第119話 奇襲
修介たちは岩山から下り、妖魔の集団を避けるように迂回して鉱山へと向かう。
捕まっている冒険者達がいるとしたら、いくつかある坑道のどれかでしょう、というのがアイナリンドの意見だった。
数ある坑道の中から捕らわれた冒険者を探し出すのは相当な困難が予想された。なにせ坑道の地図などないし、どのくらいの規模かもわからないのだ。
だが他に案がない以上、地道に探すしかない。ゴブリンがあの広場に集結している今が救出できる唯一のチャンスだった。
弟のことが心配なのか、アイナリンドの歩みに余裕がなくなっていた。
それでも彼女は地面に残されていたゴブリンの痕跡を辿り、ひとつめの坑道の入口にあっさりとたどり着いた。自然の中に生きるエルフならではの能力なのか、彼女固有の能力なのかはわからないが、修介にはとても真似できそうにない見事な探索能力だった。
修介は木の陰から顔を出し、入口の様子を窺う。
坑道の入口に見張りはいない。
修介が木の陰から出ようとしたところで、繋いでいた手を引っ張られ、強引に引き戻された。
なにをするんだ――と言いかけたところで、坑道の入口から複数の人影が現れ、修介は慌てて口を噤む。
現れたのは複数のゴブリンだった。
先頭を歩いているのはホブゴブリンで、その後ろに四匹のゴブリンが手にロープのような物を持って何かを引きずっている。
その引きずられている物を見て、修介は目を見開いた。
引きずられているのはふたりの男だった。
手足を紐のようなもので縛られ、転がされた状態で無理やり引きずられている。
ひとりは必死に抵抗していたが、もうひとりはぐったりとしていて、生きているのかどうかここからではわからない。だが、彼らが捕らわれた冒険者であることは疑いようもなかった。
「助けるぞ」
修介が小声で言うと、アイナリンドは間髪容れずに「はい」と応じた。
「あいつらを魔法で眠らせることはできる?」
「全員は無理です。一体だけなら……」
「なら、このまま近づいて奇襲しよう」
詠唱の声で気付かれるくらいなら、姿が見えない状態で奇襲したほうがいいと修介は判断した。
修介とアイナリンドは手を繋いだままゆっくりとゴブリンに近づく。
姿隠しの魔法が発動している為、ゴブリンが修介たちに気付く様子はない。
修介は空いた手をアレサの柄にかける。そして先頭のホブゴブリンまであと数歩という距離に近づいたところで、つないでいた手を離すと一気にアレサを引き抜いてホブゴブリンに飛び掛かった。
ホブゴブリンにはいきなり目の前に人間が現れたように見えたことだろう。
修介はホブゴブリンのがら空きの胴体にアレサを容赦なく突き出す。
その一撃は寸分たがわずホブゴブリンの心臓を貫いた。
ホブゴブリンは何が起こったのか理解できないまま絶命した。
修介はホブゴブリンに蹴りを入れてその反動でアレサを引き抜くと、ロープを握ったまま驚き固まっているゴブリンを叩き斬った。
「次っ!」
そう叫んで新たなゴブリンに狙いを定めたところで、目の前のゴブリンが「ギャッ!」と悲鳴をあげて吹き飛んだ。
アイナリンドが細身の剣でゴブリンの頭を突いたのだ。
エルフと言えば弓の名手というイメージを修介は持っていたが、どうやらアイナリンドは剣での戦いを好むようだった。
その後、修介たちは反撃らしい反撃も受けず、残り二匹のゴブリンをなんなく切り伏せ、戦いはあっさりと終わった。
修介は大きく息を吐きだすと、血を払ってアレサを鞘に戻した。
引きずられていた人には申し訳ないが、このタイミングで遭遇できたのは幸運としか言いようがなかった。坑道を探す手間が省けたのもそうだが、なにより姿が消えた状態で先手を打てたことが大きかった。
「大丈夫ですか?」
修介は倒れている男の傍に寄って、短剣で手足のロープを切った。
その男は行方不明となっていたパーティのリーダー、ギーガンだった。
「……シュ、シュウスケじゃないか……なぜ、ここに……?」
「一応、助けに来たつもりです」
そう言って修介はギーガンを助け起こそうとしたが、ギーガンは首を横に振る。
「お、俺のことはいい。それよりも彼を……」
その視線の先で倒れているもうひとりの男は若い冒険者だった。おそらく修介よりも年下だろう。意識を失っているのか、ぐったりとしたまま微動だにせず、土気色の顔は彼が危険な状態であることを物語っていた。
修介はすぐに向かおうとしたが、それよりも早くアイナリンドが駆け寄っていた。
アイナリンドは若い冒険者をゆっくりと仰向けにすると、その胸に手を当てて、魔法の詠唱を開始した。
「お、おい、何をする――」
驚いたギーガンが慌てて止めようとするのを、修介は黙って押しとどめた。
アイナリンドの詠唱に合わせて、周囲の木々から淡く小さい光の玉がいくつも姿を現し、胸の上に置かれた彼女の手に集まっていく。その光は彼女の手を通じて若い冒険者の体を優しく包み込んでいく。
それはまるで絵画で描かれるような幻想的な光景だった。
「う、うう……」
しばらくすると、若い冒険者が小さく唸った。心なしかその顔には生気が戻っているようだった。
ふいに、体を覆っていた光が消え去った。
アイナリンドは大きく息を吐きだすと、ゆっくりと立ち上がろうとして急に体をふらつかせた。修介は慌てて手を差し伸べそれを支える。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。少し疲れただけですから……」
