第105話 使い魔
「ギーガンのパーティが戻らない」
ルート決めの会議が始まって早々、ダドリアスがそう告げた。
その場に集まったパーティリーダー達から騒めきが起こる。
たしかに九人いるべき会議の場には八人しかいなかった。
「ギーガンのパーティはどこへ向かったんだ?」
顎髭の戦士が皆を代表して質問する。
「デヴォン鉱山跡だ」
「そういやそうだったな。くそっ、やはり俺のパーティが行くべきだったか……」
顎髭の戦士が後悔を滲ませた顔でそう呟く。
デヴォン鉱山はクルガリの街の南東に位置する鉱山で、すでに廃坑となって久しいことから、以前から妖魔が住み着いているのではという噂があった。
当初の予定ではギーガンのパーティが麓の森の偵察を行い、妖魔がいた場合はその種類や数の確認をした後に複数のパーティで本格的な討伐を行うという手筈になっていた。
「軽く偵察するだけで、決して深入りはしないよう言い含めておいたんだが……」
「あいつのパーティはこれまであまり手柄を立てられていなかったからな、焦っていたのかもしれん」
重苦しい空気が場を包み込む。
「……それで、これからどうするんだ? すぐにでも鉱山に向かうのか?」
大剣を背負った戦士がダドリアスに問いかける。
「いや、夜の移動は危険だ。明日の朝、捜索隊を派遣する。本来であれば全員で向かいたいところだが、他の場所の討伐を疎かにはできん。明後日には輸送部隊と合流する予定だからな」
ダドリアスはそう答えると、各リーダーの顔を順番に見回す。
その動きは修介と目が合ったところで止まった。
「シュウスケ、君のパーティに捜索を頼みたい」
ダドリアスは顎髭の戦士と大剣の戦士にも同様に声を掛ける。
「まぁ仕方ねーか」
顎髭の戦士は後頭部を掻きながら返事をした。大剣の戦士も黙って頷く。
「……了解しました」
修介は緊張した面持ちで頷いた。
ダドリアスが指名した三パーティはどれも魔術師のいるパーティだった。つまり、先発隊の中でも戦力が高いと目されているパーティが選ばれたのだ。その理由で選ばれて断るという選択肢はないだろう。
冒険者は騎士と違って命令よりも仲間の命を優先する。
たとえ反りが合わない相手だろうと、同業者が危険に陥った時は可能な限り助ける。そういう不文律があった。互いに助け合わなければ、すぐに命を落とす危険な仕事だからだ。
無論、普段からそう心掛けていれば、いざという時に自分が助けてもらえるという打算があってのことだが、そういった精神的な保険がなければ冒険者なんて危険な仕事はやってられないのだと修介は思う。
「あと、うちのパーティからはシーアを同行させる」
ダドリアスはそう言うと、背後に控えている白い法衣を纏った女性に声を掛けた。
シーアと呼ばれた女性はゆっくりと前に進み出ると丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
法衣の下に
シーアは生命の神に仕える神官であり、先発隊で唯一の神聖魔法の使い手だった。
以前は治癒士としてグラスターの街で日々運び込まれてくる怪我人の治療をしていたらしいのだが、妖魔の被害に遭う人のあまりの多さに心を痛め、怪我人を出さない為には妖魔がいなくなればいいと考えるに至り、戦い方を学んで冒険者になったという、淑やかそうな見た目に反してかなりの行動力の持ち主だった。
「癒しの術が使える神官様が同行してくれるってのはありがてぇな」
顎髭の戦士がにやりと笑う。
癒しの術の有無でパーティの生存率は大きく変わるのだから、顎髭の戦士の反応は当然と言えた。現に今回の旅でシーアの癒しの術の世話になった者は多く、彼女は先発隊にとって欠かせない存在だった。
「シュウスケさん、よろしくお願いします」
