第45話 調査団

 久々に訪れた西門は物々しい雰囲気に包まれていた。

 薬草採集はいつも東門から出て行くので、修介が西門に訪れたのは実に郊外演習以来であった。

 最近の妖魔問題のせいで西門は常に閉じられたままとなっており、通るのは依頼を受けた冒険者くらいで、すっかり人通りが少なくなってしまっていると聞いていたが、いざ来てみたら多くの人だかりが出来ていた。

 珍しく開かれたままとなっている西門の前には堂々と列をなす騎士達の姿があった。それを見て、そういえば今日が調査団が出発する日だったなと、修介は思い出した。


 騎士達の背後には多くの歩兵の他に、投石機カタパルト固定式大型弩砲バリスタといった兵器の姿もあった。修介も実物を見るのは初めてだったが、一目でそれとわかったのは前の世界でアニメや漫画で慣れ親しんでいたからである。

 今回の調査部隊に掛かる期待は相当なものらしく、見送りに来ている人々の数がその期待の大きさを物語っていた。


 ――ハース村を襲った謎の黒い影。


 その正体は謎のまま、もしかしたらドラゴンなのではないかという噂までもが市中に広がっており、最近になってようやく大規模な調査団が結成されたのである。

 修介は冒険者になってから日々の生活のことで頭がいっぱいで黒い影のことをすっかり失念していた。いや、失念していたというよりは、考えないようにしていた、というのが正解なのかもしれない。


 ハース村で起こった惨劇はあまりに衝撃的だった。

 その惨劇の元凶となったと思われる空飛ぶ黒い影の姿は何度も夢に出てくるほど強く心に残っており、修介にとっては恐怖の象徴となっていた。

 修介は精悍な表情で馬に乗る騎士を見ながら「彼らはドラゴン退治で、片や俺はゴブリン退治か……」と自嘲気味に呟く。

 まるで自分がドラゴンから逃げ出したような気分だった。騎士ではなく冒険者を選んだ理由に、騎士になったらいずれあの化け物と戦わなければならないから、という考えがあったのだから実際そうなのだろう。

 情けないという気持ちはあったが、それは仕方のないことなのだと自分に言い聞かせ、修介は雑念を振り払うように頭を振った。


「シュウスケじゃないか!」


 突然声を掛けられ修介は周囲を見渡した。すると騎士団の隊列から離れてこちらへと歩いてくる見慣れた顔があった。


「なんだ、ロイじゃないか。なんでこんなところに……騎士団の見送りか?」


「違う違う」


 ロイは笑いながら否定する。

 よく見るとロイは鎧を着込んでおり、見送りに来る人間の格好ではなかった。


「……まさかお前も遠征に参加するのか?」


「そのまさかさ」


 ロイは胸をそらし、誇らしげな顔で答えた。


「本当かよ! お前ついに騎士に抜擢されたのか?」


 修介と同じ四班に配属される程度には落ちこぼれのロイが、こんなに早く騎士に取り立てられるとは信じられなかった。年下のレナードの方が先に騎士になるだろうと思っていたくらいである。


「そうだ! ……と言いたいところだけど、あいにく俺はまだ騎士にはなってないよ。いずれはなるつもりだけど、今回俺が参加する理由はあれだよ」


 そう言ってロイは自分の背後を指し示す。そこには投石機カタパルト固定式大型弩砲バリスタといった兵器類が異様な存在感を放ちながら鎮座していた。


「あの兵器がどうかしたのか?」


「実はあれらの兵器を王都から取り寄せるのにうちの親父が絡んでるんだよ」


 ロイの実家が武具を取り扱う鍛冶屋を営んでいることは修介も知っていた。

 ロイの店は日頃から騎士達の武具の調達や修理なども行っていることから領主とも繋がりがあり、今回王都から攻城兵器を手配する際に専門家としてロイの父親も領主に同行して協力したということだった。


「この領地の兵士はああいった兵器の取り扱いに慣れていないからな。俺は訓練場に入るまでは王都の鍛冶屋で修行していたから、ああいった兵器についても親方に色々と仕込まれたんだ。だから今回は特別にお声が掛かったってわけさ」


 ロイの父親は息子を一流の武具職人にするためだけに騎士にさせようとするほどの教育熱心な人物である。まさか王都でわざわざ兵器類の扱いまで学ばせていたとは驚きだったが、その経験が今まさに役に立っているのだから人生は何が起こるかわからない。


「そうか、お前の武具に関する無駄な知識も役に立つことがあるんだな」


「無駄とはなんだ無駄とは! 見てろよ、あの兵器で例のドラゴンもどきをばっちり退治してやるぜ」


 ロイは自信ありげにそう言った。


「ドラゴンもどき?」


「ん? ああ、例のハース村を襲撃した空飛ぶ影のことさ。正体不明なせいで『空飛ぶ怪しい影』だの『謎の飛行物体』だのと呼び方がバラバラでややこしいからって、騎士団のなかではいつの間にか『ドラゴンもどき』っていう呼称で統一して呼ぶようになったらしいぜ。ストルアン殿に聞いた」


