第100話 ポーション
「……だいぶ派手にやられたわねぇ」
サラがヴァレイラの傷の具合を確認しながら言った。
「面目ねぇ……」
「いつもならあそこまで無茶な戦い方しないだろうに……まったく何に対抗意識を燃やしてるんだか」
「うるせぇな、ほっとけよ」
ヴァレイラは不貞腐れたようにそっぽを向く。
腕の傷は思ったより深いようで、おびただしい血の量を見て修介は思わず「うっ」と唸った。
「だ、大丈夫なのか、それ?」
「たいしたことねーよ」
ヴァレイラはそう言うが、額に脂汗が滲んでいることから間違いなく強がりだという事がわかる。
「たいしたことあるわよ! すぐに手当しないと」
そう言ってサラは鞄から変わった形の小瓶を取り出した。
それを見たヴァレイラの顔色が変わる。
「ま、待て! 大丈夫だ、そこまでしなくていい! 適当に包帯でも巻いておけば治るから!」
「そんなので治るわけないでしょ! 放っておいたら化膿してもっと大変なことになるわよ!」
「合流地点に行けば神聖魔法を使える奴がいるだろ?」
「合流地点まで何時間かかると思ってるのよ。この傷でそこまで行けるわけないじゃない!」
「やってみなきゃわからないだろ!」
「やらなくてもわかるわよ!」
激しく言い合いながらも、サラは片手で器用に小瓶の蓋を開ける。そして修介に向かって「ヴァルの体をしっかりと押さえて」と指示した。
修介は言われるがままにヴァレイラの傍に座って遠慮がちに肩を押さえつける。
すると、ヴァレイラに「触んじゃねぇ」とものすごい形相で凄まれた。
だが、サラから「そんなんじゃ駄目よ。もっと本気で押さえて」と言われ、修介は本気で力を込める。この場合どちらに従うのが正しいかは考えるまでもなかった。
サラは小瓶をヴァレイラの傷口に近づける。
「お、おい、やめろ! それだけは本当にやめてくれ!」
オーガに果敢に挑んだ戦士とは思えぬヴァレイラの怯えように、修介は「本当に大丈夫なんだろうな?」と確認するが、サラはそれを無視して容赦なく小瓶を逆さまにした。
零れ落ちた液体が傷口にかかる。
「ぎぃやあああああああぁぁッッ!!」
凄まじい悲鳴が修介の鼓膜を突き刺した。
悲鳴の主はもちろんヴァレイラだった。その痛がりようは尋常ではなく、のたうち回る彼女を本気で押さえつけねばならないほどだった。
液体が掛かった傷口からはまるで酸を浴びたかのように白い煙が立ち込め、シュウシュウという嫌な音が聞こえた。
「お、おい、なんだよこれ! 本当に大丈夫なのか!?」
「大丈夫。痛いのは生きてるって証よ!」
若干ずれたサラの返しに修介は混乱するが、それでも暴れるヴァレイラを全力で押さえ込む。
しばらくして白い煙が収まると、ようやくヴァレイラは暴れるのを止めた。痛みのあまり意識を失っているようだった。
傷口を見るとあれだけざっくりと裂けていた傷口が塞がっており、うっすらと痕が残っているだけになっていた。癒しの術で傷口が塞がる瞬間を見たことはあったが、まさか魔法ではなく謎の液体によってここまでの治療が可能なことに修介は驚嘆した。
「すげーな……っていうか、それなんなの?」
修介はサラの手にある小瓶を指さして訊いた。
「これ? ポーションよ」
空になった小瓶を小さく振りながらサラが得意気に答えた。
「ポーション……」
ゲームなどではお馴染みの回復アイテムだが、今までこの世界でゲームに登場するような便利アイテムにお目にかかる機会がなかったこともあって、ここまで劇的な効果のあるアイテムが存在していたことに修介は感動を覚えた。
「普通の薬と違って、魔術師が魔法を使って調合する特別な薬よ。体内のマナに働きかけて肉体の持つ再生能力を高めて傷を治すのよ」
言いながらサラは修介の目をじっと見つめる。その目は言外に「だからあなたに使っても効果がないわよ」と言っていた。
「ただ、見ての通り神聖魔法の癒しの術と違って、治療の過程でとんでもない激痛が伴うらしいから、使いたがる人はあまりいないわね」
「……みたいだな」
幾多の戦いを経験し、傷や痛みにも慣れているであろうヴァレイラでさえあの痛がりようである。ぐったりと横になっている彼女の顔は今も青ざめたままで、治療前よりも重傷に見えるくらいだった。
「激痛と引き換えに傷が治る、か……」
修介はそう口にしながら、腑に落ちない、という思いを抱く。
どんな薬にも必ず副作用があるものだから、別におかしなことではない。
ポーション、という名称から、どうしても考え方がゲーム寄りになってしまうようで、「ダメージと引き換えに
「調合に手間がかかるから買おうとするとそれなりに高価だっていうのと、あまり日持ちがしないから作り置きができないのがこれの欠点ね」
サラは空になった瓶を鞄にしまいながらそう言った。
「なるほど……」
修介が市場を見て回った際にポーションを見かけることがなかったのは、そういう事情からであった。どのみち自分には効果がなさそうなので購入することもないだろう。
「ちなみに、あなたがよく採取しているアプスラの花も原料に含まれているわ」
「おお、そうなのか!」
自分が採取してきた薬草がどういった用途に使われているかまったく知らなかった修介にとって、自分の仕事の成果が垣間見えた瞬間であった。
「俺の採ってきた薬草がこんな形で役に立っていたとは……」
「まぁ私が調合したポーションにあなたが採ってきた薬草が使われているとは限らないわけだけど……とりあえず、彼女はしばらく安静にしたほうがいいわね」
そう言いながら、サラは濡らした手拭いでヴァレイラの体に付いた血を拭きとる。
「……余計な気遣いはいらねーよ」
意識を取り戻したのか、ヴァレイラが弱々しい声で言った。
「あら、目が覚めたのね」
「ったく、ひでー目にあったぜ。これだからポーションは嫌いなんだよ」
「その嫌いなポーションで傷が治ったんだから、感謝してほしいわね。これ作るの大変なんだから」
「わかってるよ、感謝してるって……でも、あの激痛はなんとかなんないのかよ? あれさえなければすげー便利なのにな」
「無理ね。今までも多くの魔術師が痛みの伴わないポーションを作ろうとして、未だに誰も作れていないんだから。もしそれが出来たら、その魔術師の名は永遠に語り継がれるでしょうね」
「そうかい。なら、サラが痛くねぇポーションを作ってせいぜい歴史に名を残してくれよ」
ヴァレイラは冗談めかしてそう言ったが、サラは唐突に真剣な顔つきになってヴァレイラを見つめる。
「……そんなに痛いのが嫌なら、あんな無茶な戦い方をしなきゃいいのよ」
サラの表情の変化に気付き、ヴァレイラはむきになって言い返す。
「あたしがどんな戦い方をしようが、あたしの勝手だろ」
「それは違うわ。あなたが怪我をすればパーティのみんなに迷惑が掛かるわ」
ヴァレイラは面白くなさそうに「ふん」と鼻を鳴らして顔を逸らした。
だが、サラはヴァレイラの顔を強引に自分の方へ向けさせる。
「ヴァル、ちゃんと聞いて。あなたがひとりで戦おうとする気持ちはわからなくもないけど、あんな戦い方をしていれば、いつかきっと取り返しのつかないことになるわ」
「そんときはあたしの自業自得なんだから見捨てればいいだろ」
「あなたはそれでいいかもしれないけど、あなたが死んだら悲しむ人だっているのよ。私みたいにね」
サラのその言葉でヴァレイラは目を伏せる。
「だからお願い。今回の依頼のあいだだけでもいいから、騙されたと思ってこのシュウと一緒に戦ってみて」
唐突に名前を挙げられて修介は驚いたが、サラが言っていることは修介が先ほどから思っていたことと同じだった。きっとサラも以前からヴァレイラの戦い方に危うさを感じていたのだろう。
自分の気持ちを伝えるなら今を置いて他にはない――そう考え、修介は遠慮がちに口を開いた。
「……あのさ、たしかに俺は頼りないかもしれないけど、頑張ってちゃんとヴァルが戦いやすいように考えて動くから、相棒として一緒に戦ってくれないか? 英雄だなんだって言われているけど、俺はまだまだ新人だから、そうしてもらえると俺も助かるしさ」
危ないところを助けられたという気まずさもあってか、ヴァレイラは観念したように手を上げた。
「……ったく、ふたりしてなんなんだよ……わかったよ、あたしが悪かったよ。次からはちゃんとやるよっ!」
ヴァレイラは恨みがましい目で修介とサラを交互に睨む。その顔はどことなく照れているようにも見えた。
「よしっ! それじゃあらためてよろしくな、ヴァル!」
修介はそう言って左手を差し出した。
ヴァレイラはその手をまじまじと見つめながら、遠慮がちに握り返す。
そんなふたりの様子をサラは満足そうに見ていたのだった。
「それでこの後はどうするの?」
サラの問いに修介は考える。
予定ではこのまま森の中に入って妖魔狩りをすることになっている。
ただ、今のヴァレイラの状態ですぐに森に入るのは得策ではない。森には多くの妖魔がいることが考えられる為、しっかり休憩を取ってから、なるべく万全な状態で挑みたいところだった。
「そうだな。森を探索する時間は減ってしまうけど、入る前にしばらく休憩を取ろう。サラも結構魔法を使ってたから疲れてるだろ?」
サラは少し驚いた顔をした。自分の体調にまで言及されるとは思っていなかったのかもしれない。
「そうね。森に入る前にひと休みしたいところね」
「じゃ、決まりだな」
修介は討伐の証を剥ぎ取っているイニアー達にそのことを伝えるべく立ち上がった。ついでにヴァレイラの分の証も剥ぎ取っておくか、と考える。
「――シュウ!」
声を掛けられて修介は振り返る。サラに支えられて上半身を起こしたヴァレイラがこちらを睨んでいた。
「なんだ? ヴァルの分の討伐の証なら――」
「……がとうな」
蚊の鳴くような小さな声だった。
よく聞き取れなかったので「なんだって?」と聞き返すと、ヴァレイラの顔がみるみる赤くなった。
「だから! さっきは助けてくれてありがとうって言ったんだよ! ったく何度も言わせるんじゃねーよ!」
「お、おう……」
なんで礼を言われているはずなのに怒られている感じになっているのだろうと思ったが、礼を言われて悪い気はしなかった。
「ちゃ、ちゃんとあたしの分の討伐の証も取っておけよな!」
「わかってるって」
「あと、その、なんだ……配分は六対四でいいから」
「……そりゃどうも」
それでも五対五にはならないんだなと思いつつも、その譲歩の仕方がいかにもヴァレイラっぽく思えて修介は苦笑した。
ヴァレイラが大丈夫そうだとわかった修介はイニアー達の剥ぎ取りを手伝うことにした。
手を動かしながらも思考は別の事を考えていた。
パーティとして初めての戦闘を終えてわかったことは、彼らが思った以上に優秀な戦士であるということだった。
特にデーヴァンとイニアーは元傭兵ということから、それほど妖魔との戦いに慣れていないのかと思っていたが、先ほどの戦いぶりはあきらかに妖魔と戦うことにも慣れているという感じだった。おそらく人間だけでなく多くの妖魔とも戦ってきたのだろう。
彼らは多くの経験を積んできた一流の戦士だった。
はたしてそんな彼らとも今回の旅を通して仲間と呼び合えるような絆を結ぶことができるのだろうか。冒険者同士はビジネスライクな関係であることが多く、この依頼を達成するだけならば、信頼や絆云々といったものは不要なのかもしれない。
そもそも彼らがどういった人間なのかすらまだよくわかっていないのだ。
それでも、こうして縁あって一緒のパーティになったのだから、互いに仲間と呼び合える関係を築ければ、という気持ちがあった。
彼らがどう考えているかはわからないが、少なくともこちらから歩み寄らなければ関係が深まることはないだろう。
結局のところ、自分次第なのだという結論に至る。
彼らのような一流の戦士から信頼を得ることができれば、間違いなく冒険者としての自信に繋がる。そうやって成長していくことが、目標である旅の実現に近づくことになるのだ。
修介はパーティメンバーを見ながら、この依頼が終わった後にアレサが彼らのことをなんて呼ぶのか、ぜひとも聞いてみたいと思うのだった。
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