第223話 紫衣者
穏やかな風を受けてゆらゆらと揺れ動く草花のすぐ傍を、武装した騎馬の一団が無遠慮に通り過ぎていく。数は二十人ほど。身に着けている装備品に統一感はなく、野盗の集団のようにも見える。
そのせいか、近くで農作業に従事している農夫たちが時おり手を止めては不安そうな視線を一団に向けていた。それでも騒ぎにならずに済んでいるのは、一団の先頭に数名の騎士がいるからだった。
「よくもまぁ、これだけ珍妙な面子を集めたものだ」
先頭で馬を進める騎士マシューは、皮肉とも感心ともとれる声を漏らした。
遺跡調査団の人選はセオドニーが行っており、騎士五名を筆頭に、冒険者が十三名と魔法学院から派遣されてきた魔術師二名という、農夫たちの困惑も納得の、かなり異質な集団である。
このあとクルガリの街で二十名ほどの歩兵が加わる予定となっているが、それを加味したとしても寄せ集めの混成部隊であることは否めなかった。
「地下潜りが専門の探索者に見るからに怪しげな魔術師。いくら兵が不足しているからといって、あのような者たちの協力を仰がねばならないとは……」
少し後ろにいた副官のロルフがそう言って馬を並べてきた。周囲の者に聞こえないよう声を落としたつもりだったが、彼の耳には届いてしまったようだった。
「調査する場所が場所だからな、やむを得まい」
「しかし、よりにもよって魔術師とは。私の目には彼らが人助けをするような者にはとても見えません」
「今回調査する遺跡には魔術師が関わっているという話だ。セオドニー様は魔法に精通した者の協力が必要だとお考えになられたのだろう」
「それはもちろん承知しておりますが……」
「セオドニー様は今回の任務を領の存亡に関わる重要な任務だとおっしゃられていた。それほどの任務を託されたのだ。誰を率いていようが全霊を持って任務を果たすのが騎士の務めだ。違うか?」
「いえ、その通りです。私が間違っておりました。申し訳ありません」
ロルフは真面目くさった顔で頭を下げた。
「わかったのならそれでいい」
そう言ったものの、マシューはロルフの本音が別にあることに気付いていた。
ロルフは調査団のメンバーに不満があるのではなく、今回の任務そのものに不満があるのだ。それは彼に限った話ではなく、騎士たち全員が思っていることだった。
いくら人助けとはいえ、騎士にとっては戦場で己の武を示すことこそが本懐なのだ。多くの同胞がカシェルナ平原で妖魔と戦っている一方で、自分達は辺境の山奥へ赴いての遺跡調査である。その心に一点の曇りもないかと問われれば、皆が嘘を吐くことになるだろう。かくいうマシューも例外ではなかった。
「そういえば隊長。最近、養子を迎えられたと伺いましたが?」
「む、よく知ってるな」
唐突に話題が変わったことに戸惑いつつ、マシューは頷いた。
「騎士団本部で噂になっておりました。それで養子というのは、やはりハース村の?」
「そうだ。おかげでおちおち休んでいられなくなった。育ち盛りの子供が一気にふたりも増えたからな」
その子供とは魔獣ヴァルラダンの襲撃を受けて滅んだハース村の生き残りだった。
両親を失ったふたりの子供を同じハース村出身のストルアンが引き取ったのだが、直後に魔獣との戦いで非業の死を遂げてしまった為、マシューの家で面倒を見ていたのだ。
マシュー夫妻は結婚してだいぶ経つが、子宝に恵まれなかった。当初は新しい引き取り先が見つかるまでの繋ぎのつもりだったのだが、妻が子供たちを大層可愛がっていたこともあって、そのまま養子にすることにしたのである。
「たしか上の子は男の子でしたな。年はいくつですか?」
「十一だ」
「では、来年には騎士訓練場に入れる年齢ですね」
「今のところ本人もそのつもりでいるようだ。最近では家にいると剣の稽古をつけてくれとうるさくて敵わん」
マシューはさも困っている体で言ったが、目じりは言葉を裏切って完全に下がりきっていた。
「それは今から楽しみな逸材ですね」
「俺としてはいつ、冒険者になる、と言い出さないか冷や冷やものだ」
「たしかに最近は冒険者になりたがる若者が多いと聞きますね」
「まったく、困ったものだ……」
