第33話 襲撃
修介達四班は生存者の捜索の為、ハース村のすぐ近くにある小さな森へと赴いていた。空を見ればだいぶ日が傾いてきており、ぐずぐずしているとあっという間に森の中は闇に包まれてしまうだろう。
時間短縮の為、班をふたつに分けての捜索となった。ストルアンはフィンとニールを引き連れ、修介はロイと組んで、それぞれ森の両端から捜索を行う。
生存者がいる可能性を示唆されてストルアンは多少なりとも気力を取り戻しているようだった。まだ少し危うい雰囲気を纏っていたが、一時の放心状態と比べたら雲泥の差であった。
修介はアレサを片手に持ちながら慎重に森の中を歩く。
地面には突風に煽られたかのように大量の落ち葉が敷き詰められていた。
風に揺れる木々の騒めきと、草や枝を踏む足音以外は無音に近かった。周囲からは動物や鳥などの気配も感じず、まるですべての生き物がこの森から逃げ出してしまったかのようだった。
「なんか嫌な感じだな……」
同じことを感じていたのか、前を歩くロイが引きつった顔で振り返った。
「だいたい妖魔は森に生息してるんだろ? それなのにわざわざ森に避難しようとか考えるかね?」
「それは村が襲撃された状況にもよるだろう。村のすぐ傍にある小さな森なんだ。きっと今までは妖魔がいない安全な森だったんじゃないのか?」
ロイの疑問に適当に答えた修介だったが、途中で木を切り倒した跡があったり、伐採用の道具が置かれたままになっていたりと、多少なりともこの森には人の手が入っている形跡があったので、あながち間違った推測ではないような気がした。
修介は人が通った形跡がないか地面を見ながらゆっくりと歩く。正直、レンジャーでもない修介にはそんな形跡を見つけられる気がしなかったが、他に手段がないのだから仕方がない。
「ストルアン殿、大丈夫かな……」
ロイが心配そうにそう呟いた。
「俺らが心配してどうにかなるようなことでもないだろう」
修介の態度が不服だったのか、ロイは「冷たい奴だなぁ」と文句を言った。
修介とて心配する気持ちは当然あったが、家族を妖魔に殺されたことのない者に何かを言う資格があるとも思えなかった。
「……俺は騎士になるなら、ストルアン殿のような騎士になりたいな」
唐突にロイがそんなことを言い出したので修介は面食らった。
「お前、将来は鍛冶屋を継ぐんじゃなかったのか?」
「それはずっと先の話だって。せっかくここまで頑張ったんだから、やっぱり俺は騎士になって活躍したいね」
「そうか……まぁたしかにストルアン殿は良い騎士だと俺も思うよ」
若いのに視野が広く、部下を気に掛ける心の余裕もある。落ちこぼれと言われている修介達四班のメンバーにも見下すことなく接してくれた。今はハース村の惨状によって余裕を失ってしまっているが、それでも生存者を探して前向きに行動している。実力と魅力を兼ね備えた尊敬すべき騎士だった。
「だよな、そう思うよな!? 俺がオークにやられそうになった時に颯爽と助けに来てくれた時は本当に感動モノだったんだぜ!」
興奮しながら捲し立てるロイに修介は苦笑する。
「なら、とりあえず助けてもらわなくてもオークくらいは倒せるようにならないとな」
「わかってるっての!」
ロイは面白くなさそうにそう答える。
ついロイをからかうようなことを言ってしまったが、修介はロイが夜に湖のほとりで毎日のように剣を振っていることを知っていた。
彼は訓練場で最年長であるにもかかわらず四班に配属されてしまう程度には落ちこぼれだった。このままではおそらく騎士に取り立てられることはないだろう。それはロイ自身も自覚しているはずだ。
だが、彼はそれでも騎士になるという目標の為、腐らずに努力を続けている。そして、周囲と才能の差があることに思い悩んでいるだろうに、それを他人には悟らせないように常に明るく振る舞い、素性の怪しい修介に対しても壁を作らずに友好的に接してくれているのだ。ロイのそういった部分を修介は素直に尊敬していた。
