着いて。大丈夫、眠ってるだけだから」
その答えにアイナリンドは安心したように息を吐き出したが、直後に何か思い出したのか、慌てたように再び顔を上げた。
「そ、そうだ! サラさんとヴァレイラさんは……おふたりは無事なんですか!?」
「そっちも大丈夫。ふたりとも街でアイナが帰ってくるのを待ってるよ」
修介は自分そっちのけで他人の心配ばかりしているアイナリンドに苦笑しつつ、簡単に事情を説明した。ただ、サラの体については触れなかった。それは今伝えなくてもいい情報である。
「……私を助ける為に来てくれたんですか?」
アイナリンドの表情には、喜びよりも戸惑いの色が強く出ていた。
「そうだよ。さっきも言っただろ」
「どうして……?」
「あー、まだ冒険者になってないアイナは知らないかもだけど、冒険者にとって仲間ってのはとても大切な存在なんだ。だから仲間が攫われたら助けに行くのは当然のことなんだよ」
「けど、私は――」
「仲間だよ」
修介は真顔で言った。
「少なくとも俺はそう思ってる。他のみんなだって事情をわかった上で協力してくれてる。だから気にすんな」
アイナリンドは何も言わずに俯いてしまった。その顔にタイトルを付けるとしたら「恐縮至極」あたりになるだろうか。その心情は仲間に助けられてばかりの修介にはよく理解できた。
「……わかった。本当のことを言おう」
「え?」
「実は俺たちはアイナを救出してくれっていう依頼を受けてるんだ」
「依頼、ですか?」
「そう。だから仕事としてきたわけで、別にアイナの為にきたわけじゃないんだ」
なんかツンデレみたいなこと言ってるな、と修介は自分自身に突っ込みを入れる。
「で、でも、誰がそんな依頼を?」
「おっと、それは教えられないな。依頼人は匿名を希望しててね。冒険者には守秘義務もあるんだ。とにかく、俺らは報酬目当てで来ただけだから、アイナはつまらないことは気にせず、ちゃんと俺らに救出されてくれ。じゃないと報酬が貰えないからな」
口にした修介でさえ白々しいと思ったほどである。彼女の心が少しでも軽くなればという意図の冗談だが、アイナリンドは妙に真面目くさった顔で「そういうことなら、ちゃんと帰らなければなりませんね」と答えた。
よくよく考えればエルフは相手の感情がわかるのだ。むしろ余計な気を使わせてしまったかもしれなかった。
「ところで、のんびり立ち話してる余裕があるのか?」
後ろからイニアーが会話に割り込んできた。
「移動しながらでも話はできるだろう。目覚めたばかりの嬢ちゃんには悪いが、ここでのことをできるだけ詳しく話してくれ。今は少しでも情報が欲しいからな」
イニアーの発言で一行は移動を再開する。
アイナリンドは自分が背負われたままであることに気付き、慌てて降りようとしたが、シーアに「いいからこのままで」と優しく諭され、申し訳なさそうに再び彼女の肩に頭を預けた。
そして、サラの屋敷から連れ去られてからのことを話してくれた。
「魔動装置?」
「はい。この迷宮の奥にありました。それを起動させる為の儀式にエルフである私が必要だったみたいです。私以外にもここに連れてこられた人達がいたようですが、おそらくもう……」
アイナリンドは沈痛な面持ちで下を向いた。
「なんということを……!」シーアの声が怒りに震える。
「それで、その魔術師ってのは何者なんだ?」
イニアーが特に感情のこもらない声で尋ねた。
「わかりません。ただ、とてつもなく強い力を持った魔術師です。おそらく古代魔法帝国の技術にもかなり精通していると思われます」
「他には?」
「あとは……名前がルーファスということくらいしか……」
その名を聞いた途端、ナーシェスが驚いて顔を上げた。
「ちょっと待った、その魔術師は本当にルーファスと名乗ったのかい?」
「本人が名乗ったわけではなく、その魔術師と一緒にいたサテュロスがそう呼んでいたんです」
「ルーファスって名前になにか心当たりでもあるのか?」
修介が振り返って尋ねると、ナーシェスは神妙な顔で頷いた。
「たぶん偶然だろうけど、古代魔法帝国時代末期に同じ名前の魔法王がいたんだ」
魔法王……古代魔法帝国時代に魔導を極めた十二人の王。圧倒的な魔法の力で世界を支配していた恐るべき魔術師。魔神と並び、多くの人々にとって恐怖の象徴となっている。
「けど、それって何百年も前の話だろ? さすがに同一人物ってことはないんじゃないか?」
修介としては常識的な見解を口にしたつもりだが、ナーシェスは賛同することなく顎に手を当てて唸る。
「どうだろう……古代魔法帝国時代の魔術師のなかには何百年という時を生きた者も存在したらしいから、ひょっとしたらということはあるかも。皇帝なんて初代からずっと代わっていないっていう説もあるくらいだし……。そもそも、強力な結界だったり大量の
「……」
重苦しい沈黙が一同を包む。
「だとしても今さらだろ。相手がヤバい魔術師だってのはわかってたんだ。びびったところで状況が変わるわけじゃない」
修介はあえて強気に言い放った。ここで弱気な発言をすれば、アイナリンドが自責の念にかられてしまうと思ったからだが、どちらかというと皆を巻き込んでしまった自分自身が堪えられそうにない、というのがより本音に近いかもしれない。
「シュウ君の言う通りだね。幸い、これだけ騒いでいても出てこないってことは、その魔術師はここにはいないんだと思う。なら、今のうちに調査団と合流して対策を話し合った方がいい」
ナーシェスのその意見に反対する者はいなかった。
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