第188話 不安
アイナリンドと共に精霊の森を出た修介は、言葉通りに街道で待っていてくれたナーシェス達と無事に合流することができた。
ナーシェス達は最初こそ大いに喜んだが、修介が見知らぬ少女を同行しているのを見て狐につままれたような顔になった。トロルを引き付ける為に単身勇ましく走って行った男が、なぜか女連れで戻ってきたのだから無理からぬ話である。
クナルだけは「シュウスケさんほどの冒険者になると、どこにいても女が寄ってくるんすね!」と妙なところで感心していたが。
修介はアイナリンドがハーフエルフであることを伏せて彼らに紹介しようとしたが、アイナリンドは修介の袖を引くと、黙って首を横に振った。「いいのか?」と確認すると、彼女ははっきりと頷いてから頭の布を外し、その長い耳をナーシェス達に晒した。
「エ、エルフ……!?」
ナーシェスが驚きの声を上げた。クナルとトッドも唖然とした顔でアイナリンドを見つめている。それだけ彼らにとってエルフは珍しい存在なのだ。
「アイナリンドといいます。見ての通りエルフですが、みなさんのように冒険者になりたくて故郷の森を出てきました。よろしくお願いします」
アイナリンドは丁寧に頭を下げると、ナーシェスに向かって微笑みかけながら手を差し出す。
「お、驚いた……。まさかシュウ君にエルフの知り合いがいたなんてね……」
「彼女は前に俺が上位妖魔と戦ったときに協力してくれた仲間で、ついさっきそこで偶然再会したんだ。いま俺がこうして無事でいられるのも彼女のおかげだ」
修介がそう補足すると、ナーシェスは若干の戸惑いを見せつつもアイナリンドの手を握り返した。
アイナリンドは続いてクナルにも握手を求めたが、クナルは差し出された手を黙って見つめたまま、それに応じようとはしなかった。トッドもどうしたらいいのかわからないといった表情をしている。
「どうした?」
修介が声を掛けてもふたりとも答えない。それどころか、少しずつ後ずさりしてアイナリンドから距離を取ろうとしていた。
「おい、なんだその態度は。彼女に失礼だろうが!」
修介は怒ってふたりに詰め寄ろうとしたが、それを止めたのはアイナリンドだった。
「いいんです」
「いや、でも――」
「大丈夫です。慣れてますから」
そう言ったアイナリンドの表情には隠しきれない寂しさがにじみ出ていた。
人間とエルフの間に確執があるというのは修介も知識としては知っていたが、こうしてその場面を目の当たりにすると、口では言い表せられないもやもやとした感情を抱かされた。
本来なら他人が軽々しく口出しをしてはいけないことなのかもしれない。
だが、修介にとってアイナリンドは赤の他人ではない。彼女が寂しそうな表情をさせられていることに対して無性に腹が立った。
それに、ここで「これは仕方がないことなんだ」と言って放置すれば、これから先、彼らが歩み寄る機会は永遠に失われてしまうかもしれないのだ。
「……そんなのいいわけないだろう」
修介はそう呟くと、制止するアイナリンドを無視してクナルとトッドの前に立った。
「な、なんすか?」
挑むような顔をするクナルに、修介は努めて冷静に声を掛ける。
「お前らの村では初対面の人との握手は拒むよう教育しているのか?」
「そ、そんなわけないだろ! ただ……」
「ただ?」
「そ、その、うちの村の近くにはエルフの住む森があるって言われてて、村のじいさんやばあさんから、エルフはとても狡猾で残忍な種族だから絶対に近づいてはならないってガキの頃から言われてたんだ。それに、エルフにまつわる恐ろしい話も散々聞かされてきたから、それで……」
クナルの言葉にトッドも申し訳なさそうな顔で頷いた。
それを見て修介は小さく溜息を吐く。
閉鎖された地方の田舎になればなるほど、多種多様な意見や思想に接する機会はどうしても少なくなる。特にこの世界は前の世界のように情報伝達手段が発達しているわけではないので、どうしても年長者の言葉というのは影響力が強くなるものなのだろう。
「お前らが素直なのは良いことだと思うけどな、その考え方は一流の冒険者を目指そうって奴の考え方じゃないな」
「……」
「いいか、冒険者はいろんなところに赴き、たくさんの人と出会う仕事だ。出会う人々の中には良い奴だけでなく悪い奴も当然いる。大切なのは、そいつがどういう奴なのかを自分の目で見て判断することだ。誰かに言われたからとかじゃなく、自分がどう感じたかの方が大事だと思わないか?」
