第161話 接敵
その隠し通路を発見できたのは偶然だった。
竜牙兵との戦闘を終えた一行は、しばしの休息の後、来た道を戻って別の通路を進んでいた。
すると、通路の天井から突然スライムが落ちてきて、それに驚いた修介がいきなり飛び退いたせいで真後ろにいたマッキオにぶつかり、よろめいたマッキオが壁に手をつこうとしたところ、そのまま壁をすり抜けて派手に転んだ。
その壁は魔法で作られた幻覚だったのである。
「やっぱりシュウスケ君は持ってるねぇ」
嬉しそうに言うマッキオに修介は乾いた笑いを返すことしかできなかった。
そうして発見した隠し通路の先にあったのは、一辺が三〇メートルくらいはありそうな広いだけの部屋だった。棚やテーブルなどは置かれておらず、床や壁に何かが描かれていることもない。
唯一、奥にある物々しい装飾を施された巨大な扉が、無機質な部屋の中で異彩を放っていた。
「これはまた随分といわくのありそうな場所だな……」
修介は目の前に広がる光景を見てそう感想を漏らす。
よく見ると、扉の両脇には何かが山積みになっていた。それがなんなのかはここからでは遠すぎてわからない。
一行はノルガドを先頭に慎重に部屋の奥にある扉へと向かう。
扉に近づくにつれ、山積みになっている物の正体がわかった。
それは妖魔の死体だった。
十数体のゴブリンやオークの死体が扉の左右に積み上げられていたのだ。しかも、どういうわけかそれらの死体は異様に干からびていた。
「地下遺跡の奥になんで干からびた妖魔の死体があるんだよ」
ヴァレイラが誰もが抱くであろう疑問を口にした。
「長い間ここに住んでた、ってことはさすがにないよなぁ……となると、例の獣がここに運んできたってことになるんじゃないか?」
修介は周囲を警戒しながらそう答える。
「なんで獣がそんなことするんだよ?」
「んなこと俺に聞かれてもわかるわけないだろ」
そんな生産性のないやり取りをする修介たちとは対照的に、黙って妖魔の死体を調べていたノルガドが口を開く。
「こんな異様な死体は見たことがないの……。おまけにどの死体にも致命傷になりそうな外傷がないときておる」
「代わりに何か鋭い物で刺された傷跡がある」
反対側の死体の山を調べていたエーベルトがそう補足した。
ノルガドはあらためて死体の傷口を確認する。
エーベルトの言う通り、どの死体にも小さな穴が穿たれていた。おまけに傷口の周囲がどす黒く変色している。
「毒、か……」
ノルガドの呟きにエーベルトは頷き返す。
「あの森で見た妖魔の死体にも似たような傷跡があった」
「なるほど……つまりわしらが探している獣が毒を使ってこやつらを殺したということか……」
「――いいえ、妖魔の死因は毒じゃないわ」
ノルガドの言葉をサラが即座に否定した。
「どういうことじゃ?」
「この扉よ」サラは目の前の巨大な扉を指さした。「この扉には強力な魔法が掛けられているわ。詳しく調べないとはっきりとしたことは言えないけど、たぶんこの魔法は……」
サラはそこで一旦言葉を切る。
その表情は今までに見たことがないほど強張っていた。
「この魔法は触れた者の生命力を吸い取る術……吸命の術よ。それも相当強力なやつ。扉に触れようものならあっという間に生命力を吸い取られて死ぬわ」
「マジかっ!?」
修介は慌てて扉から離れる。魔法が掛かっているとわかった上で見てみると、たしかに扉からは薄っすらと淡い光が発せられていた。
「……たぶんだけど、毒を使って麻痺させた妖魔をここに運んできて、扉に触れさせることで魔法を発動させていたのよ。この地下遺跡はもうマナが供給されていないみたいだから、そうやって何度も発動させていれば、いずれマナが尽きて魔法が発動しなくなるって考えたんでしょうね。吸命の術さえ発動しなければこの扉を開けることができるもの」
「なるほど、それでこの死体の山か……」修介は納得したように呟いた。
「毒を持ってて、おまけに魔法を解除しようとする知恵も持ってるって、いったいどんな獣なんだよ」
ヴァレイラのその発言を受けて、ノルガドが「ふむ」と考え込む素振りを見せた。
「おやっさん、何か心当たりでもあるの?」
修介はそう問いかけてみたがノルガドは答えない。そのあまりにも真剣な表情にそれ以上聞くことは憚られた。
代わりに口を開いたのはマッキオだった。
「そんなことより、サラ君はこの扉に掛かった魔法を解除できないのかい?」
サラは首を横に振った。
「無理。この魔法を扉に仕掛けるのにどれだけの魔力と魔法文字が使われているのか見当すらつかないわ。たぶんおばあさまでもこれを解除するのは無理ね……」
