第44話 パーティ

「やっぱりか……」


「何よその言い方、いきなり現れて失礼ね」


 修介の物言いに目を吊り上げて言い返してきたのはサラだった。


「あんた、ギルドの職員じゃなかったっけ?」


「違うわよ! あくまで魔法学院から派遣されている相談役であって別にギルドの職員じゃないわよ。前に冒険者の登録証だって見せたでしょう!?」


「言われてみれば……」


「そういうあなただって、ここはゴブリン討伐の依頼を受けたパーティの待合場所であって、薬草はここにはないわよ?」


「知っとるわ! 俺もこの依頼を受けたんだよ!」


「うそッ!? あの薬草ハンターが薬草採集以外の依頼を受けた、ですって……?」


 サラは手で口を覆って信じられないといった表情を浮かべた。


「別に薬草採集が専門ってわけじゃねーよ! 他の依頼だって受けるわ!」


 口論に熱が入り始めたところで受付嬢が「ンンッ」と咳ばらいをして割って入る。


「おふたりとも、依頼人の前ですよ」


 その言葉でふたりは押し黙った。柔らかい物腰ながら日々荒くれ者どもを相手に受付業務をこなす受付嬢のその口調には逆らい難い迫力があった。


「イアンさん、こちらはシュウスケさんです。今回の依頼を受けてくださいました」


 受付嬢は依頼人に向かって取り繕うように笑顔で話しかける。

 紹介された修介はこういった場合になんと挨拶するべきか、まったく考えていなかったので、とりあえず「どうも、修介です」とだけ言って頭を下げた。


「シュウスケさん、どうぞよろしくお願いします!」


 イアンは修介の手を取ると激しく縦に振ってきた。人当たりがよく純朴そうな、どこにでもいそうな中年男性だった。修介には人を見る目はなかったが、この人は依頼人として信用できそうな気がした。


「これでメンバーが揃いました。ゴブリン程度なら問題なく討伐できる凄腕の冒険者ですから、安心してください。彼らの準備が整い次第出発できますよ」


 受付嬢のその言葉にイアンは安堵の表情を浮かべて「ありがとうございます」と繰り返し何度も頭を下げた。

 サラが「凄腕?」と小声で呟きながら修介のほうを見てきたので、修介はサラに何もないところで転ぶ呪いの念を視線に込めて送りつけた。


「イアンさんはたしか馬車で来られていましたよね? それでしたら先に西門に馬車を回しておいてくださいますか。冒険者の方々は準備が出来次第そちらに向かわせます」


 イアンは「わかりました」と頷くと、足早に部屋を出て行った。

 受付嬢はイアンがいなくなったのを見計らってから冒険者達を見回して言った。


「……さて、それでは初めての人もいるでしょうから、お互いに簡単に自己紹介してください。依頼人がお待ちですから手短にお願いします」


「さっき依頼人がいる時に自己紹介したほうが効率が良かったんじゃない?」


 サラのその言葉に受付嬢は「はぁ」とため息をついた。


「依頼人の前でいきなり口喧嘩を始めるような人達がいるんですよ? わざわざ依頼人を不安にさせるようなことをするわけないでしょう……」


「そりゃごもっともじゃな」


 背の低い男が髭を撫でながら笑った。

 男はドワーフだった。

 修介はドワーフの顔を見て「あっ」と声を上げた。このドワーフとも面識があったのだ。


「あの時のドワーフ……」


 修介が筋肉男にぼこぼこにされていた時に仲裁に入ったドワーフだった。


「久しいの。その様子だとどうやら息災だったようじゃの」


 ドワーフは修介を見てニカッと歯を見せた。


「ちょうどいいので、ノルガドさんから自己紹介お願いします」


 受付嬢に言われてノルガドは「うひょっ」と妙な声を上げる。


「わしはノルガドじゃ。本業はこの街で銀細工師をやっておるが、趣味と実益を兼ね、たまにこうして冒険者もやっておる。ゴブリンはわしらドワーフの天敵じゃからな、一匹残らずこの戦斧の錆びにしてやるわい」


