第12話 処遇

「それで、シュウスケ様はこれからどうなさるおつもりですか? なにか当てはおありなんでしょうか?」


 シンシアは心配そうに顔を覗き込んでくる。気のせいかさっきよりも距離が近い。


「それは……」


 修介は口ごもる。

 そもそも街に向かっていたのも「とりあえず人のいるところに行こう」というアバウトな理由である。当てなんてあるはずがなかった。


「と、とりあえず街に行ってから考えようかなーと思ってました」


「ようするに何もないんですね?」


 修介は黙って頷いた。

 このまま街に行ったとして、素性の知れない人間を雇ってくれるような物好きがいるとは考えにくい。異世界モノの王道である冒険者になる、という方法もあるが、そもそもこの世界に冒険者なる職業があるのかすら知らないのだ。

 仮に冒険者になったとして、今の修介ではなんの役にも立たない。学ばなければならないことが多すぎるし、どれも一朝一夕に身につくようなものではないだろう。つまりお先真っ暗であった。老人が転移ではなく転生を勧めた理由が今更ながらによくわかった。


 自分の暗い未来を思い浮かべ落ち込む修介。

 そんな修介の様子を見ていたシンシアは、意を決したような表情で口を開いた。


「あ、あの、よろしければしばらくの間、わたくしどものお屋敷に滞在されてはいかがでしょうか?」


「お嬢様!」


 案の定、口を挟んだのはランドルフだった。窓から中に入ってきそうな勢いである。


「何もそこまでしなくとも、いくばくかの金銭を渡せば、しばらく生活に困ることもないでしょう。旅の者への報酬としてはそれで充分なはずです」


「シュウスケ様はわたくしの命の恩人です。しかも記憶をなくされているんです。それをお金だけ渡して追い出すなんて、そんな酷いことできません」


「記憶をなくしていることには同情しますが、やはり素性の知れぬ者をお屋敷に住まわせるというのは私は賛成できかねます!」


「何もずっと住まわせようというわけではありません。記憶が戻るまでの間です」


「記憶が戻るという保証がどこにもないではありませんか。ずっと記憶が戻らなかったらどうするおつもりですか」


「それは……」


「だいたいお嬢様はいつもそうです。すぐに犬や猫を拾ってこられる。可哀そうだからという理由で犬猫と同じようにぽんぽんと人間を拾ってこられては困ります。もう少し後先のことを考えてですね――」


「あーもうランドルフうるさい!」


 劣勢に追い込まれたシンシアはあからさまに不機嫌になり、横を向いてしまった。

 人を犬猫扱いするのはいかがなものかと修介は思ったが、言っていることはランドルフの方が正しかった。いくらなんでもこのお嬢様は人が良すぎる。

 だが、シンシアの提案が魅力的なことは否定できなかった。

 何をするにしても修介にはこの世界についての知識が不足していた。知識はアレサからも学べるが、実際に生活してみないとわからなことも多いだろう。どこかで腰を据えて学ぶ時間が必要だった。


 とりあえずこの場でも多少なりとも情報を収集する必要があると修介は考え、ランドルフに問いかけた。


「あの、お取込み中すいませんけど、記憶を失ってる私でもできそうな仕事って何かあるんですかね? できれば住み込みで……」


 修介の問いにランドルフが顎に手を当てながら考える。馬に乗っているはずなのにずいぶんと器用である。


「うーん、記憶喪失で素性が知れない人間を雇う者はまずいないだろうな。こちらが口を利けばなんとかなるかもしれんが、そもそも知識がないとなると職人は難しいだろうしなぁ……」


 こうして真面目に考えてくれるあたり、お嬢様への忠誠心が厚すぎるだけで、本来は気の良い男なのだろう。精悍で整った顔立ちに腕も立つとあっては、さぞかしモテるに違いない。


 それはさておき――現代日本では国が身元を保証してくれるが、修介は元々この世界の人間ではないので誰も身元の保証のしようがない。この世界での身元保証がどうやって行われているのかわからないが、知人や隣人といった周囲の人間の認識によって身元が保証されるのであれば、人を雇うのにも「誰かの紹介」が必要になってくるだろう。

 そうなると、今の修介の立場ではまともな職につくのは難しそうであった。シンシア達に骨の髄まで世話になるのであれば、身元の保証くらいしてくれそうだが、そこまで世話になるのも気が引けた。