『マスター、遠くから何か音が聞こえます』
唐突にアレサが修介にだけ聞こえるような声でささやく。
言われて修介は耳を澄ます。
たしかにどこか遠くで獣の叫び声のような音がかすかに聞こえる。
「お、おい、シュウスケ、これ見ろ! 足跡みたいなのがあるぞ!」
ロイが振り返って叫んだ。
修介は駆け足で追いつくとロイが指した地面を見る。そこにはむき出しになった土に複数の足跡のような物がくっきりと付いていた。足跡が向かう先は音が聞こえた方角と一致しているように見える。
「行ってみよう」
修介とロイは足跡を消さないよう慎重に追跡する。
しばらく進んだところで少し開けた場所が見えてきた。足跡はどうやらそっちへ続いているようだった。
修介とロイは黙って頷き合い、剣を構えて今まで以上に慎重に進むと、木の陰から覗き込むように様子を窺った。
「マジかよ……」
そこにあったのは地面に転がった三体のオークの死体だった。
「な、なんだよ、これは……」
ロイが呆然としながら呟く。
修介は木の陰から周囲の様子を窺いながら出ると、オークの死体を見る。全身が鋭い刃物で何回も切り裂かれたかのようにボロボロになっていた。
(いったい何で斬り付けたらこんなになるんだよ……)
相手が妖魔なだけに同情の余地はなかったが、見ていてあまり気分の良いものではなかった。
死体をあらためて見ると傷口からはまだ血が流れ出ていた。それは、このオークが死んでからさほど時間が経っていないということを意味していた。
(さっきの音の正体はこいつらの悲鳴?
だとするとこいつらをやった奴がまだ――)
修介がそう思った瞬間だった。
近くの茂みから何者かが猛烈な速度で飛び出してきて修介に襲い掛かった。
光り輝く何かを視界に捉える。
「――ッ!」
修介は反射的にアレサを前方に構える。
ガキィン!
金属と金属が激しくぶつかる音が森に響き渡る。
それが剣による斬撃だと気付いたのは、攻撃を受け止めた後だった。
修介はフードを被った何者かと剣を交えていた。小柄な体格から少なくともオークではないようだったが、全身を覆うような外套に身を包み、目深にかぶったフードで顔を隠している為、正体はわからない。
「お前、なにもの――」
そう問いただそうとしたところで剣に掛かっていた圧力がふいになくなる。目の前のフード男の姿を見失ったかと思った次の瞬間には腹に強い衝撃が走り、軽い浮遊感のあと背中から地面に叩きつけられた。
「うがっ!」
気が付くと修介は仰向けになって倒れていた。
(もしかして蹴られたのか?! クソがっ!)
鎧のおかげでダメージはほとんどなかったが、無様に地面に転がされたことで修介は頭に血が上った。急いで起き上がろうと地面に手をつく。
だが、修介よりも先に頭に血が上っている男がいた。
「このやろう!」
ロイが横からフード男に斬りかかる。
だが、フード男は驚異的な跳躍力で後ろに飛んでその一撃を躱した。まるで体操選手のような重力を感じさせない動きだった。着地した男の足元から落ち葉が舞い上がると、周囲をくるくると回りながらゆっくりと落ちていく。
「なっ?!」
必殺の一撃を躱されたロイは絶句して固まる。
修介は急いで立ち上がると、アレサを構えて相手の次の行動に備える。
後方に飛んで一瞬にして距離を取ったフード男は手を前に掲げると、聞いたことのない言葉を紡ぎ始める。その姿はまるで舞台の上で朗々と歌い上げる歌手のようだった。
「シュウスケ、気を付けろ! 魔法がく――」
言葉の途中でロイが糸の切れた人形のように力なく崩れ落ちる。
「おい、ロイ!」
駆け寄ろうとした修介の頭の中に突然白い霧のようなもので覆われたような感覚が広がっていく。
(な、なんだこれ?)
