第183話 張りぼての英雄

 修介はオーガを引きつけるように雄叫びを上げながら斜め前方へ移動する。

 オーガがその動きに釣られたのを見て、クナルとトッドが逆方向へと走りだした。

 それを見届けた修介は足を止めてオーガを迎え撃つ。


「きやがれッ!」


 オーガの巨体が迫る。

 修介は臆しそうになる心を奮い立たせてオーガの正面に立ち、振り下ろされる棍棒をぎりぎりまで引き付けてから躱した。

 オーガの動きは鈍重で、ただ攻撃を避けるだけならそれほど難しくはない。ただ、派手に逃げ回ると攻撃役が狙いを定められなくなる為、限界まで引き付けてオーガの動きを最小限に留める必要があった。

 攻撃が空振りしたオーガは苛立ちを隠そうともせず、咆哮を上げながら再び棍棒を振り回す。

 修介は身体を捻ってそれを躱す。視界のほんの数センチ先を棍棒が通り過ぎ、風圧で全身が浮くような感覚を覚えて背筋が凍り付いた。


(ヴァルのやつ、毎回こんなことやってんのかよッ!)


 ヴァレイラとコンビを組んでいる時は、その役目をいつも彼女が担っていた。それも平然とした顔で、である。

 修介は心の中で相棒にあらためて尊敬の念を抱いた。


「でやああぁッ!」


 クナルの剣がオーガの背中を斬り裂く。

 斬りつけられたオーガは「グオオッ」と苦痛の声を上げながらのけぞった。


「よっしッ!」


 クナルがガッツポーズする。


「よっしじゃねぇ! すぐに離れろッ!」


 修介は叫びながらクナルの方へ向こうとするオーガの腕を斬りつける。

 オーガは再び標的を修介へと切り替え、棍棒を振り下ろした。

 その攻撃の軌道を瞬時に見極め、正確に身体をコントロールして躱す。

 慣れとは恐ろしいもので、修介の肉体は恐怖する心を切り離して淡々とその処理を実行し続ける。ヴァレイラとコンビを組んでからの日々は、確実に修介を戦士として成長させていた。


 修介がオーガの攻撃を引きつけ、背後からクナルとトッドが攻撃する――その作戦はたしかに上手くかみ合っていた。

 だが、肝心のオーガが倒れない。

 それどころか怒りに任せてより激しく棍棒を振り回してくる。

 オーガに致命傷を与えるには、ふたりの少年はあまりにも非力だった。おまけにトッドは暴れまわるオーガの姿に完全に気後れしていて、ほとんど攻撃ができていない。

 逆にクナルは英雄志向が強すぎるせいか無謀ともいえる攻撃を繰り返しており、あれではいつオーガの反撃を喰らうかわからなかった。


 修介の心に焦りが生じる。

 このまま戦い続けていても、オーガがいつ倒れるのかわからない。その前にこちらの体力が尽きてしまう可能性だってある。

 反撃したい――ふと、そんな誘惑にかられた。

 自分の手にあるのは強力な魔力を帯びた魔剣である。

 この魔剣ならば、容易にオーガを打ち倒せるのではないか。

 攻撃を躱された直後の隙だらけなオーガの首を落とす。今の自分にとって、それがさほど難しいこととは思えなかった。

 だが、そこまで踏み込んで万が一失敗したら間違いなく殺されるだろう。あのヴァレイラでさえ失敗して殺されかけたことがあるのだ。

 そして、失敗すれば自分が死ぬだけではなく、クナルやトッド、そしてナーシェスも危険に晒される。失敗した時の代償があまりにも大き過ぎた。

 でも、この魔剣ならば――

 いやしかし――


 その一瞬の迷いは、致命的な隙を生んだ。

 気付いた時には眼前にオーガの棍棒が迫っていた。


(し、しまった……ッ!)


 咄嗟に上体を捻ってどうにか棍棒を躱したが、バランスを崩したところへ続けざまに繰り出された蹴りをまともに喰らう。


「――がはッ!?」


 反射的にアレサを盾にしたおかげで辛うじて内臓は守られたが、代わりに修介の体はゴム毬のように高々と宙を舞っていた。

 このまま頭から地面に激突したら死んでしまう――修介はなんとか受け身を取ろうとしたが、蹴られた衝撃で身体が思うように動いてくれなかった。

 目を閉じて衝撃に備える。わずか数秒の時間が永遠にも感じられた。


 ……だが、いくら待っても衝撃は訪れなかった。

 不審に思った修介は目を開く。そして自分が置かれている状況を知って驚愕した。

 修介の体は空中をゆっくりと降下していた。

 宙に浮いているというよりは、水の中へ沈んでいくような感覚だった。背中に柔らかいものが当たっているような感触がある。

 修介はその感触に身を委ねたまま、背中からゆっくりと地面に着地した。


「い、一体なんだったんだ……?」


 そう呟く修介の視線の先に、杖を構えたナーシェスの姿があった。

 彼が咄嗟に魔法で助けてくれたのだ。

 修介は視線でナーシェスに感謝の意を伝えると、アレサを杖代わりにして立ち上がった。蹴りを喰らったダメージはあったが、身体にはまだ力が入る。空中に吹き飛ばされながらもアレサを手放さなかったのは自分にしては上出来だと思った。


「――クナルッ!」


 トッドの悲鳴が響き渡った。

 修介は反射的に声のした方を見る。

 クナルが正面からオーガと対峙していた。修介が吹き飛ばされたのを見て、自らオーガを引きつける役目を買って出たのだ。


「くそっ!」


 修介はアレサを構えて全力で走り出す。

 あまりの不甲斐なさに眩暈がした。

 名声に実力を追い付かせる――そんな偉そうなことを言っておきながら、肝心なところで日和ったせいでクナルを危険に晒しているのだ。

 クナルは必死にオーガの攻撃を躱している。

 その姿に修介はかつての自分自身を重ね合わせた。

 あの時はデーヴァンが助けてくれた。


 ――ならば、今度は自分がその役目を果たす番だった。


「クナル、下がれッ!」


 修介は走りながら懸命に叫んだ。

 ところが、クナルは下がるどころかオーガの足元に飛び込もうとした。


「馬鹿野郎ッ!」


 クナルのその行動はあまりにも無謀だった。

 狙いすまされたオーガの棍棒がクナルに迫る。


(――間に合わないッ!)


 修介が絶望しかけたその時、オーガが大きくのけぞった。

 トッドの放った矢がオーガの首の後ろに突き刺さったのだ。

 棍棒の動きが一瞬止まる。

 クナルはその隙を突いてすれ違いざまにオーガの膝に剣を叩きつけた。


「ウガアアアァッ!」


 オーガが膝をつく。

 下がったオーガの頭は修介にとって絶好の位置にあった。


「――あの世に逝っとけェッ!」


 修介は横から飛び込むようにオーガの首にアレサを叩きつけた。

 魔力を帯びたアレサの刀身が閃き、肉と骨を断つたしかな手応えが伝わってくる。

 次の瞬間にはオーガの首は胴体と永遠の別れを告げ、鮮血を巻き散らしながら地面を転がっていた。

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