 ノルガドはそう言って背中の戦斧を手に取ると自慢げに掲げてみせた。

 ドワーフは大地の妖精とも言われており、その寸胴な見た目とは裏腹に手先が器用な者が多く、鉱石の扱いに長け、職人としての才能に恵まれている種族であった。一流の鍛冶師や細工師のほとんどがドワーフであるとまで言われている。

 ゴブリンはなぜか美しい金属や宝石といった煌びやかな物を好むらしく、人を襲ってはそういった物を奪い取っていく習性があることから、ドワーフ族は妖魔の中でも特にゴブリンを毛嫌いしている者が多い。ノルガドもご多分に漏れずゴブリンを嫌っているようだった。


 ノルガドの自己紹介が終わったのを受けて、今度はサラが一歩前に出た。


「サラ・フィンドレイよ。私は王都の魔法学院から派遣されているギルドの相談役であって冒険者は本業ではないのだけれど、今回は緊急の依頼ということでギルドから頼まれたから参加することになったの。よろしく」


 そう言ってサラは優雅に一礼する。なかなか堂に入った所作だったので、野暮ったいローブ姿でなければ貴族の令嬢と言っても通用しそうであった。もしかしたらいい所のお嬢様なのかもしれないな、と修介は思った。


「それでは次は……」


 受付嬢はそう言いながら壁際の男に視線を送る。

 背中に二本の小剣を背負ったその男は、少し長めのくすんだ金髪の持ち主の貴公子然とした少年であった。年齢は修介と同じか少し下だろうか。見た目の印象で言うとレナードが僕キャラであるなら、この少年は俺キャラといったところで、あまり愛想が良さそうには見えず、鋭い目つきと相まって近寄りがたい雰囲気を放っていた。

 受付嬢の視線に気づいた少年は目を開くと、面倒くさそうに「エーベルトだ」とだけ言って再び目を閉じた。


 エーベルトという名に修介は聞き覚えがあった。

 まだ冒険者になって一〇日たらずの修介であったが、ギルド内で何度かその名前を耳にしたことがあった。

 二刀を操り単独で妖魔を狩りまくっている凄腕の剣士がいる――そんな噂で聞く名前がエーベルトであった。滅多にギルドにも顔を出さず、他の冒険者と組むこともほとんどないということから、修介も名前を聞いたことがあるだけで、実際に顔を合わせるのは初めてだった。

 修介は目を閉じ腕を組んで壁に寄りかかるエーベルトの姿を見て、心の底から湧き上がる感動を抑えきれずに震えていた。


(こ、こいつ……本物だ……)


 エーベルトの態度やその立ち振る舞いは、前の世界ではある種の病を患った者のみが成しえる物であった。

 中二病――この世界にそんな概念はないだろうから、間違いなく天然物である。なまじ二枚目なだけに映えがすさまじかった。

 修介はエーベルトに一方的な親近感を覚え、彼のことを心の中で『邪気眼君』と呼ぼうと勝手に決めていた。


「え、えっと、エーベルトさんは本来あまりパーティは組まれないのですが、今回はギルド長たっての要請ということで特別に依頼を受けていただきました」


 名前を名乗っただけで後はだんまりを決め込んだエーベルトをフォローするかのように受付嬢が慌ててそう言った。

 エーベルトのその態度に修介はパーティとしてちゃんと機能するのか若干の不安を覚えたが、そうでなくては邪気眼君とは言えないよな、と納得もしていた。

 ふと周囲からの視線を感じて修介は自分が自己紹介していないことに気付いた。

「あ、修介です……」と名乗るも、その後に続く言葉をまったく考えていなかった。これではエーベルトのことをとやかく言う資格はないので必死に言葉を探した結果「特技は薬草採集です」と言って見事に自爆した。

 サラがお腹を抱えて笑っていた。


 一通りの挨拶が済んだところで、一行は依頼主が待つ西門へと向かうことになったのだが、修介だけは別行動となった。

 なにせ休暇中にギルドに立ち寄っただけで、何も準備していないのである。

 修介がその旨を告げると、受付嬢は「そういえば急なお願いでしたから当然ですね」と申し訳なさそうな顔で言った。

 修介はひとりギルドを出ると荷物を取りに宿への道を急ぎ歩く。


『今日はお休みにするって話だったのに、なんで依頼を受けてるんですか?』


 道半ばでアレサが小声で詰問してくる。


「勝手に依頼を受けたのは悪かったと思ってるけど、こういうのはタイミングも大事だと思うんだ。緊急の依頼だっていうし、そこに偶然俺が居合わせたっていうのも何かの縁だろ? 相手はゴブリンだし、パーティに顔見知りもいてみんな腕も立ちそうだから、そんなに心配いらないだろ」


