第69話 宴
討伐軍出陣の前夜、修介は領主の屋敷を訪れていた。
領主グントラムが討伐軍に参加する騎士や冒険者を招き、壮行会を兼ねた宴を催したのである。
騎士と冒険者が合同で戦に赴くことは過去に何度かあったが、ここまで大規模な合同作戦は例がなかった。
元々、騎士と冒険者は同じ妖魔と戦う間柄ながら、互いに縄張り意識が強く、現場で揉めることが多い。今回の宴は参加者の士気高揚を促すというのが表向きの開催理由だったが、実際には本番前に酒の力で親睦を深めるなり本音をぶつけ合うなりして膿を出させておこうという意図があった。
「それにしても宴とはね……」
修介はいつもより厳重な警備が敷かれている屋敷の門を見ながら呟く。
こういった壮行会が大切だということは理解できるが、多くの避難民が辛い生活を強いられているなか、宴に参加することに後ろめたい気持ちがないわけではなかった。
とはいえ、自分が参加を自粛したところで状況が変わるわけでもないだろう。修介はそう考えて結局参加することにした。ひょっとしたらシンシアに会えるかもしれないという期待もあった。
先日屋敷を訪れた際は見事に門前払いされたが、今回は招かれた客である。こんな形で再び訪れることになるとは思ってもいなかったが、せっかくの機会なのでせいぜい高級料理を堪能してやろうと修介は屋敷の門へと向かった。
受付にはさぞ多くの人でごった返しているだろうという予想に反して、門の周辺には修介以外に参加者の姿は見えなかった。
修介は顔見知りの門番に声を掛ける。門番は修介が討伐軍に参加することを知って驚いたが、すぐに受付をしてくれた。
門番に冒険者登録証を見せながら、周囲に他の参加者がいない理由を尋ねると、門番は呆れ顔で「もうとっくに始まってるよ」と言った。
やはり到着が遅かったらしい。
というのも、この日は出発の前日ということもあって、修介は依頼を受けずに剣の稽古に精を出したところ、稽古に気合を入れ過ぎたせいか、昼食後のちょっとした昼寝のつもりが爆睡してしまったのである。
先日のジュードとの戦いで、敗北がそのまま死に直結するということを思い知らされた修介は、以前にも増して剣の稽古に力を入れるようになっていた。強大な魔獣相手に自分の剣が通用するとは思えなかったが、だからといって何もせずにむざむざ殺されるつもりは毛頭なかった。
ここ数日は騎士団との合同演習に参加していたこともあって疲労が蓄積していた影響もあるだろう。アレサに起こされた時には外はとっくに日が暮れており、修介は慌てて屋敷に駆け付けたのである。
受付を終えた修介は門をくぐると、会場となっている中庭を目指す。
屋敷の敷地内では冒険者は武器の携帯を認められていないとのことで、入口でアレサを預けることになったが、門番に渡す直前までアレサが小刻みに震え続けて抵抗するものだから修介は生きた心地がしなかった。修介とてアレサを預けることに抵抗はあったが、こればかりは諦めてもらうしかなかった。
空はすっかり夜の帳が下りていたが、目的地である中庭の上空には魔法と思しき光の玉がいくつも浮かんでおり、そこだけは昼のように明るかった。
中庭に到着すると予想よりも多くの人が集まっていた。
さすがに甲冑を着ている者はいなかったが、帯剣している者が多かった。おそらく騎士だろう。帯剣している者としていない者とで綺麗に分かれて集まっていることから、騎士と冒険者の区別を容易につけることができた。
騎士にだけ帯剣を許すという露骨に騎士を優遇することで、冒険者が宴に参加することへの不満を抑えると同時に、万が一トラブルが起こったとしても、丸腰の相手に剣を抜くことがないよう自制させるという意味合いも含まれているのだろう。
あらためて見てみると、騎士達が明らかに上質な服を着ているのに対し、冒険者はごく一般的な服装をしている者が多かった。
修介は慌てていたこともあり、服装について全く考えずに普段着のまま来てしまっていたが、どうやら他の冒険者も似たような恰好なので密かに胸を撫でおろした。
誰か知り合いでもいないかと周囲を見渡してみるも、人が多すぎてすぐには見知った顔を見つけられそうにはなかった。仕方がないので、とりあえず喉でも潤そうと思い飲み物の置かれたテーブルへと向かう。給仕から飲み物を受け取り、邪魔にならないように端っこのテーブルへと移動した。
宴は立食式らしく、テーブルには椅子がなかった。離れた場所にいくつかの椅子が用意されていたが、来た早々に座るのも目立ちそうなので、修介は杯を片手に立ったまま周囲を観察することにした。
すでに宴もたけなわといった様子で、多くの男女が楽しそうにテーブルを囲んで談笑しており、その周りを給仕たちが忙しそうに動き回っていた。
