第236話 白い塔

 地上では調査団が白い塔の目前にまで迫っていた。

 見上げる先で、塔が白く輝いている。

 マシューは最初それを陽の光を反射しているからだと思ったが、塔に近づくにつれ、そうではないことに気付く。

 塔そのものが光を放っているのだ。


「あの光は一体なんでしょうか?」


 副官のロルフも怪訝な表情を浮かべて塔を見上げている。


「わからん。だが、あの塔は古代魔法帝国時代の遺物だ。光っている程度でいちいち驚いていては話にならん。いくぞ」


 マシューは背後を振り返って突入に備えるよう兵士たちに告げた。

 一部の冒険者が崖から落ちた仲間の捜索の為に団を離脱してしまったので戦力は低下しているが、そもそも彼らは直前になって加入したイレギュラーな戦力である。最初からさほど当てにはしていない。

 対魔術師戦に備えて、騎士たちには魔法の抵抗を高める護符アミュレットがセオドニーから貸与されていた。遺跡探索を生業としている探索者たちもそれ相応の備えをしているだろう。

 十分に勝算はあるとマシューは考えていた。


 塔の入口が見えてきたところで、まるで待ち受けていたかのように数十体の魔動人形ゴーレムがぞろぞろと姿を現した。

 事前の情報通りである。

 だが、魔動人形ゴーレムを見た兵士たちの間に動揺が走った。

 魔動人形ゴーレムを恐れたわけではない。攫われた村人と思しき人間の死体が魔動人形ゴーレムの中に混じっていたのだ。それは十分に想定された事態だったが、民の悲惨な末路を目の当たりにして何も思わない者などいるはずがなかった。


「狼狽えるな! 彼らの魂はすでに神の許へ召されている! 我らの成すべきは彼らの肉体を忌まわしき呪縛から解放し、大地に還すことだ!」


 マシューの檄に応え、兵士たちは魔動人形ゴーレムに攻撃を開始した。

 魔動人形ゴーレムの戦闘力は、使われた素材に左右されると言われている。魔動人形ゴーレムのほとんどがゴブリンの死体であり、選りすぐりの兵士たちにとって苦戦するような相手ではなかった。

 三十体ほどいた魔動人形ゴーレムは、怒れる兵士たちによってさほど時間を擁することなくすべて破壊された。


 あまりのあっけなさにマシューは不信感を抱いた。事前の情報ではサテュロスがいるとのことだったが、それらしい姿はどこにも見当たらない。


「きっと塔の中にいるのでしょう」


 ロルフが剣の汚れを拭き取りながら言った。

 マシューは頷くと、兵士たちと共に塔の中に突入した。

 塔の内部はがらんとしており、奥に上階へ向かう螺旋状の階段がある以外は特に目を引くようなものはなかった。


「ようやく俺らの出番だな」


 後から入ってきた探索者たちが意気揚々と塔の中を調べ始める。


「我々はこのまま上階へ向かうぞ!」


 マシューは一階を調べている探索者の為に数名の兵を残し、自ら先頭に立って慎重に二階へと向かった。

 魔動人形ゴーレムの待ち伏せを警戒したが、予想に反して二階はもぬけの殻だった。所々に魔動人形ゴーレムの残骸ような物が転がっているだけで、三階へ上がる階段さえも見当たらない。

