第184話 だろう運転ではなく、かもしれない運転
「や、やった……のか?」
起き上がったクナルが呆然と呟く。そして倒れたオーガの死体を見て自分たちが勝ったことを理解すると「いよっしゃーーッ!」と喜びを爆発させた。
だが、修介は喜ぶクナルの前に立つと、その頭を思い切りひっぱたいた。
「このド阿呆っ! 俺は下がれって言っただろうが!」
まさか叱られるとは思っていなかったのか、クナルは驚いた顔で固まっていた。
「あんな無茶して……一歩間違えたら死んでたぞ!」
「だ、だって横からシュウスケさんが走ってくるのが見えたから……それにチャンスと見たら全力で行けって言ったのはシュウスケさんじゃないっすか……」
「それは背後から攻撃する時の話だっての! 誰が正面から攻めろと言った?」
「でも――」
「でもも糞もない! パーティでの戦闘ではリーダーの指示は絶対だ。そうじゃないと連携も何もあったもんじゃないだろう!」
クナルは納得がいかないという顔をしていた。
それはそうだろう。吹き飛ばされた修介の代わりにオーガの相手をし、決死の覚悟で活路を切り開いて勝利に貢献したのだ。その結果が叱責というのは若いクナルには到底納得できるものではなかった。
修介も自分にクナルを責める資格がないことは百も承知だった。
だが、ここで釘を刺しておかなければ、この少年は今回の活躍に味を占めてさらに無茶を繰り返すと思ったのだ。
「お前の剣の腕は認める。思い切りの良さも戦士にとっては重要な資質だ。だけどな、もう少し慎重にならないと、せっかくの才能も開花する前に死ぬぞ!」
「けど、あのとき俺は……俺なら上手くやれるって思ったんだ。そんで実際に上手くやれたっす!」
「今回はたまたま上手くいっただけだ。現にトッドが矢を放ってなければ、お前は間違いなく奴の棍棒の餌食になってたぞ! それにお前の攻撃はそれまでほとんどオーガにダメージを与えられていなかっただろうが!」
「そ、それは――」
「たいした根拠もないのに謎の自信を持つのは若い奴にありがちだけどな、そういう自分に都合よく楽観的に考えて行動することを世間では『だろう運転』って言うんだよ!」
「ウンテン?」
「くそっ、そりゃこの世界に運転って概念はないか……」
修介は頭を掻きむしる。
「えーとつまりだな……お前は『きっと大丈夫だろう』っていう甘い考えで行動してるんだよ。冒険者にとって大事なのは『かもしれない』っていう危険予測だ。敵はこっちの動きを読んでいるかもしれない、剣で斬っても倒れないタフな奴かもしれない、そういういろんな可能性を想定して慎重に行動を選択する。その上でここぞという時に大胆に動くんだ」
基本的にマイナス思考の修介にとって「だろう運転ではなく、かもしれない運転」という標語は、前の人生のなかでも一番含蓄のある言葉だと思っていた。問題は自分で言うほどそれを実践できていないことだったが、この際そこには目をつぶることにした。
「それからトッド! 怖いのはわかるが、お前がびびったせいでクナルの負担が大きくなっていたのがわかっているのか? 一方が甘えているだけじゃコンビなんて成立しないぞ!」
言いながら、これもまた特大ブーメランだな、と修介は思った。
「……はい、すいません……」
思わぬ叱責を受け、ふたりは露骨に落ち込んだ表情で俯いていた。
それを見て修介はさすがに上からモノを言い過ぎたかもと急に申し訳ない気持ちになった。実際、彼らに助けられたのは事実なのだ。
修介は大きく息を吐いて気持ちをリセットする。
「……けど、ふたりともよくやってくれた。クナルの頑張りがなければパーティは全滅してた。足を狙ったのも良い判断だ。その思い切りの良さに慎重さが加われば、お前はきっと一流の戦士になれるよ。それにトッドも、あの状況でよく冷静に矢を放ったな。たいしたもんだ」
「……」
突然態度を豹変させた修介に、ふたりはびっくりして顔を上げた。
その視線に耐え切れず、修介はふたりにオーガの剥ぎ取りをしておくよう指示すると、逃げるようにその場を後にした。
「ご苦労様」
ナーシェスがにやにやと笑みを浮かべながら近づいてきた。
「しっかりとリーダーやってるみたいだね」
「慣れないことをするもんじゃないなと後悔しているところだよ」
「いや、あそこでクナル君を叱ったのは間違ってないと私も思うよ。彼の戦いぶりは傍から見ていても危なっかしすぎて冷や冷やさせられたからねぇ」
「とはいえ俺も偉そうなこと言える立場じゃないんだよなぁ……」
ヴァレイラやノルガドだったら、あんな無様な戦いにはならなかっただろう。
己の未熟さを痛感させられて、修介は軽くへこんでいた。
「でも、彼らが怪我をせずに済んだのは君の頑張りがあったからこそさ。その点は誇っていいと思うよ。あのふたりもそのことはきちんと理解してるはずさ」
「そうだといいんだけどな……」
あれでは自分のミスを棚に上げて新人にイキっただけのただの痛い人である。自身の黒い歴史にあらたな一ページが加わってしまったと修介は密かに嘆いた。
「なんにせよ、みんな無事でよかったよ」
ナーシェスのその言葉で修介は大切なことを思い出した。
「そういえば礼がまだだったな。さっきは助かったよ、ありがとうな」
「いやぁ本当は格好良く空中で静止させるつもりだったんだけどねぇ……私の魔力ではせいぜい落下速度を落とすくらいしかできなかったよ」
ナーシェスは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「それにしてもよくあの一瞬で魔法なんて使えたな?」
「私は尋常じゃないくらいマナがあるからね。本来なら細かくマナの量を調節しなきゃならないところを気にせず全開で使える分、他の人より詠唱速度が速いのさ」
「へぇ」
「普通の人が私と同じやり方をしたら、たぶん一回の詠唱で気絶すると思うよ」
「……ナーシェスって何気にすごい奴なんじゃないのか?」
「そんなことはないさ。膨大なマナを使って、人ひとりをゆっくり下ろすだけなんて他の魔術師からしたらいい笑い話の種だよ」
「それでもナーシェスの魔法が俺の命を救ったって事実に変わりはないだろ。その点は誇っていいと思うぜ?」
自分の台詞をそのまま返されてナーシェスは苦笑いを浮かべた。
「――さて、それじゃ他の妖魔が寄ってこないうちにさっさと引き上げようか」
修介がそう口にした直後だった。
「シュウスケさんッ!」
悲鳴に近いトッドの叫び声が響き渡った。
修介の背後を見たナーシェスの笑顔が一瞬にして固まる。
つられて振り返ると、視線の先にトロルがいた。倒したオーガの死体に引き寄せられたのか、四体のトロルが脇目もふらずにこちらを目指して殺到してきていた。
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