参加者は騎士や冒険者だけでなく、美しく着飾った若い婦人達の姿もあった。婦人達は騎士と楽しそうに会話しながらも、時おり興味深そうにちらちらと冒険者達の様子を窺っていた。
「やっぱりいいところのお嬢様がアウトローな男に憧れるのはどこの世界も同じなのかね……」
そんなくだらないことを口にしつつ、手持無沙汰な修介はひとり寂しくテーブルの上の料理を適当につまむ。
遅刻したせいで周囲の歓談の輪に入ることもできず、修介は完全に孤立してしまっていた。こういう時に積極的に赤の他人に話しかけられるような社交性は残念ながら持ち合わせてはいない。
とはいえ、このままでは本当に料理を堪能するだけになってしまう。修介は状況を打開すべく、あらためて参加者に知り合いがいないか探すことにした。
周囲に視線を巡らせていると、ひとりの男と目が合った。
その男の容姿は修介の目を引いた。
浅黒い肌と彫りの深い顔立ち。そして癖の強い髪と口の周りを覆う髭の色は修介と同じ黒色だった。髭のせいで年齢は不詳だが、三〇歳より下ということはなさそうだった。
(あの人、どうみてもこの国の人じゃないよな……)
修介は魅入られたかのように男の顔を見つめていた。
すると男はその視線に応じるかのように修介の方へと歩み寄ってきた。
(やばっ、これじゃ因縁をつけてたみたいじゃないか!)
そう思いつつも、男から目が離せない。
男は白いゆったりとした丈の長い服を着ており、ぱっと見の印象ではアラブの石油王のようだった。剣を帯びていないことから冒険者か、もしくは文官だと思われるが、こちらに向かってくる足取りは力強く、洗練された身のこなしは修介に只者ではないと思わせるだけの雰囲気を帯びていた。
「失礼、あなたの出身はどこですか?」
気が付くと男は修介の目の前に立っており、低いがよく通る声で話しかけてきた。
「あ、え、えっと、この領地の辺境の村ですけど……」
修介は突然のことに動揺しながらもなんとかそう答えた。
「そうですか。あなたも私と同様に随分と特徴のある容姿をしていましたから、もしかしたら別の大陸から来たのかと思ったのですが、違うのですね」
「えっ、別の大陸……?」
その言葉で修介はセオドニーから王都に別の大陸出身の冒険者がいるという話を聞いたことを思い出した。目の前にいるこの人物がそうなのかもしれない。だとするならば、特徴のある容姿にも納得がいく。
それだけではない。脳内で変換される彼の発音に少し違和感を覚えた。例えるなら日本語が堪能な外国人の話を聞いているような感覚だった。彼にとってこの国の言葉が母国語ではないというのを言語ツールが再現しているのだろうか。
「そういえば、名乗っていませんでしたね。私の名前はハジュマ。王都で冒険者をしています。私は幼少の頃に別の大陸からこの地に流れ着いたのです。あなたの容姿が私と少し似ていたので、つい声を掛けてしまいました。驚かせて申し訳ない」
男は丁寧に頭を下げて謝罪した。
修介は慌てて頭を下げ返す。
「い、いえっ、とんでもない。こちらこそ不躾な視線を向けてしまいました。この通り謝罪します」
修介の応対にハジュマは顔を上げると「ではお互い様ということにしておきましょう」と柔らかく微笑んだ。
ハジュマ……その名は冒険者になって間もない修介でさえ知っており、王都で一、二を争う冒険者としてグラスターの地でも有名だった。まさか目の前の人物がセオドニーの言っていた別の大陸から来た冒険者と同一人物だとは思いもよらなかった。
「よく見たら、あなたの顔は私とは全然違いますね。髪の色が私と同じ黒色だったから似ていると勘違いしてしまったようです」
修介を見るその瞳は大きく、そして青く澄んでいた。
「俺も自分以外で黒髪の人と会ったのはこれが初めてです」
深く突っ込まれたら困るなと思いつつも、修介はハジュマの話に合わせるようにそう言った。
「失礼ですが、あなたのご両親、もしくはそれ以前の世代の方に別の大陸から来たというお話はあったりしませんか?」
(まぁたしかに、普通はそう考えるよな……)
修介とてその設定を考えないでもなかったが、この世界の大陸間の交流のなさを考えると、下手な設定を勝手に作るわけにもいかない。細かく突っ込まれたらボロが出るのは間違いないので、結局のところ例の設定を使うしかなかった。
「すいません……俺は幼少の頃の記憶を失っていまして、物心がついた時には辺境の村で育てられていました。なので、家族のことは何も覚えていないんです……」
我ながら胡散臭いとは思ったが、ハジュマは沈痛な面持ちで再び頭を下げた。
「なんと……知らなかったとはいえ、失礼なことを聞いてしまいました。今の質問は忘れてください」
「いえいえ、そんなお気になさらず!」
なぜか修介もつられて頭を下げる。
(マジかっ、信じるのかよ! どんだけ素直なんだ。本当にこの人が王国で名を上げているという冒険者なのか?)