シーアは修介の前に来ると柔らかく微笑んだ。褐色の髪は短く切り揃えられており、青い瞳からは強い意志の力が感じられた。サラのような華やかさはないが、その清楚な佇まいは異性を惹き付けるに十分な魅力を有していた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。頼りにさせてもらいますね」
修介はにこやかに応じた。
マナがない体質の修介が恩恵に与れるかは微妙なところだが、かつての冒険でノルガドがいなければ二回は死んでいたであろうことを考えれば、やはりいざという時に癒しの術の使い手がいるのは心強かった。
とはいえ、できれば彼女の力が必要となるような事態にならないことを修介は願うのだった。
翌朝、修介達のパーティを含む三つのパーティは野営地を出発した。
街道を外れて三時間ほど歩いたところで、デヴォン鉱山の麓へと続く森の入口が視界に入ってきた。
ここに至る道中でギーガンのパーティとすれ違うことはなかった。彼らが途中で依頼を放棄してどこかへ旅立ったということでもない限り、未だにこの森にいるか、もしくは物言わぬ死体となっているかのいずれかだろう。
「んで、どうするんだ? 全員でまとまって動くか?」
顎髭の戦士が修介に問いかける。彼の方が修介より年齢も経験も上だったが、修介をリーダーとしてやたらと立てようとしてくれていた。
聞けば、彼は以前の魔獣討伐戦に修介と同じ左翼部隊の一員として参加していたらしく、修介の活躍によって命を救われたことに恩義を感じているとのことだった。
ありがたい話ではあったが、経験の乏しい修介ではこういった場合に適切な判断はできない。なので、もうひとりのリーダーである大剣の戦士に水を向けた。
「どう思います?」
「……大人数でまとまって森を歩くのはかえって危険だし、効率が悪い。パーティごとに分かれて捜索したほうがいいだろう」
「だけどよ、それだとなんかあったときにお互いの状況がわからないだろう」
顎髭の戦士がそう反論する。
「それについては俺に考えがある」
大剣の戦士は少し離れた場所で待機している自分のパーティメンバーのひとりに声を掛けた。
呼ばれた男は濃い茶色のローブを纏った魔術師だった。
やってきた魔術師に大剣の戦士は手短に事情を話した。
「……なるほど、それならば私の使い魔を君達のパーティに付けようじゃないか」
魔術師がそう言ってゆっくりと腕を伸ばすと、どこからともなく複数の鳥が魔術師の伸ばした腕に並んでとまった。
その鳥は見た目はフクロウだったが、大きさは修介の知るフクロウよりもだいぶ小さく、体長は二〇センチメートル程度だろう。フクロウは全部で三羽おり、それぞれの頭に異なる色の可愛らしいリボンが付けられていた。
陰鬱そうな見た目の魔術師に、リボンを付けたフクロウ。そのちぐはぐな取り合わせに修介は思わず目をしばたかせる。
魔術師がフクロウに口を寄せぼそぼそと何かを呟くと、三羽のうち二羽が飛び立った。そのうちの一羽が修介の元へとやってきて、何かを要求するように目の前で羽をばたつかせる。修介がゆっくりと腕を前に出すと、フクロウは優雅にとまった。
「その子達は私の可愛い使い魔だ。使い魔同士は互いの位置を常に把握している。他のパーティに何かあればその子達が騒ぎ出すからすぐにわかるだろう。あとはその子達の後に付いて行けばいい」
「へぇ、そいつは便利だな」
顎髭の戦士は感心したように言った。彼の元へ行ったフクロウは、さも当然の権利だと言わんばかりに彼の肩の上でくつろいでいた。
「くれぐれも乱暴に扱わないでくれたまえよ。彼女たちは私の大切な家族なのだから」
魔術師は手元に残ったフクロウに愛おしそうに頬ずりをする。
「お、おう」
「りょ、了解しました」
魔術師の尊大な物言いとフクロウを愛でる姿の落差に、ふたりは若干引きながらも頷いた。
やはり魔術師は変り者が多いんだな、と修介は思うのだった。
「ほおおぉ。お、お前、そのフクロウどうしたんだよ?」
修介が戻るなり、ヴァレイラが変な声を上げて近づいてきた。