騎士として土地と民を守ることに誇りを持っているマシューにとって、個人の自由を声高に叫ぶ冒険者は、決して相容れることのできない存在だった。才ある者は騎士になって領地と民の為にその力を発揮すべき、というのが彼の考えである。
ただ、その問題は騎士訓練場の在り方にも原因があった。訓練場は貴族階級の者か、経済的に余裕のある者しか入ることができない。だから、若者がみな冒険者などというふざけた職に流れてしまうのだ。
「大丈夫ですよ。きっとストルアン殿の遺志を継いで立派な騎士になってくれることでしょう」
上官を気遣ってか、ロルフは朗らかな笑顔を浮かべて言った。
「そう願いたいものだ」
魔獣ヴァルラダンとの戦いで重傷を負ったマシューは、一時期は敗戦の責任を取って騎士を引退するつもりでいた。多くの優秀な部下の未来を奪っておきながら、自身はむざむざと生き恥をさらしているのに、さらに騎士として生き続けることに我慢ならなかったのだ。
だが、騎士団長のカーティスから強く翻意を促され騎士団に留まった。
亡きストルアンが子供たちに見せるはずだった騎士としての生きざまを、代わりに見せなければならない。そう思ったからこそ、恥を忍んで復帰したのだ。
そしてなにより、マシューにとって今回の任務は、魔獣ヴァルラダンとの戦いに敗れた汚名を返上する絶好の機会だった。
敗北の屈辱は勝利によってのみそそぐことができる。
マシューは己が身命を賭してでも、今回の任務を成功させるつもりであった。
一方、隊列の最後尾では修介が慣れない乗馬に悪戦苦闘している真っ最中だった。
調査団のメンバーには全員に馬が貸与されていた。移動に掛かる時間と負担を減らそうというセオドニーの配慮である。
「おっとぉ!?」
修介は慌てて手綱を絞って馬を御した。訓練場で馬術の訓練を受けてはいたが、わずか三ヶ月程度でモノになるはずもなく、冒険者になってからは馬に乗る機会もなかったことから、隊列に付いていくのが精一杯という有り様だった。
「無理しないで荷馬車に乗った方がいいんじゃないかい?」
少し離れて馬を進めていたナーシェスが声をかけてくる。
「だ、大丈夫だ」
修介は懸命に手綱を操りながらなんとか答えた。
ナーシェスは見た目の印象と違い、当たり前のように馬を乗りこなしていた。同類と期待していただけに、裏切られたという気分は拭えなかった。
「っていうか、シュウ君は本当に騎士訓練場に行ってたのかい?」
「行ってたっての。ただ、諸々の事情で三ヶ月くらいしかいなかったから、あんまり乗り慣れてないんだよ」
この様を見たらグントラムも騎士に勧誘しようなどと思わなかったことだろう。
ちなみにイニアーとデーヴァンは傭兵だけあって普通に乗りこなしており、シーアも堂に入った手綱さばきを披露していた。
(俺は車の運転ができるからな! お前らはできないだろう)
そんな負け惜しみを口の中に留め、修介は再び手綱の操作に集中する。
ようは車の運転と同じで習うより慣れろである。
しばらくすると身体が訓練を思い出してくれたのか、どうにか思うように馬が動いてくれるようになり、周囲の景色に気を配る程度の余裕ができていた。
といっても、辺りはのどかな田園風景が広がっているだけである。
ふと、前方で馬を進めている紫色のローブを纏った人物が目に止まった。
魔法学院から派遣されてきたという男女二人組である。彼らはあきらかに他の参加者とは異なる雰囲気を纏っていた。
ひとりは妙齢の女性で、出発前に挨拶をした際に、妖艶な笑みを浮かべて「マレイドです」と名乗った。
派手な装飾に彩られた濃い紫色のローブを纏い、先端に水晶のようなものが付いた杖を持っていることから魔術師で間違いないだろう。
やや頬骨が張ってはいるものの美人と評して差し支えのない顔立ちだが、爬虫類を連想させる無機質で冷たい目が悪い意味で印象的だった。
もうひとりの男はさらに輪をかけて異様だった。マレイドと同じ紫のローブを着ているが、袖や裾のあちこちが破けていた。短く刈り込んだ灰色の髪に、日に焼けて浅黒く引き締まった体躯は、魔術師というよりは武闘派の僧侶を思わせた。口を真一文字に閉じた顔は、まるで岩を彫ったように表情がまったく変わらない。