 ふと視線を感じたので顔をあげると、ランドルフがこちらを見ていた。


「君、文字の読み書きはできるか?」


「恥ずかしながらできません……」


 修介はまだこの世界に来てから一度も文字を見ていなかったが、老人から言語ツールでは読み書きはできないと説明されていたから、確認するまでもなくできないだろう。


「となると、写本師や代筆業は無理だな。やはり手っ取り早いところで傭兵か冒険者、といったところになるか。それなら素性がわからなくても問題にはならないな」


「冒険者……」


 どうやら冒険者という職業はあるらしい。やはり現実的に考えて、そのあたりしか選択肢がなさそうだった。正直争いごとが苦手な修介には向いている職業とは言い難い。


「そんなのダメです!」


 なぜかシンシアが反対した。


「シュウスケ様はぜんっぜん強くないので、そんな危険な職業についたらあっという間に妖魔にやられてしまいます!」


 お嬢様ヒドイ、と修介は思ったが事実なので何も言えなかった。

 シンシアは修介を見ると、にこりと微笑んだ。


「ご安心ください、シュウスケ様。わたくしに妙案があります」


「妙案?」


「はい。シュウスケ様には、わたくしの執事としてお屋敷で働いてもらうのです!」

 シンシアは両手を合わせうっとりとした顔で宙を見上げる。


「却下です、お嬢様。素性の知れぬ者をお屋敷に住まわせられない、という私の話をお忘れですか」


 ランドルフはにべもなくそう告げる。


「ランドルフ嫌い」


 シンシアはジト目でランドルフを睨んだが、ランドルフは気にした風もなく首を横に振った。


「それでは、こういうのはどうですかね?」


 突然、今まで会話に参加していなかった四人目の声が聞こえた。

 声の正体は正面の座席でいびきをかいていたはずのブルームであった。


「ブルーム! 目が覚めたのですか」


「おかげさまで。あれだけ耳元で騒がれればいくら寝坊助の私でも目が覚めますて」


 シンシアの問いに、ブルームが人懐っこい笑みを浮かべて頷いた。


「ご、ごめんなさい」


 シンシアは耳まで赤くして俯いた。


「いやいや、お気になさらず。それよりも面白い話をしておりましたな」


「貴殿、どこから聞いていた?」


 ランドルフはブルームを睨みつける。


「有り体に言いますと……全部、ですかな」


 悪びれもせずブルームは言ってのける。そして「よいしょっ」と身体を起こすと、修介たちのほうを向いた。


「そちらのシュウスケ殿の今後につきまして、私に良い考えがございます」


 ほう、とランドルフはつぶやくと、視線で続けるよう促した。


「今までのお話を簡単にまとめますと、シュウスケ殿は記憶がなく行く当てもない。お嬢様はシュウスケ殿をお助けしたい。ランドルフ殿はシュウスケ殿を手助けするのは構わないが屋敷には置きたくない、ということでよろしかったですかな?」


 ブルームは一同の顔を見渡した。

 三人とも黙って頷く。


「ときに、シュウスケ殿は戦いは素人のようですが、初めての実戦でゴブリン二匹とホブゴブリンを倒したそうですな」


「ま、まぁホブゴブリンはお嬢様に助けてもらったおかげですが……」


 修介は居心地が悪そうに視線をそらした。


「であれば、素質がまったくないというわけでもなさそうだ。きっちり基礎を学べば、それなりに戦えるようにはなるでしょう」


「はぁ……」


 修介は何の話だかわからず曖昧な返事をしてしまう。


「というわけで、シュウスケ殿にはお屋敷ではなく、訓練場の宿舎に入っていただきましょう」


 シンシアとランドルフは「あっ」と声を上げた。


「訓練場の宿舎?」


 聞きなれない単語に修介は思わず聞き返した。


「さよう。グラスター領では毎年、領内から若い者を募集して衛兵や騎士にする為の教育を行っているのだが、集められた若者はみな親元を離れて宿舎で生活しているのだ。そこにシュウスケ殿も入れてしまおうというわけだ」


 ブルームによると、この国の貴族は世襲制で、爵位を継ぐことができるのは長男のみとなっており、他の兄弟は成人すると独立しなければならないらしい。

 家を出た者は騎士を目指す者が多く、領主は彼らにその為の教育を施す施設として郊外の訓練場に宿舎を設けたのである。ちなみにこの国には騎士爵はない為、訓練場には貴族の子弟以外にも平民の子もいるらしい。

 訓練場での成績がよければ、平民でも騎士に取り立てられることがあり、仮に騎士になれなかったとしても衛兵としての職につくこともできるのだという。


「シュウスケ殿には訓練場で若い兵達と一緒に訓練を受けてもらい、そこで戦士としての技術を身につけてもらう。途中で記憶が戻ればそれでよし。戻らなかったとしても、そのまま衛兵になるもよし、記憶を求めて旅に出るもよし、冒険者になるもよし。無駄にはならんだろう? それに宿舎にいる間はとりあえず生活には困らんしな」


「な、なるほど」


 修介にとってはなかなか魅力的な話だった。なにより戦い方のノウハウが学べるのは大きい。この世界に来るにあたって妖魔の存在を知ってからは、自分の身を守る術は学ぶ必要があると強く思っていたのだ。

 平和な日本では強さよりも賢さが求められていたが、さっきの戦いで、この世界に必要なのはシンプルな強さだと思い知らされた。

 戦うことに恐怖はあったが、積極的に戦うかどうかはさておき、不要な争いを避けるためにもある程度の力は必要だった。


「これならお屋敷の中には入れずにすみますぞ、ランドルフ殿。おまけにおかしな行動を起こさぬよう監視もしやすい」


「ま、まぁそうだな」


 言われたランドルフは不満げながらも頷く。


「それに訓練場であれば街からも近いので、その気になればいつでもシュウスケ殿の様子を見に行くことができますぞ、お嬢様」


 ブルームはシンシアに意味ありげな笑顔を向けた。


「べ、べべ別にそんなつもりはありません!」


 シンシアは顔を紅潮させて横を向いた。

 ブルームはあらためて修介の方を向く。


「いかがですかな、シュウスケ殿?」


「はい。私としては是非ともお願いしたいです」


 修介はまっすぐブルームの目を見て答えた。


「お嬢様はいかがですかな?」


「シュ、シュウスケ様がそうお望みでしたら問題ありません」


 シンシアは修介のほうを横目で見ながら恥ずかしそうに答えた。


「これで決まりですな。いやよかったよかった」


 ブルームは満足そうに頷き、かかかと笑った。

 一方のランドルフは苦虫をかみ潰したような顔を浮かべていたが、ブルームの笑い声を聞いて怒りを爆発させた。


「きさま、起きたのならさっさと任務に戻れ!」


 数時間後、馬車はグラスターの街に無事たどり着いた。

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