第141話 ご機嫌麗しゅう
それは修介が休日を利用してロイの店で新しい
同じく買い物中だと思われるメリッサとばったり出くわしたのである。
「メリッサさん、もうこっちに戻ってきてたんですね」
呑気に言う修介の顔を見て、メリッサは深々とため息を吐いた。
「あれ、どうかしたんですか?」
「……お嬢様は大変ご立腹なされております」
なぜ、という顔をする修介に、メリッサは呆れ顔で付け加える。
「お嬢様はブルーム様からの伝言を聞いて、シュウスケ様が訪ねてこられるのをずっと待っておられました」
それを聞いた瞬間、修介の顔面は蒼白になった。
クルガリの街に着いたらあらためて顔を出します――ブルームにそう伝言を頼んでいたことをすっかり忘れていたのだ。
あの発言はどちらかというと社交辞令の類で、修介自身はそんな気軽に貴族の令嬢に会えるわけがないだろう、と軽く考えていた節もあった。
ところが伝言を頼まれたブルームは律儀にその役目を果たし、それを聞いたシンシアも言葉通りに修介の訪問を待っていた、ということである。
あの日以来シンシアとは会ってはいない。つまり修介は約束を反故にしたということだった。
ランドルフに釘を刺されたことや、忙しいシンシアの邪魔をしてはいけないと思った、という言い訳はできるだろうが、それをこの場でメリッサ相手に並べ立てたところで意味はない。
修介は必死にメリッサに頼み込んで、なんとかシンシアとの面会の約束を取り付けると、生きた心地がしないまま当日までの時間を過ごすことになったのである。
そうして迎えたお茶会当日。
ヴァレイラに無理を言って休みにしてもらった修介は、重い足取りで領主の屋敷へと赴いた。
そしてメリッサの案内でおなじみとなりつつある談話室に通され、お茶会という名の取り調べを受けることになった。
談話室の中は重苦しい空気に支配されていた。
(これならまだ妖魔を相手にしている方が気が楽かもしれん……)
そんなことを考える修介の目の前では、例によってシンシアが澄ました顔でお茶を飲んでいる。その表情をしている時の彼女の機嫌が悪い事は前回で学習済みだった。
「――シュウスケ様」
沈黙を破ったのは予想に反してシンシアの方だった。
「は、はいっ」
「どうしてわたくしが怒っているのか、その理由はおわかりになりますか?」
その質問はずるい、と修介は心の中で叫んだ。
わからない、と答えれば怒られるのは当然として、正解しても決して機嫌は直らない、むしろさらに悪くなるという、される側からしてみれば鬼のような質問だからである。
とはいえ答えないわけにもいかず、修介は懸命に頭を捻る。正解がない以上、いかに被害を最小に抑えるかが重要だった。
「えっと、顔を出すと言っておきながら、お会いすることなく今に至っているからでございます……」
修介は神妙に頭を下げる。
「わかっていらっしゃるのなら、どうして会いに来てくださらなかったのですか?」
「そ、その、色々とごたついておりまして、なかなかお会いする時間を作れなかったと言いますか、その余裕がなかったと言いますか……」
ランドルフ殿に釘を刺されたからです、と言ってやろうかとも思ったが、さすがに小物過ぎるだろうと修介は自重した。
「サラ様がお怪我をされて大変だったというのは存じております。その後の騎士団の聴取に協力いただいたことも感謝しております。でも――」
少しくらいはわたくしのことを気に掛けてくださってもいいじゃないですか――シンシアは小声でそう付け加える。
だが、その声は小さすぎて修介の耳には届かなかった。
「でも、なんですか?」
修介はおそるおそる問い返す。
「な、なんでもありません! それよりも、どうして先発隊に参加されていたことを、事前にわたくしに教えてくださらなかったのですか?」
「はい?」
予想だにしていなかった質問に修介は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「戦場でシュウスケ様のお姿をお見掛けしたとき、わたくしはびっくりして心臓が止まるかと思いました」
「そ、それはですね、急に決まったことでしたから、お伝えする暇がなくて……。あと、お嬢様にご心配をおかけするのもどうかと思った次第でして……」
そう口にしている修介自身も適当なことを言っているなという自覚はあったが、そもそも修介が何の依頼を受けようが、それをシンシアに伝える必要性はなく、そういう取り決めが事前に成されていたわけでもない。
「……そうですよね、別にわたくしに事前に言う必要はありませんものね……」
修介が指摘するまでもなくシンシアは勝手に自己完結していた。そして不満そうに頬を膨らませながらも、ちらちらと修介の顔を窺っている。
その様子を見て、どうやら本当に怒っている理由は他にあるな、と修介は推測した。
問題はそれがなんなのかがさっぱりわからないことだった。
「……今回の依頼はいかがでしたか?」
「は?」
いきなり話が飛んだことで修介は再び変な声を出してしまった。
「あ、えっと、色々と大変でしたが、無事に達成できたので良かったと思います」
小学生の作文かよ、と修介は自分に突っ込みを入れる。
「そうですか」
自分で尋ねておきながら、シンシアの反応は淡白を通り越して虚無に近かった。おそらく今の質問は本当に聞きたいことではなく、本丸を攻める為のジャブだろうと察して修介は身構える。
「シュウスケ様のパーティには、その……サラ様以外にはどのような方がいらっしゃったのですか?」
「へ? パーティですか?」
身構えた甲斐もなく、
先ほどから予測不可能な質問ばかりが飛んでくるので、スムーズな対応がまったくできていない。会話の主導権を重要視する修介としては非常によろしくない傾向だった。
「えーと、デーヴァンとイニアーっていう傭兵上がりの兄弟と……あとは、お嬢様も見たと思いますけど、ヴァレイラっていうガラの悪い金髪の女剣士ですね」
女剣士、の部分でシンシアの頬がぴくっと動いたが修介は見なかったことにした。
「……他にはいらっしゃらなかったのですか?」
「えっと、はい」
「本当ですか?」
「ほ、本当です」
なにをそんなに疑っているのかわからなかったが、嘘は吐いていないので修介はシンシアの目を見て答える。
だが、シンシアは納得していない様子だった。
「……シュウスケ様が正直におっしゃっていただけないのでしたら、事情を知っている方に直接お尋ねするしかなさそうですね」
シンシアはため息交じりにそう言うと、テーブルに立て掛けてあるアレサに視線を向けた。
その視線の意図に気付いて、修介は慌ててアレサに手を伸ばそうとした。
だが、それよりも早くシンシアが口を開いた。
「アレサ様、ご無沙汰しております」
声を掛けられたアレサは軽く振動する。そして、
『ご機嫌麗しゅう、シンシアお嬢様――』
いつもの抑揚のない声でシンシアの呼びかけに応じたのだった。
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