『私はマスターの体調の心配をしているのです。結局ほとんど休んでいないではないですか』


「今日は午前中はのんびりと休息できたし、体力的には問題ないよ」


『……わかりました。でも無茶だけはしないでください』


 アレサのその言葉に修介は返事をせず、代わりにぽんぽんと優しく鞘を叩いた。


「……ところでひとつ疑問に思ったんだけど」


『なんですか?』


「さっき受けた依頼なんだけどさ。なんでイアンさんは領主を頼らずに、わざわざ金払って冒険者に依頼してきたんだろう? リーズ村は領地の中にあるわけだから、それを保護するも領主の仕事だろ?」


『はい。村の保護は領主の仕事です。村人が領主にそのことを訴えれば当然守ってもらえるでしょう』


「だろ?」


『ですが、それだと時間が掛かり過ぎるのです』


「時間が掛かり過ぎる?」


『まず一介の村人がすぐに領主に会えるはずがありません。領主は日々民からの陳情を聞いていますが、陳情を持ってくるのはひとりではなく当然順番を待たねばなりません。また、よしんばすぐに陳情を聞いてもらえたとしても、すぐに兵が派遣されるわけではありません。事前にどの程度の兵力が必要なのか調査してからになるでしょう。どんなに早くても村に兵が到着するまで一週間は要するでしょう』


「なるほどね。それだと今回のケースでは間に合わないということか」


 アレサの言葉に修介は納得したように頷いた。


『さらに言うと、リーズ村の場合はまだ被害に遭ったわけではありません。これから妖魔に襲われるかもしれない、という理由で毎回兵を派遣していたら兵士の数なんていくらいても足りないでしょう』


 リーズ村は昨年も妖魔の被害にあったという話だったが、今や領地の西はリーズ村に限らず妖魔の大量発生や例の空飛ぶ影の出現でてんやわんやの大騒ぎ状態である。すぐに兵が派遣されるということはおそらくないだろう。


「結局、自衛する為には自分たちで冒険者を雇うしかないのか……それだと村の負担がすごいことになるよな。仕方がないこととはいえ、なんか納得できんな」


 決して安くはない税金を納めているのに、肝心な時に守ってもらえないのは村からするとやり切れない思いだろう。


『この領地では、今回のケースのように妖魔の脅威から身を守る為に村が直接冒険者を雇った場合には、その費用は正式な手続きを踏めば後に領地から返還される仕組みとなっているようですよ』


「えっ、そうなの?」


『はい。領地としては足りない人手を間接的に冒険者を雇うことで補っているわけです。グラスター領はその為の費用を国から補助金としてある程度もらっているようです。冒険者ギルドは国営ですから、国と領地でお金のやり取りをしているようなものですね』


「そんな仕組みになっているのか……よくできているなぁ」


『もっとも、手続きに時間と手間が掛かることや、虚偽の申告をする村があったりと、現実には色々と問題があるようですね』


 そのアレサの言葉を聞いて、異世界だろうがなんだろうが悪いことを考える奴は一定数いるもんなんだな、と修介は妙なところで感心していた。


「だがまぁ、そういうことなら遠慮なく依頼料をふんだくっても問題ないわけだ」


『言い方は悪いですが、その通りです』


「それじゃ、さっさと荷物を取りに宿に戻るとするか」


 そう言って修介は少し足を速める。

 よく考えてみたら見ず知らずの村人の生活より、転移者としての自分の生活のほうがよほど危ういということに気付いて苦笑した。


 宿に戻ると急いで背負い袋に必要な物を詰めていく。普段から薬草採集で移動することには慣れているから、それほど準備には手間取らなかった。

 宿を出る際に宿屋の主人に数日留守にする旨を告げる。

 主人の「気を付けてな」という声を背中に受け、修介は急ぎ西門を目指すのだった。

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