第170話 意志
「――冒険者シュウスケよ、俺に仕える気はないか?」
「……は?」
あまりにも予想外なグントラムの言葉に、修介は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「今日貴様を呼んだ本当の理由はこれだ。先の魔獣ヴァルラダンとの戦いで多くの騎士が犠牲になった。あのような化け物がいつまた現れるかわからん。今この地には貴様のように若く優秀な戦士が必要なのだ。娘の件とは関係なく、俺は貴様の実績を高く評価している。どうだ、騎士として俺に仕えてみんか?」
修介はグントラムの目を見る。冗談を言っている目ではなかった。
(俺が、騎士に……?)
グントラムの誘いに修介は今までに感じたことのない高揚感を抱いていた。
当然だった。
前の世界ではバブル崩壊後の社会に放り込まれ、何十社も面接で蹴られ、その数倍にのぼる書類選考で落とされてきた。いくらでも替えの利くアルバイトや派遣社員として長い間働き、ようやく正社員になれた後もその扱いに大差はなかった。これまでの人生で、本当の意味で誰かに必要とされたことなど一度もなかったのだ。
そんな自分が、グラスター領の領主という強大な権力を持つ人間から実績を評価され、直接ヘッドハンティングまでされているのだ。嬉しくないはずがなかった。
修介は自分が騎士になってグントラムの横で馬を駆る姿を想像して興奮を覚える。男として、戦士として、これほど胸躍るシーンがあるだろうか。
だが次の瞬間、脳裏に仲間たちの顔が浮かんだ。
すると、抱いていた高揚感が急速に萎んでいくのを自覚した。
修介は姿勢を正してグントラムの顔を見据える。
「……私のような未熟者を高く評価していただけたことはとても嬉しく思います。ですが、そのお話はご辞退申し上げたく存じます」
「俺は貴様の忠誠を受けるに相応しくないか?」
「そのようなことはありません」
「ではなぜだ?」
「えっと、その……どうも私はあまり忠誠心の厚い人間ではないようでして、自分が誰かに仕えて戦うということがピンとこないのです」
「冒険者気質というやつか?」
「そ、そんな大層なものではありません」
自分のそれは長い現代日本での生活で個人主義的な考え方に染まっていたというだけのことで、自由を尊ぶ冒険者の気質とはまた別だ、と修介は思っていた。
「別に俺に忠誠を誓う必要はない。俺が求めているのは忠誠ではなく、この領地と民の為に戦ってくれる猛者だ。金や名誉が欲しいというのならば、その働きに応じてそれなりのものをくれてやるぞ」
「は、はぁ……」
「煮え切らぬな。ここには俺と貴様しかおらん。言葉を飾る必要はない。俺は貴様の本音が聞きたい。思ったことをそのまま口にしろ」
「で、ではお言葉に甘えまして……」
どのみちこの領主相手に上っ面な言葉を言ったところで通用しないだろう。本気で騎士団に誘ってくれているというのなら、こちらも誠心誠意、本音を語るべきだ。
修介はひとつ深呼吸をしてから、あらためて口を開く。
「……私はこの地に来てから妖魔によって理不尽に大切な人や大事な物を奪われた人達をこの目で見てきました。ですから、妖魔から人々を守る為に命懸けで戦っている騎士団を尊敬していますし、憧れてもいます。
ですが、私は本来臆病な人間なんです。冒険者になってからも、わが身可愛さに薬草採集や倉庫警備の仕事ばかりしていたくらいでして、とても騎士という大役が務まるような人間ではありません」
「謙遜も度が過ぎれば嫌味になるぞ。臆病なだけの男がああも手柄を立てることはできんだろう」
「それは私の実力ではなく、たくさんの人に支えてもらったおかげです」
修介はきっぱりと言い切った。
「私はこのグラスター領を訪れる前に全てを失いました。途方に暮れていた私に手を差し伸べてくださったのがシンシアお嬢様です。シンシアお嬢様のおかげで、このグラスターの地でもう一度人生をやり直す機会を得られました。そして失ったものよりも多くの大切なものを手に入れることができたのです。シンシアお嬢様をはじめ、冒険者として過ごすなかで出会った仲間たちに支えられて今の私がいるんだと思います。