「くそう、ここまで来て吸命の術とは……。いや、諦めるのはまだ早い。もしかしたら魔法を解除する仕掛けがどこかにあるのかもしれないじゃないか」
そう言うとマッキオは近くの壁を調べ始めた。
相変わらず空気を読まないマッキオの態度に修介は非難がましい目を向けてみるも、彼がそれを気にするような男ではないことは嫌というほどわかっていた。
「マッキオさん、扉のことはとりあえず後にしません? マッキオさんなら獣の正体についてなんか心当たりがあるんじゃないの?」
修介がそう声を掛けると、マッキオの動きがぴたっと止まった。そして、その巨体からは信じられないような速さで修介の目の前にやってくる。
「な、なんすか?」
「そうだよ! こういう時の為に君がいるんじゃないか!」
「は?」
「だから、君がこの扉を開けるんだよ」
「冗談はやめてもらっていいっすか。さすがの俺も怒りますよ?」
「冗談じゃないさ。たとえ古代魔法帝国の魔術師が掛けた術だろうとマナのない君には効果がないんだよ? つまり君ならば余裕でこの扉を開けられるってことさ」
「ええ……」
修介は露骨に嫌そうな顔をした。
自分の体質を最大限利用すると決めたとはいえ、さすがに「触れたら死ぬ」と言われた扉に積極的に触れたいとは微塵も思わなかった。
「さぁさぁ!」
マッキオは修介の肩を掴むと、ぐいぐいと扉の方へ押しやる。その目は興奮で血走っていた。
修介はそれを見て、この男は地下遺跡が絡むと自身の欲望を制御できなくなるのだとあらためて理解した。
そんな修介の内心に気付かず……いや、むしろ気付いていながらマッキオは扉を開けるようさらに強く促す。
修介は押し出されるようにして扉の前に立った。
「駄目よ!」
そう言って修介の腕を掴んで引き留めたのはサラだった。
「いくらマナがないと言っても、実際に吸命の術を試したわけじゃないのよ。万が一のことがあったらどうするのよ! まだシュウの体質については完全に検証が済んでないんだから、そんな無茶はさせられない!」
「サラ……」
修介は感動で打ち震えた。好奇心旺盛なサラが自身の知的好奇心よりも自分の身を案じてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
だが、さすがにここまで来て簡単に引き下がるつもりはないのか、マッキオが唾を飛ばさんばかりの勢いで反論する。
「いやいやいや、彼にマナがないってことははっきりとわかってるんだろう? だったら体内のマナを変質させる状態異常系の魔法が効かないことは明白じゃないか!」
「仮にそうだとしても、もし扉に他の罠が仕掛けられていたらどうするのよ! シュウに扉を開けさせるにしても、あなたが先にそれを調べるのが筋でしょう!」
「う……」
マッキオは言葉に詰まる。たしかに扉に触れられない以上、彼が罠の有無を調べるのは不可能だった。
「それに、あなたがおばあさまの工房から勝手に持ち出したアレ、どうせ今も持ってるんでしょ? だったらあなたが開けたって問題ないじゃない!」
「いや、あれは――」
マッキオが何かを言いかけたその時だった。
最初に気付いたのは、やはりエーベルトだった。
「後ろだッ!」
エーベルトは叫ぶと同時に剣を抜き放った。
全員がその声に反応して振り返る。
入口の向こうの暗闇の中に、ぼうっと人の顔が浮かび上がっていた。
それは老人の顔だった。何が面白いのか、にたにたと嫌らしい笑みを浮かべながらこちらを見ている。
(なんでこんなところに老人が?)
修介がそう思った直後、老人の口からまるでカセットテープを早送りしたようなキュルキュルという音が発せられた。その音に合わせるように老人の目の前にいくつもの文字が次々と現れては消えていく。
「――あれって魔法の詠唱!? あんな速さの詠唱見たことない!」
サラが驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。
「いかん、魔力を高めて備えるのじゃ!」
ノルガドの指示とほぼ同時にパーティの周囲に白い霧が発生した。
「くそっ!」
ヴァレイラが白い霧から逃れようとしたが、あっという間に白い霧に巻き込まれ、あっけなく床に崩れ落ちた。他の者も魔法の抵抗に失敗し、次々と倒れていく。
霧が晴れた時、その場に立っていられたのはノルガドだけとなっていた。
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