第158話 竜牙兵

「お、おい、どういうことだよ、みんなめっちゃ苦戦してるぞ!? 骸骨兵スケルトンは大して強くないんじゃなかったのかよ!」


 戦況を見守っていた修介はサラに向かって声を張り上げた。


「そんなはずは……」


 明らかに動揺したサラの声に、修介は尋常ならざる事態が起こっているのだと認識した。

 自信満々で飛び出したヴァレイラは、攻撃のことごとくを防がれ、早くも息が上がり始めている。

 ノルガドも骸骨兵の素早い攻撃に翻弄され、戦斧で防ぐのに精一杯といった状態だった。

 そして、頼みのエーベルトは二体の骸骨兵を前に、防戦一方へと追いやられていた。

 いくら二体同時に相手にしているとはいえ、あのエーベルトが苦戦しているという事実に修介は衝撃を受ける。エーベルトはこのパーティ随一の戦士であり、彼の敗北はそのままパーティの全滅を意味するからだ。


「あ、あれは骸骨兵じゃない……」


 背後からマッキオの震えるような声が聞こえてきた。

 戦闘開始と同時に姿を消したと思ったら、いつの間にか入口の扉の陰に隠れて、顔を半分だけ出した状態で様子を窺っていた。


「おっさん、そこでなにしてんねん!」


 修介は思わず関西弁で突っ込む。


「せ、戦闘は僕の担当外だ。こういう時の為に君達を雇ったんだから、きっちりと仕事をしてくれないと困るよ!」


「それよりも骸骨兵じゃないってどういうこと?!」


「あれは人間の骨で作られた骸骨兵じゃない。ドラゴンの牙を使って作られた竜牙兵ドラゴン・トゥース・ウォリアーだ。僕も実物を見るのは初めてだけど、あの尋常じゃない強さは間違いないと思う」


「あれが竜牙兵……」


 サラの声は震えていた。


「なんかわかんないけど、やばい奴なんだな?」


 修介の問いにサラは黙って頷く。説明好きのサラが何も言えないという事態が、わかりやすく竜牙兵の恐ろしさを物語っていた。


「――なら俺も加勢にいく。サラはみんなに強化魔法を使って援護してくれ。マッキオさんもそこから魔法で援護くらいできるだろ?」


「何を言ってるんだ、僕は魔法は使えないよ?」


「はぁ?! あんた魔法学院にいたんだろ?」


「魔法学院に所属する人間全員が魔術師ってわけじゃない!」


 心外だと言わんばかりにマッキオが叫ぶ。


「それならそれでいざとなったら体を張ってサラを守れ!」


「な、なんで僕が――」


「シュウッ!」


 サラの悲鳴で修介は慌てて前を向く。

 一番左端にいた竜牙兵がこちらに向かって突進してきていた。


「くそっ!」


 エーベルトたちが苦戦するような化け物相手に一対一で勝てる気がしなかったが、やらなければ自分はおろかサラも殺されるのだ。躊躇している時間などなかった。


「うおおおおっ!」


 修介はアレサを両手で掲げて気合の声を上げると、向かってくる竜牙兵に真っ向から挑みかかる。

 エーベルト達の戦いぶりを見ていて、竜牙兵の強さはよくわかっていた。下手な小細工は通用しないだろう。

 ならば、全力の一撃を見舞うだけだった。

 全体重を乗せた右上段からの袈裟斬り――修介は己がもっとも得意とする技を渾身の力で放った。

 アレサの切っ先が竜牙兵に迫る。

 竜牙兵は躱そうとしない。

 それどころか何の反応すら示さない。


(……あれ?)


 ――違和感を抱いたまま、修介の一撃は竜牙兵の頭部を見事に粉砕していた。


「は? え?」


 修介はたった今叩き斬った竜牙兵の残骸を見下ろして、ただただ困惑していた。

 無論、倒すつもりで放った一撃だったが、なんの抵抗も受けずに倒せるとまでは思っていなかったのだ。

 すぐに復活するかも……そう考えて油断なく様子を伺ったが、竜牙兵が再び起き上がってくることはなかった。


「……倒した? 俺が?」


 エーベルトですら苦戦するほどの化け物をたった一撃で倒した……その事実を素直に受け入れることができずに修介は呆然と突っ立っていた。


「シュウ、まだ終わってない!」


 サラの声で修介は我に返る。

 そう、まだ戦いは終わっていない。なぜ勝てたのかを考えるのは後回しだった。


 修介は苦戦しているエーベルトの方へと駆け出す。

 エーベルトは二体の竜牙兵と激しく剣を打ちあっていた。竜牙兵を二体同時に相手取ってまったく引けを取っていない。それどころか、目にも留まらぬ動きで盾を持つ竜牙兵の腕を斬り飛ばしていた。

 この世界の人たちを常々鈍いと感じている修介だったが、エーベルトに関してはそれは当てはまらないのではないかと思うほどの俊敏な動きだった。


 もう一体の竜牙兵が横からエーベルトに斬りかかろうとしていた。

 修介は全力疾走でその竜牙兵の背後に回り込むと、容赦なく背中を叩き斬った。相手が人間ならば卑怯者の誹りは免れないだろうが、物言わぬ骸骨相手に罪悪感などまったく抱かなかった。

 竜牙兵は反応らしい反応も見せず、その場に崩れ落ちた。

 エーベルトはそれをちらりと横目で確認すると、片腕となった竜牙兵に凄まじい速度で双剣を叩き込む。

 盾を失った竜牙兵にそれを防ぐことは不可能だった。

 全身を切り刻まれた竜牙兵は文字通りばらばらになって床に散らばった。


 その後、勢いに乗った修介はノルガドとヴァレイラの元へ駆け付け、なんなく残りの二体の破壊にも成功し、誰の犠牲者も出ることなく戦闘は終了した。




「やはり僕の目に狂いはなかった! シュウスケ君、君は地下遺跡の探索をする為に生まれてきたような存在だよ!」


 扉の陰から出てきたマッキオが両手を広げて修介を称えた。

 五体いた竜牙兵のうち、実に四体を修介が倒したのだ。誰の目から見ても修介の活躍が勝因なのは明らかだった。

 実力で劣る自分が他の仲間を差し置いて活躍できた理由――修介に思い当たる節があるとすれば、ひとつだけだった。


「……やっぱり、俺にマナがないからこうなったのか?」


 修介の言葉にマッキオは大きく頷く。


「その通り! 竜牙兵には目や耳といった感覚器官がないのにどうやって敵を認識しているのかを考えれば、自ずと答えは出るだろう?」


「竜牙兵は相手のマナを感知して戦っていたのか……」


「竜牙兵だけじゃないよ。さっきのガーゴイルも、あとスライムもそうだね。視覚や聴覚といった感覚器官を持たない魔法生物や魔道人形ゴーレムには、マナのない君という存在を認識することすらできないんだよ。魔道人形が相手なら君はまさに無敵の存在というわけさ!」


 この世界の生物には必ずマナがある。だからこそ、古代魔法帝国の魔術師は魔道人形にマナを感知させる器官だけを搭載した。敵を排除するだけならそれで充分だからだ。マナがない人間は彼らにとって完全に想定外の存在なのだ。


 これは間違いなく修介にとって大きなアドバンテージだった。

 目を持たない上位妖魔グイ・レンダーも魔道人形と同じように相手のマナを感知することで敵を認識していた。だからマナを持たない修介を認識することができず、音と勘を頼りに戦った。それが可能だったのは、グイ・レンダーが自らの意志と知恵を持つ生物だからである。

 だが、与えられた命令を実行するだけの魔道人形にはそんな戦い方はできない。

 今後、どんな強大な力を持つ魔道人形が現れたとしても、修介に一方的に殴られるだけのただのサンドバックになるだろう。


「無敵の存在……」


 その事実は喜ばしいことのはずなのに、修介はそれ以上に戸惑いを感じていた。

 これまでもこの体質のおかげで何度も死にかけ、同時に何度も命拾いしてきたが、今回の件は今までとは何かが違うような気がした。

 魔法が効くか効かないか、という範疇を完全に飛び越えていた。


 ――魔法生物は自分の存在を認識できない。


 修介の心にぞわっと怖気が走る。

 生きている人間であるはずの自分が、仮初の命を与えられただけの無機物に、あたかもこの世に存在していないかのように扱われたのだ。

 ようやく自分がアバターではなくこの世界の人間だと思えるようになってきた矢先に、お前はこの世界の人間ではないのだと突き付けられたようなものだった。


「どうした? なにしけた面してんだよ」


 黙り込んだ修介にヴァレイラが声を掛ける。


「いや、なんでもない……」


「せっかく大活躍したんだから、もっと喜べよ」


「……なんていうか、活躍したのはたまたま俺がマナがない体質だったからってだけで、それで大喜びするのもなんか違うかなって……」


 修介は内心の動揺を隠すようにそう取り繕ったが、口にしてからそれも本心であるということに気付く。

 マナのない体質は努力して手に入れたわけではない。同じ条件下で戦えば、誰でもなんなく竜牙兵を倒せるだろう。魔獣ヴァルラダンの時と同様、そんな勝利を称えられたところで、素直に嬉しいとは思えなかった。

 すると、ヴァレイラは修介の背中をばんと叩いた。


「つまんねーこと考えずに素直に喜んどきゃいいんだよ。体質だろうがなんだろうが、利用できるもんは全部利用すりゃいいのさ。大事なのはあたしたちが勝ったってことと、みんな無事だったってことだろうが」


「その通りじゃ」ノルガドが相槌を打つ。「正直助かったぞ。まったく、おぬしには驚かされてばかりじゃの」


「ヴァル、おやっさん……」


 彼らの言葉に心に巣食っていた不安が取り除かれていく。

 たとえ魔道人形に認識されなかろうが、修介には自分のことを認めてくれる仲間がいた。今はそれがこの上なく嬉しかった。


「シュウスケ君、やっぱり僕とコンビを組もう! 君と僕とならどんな遺跡だろうと攻略できるぞ!」


 マッキオが興奮気味に詰め寄ってくる。


「ざけんな、こいつはあたしの相棒だ!」


 すかさずヴァレイラが割って入った。

 ふと、視線を感じて横を向くと、いつの間にかサラが隣にいた。そして目が合うと、くすりと笑って片目をつぶって見せた。

 内心を見透かされているようで、修介は気まずくなって思わず目をそらした。


 仕方がないから私がパーティを組んであげる――修介はヴァルラダン討伐戦後の帰り道にサラにそう言われた時のことを思い出した。

 あの言葉があったからこそ冒険者を続けることができた。

 サラとパーティを組むに相応しい戦士になる。あの時のサラの判断が間違っていないということを自らの成長で示すと、そう決めたのだ。

 その為には、自分の体質を最大限利用してやるくらいの気概が必要だろう。立ち止まっている暇などないのだ。


「よし! 次に魔道人形が出たときは俺が全部片づけるから任せてくれ!」


 修介は力強くそう宣言した。我ながら単純だと呆れるが、そのくらいの方がきっと生きやすいのだとも思う。


「言うじゃねぇか相棒!」とヴァレイラに背中を強く叩かれた。


「やる気があるのは結構だけど、調子に乗って無茶しないでよね」


 サラが呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな顔でそう言った。


「わかってるって」


「ならいいわ。……頼りにしてるからね」


「おう」


 暗い地下遺跡の中にいるのに、自分の周囲にだけは暖かい光が灯されているようだと修介は感じていたのだった。




 ――だが、勝利の余韻に浸り、しばし笑顔で談笑する一行の中で、ただひとり、エーベルトだけは鋭い眼光で修介を睨んでいた。

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