白い霧が頭の中を覆いつくした瞬間、猛烈な眠気に襲われる――が、なぜかその眠気はすぐに霧散してしまった。
修介は頭の中から白い霧を追い出すように軽く頭を振った。もうなんともなかった。
(……なんかよくわからんが、大丈夫みたいだ)
再びアレサを構えて目の前のフード男を睨みつける。
フード男はわずかに後ずさる。どうやら今のが効かなかったことで、かなり動揺しているようだった。おまけに大きく肩で息をしていた。
「残念だったな。そいつはどうやら俺には効かないみたいだぜ? なんならもう一度やってみるか?」
修介はそう言うと「こいよ」とばかりに手を前に出してくいくいと動かした。
もう一度同じことをされて無事でいられる保証はないが、あの身軽さを目にしてしまった以上、挑発でもして隙を作らない限り攻撃を当てられる気がしなかった。
フード男は再び手を前にかざし、先ほどと同じように言葉をつぶやき始める。
それと同時に修介は大地を蹴った。
頭の中に再び白い霧が発生する。
それを無視して全力で相手に突っ込む。
「うおおおぉぉっ!」
修介はフード男の腰にラグビーのタックルの要領で体当たりすると、そのままの勢いで地面に押し倒す。
体当たりの衝撃でフード男の手から剣が離れる。
修介は全体重をかけて押さえ込むと、フード男の喉元に剣を押し付けた。
「はぁはぁ……俺の勝ちだ。降参しろ、命までは取らない」
互いの荒い息遣いだけが耳に届く。
このまま問答無用でとどめを刺してしまったほうがいいのかもしれないが、さすがに人の首を斬る覚悟はまだ修介にはなかった。
気が付けば男のフードが外れていた。体当たりの時に外れたのだろう。
顔を見れば、まだ少年といっていい年頃だった。一見、女性と見まがうばかりの顔立ちだったが、まぎれもなく男だった。それもかなりの美貌である。透き通るような白い肌はどこか人間離れしており、まるで人形のようであった。
だが、その美貌よりも修介の気を引いたのは、耳だった。
人間の耳よりあきらかに長く、先が尖っていた。
(マジか……こいつ、エルフだよな……?)
細い体つきに、美しい顔、そして先のとがった長い耳。見た目はまんま修介が抱いていたイメージ通りのエルフであった。
以前アレサに聞いた話だと、この世界のエルフの寿命は五〇〇年を越えるという。その長い寿命ゆえに変化を嫌い、自然と共に生きることを望む種族である。性格は冷静で理知的だが高慢。あげくに人間を粗野で粗暴と見下している。
元々社交性のある種族ではないうえに、かつて欲望のままに魔神召喚を行い世界を滅亡の危機に追いやった人間を蔑んでいる為、人間社会との交流はほとんどない。魔法帝国滅亡後の魔神との最終決戦の時には仕方なしに人間に協力したそうだが、それ以降は森の奥に潜み、滅多に人前に姿を現すことはないという。
その滅多に人前に姿を現さないはずのエルフが目の前にいる。修介が驚くのも無理のない話であった。
「……お前、エルフか?」
修介の問いにエルフと思しき少年は悔しそうな表情を浮かべながらそっぽを向いた。
エルフといえば冷静沈着なイメージがあったが、目の前の少年の表情からは年相応の幼さを感じた。五〇〇年生きると言われる種族の年齢なんて見た目でわかるはずもないが、あんな安っぽい挑発に乗って魔法を連発したことから、もしかしたら本当に若いのかもしれなかった。
修介は剣を喉元に突き付けたまま黙り込む。
実のところ、この後どうすればいいのかわからないのだ。
(こういう場合、漫画や小説だとどうしてたっけ? ロープか何かで縛ればいいのか? でもそんなもの持ってないし、下手に動くとあっさり逃げられそうだし、ロイは倒れたままだし――そうだ、ロイ!)
修介は後ろで倒れているロイの存在を今更ながらに思い出す。
「おい、あいつに何をした!? 俺の連れに魔法を使っただろう!」
「……」
エルフは横を向いたまま答えようとしない。
「てめぇ、まさか殺したんじゃないだろうな?!」
修介が剣を押し付けながら凄むと、そこでようやくエルフは小馬鹿にしたように口元を歪めて答えた。
「ただ眠らせただけだ。そんなこともわからないとは、やはり人間は愚かだな」
「ようやく口を開いたかと思えば、随分と口が悪いな」
「ふん」
エルフは口を閉ざすと再びそっぽを向いた。
(どうしたもんか、これ……。ロイ、さっさと起きてくれねーかな。はやくしないと日が暮れそうだ)
そんなことを考えながらふと顔を上げると、正面の木の陰からこちらを覗いている顔と目が合った。
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