 塔の高さは外観上少なくとも五階分くらいはありそうだった。二階で終わりというのはどう考えても不自然である。


 マシューは近くで興味深げに天井を見上げているマレイドと、影のように付き従っているタイグに視線を向けた。

 この国で暮らす者の大半がそうであるように、マシューは魔法に対して恐怖心と警戒心を強く抱いている。当然、魔術師という存在をまったく信用していなかった。

 特に紫衣者しいしゃと呼ばれる輩は、魔法学院の高い独立性を盾に領内で好き勝手に活動を行う無法者で、その悪名は騎士団内にも轟いている。

 それでも、この任務において魔術師の協力は必要不可欠であり、背に腹は代えられなかった。


「魔術師殿の意見を伺いたい」


 問いかけられたマレイドは視線を天井からマシューに移した。


「さぁ、私に聞かれても困りますわ」


 その返答は素っ気なかった。


「魔法学院からは全面的にご協力いただけるという話だったが?」


「もちろんそのつもりですが、知らないことには答えようがありませんわ」


「だとしても、そっちは専門家だろう。わかる範囲での見解を聞かせていただきたいものだな」


 マシューは苛立ちを抑えて言った。

 すると、マレイドはしなやかな指先を唇に当て、とんとんと軽く叩きはじめた。しばらくそれを繰り返してからようやく口を開く。


「……あくまでも推測ですが、この塔はおそらく集積場のような役割を担っているのだと思います。もちろん他にも色々とあるのでしょうが、今の段階ではそれ以上のことはわかりませんわ」


「何を集めていると?」


「それはもちろん、マナでしょう」


 今度は即答だった。


「マナを? なんの為に?」


「さぁ? それを調べるのがあなたのお仕事ではなくて?」


「……」


 相手を小馬鹿にするような態度が癇に障ったが、マシューはぐっと堪えて言葉を続ける。


「ここがマナの集積場だとするなら、他に拠点となるような施設がどこかにあるはずだが、その点については?」


「そうですね……」


 マレイドは再び指先を唇に当てた。どうやらそれが考え事をする時の彼女の癖のようだった。


「あるとすれば、地下でしょうね」


 そう言ってマレイドは人差し指を自身の足元に向けた。


「地下……」


 マシューもつられて足元を見た。

 そういえば、途中で離脱した冒険者パーティの魔術師も別れる前にしきりにその可能性を口にしていた。


「それで、魔術師殿はこの塔のどこかに地下に通じる入口があるとお考えか?」


「おそらくは。ただ、入口は幻覚の術や魔法の仕掛けで巧妙に隠されているはずです。探索者では見つけるのは難しいでしょうね」


 そう答えたマレイドの口元には、自分なら容易に見つけられますが、とでも言いたげな冷笑が浮かんでいた。

 そこへタイミングよく階段を上ってきた兵士から、探索者マッキオが地下へ続く隠し通路を発見したという報告がもたらされた。

 マレイドの頬がピクリと動いたのを、マシューは見逃さなかった。心の中でマッキオに「よくやった」と喝采を送る。


「どうやら魔術師殿のおっしゃった通り、地下が本命のようだ。その調子で引き続きご協力いただきたい」


「……もちろんですわ」


 そう答えたマレイドの表情は言葉ほど協力的には見えなかった。


 マシューが一階に下りると、隠し通路の入口の前で探索者マッキオがドヤ顔で待ち受けていた。

 他の探索者たちもすでに地下探索に使う各種道具の点検を終えているようだった。その手際の良さから、彼らも最初から拠点が地下にあると踏んでいたのだとわかった。


 マシューはロルフに班の編成をしておくよう指示しつつ、自身はマッキオと共に隠し通路に入り、地下へ続く階段を確認した。

 マッキオ曰く、罠などはないとのことだった。

 螺旋状となっている階段の先には、深い闇が口を開けて待っていた。

 先ほどの魔動人形ゴーレムのおざなりな歓迎ぶりといい、まるで誘われているようでどうにも嫌な予感がしてならなかった。


「隊長、兵士たちの準備が整いました」


 ロルフの報告を受け、マシューは一旦来た道を戻った。

 命令を待つ兵士たちは一様に不安そうな顔をしていた。

 広さに限りがある地上の塔と異なり、地下迷宮ともなればどれほどの規模になるのかは入ってみなければわからない。加えて、逃げ場のない地下に潜る心理的な圧迫感を考えれば、不安に苛まれるのは当然である。

 だが、村人の生き残りがいる可能性や、魔術師の逮捕という目的を考えれば、行かないという選択はあり得なかった。


「よし、いくぞ!」


 マシューの号令で調査団は地下へ向かう階段を下り始めた。

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