問題は自分に偉そうなことを言えるほどの人を見る目がないことだが、一般論として正しい、と修介は無理やり自分を納得させた。
「お前らの目から見て、アイナ――彼女がそんな悪そうなことをするような子に見えるか? 彼女は何度も俺を助けてくれた信頼できる子だ。それは俺が保証する。仮に俺の言うことが信用できないとしても、彼女に会ったことのないお前らのじいさんばあさんの言うことと、自分たちの目でみた印象のどっちを信頼すべきか、それがわからないお前達じゃないだろう?」
そう畳みかけられたクナルとトッドは居心地が悪そうに再び俯く。
そんなふたりの反応を見て、修介はあえて傲慢に宣言した。
「――よし、今から街に着くまで、お前らはアイナとひたすら会話しろ。相互理解の基本は対話だ。道中はたっぷり時間があるからな。たくさん喋ってせいぜい仲良くなれ。これはリーダー命令だ。……アイナもわかったな?」
いきなり水を向けられたアイナリンドは驚いたような顔をしたが、すぐに意を決したように頷くと、ふたりの元へとゆっくり近づいて行く。
アイナリンドは大人しく控えめな性格だが、意外と物怖じしないことや、話上手であることを修介はよく知っていた。彼女ならばきっとすぐに打ち解けられるだろう。それに、これから冒険者として人間社会の中に入って行こうとすれば、きっとこういったことは何度も味わうことになる。ふたりの少年を篭絡する程度のことを軽くやってのけなければ話にならない。
アイナリンドの背を見送りながら、修介は心の中で「がんばれ」とエールを送った。
「……シュウ君は本当に説教するのが好きなんだねぇ」
道中、修介が若者たちの交流の邪魔にならないよう少し離れて歩いていると、例によってナーシェスがにやにやしながら話しかけてきた。
「そんなつもりはないんだけどな」
修介はため息交じりに応じる。柄にもないことをしている自覚はあった。
単に今まで冒険者として散々素人扱いされ続けてきた反動が出ただけなのかもしれなかったが、それだけ自分が経験を積んで余裕が生まれているのだと考えれば、それほど悪い事ではないようにも思えた。
前方に視線を向けると、クナルもトッドも命令に従い、ちゃんとアイナリンドの相手をしているようだった。
「なんだかんだで上手くやってるみたいだな」
並んで歩く三人の若者の背中を見ながら修介は満足げに呟く。自分が言い出しっぺといはいえ、彼らの代わりにずっと周辺の警戒を行っていた甲斐があったというものである。
ときおり様子を窺っていた感じだと、理知的なトッドはすぐにアイナリンドの人柄の良さに気付いて、あっという間に打ち解けたようだった。
一方で、クナルはアイナリンドに話しかけられても仏頂面で無視することがほとんどだった。間に入って会話を取り持つトッドはまるでクナルの専用通訳である。
もっとも、クナルの態度は完全に思春期の男子のそれであり、興味ない風を装っているだけで、実際は興味津々なのが傍から見ていて丸わかりだった。
元々、アイナリンドは一般的な人間の美的感覚からすれば相当可愛い部類に入る女の子なのだ。童貞少年ではその魅力に抗うことなど不可能だろう。……クナルが童貞かどうかは確認してないが。
そんな感じで修介が顔を赤くしてそっぽを向いているクナルを見てにやにやしていると、遥か後方から馬蹄の音が聞こえてきた。
全員が一斉に背後を振り返る。
土埃を上げて一騎の騎馬が近づいて来るのが見えた。
「……あれはグラスターの騎士だね」
ナーシェスが目の上に手を翳しながら言った。
修介は精霊の森に入ったことがばれたのかと一瞬焦ったが、状況的に考えてそれはないだろうとすぐに冷静になる。
「とりあえず端に寄ろう」
修介の指示で、パーティは邪魔にならないように街道の脇に移動して、騎馬が通り過ぎるのを待つことにした。
後方から近づいてきた騎士は、まるで修介たちのことなど眼中にないかのように速度を落とすことなく目の前を駆け抜けて行った。
その姿には鬼気迫るものがあり、どう見てもただ事ではなかった。
「……なんかあったのかな?」
修介の疑問にナーシェスは肩をすくめる。
「さあねぇ。ただ、騎士団が慌ただしい時はだいたい碌なことが起こってない証拠だから、きっと何か悪い事があったんだよ」
「嫌なこと言うなよ……」
修介は走り去って行く騎馬の姿を見ながら、胸の内に生じた不安が雨雲のように広がっていくのをたしかに感じ取っていた。
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