「なるほど……」


 たしかに冒険者ギルド内で耳にする噂話でも呼び方はそれぞれ異なっていた。ちなみに修介の呼び方は『黒い影』である。影が黒いのは当たり前なのだが、最初に見た時の印象がそれだったのでそのまま定着してしまっていた。


「巷ではすっかり正体はドラゴンなんじゃないかって噂になってるくらいだしな。騎士団としては正体がなんであれ、ドラゴンを討伐するくらいの気概を持って挑むつもりだっていう意気込みの表れじゃないかな」


 ロイは騎士団の方を見ながらそう言った。

 たしかに参加する兵士の数や用意された兵器を見ればその本気度が伝わってくる。見たところ兵士達の士気も相当高そうである。だが、逆に言えばそれだけ相手が危険であるという証でもあった。


 修介は郊外演習で見たあの黒い影の姿を思い出す。かなり遠くにいたにもかかわらず、圧倒的な存在感を放っていたその姿はこの世の凶兆の全てを体現する悪魔のようであった。あの時感じた悪寒は今でも忘れられない。


「相手は村をまるごと焼き払うような化け物なんだ、無茶だけはするなよ?」


「大丈夫だって。これだけの兵力と装備だぜ? 相手がドラゴンだって負けるはずがないって!」


 修介の肩を叩きながらロイは気楽に笑っていた。元々ロイは楽観主義的な性格の男だったが、今はそんな彼の陽気な部分が余計に修介の不安を煽った。


「念のため聞いておきたいんだが……」


「な、なんだよ?」


 深刻そうな声色の修介にロイは戸惑ったように返事をした。


「お前、この遠征が終わったら結婚する予定とかあったりするか?」


「はぁ? なんだよいきなり……つーかあるわけないだろ! あったらお前と一緒に娼館になんぞいくか!」


「……その話は蒸し返すな」


 腰のアレサがガタガタと震えていた。


「じゃあ、この遠征が終わったら騎士を引退して牧場経営をする予定とかは?」


「なんで一七歳で引退しなきゃなんねーんだよ! そもそもまだ騎士じゃねーし! しかもなんで牧場なんだよ、ウチは鍛冶屋だっての!」


「……それもそうか」


「っていうかなんなんだよ、さっきから!」


「いや、気にしないでくれ。大丈夫だ。フラグは立っていない」


「はあ?」


 質問の意図がつかめないロイは訝しげな表情を浮かべたが、修介の奇行は今に始まったことではないとでも考えているのか、すぐさま笑顔に戻る。


「まぁいいや。そういえばお前、冒険者になったんだってな。調子はどうだ?」


「ああ、まぁぼちぼちといったところだ」


 まさか薬草ハンターなどという不名誉な二つ名を得たとは言えなかった。


「そのうち冒険の話とか聞かせてくれよな」


「ああ、これからちょうどゴブリン討伐の依頼でリーズ村まで行くところだ。面白いことがあったら話してやるよ」


「楽しみにしてるぜ。それじゃ俺はそろそろ行くな」


 そう言ってロイは踵を返して隊列へと戻っていく。


「ロイ、武運を祈っているぜ!」


 ロイの背中に向かって修介はそう叫ぶ。ロイは手だけ振ってそれに応えると颯爽と歩いていく――が、突然何かを思い出したかのように立ち止まると、振り返って「帰ったら飲みに行こうぜ!」と笑顔で言った。


「だああああ、なんで最後にフラグ立てるんだよォォォッ!」


 修介はその場で崩れ落ちた。

 修介の気も知らずにロイは陽気に笑いながら去っていった。

 まぁあいつならフラグとか関係なく図太く生き残りそうな気がする、と修介はロイの背中を見送りながらそんなことを思った。




「そんなところに座り込んでどうしたんだ?」


 突然頭上から掛けられた声に修介は顔を上げる。


「ストルアン殿!」


 見知った騎士の顔に修介は思わず声をあげた。

 目の前にはストルアンが手を差し伸べながら立っていた。修介は慌ててその手を掴んで立ち上がった。


「いつぞやの郊外演習以来だな。元気そうで何よりだ」


「ご無沙汰してます。あの時は色々とお世話になりました」


 修介はかしこまって頭を下げた。


「いやいや、こちらこそ色々と情けない姿を見せてしまったからな、そんなに畏まられると逆に恐縮するよ」


 ストルアンは困ったような顔でそう言った。

 故郷の村が全滅させられて一時は精神的にかなりまいっていたようだったが、今の表情を見る限り、初めて会った時の屈託のない笑顔を浮かべる好青年の姿に戻っていた。


「そういえば、あの子たちは元気にしていますか?」


「トビーとアニーのことかい? ……そうだな、元気は元気だが、まだ色々とショックを引きずっているようでな……なかなか笑顔を見せてはくれないな。まぁこればかりは急いでも仕方ないからな、焦らずにいくさ」


