第七章
第七章 プロローグ
太陽の光がほとんど差し込まない薄暗い森の中を、男は懸命に走っていた。
何度も足がもつれて転びそうになりながらも、死に物狂いで足を動かし続ける。
体力はすでに底を尽き、肺と心臓が破裂しそうなほど苦しかったが、それでも足を止めるわけにはいかなかった。
ほんの一瞬、男は何かに突き動かされたかのように背後を振り返る。
誰もいない――が、今この瞬間も自分が追われているという事だけははっきりとわかった。そして、足を止めれば殺されるということも。
気が付けば隣を走っていたはずの相棒の姿が消えていた。案内人のドワーフの姿も見えない。いつからいなくなっていたのかも記憶にない。
先ほどまで聞こえていた断末魔の叫びも、聞こえなくなっていた。
聞こえるのは落ち葉を踏む自分の足音と荒い息遣い、そして森の木々が風に揺れる音だけだった。
自分が森の外に向かっているのか、より奥深くに向かっているのか、それすらもすでにわからなくなっていた。
「うわっ!」
木の根に足を取られ、男は受け身も取れずに派手に地面を転がる。すぐに起き上がろうとしたが、とうに限界を超えていた体は言うことを聞いてくれなかった。
(なんで……なんでこんなことになった)
ただのゴブリン退治のはずだった。
なのに、なぜあれがこんなところにいるのか。
あんな化け物がいるなんて聞いていない。
男はこれが現実に起こった出来事だとは信じたくなかった。
だが、男は逃げ出す直前に仲間の一人があれに一口で頭を喰われているところを見てしまっていた。
大の大人を片手で軽々と持ち上げる怪力。人間の倍以上はある巨躯。そして耳元まで裂けた大きな口。
そう、あれはまさしく――
突然、視界が闇に包まれた。
頭上に現れた巨大な影がわずかな陽の光を遮ったのだ。
男の目の前に地響きと共に灰色の巨人が降り立った。
「あ、あ、あ……」
男の顔が恐怖に歪む。
灰色の巨人は首を傾げながら男を値踏みするように見つめている。
だが、それは男の勘違いだった。
その巨人には目がなかった。
それなのに、なぜか見られていると男は感じていた。そして同時に自分がもう助からないということを悟った。
男は最後の力を振り絞り、死に物狂いで巨人に斬りかかった。
巨人は避けることも防ぐこともしない。
男の剣はあっさりと頑強な肉体に弾かれ、男は力なく尻もちをついた。
「は、ははっ」
男の顔は絶望に染まり、乾いた笑いが口から洩れる。
巨人は無言のまま丸太のように太い腕を振り上げ、そして振り下ろした。
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