第122話 羨望
再会を喜び合う修介たちの様子を、アイナリンドは邪魔にならないよう少し離れたところから黙って見ていた。
修介の危機に颯爽と現れた彼らが、修介の言っていたパーティの仲間であることは確認するまでもなくわかった。彼らの周囲に満ちあふれる喜びの感情は、精霊を通さなくても伝わってくる。
「あれがパーティの仲間……」
アイナリンドは無意識にそう呟く。
彼らを見るその眼差しには羨望とも取れる感情が含まれていた。
アイナリンドは、人間の父親とエルフの母親との間に生まれたハーフエルフである。
父がまだ少年だった頃に、故郷の森で母と出会い、恋に落ちたのだという。
父と母が結ばれることに里の長老たちは当然反対したが、父がある事件を解決したことで里の一員として認められるようになった。母との結婚も許され、森の中で暮らすことも許された。それは閉鎖的なエルフの里では考えられない特例だった。
そうして、ふたりの間に生まれたのが、アイナリンドとイシルウェだった。
だが、ハーフエルフの存在は里では歓迎されなかった。
嫌がらせを受けるようなことこそなかったが、接する態度は冷たく、よそ者を見るような目で見られた。
それでも、父と母の愛情を受けてアイナリンドは真っ直ぐに育った。
父は冒険者としてあちこちを旅しており、滅多に帰ってはこなかったが、帰ってきたときは必ずアイナリンドを膝の上に乗せ、たくさんの冒険譚を聞かせてくれた。
旅で出会った人々との交流や、おそろしい魔獣との戦い。
地下遺跡で見つけた宝物に、数々の危険な罠。
閉鎖された森の中で暮らすアイナリンドにとって、父の語る冒険譚は新鮮で驚きに満ちた最高の物語だった。
そして、その冒険譚には必ずパーティの仲間が登場するのだ。
剣の腕を競い合った寡黙な二刀流の剣士。
手先は器用だがおっちょこちょいの盗賊。
博識だが変り者の魔術師。
普段は穏やかだが、怒ると手が付けられなくなる神官戦士。
父とその仲間は幾多の冒険を共にし、たしかな絆を育んでいたのだ。
アイナリンドは仲間の事を語るときの父の優しい笑顔が好きだった。
そして、父にそんな顔をさせる仲間という存在に憧れを抱くようになるのは、ある意味で当然のことだった。
いつの日か自分も父のように仲間と共に冒険の旅がしたい――いつしかアイナリンドは幼心にそう思うようになっていた。
そうして数年間は穏やかで幸せな暮らしが続いた。
ところが、今から一〇年前、忌まわしい事件が起こる。
アイナリンドとイシルウェが父に連れられて、初めて森の外――人間の街へと遊びに行ったあの日――エルフの里が何者かの襲撃を受けたのだ。
襲撃者は森に火を放ち、村に魔獣をけしかけた。
里の戦士たちによって魔獣は駆逐され、森の火はすぐに消されたが、たったひとり、アイナリンドの母だけが里から姿を消していた。
里の郊外にぽつんとある小さな家には争ったような跡があった。
父は襲撃者の後を追って、そのまま消息を絶った。
里の者は必死に母の行方を捜してくれたが、結局見つけることはできなかった。
残された幼いハーフエルフの姉弟を里の長老は追い出すようなことこそしなかったが、同時に受け入れることもしなかった。
その後、アイナリンドとイシルウェは、ふたりで力を合わせて里のはずれでひっそりと暮らしてきた。
そして、イシルウェは成人すると同時に「母を探す」という書置きを残して森から出て行った。きっと幼い頃からずっとそうすることを決めていたのだろう。
父も母も生きているという保証なんてなかったが、それでも自分の手でその確信を得ないことには納得ができないのだ。弟はそういう性格だった。
だが、アイナリンドは弟よりも少しだけ現実を見ていた。
父も母も自分たちを愛してくれていた。だから、もし生きているのなら絶対に連絡をくれるはずだと思っていた。それがないということは、もうこの世にいないのだと、そう諦めていた。
それから数カ月後、アイナリンドは弟を連れ戻す為に旅に出ることを決意した。
イシルウェは彼女に残されたたった一人の家族なのだ。心配しないわけがなかった。
里の長老に弟を連れ戻すと告げて森を出たとき、アイナリンドは自分がわくわくしていることに気付いた。
もしかしたら自分だけの冒険譚を紡ぐことができるかもしれない――そんなことを考えて胸を躍らせていたのだ。不謹慎であると自覚していたが、それでも自分の心に嘘はつけなかった。
そうしてひとりで旅を続け、この森で修介と出会った。
ほんのわずかな時間だが一緒に冒険をした。
今、目の前で再会を喜び合う修介たちの姿は、彼女にとって、ずっと憧れていた光景そのものだった。
同時に、その光景の中に自分の姿が含まれていないことに気付き、アイナリンドは一抹の寂しさを感じていた。
物思いにふけっていたアイナリンドは、自分の名を呼ぶ声で意識を現実へと引き戻された。
見ると、修介が手招きをしていた。その周囲では彼の仲間が興味深げな視線でこちらを見ていた。
アイナリンドは慌てて耳を隠そうとしたが、いまさら手遅れであることを悟ると、遠慮がちに修介の傍へ寄った。
修介は満面の笑顔でアイナリンドをパーティの仲間に紹介した。