 修介はハース村の近くの森で保護した子供たちの顔を思い出す。生まれ育った村が全滅し、親も殺されているのだ。すぐに元気になれるわけがないだろう。それでもストルアンならきっと子供達の笑顔を取り戻せるはずだと、修介は思っていた。


「でも、そんな時に街から離れてしまって大丈夫なんですか?」


「ああ、実はあの子たちはマシュー隊長の屋敷でお世話になってるんだよ。俺みたいな武骨な男がひとりでいきなりふたりの子供を育てるのは無理だからな。マシュー殿の奥方はかなりの子供好きらしくてね、喜んで面倒を見ているって隊長もおっしゃっていたよ。おかげでマシュー隊長にも奥方にも頭が上がらないよ」


 ストルアンは後頭部に手を回して照れ臭そうに言った。


「そうなんですか……でもそれなら安心ですね」


 見ず知らずの子供の面倒を見るというは相当大変なはずである。修介も前世で甥っ子の面倒を見たことがあったが、相当大変だった記憶がある。マシュー隊長の奥さんは相当な傑物だと、会ったこともない人を尊敬する修介であった。


「おかげで俺はなんの憂いもなく村の仇をこの手で討つことができるってわけさ」


 ストルアンは力強くそう言った。その顔はまさしく武人の顔であった。


「……ストルアン殿、どうか無理をなさらないでください。万が一のことがあったら子供たちが悲しみますから……」


 修介は真剣な顔でそう言った。

 これから戦場に赴こうという人間に対して、今の言葉は適切ではなかったかもしれないが、彼がこれから立ち向かう相手のことを考えると、どうしてもそう言わずにはいられなかった。


「わかっているさ。俺にはあの子たちの将来を見届ける責任がある。そう簡単にくたばったりはしないさ」


 修介の言葉に気を悪くすることもなく優しく微笑むと、ストルアンは軽く手を振って隊列へと戻っていった。

 彼もまたロイと同じで出発前の慌ただしい時だというのに、修介の姿を見てわざわざ声を掛けてくれたのだ。その好意が素直に嬉しかった。


「どうかご無事で……」


 修介はこの世界に存在しているという数多の神々に彼の無事を祈った。




「遅いわよ!」という開口一番のサラの罵倒で修介は自分がロイやストルアンとの邂逅で随分と時間を食っていたことを自覚した。


「すまん、準備に手間取った」


 修介は適当に言い訳しつつ、イアンが乗ってきたという馬車を眺める。

 一頭立ての小さな荷馬車だった。村の収穫物を載せて街まで移動する為の馬車なのだろう。全員が乗れるような馬車ではなかったが、それでも荷物を載せられる分、長距離を移動するにはかなりありがたい存在だった。


「せっかくじゃ、途中まではあの調査団の後ろをついていこう。あれより安全な護衛役はおらんだろうて」


 ノルガドはそう言うと自分の荷物をさっさと荷台に載せた。


「あれ、エーベルトは?」


 修介が問うと、ノルガドは黙って指をさした。

 エーベルトは少し離れた場所で調査団のほうを黙って見つめていた。


「知り合いでもいるのか?」


 修介は近寄ってそう声を掛けてみたが、エーベルトは「別に」とだけ言うと、後は露骨に修介のことを無視した。普通なら腹を立てそうなものだが、修介はエーベルトのその態度にいたく満足していた。


 しばらく修介も遠巻きに調査団の様子を見ていたが、団の先頭にいるマシューが騎乗したことで、ざわついていた周囲の空気が一瞬で静まり返った。

 マシューは騎士達を見回すと、朗々たる声で話し始める。


「これより我ら調査団は南西の地に赴き、領地の安寧を脅かす魔の存在の調査、そしてその討伐を行う! たとえ相手が何者であろうと、グラスター騎士団の名誉にかけて犠牲となった民の仇を我らの手で討ち、このグラスター領の平和を守るのだ!」


 マシューの檄に騎士達は「オオォォ!」と拳を上げて応える。


「出陣!」


 開かれたままの西門より騎士達は整然と移動を開始した。その姿に見送りにきていた民達は大声で声援を送る。

 その様子を修介は複雑な思いで見つめていた。自分も一緒にハース村の仇を討ちたいという思いと、これで自分があの黒い影と戦わなくて済むんだという安堵の気持ちが入り混じっていた。


「そろそろわしらも出発じゃ」


 いつの間にかノルガドが傍にいた。


「わしらには、わしらのなすべきことがある。そうじゃろう?」


 ノルガドは修介の目を見ながらそう言った。


「……そうですね」


 修介は頷くと、気持ちを切り替えて目の前の依頼に集中することにした。


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