だが、そう言ったアイナリンドの額には大粒の汗が浮かんでおり、とても「少し」には見えなかった。
「今のは?」
「森の精霊に生命力を少しだけこの人に分けてもらうようお願いしました。かなり衰弱していて、あのままでは危ないと思ったので……」
「そうか、ありがとうな」
修介は礼を言ったが、よく考えてみれば自分が礼を言うのもおかしな話だと言ってから気付いた。
「でも、今のでかなりマナを消耗してしまいました。ここから先は、もう姿隠しの魔法を使って移動するのは無理だと思います。ごめんなさい……」
「何言ってんだよ。アイナが謝るようなことじゃないだろ」
修介は労わるように言ったが、実のところ内心ではかなり焦っていた。
この状況で姿隠しの魔法が使えなくなったのは致命的だった。元々、今回の救出に当たって事前に綿密な計画を立てていたわけではないのだ。侵入も逃走も、すべて姿隠しの魔法頼みだったと言っても過言ではない。それが使えないとなると、ゴブリンに見つからずに逃走するのはおそらく不可能だろう。
本来なら、こういった事態に陥ることも想定して対策を考えておくべきだったのだろうが、修介には事前にあれこれ考え過ぎて結果的に動けなくなるという悪癖があるので、深く考えずに彼女の勢いに便乗してここまで来たというところもあったのだ。そんな修介に人の命を救おうとした彼女の行為を責められるはずもなかった。
「感謝するよ……まさか、こんなところにまで助けに来てくれるなんて、思ってもいなかったぜ……」
ギーガンが修介に向かって礼を言った。
「礼なら無事にこの森を出られてからにしてください。それよりも他の仲間は?」
修介の問いにギーガンは悔しそうに首を横に振った。
「……他の仲間はみな殺された。生きてるのは俺達ふたりだけだ」
よく見ると、ギーガンの身体にもあちこち傷があった。ゴブリンどもに相当痛めつけられたに違いない。
「あ、あの、これを……」
アイナリンドが修介に水袋を差しだした。
修介は礼を言ってそれを受け取ると、それをそのままギーガンに渡す。
ギーガンはアイナリンドを見て目を見張った。
「……エルフか? なんでエルフがお前と一緒にいるんだ? 他のパーティの仲間はどうしたんだ?」
エルフ、と言ったときのギーガンの声にわずかな嫌悪感が混じっていたことを修介は聞き逃さなかった。
「色々あって今は彼女と協力関係にあります。彼女の名前はアイナリンド。あなたたちを助けることができたのも、彼女のおかげです」
強い口調で言う修介に、ギーガンは一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わずに受け取った水を飲んだ。
修介はもうひとりの冒険者をゆっくりと抱え起こすと、自分の水袋を腰から外して水を飲ませた。男は苦しそうに呻き声をあげ、ゆっくりと目を開けた。
「大丈夫か?」
意識が混濁しているのか、男は答えなかった。アイナリンドの魔法のおかげで多少顔色は良くなっているように見えたが、医者ではない修介にはどういう状態なのかはわからない。すぐにでも先発隊に合流してシーアに診てもらう必要がありそうだった。
同じことをギーガンも考えたのだろう。近くに落ちていたホブゴブリンの剣を拾うと、空いた手で若い冒険者を抱え起こした。
「ここでのんびりしていると、すぐにゴブリンどもに気付かれる。さっさとここを離れよう」
「あのっ!」
アイナリンドがギーガンに向かって声を掛ける。
「……何か?」
「捕まっている人の中に、私とよく似たエルフの男性はいませんでしたか?」
ギーガンは少し考えてから首を横に振った。
「いや、俺が捕まっていたところには俺達以外は誰もいなかった。他にも誰か捕まっている場所があるのかもしれんが、すまんがそこまではわからん」
「そう、ですか……」
アイナリンドは複雑な表情で俯いた。
弟が捕まっていなかったという安堵と、結局行方が知れないままだということへの不安が入り混じっているのだろう。
「アイナ……」
修介は気付かうように声を掛ける。
「その方の言う通り、急いでこの場所を離れましょう」
「……いいのか?」
「弟ならきっと大丈夫です」
まるで自分に言い聞かせるような彼女の言葉に、修介は胸が締め付けられる。
本当なら他の坑道も探したいだろうに、怪我人の彼らだけでこの森から出ることが難しいのがわかっているから断念したのだ。
(どこまでお人好しなんだよ、この子は!)
怒りにも似た感情が修介の心に湧きおこる。
だが、これ以上ここに留まるのは本当に危険だった。
妖魔は妖魔の死体に引き寄せられるという習性がある。ゴブリンどもはすぐに異変に気付くだろう。姿隠しの魔法がもう使えない以上、追手が掛かる前にできる限りここから離れておかねばならない。
「……わかった」
修介は頷き返すと、ギーガンの反対側に回り込んで若い冒険者に肩を貸した。
「私が先導します。付いてきてください」
アイナリンドはそう言うと、背を向けて歩き始めた。
気丈に振舞ってはいるが、彼女の心の中は不安で一杯に違いない。万が一、このまま弟を失うようなことになれば、どれほどの後悔を抱えてしまうことになるのか想像もつかない。
この心優しい少女の悲しみに暮れる顔は見たくなかった。
(もし今回の依頼が無事に終わったら、この子の弟を探す手伝いをしようか……)
修介はアイナリンドの背中を見つめながら、そんなことを考えるのだった。
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