第168話 呼び出し
修介達がリワーフ村での依頼を終え、グラスターの街に戻ってきてから一週間が経った。
グラスターの街はいつもとは異なる活気に満ちていた。
三月に入り『降神祭』が始まったのである。
降神祭は魔神の王から世界を救った生命の神への感謝を捧げる為に、二週間にわたって国中をあげて盛大に執り行われる祭りである。
街には近隣の村から多くの見物客が訪れており、中央広場や北のメインストリートは普段は見かけないような屋台が建ち並び、人が溢れ、喧騒に満ちていた。
大道芸人や吟遊詩人たちがそこかしこで得意の芸を披露し、華やかに着飾った若い女性たちが通りに花を添えている。
王都で開催されている祭りと比べればさすがに規模は劣るのだろうが、グラスターの街の祭りも十分に見ごたえのあるものだった。
元々この世界の祭りに強い関心を持っていた修介は、遺跡探索とマンティコア討伐によって多くの収入を得ていたこともあって、ここ数日は存分に祭りを堪能していた。
だが、この日の修介は祭りの喧騒を避けるように道の端っこを足早に歩いていた。
今日の外出の目的は祭り見物ではなく別にあった。
修介は目的地である小さな銀細工の店の入口を潜ると、奥に引きこもっている店主に声を掛けた。
「おやっさん!」
「おう坊主か。出来ておるぞ」
作業中のノルガドは修介の方を見ることなく壁際の棚を指さした。
「おおっ、ありがとう、おやっさん!」
修介は礼を言いながら棚に立て掛けてあった剣を手に取った。
それは地下遺跡で手に入れた魔剣だった。
例によってアレサの本体である宝石を魔剣の柄に取り付けてもらう為に、ノルガドに預けていたのである。
「さすがおやっさん、良い仕事するぜ!」
魔剣の柄にはアレサがしっかりと取り付けられていた。
「……今さらその宝石がなんなのか聞く気はないがの、その宝石と同じくらい剣も大切に扱ってやれ。手を加えた剣が毎度折られては敵わんからの」
「わ、わかってるって」
修介はバツが悪そうに頷いた。冒険者になって一年にも満たないのに、すでに剣を二本折っていた。剣は消耗品なのでいずれ壊れるのは自然の摂理だが、それでも壊れる要因のひとつに己の未熟さがあるのは否定できなかった。
サラによると、この魔剣には相当強力な魔力が付与されているとのことなので、そう簡単に折れることはなさそうだが、だからといってぞんざいに扱っていいわけではない。
数少ない『魔剣持ち』になったからには、持ち手にもそれに相応しい技量が求められるのは当然だった。
「魔剣は魔力にばかり目が行きがちじゃがな、そいつは剣単体として見てもかなりの業物じゃ。きっとおぬしの良き相棒となるじゃろう」
「相棒か……わかった、そうなれるよう俺も腕を磨くよ」
「うむ」
修介はもう一度ノルガドに礼を言ってから店を出た。
祭りの喧騒を横目にほとんど駆け足で宿への道のりを急ぐ。祭りの見物よりも、一刻も早くアレサの状態を確認したかったのである。
宿の自室にたどり着くや否や、修介はアレサを鞘から抜き放った。
強い魔力を帯びた刀身は、数百年前に作られた物とは思えないほどの輝きを放っている。柄の部分も先日まで使っていた剣とは違って意匠が凝らされており、見た目からして「わたくしは普通の剣ではありませんことよ」と言わんばかりの強烈な存在感を放っていた。
「こりゃ結構目立ちそうだな……」
窓から差し込む光にアレサを翳しながら修介は呟く。
わかってはいたことだが、これだけ見た目が派手だと、この剣が魔剣であることはすぐに周囲に知れてしまうだろう。
『魔剣となった私はいかがですか?』
アレサの問いかけに修介は「うーん」と唸る。
『お気に召しませんか?』
「いや、そうじゃなくてだな……なんていうか、違和感が凄いな」
『違和感ですか?』
「例えるなら、清楚だった幼馴染が数年ぶりに再会したらド派手なギャルになっていたような感じか……」
『なにそれーマジでチョベリバ~、チョーMM~』
アレサの口から大昔にギャルの間で流行った言葉が発せられる。今どきの若者は使わないどころか誰も知らないだろう。というか、抑揚のないアレサの声で言われるのはただただ不気味だった。
「……それ死語だからな」
『マスターの年代でも知ってそうな言葉をチョイスしただけです』
「その気の遣い方は逆に傷つくからやめろ。それよりもどうだ? こいつは普通の剣と違って魔剣だから何か不都合とかないか?」
『大丈夫です』
「なら良かった」
修介はアレサを軽く振ってみる。
魔剣はごてごてした見た目に反して軽かった。軽量化するような魔法でも付与されているのかもしれない。握りの部分も手に馴染むし、かなり扱いやすそうだった。
「やっぱすげぇな……」
強力な魔剣を手に入れられたことは剣士の端くれとして純粋に嬉しかった。自分が今までよりもワンランク上の戦士になれたような気がして、修介の頬は思わず緩んでいた。
この魔剣を完璧に使いこなせるようになれば、妖魔との戦いで後れを取ることも少なくなるだろう。
魔剣の力を自身の力と勘違いせずに精進し続ければ、いつかはランドルフやハジュマといった一流の戦士とも対等に渡り合えるようになれるかもしれない。
「よし、さっそく素振りでもするか!」
そう言って外へ出ようとしたところで、ふと重大な問題が残されていたことに修介は気が付いた。
「そういえば、アレサの見た目が変わったことをシンシアにどう説明しよう……」
いくら剣に興味がない人間でも、これだけ派手に見た目が変わっていれば気付かないはずがなかった。
『事実をそのままに、私は壊れたことにして新しい魔剣を手に入れたと説明すればいいだけなのでは?』
「それはそうなんだけどさ……」
シンシアはアレサの本体が宝石であることを知らない。アレサが折れたのは事実なので、そう説明すれば事は済むだろう。
だが、元々アレサの存在を否定したくないという修介の思いが『人の言葉を操る魔剣』という設定を生み出し、リスクを承知でシンシアとメリッサに紹介したのだ。
せっかくアレサが自分以外の人間とコミュニケーションを取れるようなったのに、壊れたことにしてその機会を奪ってしまうのは修介の本意ではなかった。
「魔剣が真の力を解放したらこんな見た目になっちゃいましたー、とか言ったらシンシアは信じるかな?」
『いくらなんでも無理があるでしょう』
「だよなぁ。どうしたもんか……」
修介が唸りながら考え事に没頭し始めると、おもむろに扉をノックする音が耳に届いた。粗野にならない、それでいて相手によく聞こえるような絶妙な力加減のノックだった。
(誰だろう?)
この部屋に人が訪ねてくることなど滅多にないので、修介は訝しみながらもアレサを鞘に納めて「はいはいはい」と扉に駆け寄る。
扉を開けると、そこにはきちんとした身なりの紳士が立っていた。両脇にはふたりの衛兵を従えている。
「冒険者シュウスケ様ですね?」
「そうですが……あなたは?」
訝しむ修介に、紳士は慇懃な態度で身分を口にした。
それを聞いて修介は驚愕する。
その紳士は領主グントラムの使いの者と名乗ったのだった。
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