先ほども言いましたが、私は臆病で自分勝手な人間です。恥ずかしながら、とても見ず知らずの人の為に命懸けで戦うことなんてできそうもありません。
それでも、こんな臆病な私でも、この手が届く距離にいる人くらいは守りたいと思えるんです。傍にいてくれる大切な人の為になら、俺は戦うことができるんです!」
気が付けば修介は拳を強く握りしめていた。
「たしかに、人ひとりで守れるものなどたかが知れています。騎士団に入ればたくさんのものを守れるのかもしれません。でも、もし俺が騎士になったら、命令されて戦うことになります。そうなったら俺は戦う理由も、戦う相手も、自分で選ぶことができなくなってしまいます。自分勝手なのは承知の上で、俺は自分の意志で、仲間や大切な人の為に戦いたいんです!」
だから俺は騎士になることはできません――そう修介は締めくくった。
言い終わった途端、自分がとんでもない無礼を働いてしまったのではないかと不安になった。途中から一人称が俺に変わっていたことにも気付いて余計に焦る。
騎士は「なりたい」と言ってなれるような簡単なものではない。何年も訓練場で厳しい訓練を積んだ上で、わずかな成績上位者のみしかなることができない狭き門なのだ。それをわけのわからない自分語りをした挙句に断ったのだ。しかも領主直々の誘いを、だ。不興を買わずに済む理由を見つける方が難しいだろう。
修介は彫像のように固まったままグントラムの反応を待った。
だが、グントラムは特に気を悪くした様子もなく、むしろその口元には笑みが浮かんでいた。
「冒険者シュウスケよ」
「は、はいっ!」
「知っているか? それを冒険者気質と言うのだ」
「――ッ!?」修介は恥ずかしくなって思わず下を向いた。
グントラムは声を上げて豪快に笑うと、壁際に歩み寄り、そこに並んでいる訓練用の剣を一本掴んで修介に向かって放り投げた。
「あの……?」
慌てて剣を掴んだ修介は戸惑い顔でグントラムを見る。
修練の間と呼ばれる部屋で武器を渡されて、その意味がわからないほど修介も間抜けではなかったが、どうしてそうなるのかが理解できなかったのだ。
グントラムは戸惑う修介を無視して部屋の中央に移動すると、「早くしろ」と手にした剣で自分の前を指し示した。
修介は仕方なくグントラムから五歩ほど距離を空けた場所に立った。
「本来なら貴様が騎士団に入団するのに相応しい実力があるかどうかを試すという名目があったのだが、断られてしまったからにはもはや名目などどうでもよいわ。せっかくの機会だ、噂の若き英雄の力を見せてもらおうか」
グントラムのその言葉に修介は内心嘆息する。
このグラスターの地では「強さこそが男の価値」という考え方が根本にあるのだから仕方がないとはいえ、ことあるごとに手合わせを要求される文化にいまだに馴染めずにいた。張り子の英雄であるという自覚があるだけに尚更だった。
目の前に立つグントラムの立ち姿には強者特有の圧があった。実戦で磨かれた領主の剣の腕前は周辺諸国にも知れ渡っているほどで、とても自分が敵う相手ではないだろう。どうせまた失望されるだけだ。そんな負の思考に陥りそうになる。
だが同時に「自分の力がどこまで通用するのか試したい」という欲求がどんどん大きくなっていた。
普通に暮らしていれば領主と手合わせする機会などそうそうない。ヴァレイラが聞けば間違いなく羨ましがるだろう。
修介は稽古をしていたときに彼女から言われた言葉を思い出す。
「――シュウは心に負け癖がこびりついてんだよ。戦う前から心のどこかで『どうせ勝てない』って考えてるんだ。戦いってのはびびった奴が負けるんだよ。相手が誰であろうと絶対に勝つって気概を持たなきゃ話になんねぇ」
ヴァレイラの言う通り、修介は戦士としてのキャリアが短い分、常に相手の方が自分よりも強いと思って戦いに臨んでいた。たしかにそのおかげで生き延びられたという側面はあったが、さらに上を目指すならそれでは駄目だった。
「よおおっしッ!」
修介は気合を入れる為に腹から声を出した。
その様子にグントラムはにやりと笑い、剣を構えた。
手合わせという名の真剣勝負が始まった。
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