たしかに只者ではない雰囲気は纏っているが、ゴルゾという悪い例があるだけに、その腰の低さはとても凄腕の冒険者には見えなかった。ただ、精悍そうな見た目に反して紳士的な態度のハジュマに、修介は好感を抱いていた。
ハジュマは再び顔を上げると人懐こい笑顔を浮かべた。
「そういえば、あなたのお名前を訊いてもよろしいですか?」
そう言われて修介は自分が名乗っていなかったことに気付いた。
「失礼しました。俺の名は修介といいます」
「シュウスケ……良い響きの名前ですね」
「ありがとうございます」
明らかに変わった名前なのに、そこには触れずに誉めてくれるハジュマの気遣いに修介はますます好感を持った。
「ここにいるということは、シュウスケさんも冒険者なのですか?」
「はい、まだ駆け出しですが……」
「そうですか。私が言うのも変な話ですが、頑張ってください」
そう激励するハジュマの声には聴く者を安心させるような響きがあった。
「ありがとうございます。……あの、ハジュマさんは、わざわざ王都から今回の討伐軍に参加する為に来たのですか?」
「ここの領主には若い頃に少し面識がありましてね。こうして直接依頼を受けるのは初めてですが、わざわざ私にまで声を掛けてくるということは、それだけ相手が恐ろしい魔獣だということなのでしょう……」
ハジュマは真剣な面持ちでそう言ったが、緊張しているような雰囲気はなかった。その自然な態度から、ハジュマが多くの修羅場を潜り抜けてきた歴戦の戦士なのだということが伝わってきた。
「お話し中失礼します。ハジュマ様、閣下がお呼びになっております」
小綺麗な身なりをした男が唐突に話しかけてきた。
「おお、そうですか。わかりました、すぐに行きましょう」
ハジュマは男にそう返すと、修介に向かって手を差し出してきた。
「呼ばれたようなので、これで失礼します。またお会いしましょう」
「はい、ぜひ!」
修介はその手をしっかりと握り返す。ハジュマの手は大きく、そして分厚かった。
ハジュマの背を見送りつつ、その先にいる男に修介は視線を向けた。
いかにも貴族といった上質な衣服を身にまとった長身の男が笑顔でハジュマを迎えていた。おそらくあれが領主のグントラムなのだろう。衣服の上からでもその肉体が鍛え上げられていることがわかる。領主というよりも歴戦の将軍といった容貌であった。
あの領主が討伐軍の指揮を執るのだ。威風堂々としたその佇まいは、将兵の信望を集めるに相応しいものであった。
修介が屋敷で世話になっていた時は、結局一度も領主と会う機会はなかった。美しいシンシアの父親だからもっと線の細い紳士をイメージしていたが、どうやらシンシアは母親似らしかった。
グントラムとハジュマは親し気に会話をしながら、屋敷の中へと入っていった。その姿は冒険者と雇い主というよりは気心の知れた友といった関係に見えた。
「ちょっと、どうしてあなたがここにいるのよ?」
背後からの聞き馴染みのある声に修介は振り向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます