第157話 扉と罠と
その後、獣の襲撃を警戒しつつ、いくつかの分かれ道や部屋を通過しながら地下遺跡の探索を続けた一行は、初めて行き止まりに突き当たっていた。
目の前にはひと際頑丈そうな鉄製の扉がある。
扉にはやたらと装飾過多なレバー式の取っ手が付いており、この扉の先には大事な何かが眠っていそうな雰囲気を露骨に醸し出していた。
「……罠があるとしたらこういう扉だよね?」
修介の問い掛けにノルガドは黙って頷いた。
「ほらほら、調べるからついて来て」
今までと明らかに雰囲気の違う扉の出現にマッキオは鼻息荒く扉を調べ始める。
修介もマナ灯片手にそれに続いたが、先ほどからなんとなく助手扱いされているような気がして面白くなかった。
「鍵は……かかってるな。でもそれほど複雑な物じゃないな。これなら簡単に解錠できそう。いや待て、何かあるぞ? これは……」
マッキオは独り言をつぶやきながら作業に没頭している。
その後頭部に向かって修介は声を掛けた。
「……鍵がかかってるってことは、獣はこの先にはいないってことでしょ? なら無理に開けなくてもよくないっすか?」
「ちょっと静かにしててもらえるかな! 今ものすごく集中してるから!」
マッキオは顔を真っ赤にして怒声をあげると、今度は腰のポーチから手鏡と針金のような物を取り出して鍵穴を弄りだした。
「すんません……」
素直に謝りつつ修介は振り返る。
誰もマッキオを止めようとはしなかった。
彼らは冒険者なのだ。個人差こそあれ、その目にはこの先に何があるのか見てみたいという好奇心が現れていた。
かくいう修介も同じ思いは確かに抱いていた。危険を乗り越えてここまで来たのだ。もしこの扉の向こうにお宝があるのなら、それを手にしたいと思うのは当然だった。
やがて作業が終わったのか、マッキオは扉から離れるとサラに向かって声を掛けた。
「鍵は解錠したよ。ただ、それとは別に魔法で施錠されているみたいだから、あとはサラ君にお願いするよ」
「……わかったわ」
マッキオと入れ替わるようにサラが扉の前に移動する。
緊張しているのか、大きく深呼吸してから魔法の詠唱を開始した。
右手に持った杖を器用に動かしながら、宙に魔法文字を描いていく。
その様子を修介は固唾を飲んで見守った。
魔法の詠唱が完了すると、魔力を宿した光が扉の取っ手へと吸い込まれ、直後に扉から、カコン、という乾いた音が聞こえてきた。
「……たぶん解除できたわ。さすが古代魔法帝国ね、かなり強い魔力で施錠されていたわ。出入りする度にこれだけの魔力を使って施錠してたのかと思うとぞっとするわね」
サラは荒い息を吐きながらそう感想を漏らした。
「おつかれさま」
修介はサラの肩にそっと手を添えて後ろに下がらせた。扉を開けるのは自分の仕事だと考えたからである。
「ところで罠はあったんすか?」
修介は振り返ってマッキオに確認する。
「あったよ。扉を開けると取っ手から針みたいなものが飛び出る仕掛けになってる」
「マジっすか? でも解除はしたんですよね?」
「してないよ」
「なんで!?」
「そんなの無理だからに決まってるじゃない」
マッキオは事も無げに言う。
「それじゃどうすんのさ!」
「大丈夫。その罠は別の遺跡でも見たことがあるんだ。ようは正しい手順を踏んで扉を開ければいいのさ。その取っ手を一度上にぐいっと上げてから、下におろして扉を開ければいい」
「……それだけ?」
「さっきノルガドさんも言ってたでしょ? 人が出入りするんだよ? 開ける度に罠が発動してたら後始末や仕掛け直したりするのが大変だろう。こういう罠は何も知らない人間にだけ発動すればいいんだよ」
自信満々の顔でマッキオは言った。
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫、僕を信じて」
これほど胡散臭い「僕を信じて」という言葉を修介は聞いたことがなかったが、ここはマッキオの知識と経験を信じることにした。
修介は汗ばんだ手で取っ手を握る。
そして言われた通り取っ手を上に大きく上げてから、一気に下におろした。
ガチャリ、と音を立てて扉がゆっくりと開いた。
扉の向こう側には修介たちが期待していたような財宝はなく、まるでコンサートホールのような巨大な空間が広がっていた。
「やたらと長い通路といい、この無駄に広い部屋といい、この地下遺跡はそんなんばっかりだな」
修介は誰にともなく文句を言った。期待していた分、落胆も大きかったのだ。
「たぶん、この広い空間は魔法の実験を行う為のものだね。部屋と部屋との間隔が空いているのも、万が一実験が失敗したときに他所に被害がいかないように配慮してるからなんだよ」
マッキオが得意気にそう解説する。
それがわかったところで何の慰めにもならないと思ったが、わざわざそれを口にしてマッキオと会話するのも億劫だったので、修介は黙って部屋を見渡した。
他の部屋と同様、壁や天井の一部が崩れて瓦礫が散乱していた。
それ以外にも部屋の中央付近に一定間隔で白い破片のような物が散らばっていたが、それがなんなのかはここからではわからなかった。
「なんにせよ、この部屋に用はなさそうじゃの」
ノルガドがそう言って部屋を出ようとした、その時だった。
床に散らばっていた白い破片が勝手に動き出した。
バラバラだった破片が空中に浮かび上がり、まるで糸に繋がれた操り人形のように徐々に人の形を成していく。
その白い破片は骨だった。
数秒後、パーティの前に五体の直立する骸骨が誕生していた。
その姿は修介が子供の頃に理科室で見た骨格標本そのままだった。違う点があるとすれば、目の前の骨格標本が人間のように動いていることと、剣と盾を装備していることだった。
「な、なんだあれ……?」
「
修介の疑問にサラが落ち着いた様子で答える。
「そ、その魔道人形ってのは?」
「さっきのガーゴイルと同じ。魔法によって仮初の命を与えられた存在よ。特定の場所や物を守護させる為に古代魔法帝国の魔術師がよく使っていた兵隊ね」
「強いのか?」
「全然。しょせんは骨だもの、たいして強くないはずよ」
サラのその言葉に修介はほっと息を吐きだす。
見た目のおぞましさからきっと強敵に違いないと警戒したが、冷静に考えれば、たかだか骨だけの存在に肉が付いている人間が負けるとは思えなかった。
「そういうことなら、さっさと片づけちまうか!」
ようやく出番がきたからか、ヴァレイラが勢いよく剣を抜き放って前に出た。
いつもの調子を取り戻した彼女の姿に修介はほっと胸を撫でおろす。
ノルガドとエーベルトもすでに武器を構えて戦闘態勢を取っていた。
それを見て慌てて修介もアレサを抜き放つ。
五体の骸骨兵は、人間の動きに反応するかのようにゆっくりと動き出した。
「わしとエーベルト、ヴァレイラの三人でやる。サラはいつでも魔法を使えるように待機。坊主はサラの護衛じゃ」
「……わかった」
ノルガドの指示に一瞬だけ修介は疎外感を覚えたが、魔術師の護衛は絶対に必要であり、パーティ内での実力差を考慮すれば修介がその役割を担うのは理に適っていた。
「ヴァル、油断すんなよ!」
修介は内心のもやもやを吹き飛ばすようにヴァレイラに声を掛ける。
「誰に向かって言ってんだよ」ヴァレイラは振り返ってにやりと笑った。「一瞬で五体まとめて片づけてやる」
そんなヴァレイラを横目に、エーベルトが獣のような俊敏さで飛び出した。
「あ、てめぇ!」
ヴァレイラも慌てて走り出す。ノルガドも斧を構えてその後に続いた。
こうして人間と魔道人形との戦いが始まった。
エーベルトは先頭を走りながら素早く視線を巡らせる。
五体いる骸骨兵のうち、右の二体をノルガドとヴァレイラに任せ、自分は残り三体を倒すつもりでいた。
地下遺跡の探索経験がないエーベルトは、実際に骸骨兵と戦ったことはなかったが、自分の実力ならば三体同時に相手をしても問題なく処理できるという自信があった。
そのことを証明すべく、エーベルトは正面の骸骨兵に向かって一瞬で距離を詰めると、首の骨を狙って小剣を繰り出した。
(まず一体)
頭の中でそう数える――が、骸骨兵は素早く反応してエーベルトの斬撃を手にした盾で受け止めていた。それどころか右手に持った剣で反撃が飛んでくる。
エーベルトは咄嗟に左手の小剣でそれを受け流しバックステップで距離を取った。
「こいつ……」
初撃を防がれたことにエーベルトは驚く。
並の戦士では反応することすら不可能な速度で放った一撃だった。
それを目の前の骸骨兵はいとも容易く防いだのだ。
エーベルトの戸惑いをよそに、骸骨兵が無言のまま斬りかかってくる。
その斬撃はおそろしく速く、正確に人体の急所を狙っていた。
エーベルトは二刀を交差させてそれを受ける。
「ぐぅっ!」
とてつもなく重い一撃だった。
小柄なエーベルトはいとも容易く後ろに弾き飛ばされ、二歩、三歩と後ろへ飛び跳ねることで勢いを殺して体勢を立て直す。
すかさず別の骸骨兵が横から剣を振りかぶって飛び込んでくる。その一撃もまた、正確に急所を狙っていた。
エーベルトは迫りくる切っ先をぎりぎりのところで身体を捻って躱すと、回避不可能な絶妙なタイミングで反撃の一撃を繰り出した。
だが、その一撃もあっさりと骸骨兵に盾で防がれる。そこへ、先ほどの骸骨兵がタイミングを見計らっていたかのように再び斬りかかってきた。
「ちっ!」
エーベルトは文字通り転がってそれを躱した。
(骸骨兵がたいして強くない、だと?)
素早く起き上がりながらエーベルトは二体の骸骨兵を睨む。
大きな間違いだった。目の前にいる骸骨兵はとてつもなく強かった。間違いなく、一体一体が達人級の腕前を持つ剣士だった。
二体の骸骨兵がじりじりと距離を詰めてくる。
頭蓋の窪みの中には本来あるべきはずの眼球はない。にもかかわらず、エーベルトは骸骨兵にじっと睨まれているような感覚を覚えていた。
視線や表情、身体のわずかな動きから相手の行動を予測して戦うエーベルトのような技巧派の剣士にとって、骸骨兵は相性最悪な相手だった。
骸骨には目もなければ表情もない。攻撃や防御の予備動作すらないのだ。おまけに単純な腕力でも骸骨兵の方が上だった。
エーベルトは素早く周囲に視線を巡らせる。
ノルガドとヴァレイラがそれぞれ一体ずつと対峙していたが、案の定、苦戦しているようだった。
直後にエーベルトははっとする。
骸骨兵は五体いた。
自分で三体相手にすると決めておいて、目の前の二体を相手にするだけで精一杯の状態なのだ。ならば、残りの一体はどこへ行ったのか。
すると、背後から「シュウ!」というサラの悲鳴が響き渡った。
「くそっ!」
前線で討ち漏らした敵は当然後ろへ流れる。
修介の腕前では、この骸骨兵に勝つことは不可能だろう。
エーベルトは後方へ流れた骸骨兵を止めようと振り返った。
そして、そこで起こった出来事を目の当たりにして驚愕の表情を浮かべるのだった。
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