そして、彼女が命の恩人であること、ギーガンたちを救出できたのも彼女のおかげであることなどを、まるで自分のことのように誇らしげに語った。その大袈裟な語り口は、聞いているアイナリンドが恥ずかしくなるほどだった。
だが、その説明のおかげもあってか、アイナリンドを見る視線にはエルフへの嫌悪の感情はなく、あるのは感謝の念と好奇心だけに見えた。
唯一、魔術師の女性だけは複雑な表情でこちらを見ていたが、それがどういった感情によるものなのかは、アイナリンドにはわからなかった。
「盛り上がってるところ悪いんだが、さっさとこの場を離れた方がいいんじゃないか? 逃げたゴブリンどもが仲間を引き連れて戻ってくるかもしれないだろう。それこそグイ・レンダーがやってきたら目も当てられないぜ」
歓喜の輪に加わらず、さりげなくギーガンと若い冒険者の手当てをしていたイニアーが冷静に指摘する。
「そうだった!」
修介はデヴォン鉱山の麓にレギルゴブリンが率いる妖魔の軍勢が存在していることを皆に話した。
「……グイ・レンダーだけじゃなく、レギルゴブリンなんていう希少種までいるとは恐れ入ったね……」
さすがのヴァレイラも緊張を隠せない様子だった。
「ゴブリンの一団が森の外を目指して移動しているところも見たし、早くこのことを先発隊と輸送部隊に伝えないと……」
そうは言ったものの、すぐに伝えられるような手段はなかった。
「あいつらが使えればいいんだけどな……」
修介が頭上にいる二羽のフクロウを見て呟いた、そのときだった。
唐突にフクロウが羽をばたつかせて騒ぎ始める。それは使い魔が別の場所にいるパーティに何かあった場合に知らせてくれるときの動きだった。
「おい、これって……」
頭上を見上げながらヴァレイラがサラに問いかける。
「残りの一羽がいるところで、何かが起こったのよ」
「何かって、なんだよ!?」
「そんなの私にわかるわけないじゃない!」
言い合いをするサラとヴァレイラを横目に、二羽のフクロウは何度か頭上をぐるぐると回ると、同じ方向へと飛んで行った。
「おい、行っちまうぜ!」イニアーが声を上げる。
「えっ、あの子たちが向かおうとするってことは、ここからそう遠くない場所にもう一羽がいるってことになるんだけど……」
サラが戸惑うように言った。
「まさか、近くまで飼い主の魔術師が来てるってことか?」
「でも、あの魔術師がひとりでこんなところに来るとは考えにくいわ……」
「ってことは、先発隊が近くまで来ているってことか!?」
ヴァレイラが信じられないといった顔をする。
頭突きまでして説得したにもかかわらず、頑なに救出隊を編成しようとしなかったダドリアスが近くまで来ているとは、とても考えられなかった。
「よくわかんないが、とにかく急いで向かった方がいいってことだろ!?」
修介はフクロウを追って駆け出そうとしたが、急激な運動に体が付いていけず、ふらついて思わず傍にいたアイナリンドに寄りかかってしまった。
「大丈夫ですか!?」
アイナリンドは心配そうに声を掛ける。
「わ、悪い……」
修介はそう言って離れようとしたが、体に力が入らない。
「おい、あんまり無理すんな」
ヴァレイラは修介の体を引き取ると、肩を貸して近くの岩に座らせた。
「くそっ、情けねぇ……」
修介は地面を睨みつけながら呟く。
もし、ヴァレイラの言うように先発隊が近くに来ているのだとしたら、それは間違いなく自分たちの救出の為である。
自分のせいで誰かが危険な目に遭っているのだとしたら――そう思うと、じっとなどしていられなかった。
だが、バルゴブリンとの戦いやポーションによる治療で、修介の体力は完全に底をついていた。その想いとは裏腹に身体は鉛のように重く、仮に現場に向かったとしても何の役にも立てそうになかった。
「気持ちはわかるけど、焦って向かうのは得策じゃないわ。あなた以外にも怪我人がいることを忘れないで」
サラがギーガンたちの方へ視線を向けながらそう言った。
その言葉に修介ははっとする。
ギーガンや若い冒険者は自分よりももっと酷い状態なのだ。自分の感情を優先させて、他のメンバーのことにまで気が回らなくなっていた。
ちょっとパーティから離れていただけで自分がリーダーであることをすっかり失念してしまっていることに情けなさを覚える。
「何が起こっているのかは気になるけど、とにかくこの森を無事に出ることを優先しましょう。もちろん慎重にね。慎重に進むのは、あなたの得意分野でしょ?」
サラは修介を元気づけるように片目を閉じてそう言った。
「……わかった」
修介は頷くと、顔を上げてフクロウが飛んでいった方角を見た。
飛んでいったと思われた二羽のフクロウは、修介たちが追ってくるのを待っているかのように、少し離れた木の枝にとまっていた。
修介は深呼吸をする。
焦りが消えることはなかったが、冷静さは取り戻せていた。
「少しだけ休憩したら、あのフクロウの後を追いかけよう。もちろん慎重にな」
修介は皆を見回してそう告げるのだった。
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