「ああ、なんかパーティごとに分かれて捜索するって話になったから、お互いに何かあったときにわかるようにって、向こうの魔術師が使い魔を付けてくれたんだ」
修介は言いながら腕にとまったフクロウをヴァレイラに向けて差し出す。腕の上では使い魔のフクロウが直立不動のまま首だけをくいっくいっと動かしていた。
「な、なるほど、使い魔か……」
ごくり、と喉を鳴らしてヴァレイラはそっとフクロウに向かって手を伸ばす。
フクロウはその気配に気づくと、唐突に飛び立って近くにいたデーヴァンの肩へと移動した。
「ああっ!」
ヴァレイラが残念そうに声を上げる。伸ばした手がわなわなと震えていた。
「なんだヴァル、フクロウが好きなのか?」
「はあ!? そ、そんなわけねーだろ! ただちょっと珍しかったから見ようとしただけだっ! 適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」
ヴァレイラは顔を真っ赤にして否定した。
「そ、そうか……」
その割に随分と残念そうだったな、と修介は思ったが、彼女にだって触れてほしくない趣味嗜好のひとつくらいはあるだろう。見た目の印象が印象だけに、フクロウが好きというのはイメージとだいぶ違ったが、この場では深く追及しないでおくことにした。
「ヴァルは小さくて可愛いもの全般が大好きなんだよね」
サラが実に楽しそうに言った。
「ぎゃははは、似合わねぇ!」イニアーが腹を抱えて笑う。
修介の気遣いは一瞬にして無駄になった。
「サラ、てめぇ!」
余計なことを言うな、とヴァレイラがサラを睨む。
たしかに意外な一面ではあったが、ヴァレイラだってサラと同い年くらいの女性なのである。可愛い動物が好きでもなんらおかしくはない。そう理解はしつつも、修介は顔がにやついてしまうのを抑えられなかった。
「シュウ、てめぇなんだよその顔はっ! あ、あたしが動物好きで何か文句でもあるのかよ!」
「ぜんぜんまったくこれっぽっちもないです」
修介は全力で首を振って否定した。
ヴァレイラは「ふんっ」と鼻を鳴らすと、デーヴァンの方へそろそろと近づいていった。どうやらまだ諦めていないらしい。
「あの魔術師、使い魔を使役しているのね」
サラが感心したように呟く。
使い魔の使役には術者と使い魔にする動物とのあいだに魔力によって精神的な繋がりを作り、相手の精神を支配する必要がある為、魔術師として高い能力が要求される。その技術は現代では多くが失われてしまっているが、古代魔法帝国時代の魔術師は動物だけに留まらず、
「サラには使い魔いないの?」
「いないわよ。動物の精神を操るのは私の趣味じゃないわ」
「ふぅん」
サラならば気に入った動物を無理やり使い魔にするくらいは平気でやりそうなイメージを修介は持っていたが、どうやら違うようだった。
「……本音を言えば、世話するのが面倒だからよ。それにほら、もうすでに手の掛かる大きいのがいるようなものだし、ね?」
サラは修介を見ながら意味ありげな笑みを浮かべてみせる。
修介は「そいつは大変だな」と応じてそっぽを向いた。視線の先ではヴァレイラがデーヴァンの肩にいるフクロウを躍起になって捕まえようとしていた。
「そろそろ私達も出発しませんか? 他のパーティはもうとっくに出発してますよ」
それまで黙っていたシーアが若干呆れたように言った。
先の話し合いで、シーアは修介のパーティに同行することになっていた。
修介は慌てて「そうですね」と応じる。
目の前に広がる森の中には妖魔が生息している可能性が高いのだ。行方不明のパーティが助けを待っているのかもしれないことを考えれば、ここでぐずぐずしているわけにはいかなかった。
「よし、それじゃ俺達も出発するぞ」
修介はパーティメンバーに向かってそう宣言すると、森に足を踏み入れた。
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