第29話 弁明

「義兄弟ってアホかお前ら!」


 ロイの話を聞いたストルアンは声を殺しながらも腹を抱えて笑っていた。

 年少組も「あのレナードが……」という顔をしていたが、話自体は楽しんでいた様子だった。


(結局、全部話しちまったよ……)


 修介は頭を抱えていた。


「衛兵に見つかった時のシュウスケのマヌケ面は傑作だったな」


「お前だって他人のこと言えないだろうが!」


 ロイの言葉に食ってかかる修介だったが、意識は完全に別の方に向いていた。

 先ほどから腰に下げたアレサが壊れた携帯電話のようにずっとブルブルと小刻みに震えているのだ。


(こいつにだけはバレたくなかった……)


 アレサには一緒にいない間に起こった出来事は包み隠さず話すようにしていたが、さすがにこの話はしていなかった。人工知能とはいえ女性人格のアレサに「娼館行って童貞捨ててきましたー」と能天気に報告するほど修介も馬鹿ではない。


 早急にフォローする必要があると判断した修介は「用を足す」と言って、少し離れた場所にある岩陰まで移動した。周囲に人の気配がないことを確認してから腰を下ろすとアレサの柄を握った。


『汚い手で触らないでください』


 開口一番で酷い言われようだった。修介は思わずアレサから手を離す。


「アレサさん、もしかして怒っていらっしゃる?」


『別に怒っていません』


 平坦な口調ゆえに感情が読み取れないのは相変わらずだった。


「先ほどからお体の震えが止まらないようですが?」


『振動機能の動作確認です』


 あからさまに嘘くさいが、そこを掘り下げても意味がないので修介は本題に入ることにする。


「……娼館に行ったことについては謝るよ。ごめん」


 なんで妻に浮気を咎められた亭主みたいな台詞を言っているのか修介は腑に落ちなかったが、機嫌の悪い女性にはとりあえず謝っとけ、は修介の四三年の人生経験から得た教訓だった。役に立ったことは一度もないが。


『何を言っているのですか。別に娼館へ行ったことを咎めているのではありません』


「え、そうなの?」


 じゃあさっきの汚い手云々はなんだったんだと修介は思ったが、口に出すと面倒なことになりそうなのでとりあえず黙っておく。


『マスターが私に何も告げずに勝手に行動したり、その情報を隠匿することでお互いの持つ情報に齟齬が生じることが問題なのです。私はマスターのガイド役として常にマスターと情報を共有することを望んでいます』


「つまり、俺が娼館へ行く時は常にアレサも一緒に連れて行って、プレイ中もじっと見守ってもらう必要があると?」


『そうではありません。行き先を事前に告げて、戻ってきたら情報を共有すればいいだけの話でしょう。マスターはアホですか』


 辛辣な言われようだったが、アレサの言い分はもっともだった。


「わ、わかった。次からはそうする」


『ご理解いただけてなによりです、マスター』


「ね、念のため確認なんだけど……」


『なんですか?』


「えっと、事前に言っておけば、娼館へ行くこと自体はオッケーってことでよろしいんでしょうか?」


『……』


「あの、アレサさん?」


 修介はおそるおそるアレサを覗き込む。


『マスターの脳みそはスポンジですか。ご自身の立場をわかっておいでですか?』


「お、おう?」


『今のマスターはあの小娘のヒモみたいなものです』


「間違ってないけど言い方な? あと小娘言うのもやめような?」


 修介は宥めるようにそう言ったが、アレサは無視して話を続ける。


『その場所に何度も通っていれば、いずれあの小娘の耳にも入るでしょう。そうなればどうなるかは言わなくてもわかりますね?』


 言われなくてもそのリスクがあることは当初からわかっていたのだ。それでも行ったのは、単に修介が目の前の欲望に屈してしまう残念な性根の持ち主だったというだけの話である。しかしそれを正直に言ったところでさらに辛辣なことを言われるだけだろう。

 修介は仕方なく脳みそスポンジの称号をそのまま受け入れることにした。


「はい……とりあえず、訓練場にいる間は娼館には行かないことにします……それでよろしいでしょうか?」


 ここで「二度と行かないから」と言えないところが修介という人間であった。


『……問題ありません。そもそも私にマスターの行動を制限する権利はありません』


 最初の沈黙が若干気になったが、とりあえず怒りは収まったと判断した修介は、一息つくと再びアレサの柄に軽く触れた。


『汚らわしい手で触らないでください』


「やっぱダメなんじゃん!」


 その後しばらくの間、修介は鞘にすら触れさせてもらえなかった。

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