その厳つい見た目のせいか、手にしている簡素な木の棒は魔法を使う為の杖というよりは人を殴る為の武器にしか見えなかった。
名はタイグといい、本人が名乗ったわけではなくマレイドが代わりに紹介していた。
「やっぱり気になるかい?」
そう言ってナーシェスが馬を寄せてくる。その質問が何を指しているのかは確認するまでもなかった。
「そりゃ気になるだろ」
「彼らは『
「紫衣者?」
「違法な魔法の行使や研究を行う魔術師を取り締まる魔法学院所属の実戦部隊さ。魔法絡みの事件が起こった際に、王国や領地の要請に応じて派遣されることがあるんだ。全員が紫色のローブを纏っていることからそう呼ばれてる」
「荒事専門ってことか。たしかに見るからに腕が立ちそうだ」
「実際かなり強いと思うよ。彼らは幼少の頃から専門の訓練を受けている戦士であり、魔法にも精通しているからね」
「ほほう」
「ただ、あまり良い噂は聞かないね。目的の為には手段を選ばない冷酷で残忍な連中だってもっぱらの評判だ」
「魔法学院所属ってことはナーシェスは顔見知りなんじゃないのか?」
「まさか。学院内でも彼らと顔を合わせる機会なんてそうそうないよ。特に私のような人畜無害な魔術師とは縁のない連中さ。よほどのことをしない限り、彼らがああして表立って出てくることもないしね」
「逆に言えば、今回の遺跡調査にはよほどのことがあるってことか」
目的地である白い塔に魔法学院が関知していない魔術師が潜伏しているとすれば、当然取り締まりの対象となるだろう。そういう意味では彼らがこの場にいることになんらおかしな点はない。むしろ頼もしい戦力である。
ただ、修介はふたりの魔術師から人を殺すことになんの躊躇もしなかった賞金首ジュードと同質の雰囲気を感じていた。取り締まると言えば聞こえはいいが、実際には対象を殺害することも厭わないのかもしれない。
「本来であれば今回の調査団に参加する魔術師は、師匠――ベラ・フィンドレイ門下の魔術師たちのはずだったんだ。ところが彼らが急遽討伐軍に協力することになっちゃったから、それであのふたりが代わりに派遣されてきたってことだと思う」
「ああ、戦場に魔術師がいたのはそういうことだったのか」
修介はカシェルナ平原で白いローブの魔術師を複数人見かけたことを思い出して納得した。
「問題はあのふたりが師匠の派閥ではなく、メイディンの派閥だってことだ」
「誰だ、そのメイディンってのは?」
「師匠と並んで賢者と呼ばれている魔法学院最高峰の魔術師さ。学内最大派閥のトップで、紫衣者を統括する立場でもある」
「ひょっとして、そいつとサラのおばあさんとは仲が悪いのか?」
「端的に言ってしまえばそうだね。師匠が魔法を人々の生活向上や安全の為に使おうとしているのに対し、メイディンは古代魔法帝国時代の魔法を復活させて、外敵や妖魔を排除するのに利用しようと考えている。評議会では師匠としょっちゅう方針を巡ってぶつかっているって話だ」
「保守派と急進派ってところか……。ま、組織が大きければ派閥争いが起こるのも必然だわな」
「おそらく、あのふたりの派遣もメイディンが無理やり手を回したんだと思う。彼の派閥は昔から古代魔法帝国の遺跡調査にも熱心だからね」
「なるほどねぇ」
修介はどちらかといえば守ることに重きを置く性格なので、ベラの考え方に好感を持っていたが、だからといってメイディンの考え方が間違っているとも思わない。どちらの考え方に共感するかは人によるだろう。
紫衣者と呼ばれる魔術師の参加がメイディンの思惑だとして、セオドニーがそれらの事情を知らないはずがないので、そういう意味では特に警戒する必要を感じなかった。
目的はあくまでもアイナリンドの救出である。その邪魔さえしなければ、彼らが何をしようが知ったことではなかった。
「シュウ君は体質のこともあるし、あまり彼らとは関わり合いにならない方が良いかもしれないね」
「そのほうがよさそうだな」
ナーシェスの言葉に頷くと、修介は再び馬の挙動に集中するのだった。
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