第124話 騎士と冒険者

 先発隊が妖魔の軍勢と遭遇していた頃、そんな事実を知る由もない輸送部隊は予定通り先発隊との合流地点に到着していた。

 ここまでの行程は順調と言って良く、途中で荷馬車の車輪が壊れて立ち往生したり、野犬の群れと遭遇したりといった些細な問題は起こったが、一台の荷馬車も失うことなく、あと半日でクルガリの街というところまで来ていた。

 道中で立ち寄った村々も運ばれてきた物資によって急場をしのぐことができ、シンシアの訪問によって活気を取り戻すことができたようだった。

 懸案だった妖魔の襲撃も散発的にゴブリンの一団と遭遇する程度であり、そのほとんどが護衛の兵士によって討ち取られていた。

 ゴブリンの出現に「冒険者たちの怠慢だ」と憤る騎士もいたが、わずか四十人程度の人数で街道周辺にいるすべての妖魔を討ち取ることが不可能なのは、子供でも分かる理屈である。

 当初は妖魔狩りを冒険者に任せることに不満の声もあったが、先発隊の指揮を任せたダドリアスは限られた戦力で効率的に周辺の妖魔を討伐しており、その声は日を追うごとに小さくなっていた。


「どういうことだ……」


 輸送部隊の指揮官であるランドルフは、合流地点にいるべきはずの先発隊の姿が見えないことに戸惑いの声を漏らす。

 先発隊から上位妖魔グイ・レンダーが出現した、という知らせが届いたのは昨晩遅くのことだった。

 ランドルフは先発隊に対し、上位妖魔とは交戦せずに合流地点で待機するよう指示を返した。

 街のすぐ近くに上位妖魔が出現したことは由々しき事態だったが、今回の任務はあくまでもクルガリの街への物資の支援であり、上位妖魔の討伐が目的ではない。いずれは討伐しなければならないだろうが、それは物資とお嬢様を無事に街へ送り届けてから考えればいいことだった。クルガリの街に警戒するよう早馬は出しておいたが、ランドルフは今の時点ではそれ以上のことをするつもりはなかった。

 ところが、いざ合流地点に到着してみれば、先発隊はこちらの指示を無視して勝手にいなくなっていたのだ。

 残っていたのは荷馬車と先発隊に同行しなかった数名の冒険者だけだった。

 ランドルフが残った冒険者たちから事情を聞くと、先発隊はクルガリの街からやって来たドワーフの一団と共に、行方不明になった仲間の救出に向かったという。

 冒険者は騎士ではない。騎士にとって命令は絶対だが、冒険者にとってはそうではないというだけのことだ。だが、それまでダドリアスという冒険者をそれなりに高く評価していただけに、裏切られたという思いは拭いきれなかった。


(やはり冒険者に任せるべきではなかったのか……)


 ランドルフはそんな後悔の念を抱くが、今となっては後の祭りであった。




 先発隊がいなくなったことを受けて、ランドルフは今後の方策を決めるべく、緊急で主だった騎士達を集めた。

 集まった騎士達はすでにグイ・レンダーの出現を知っているからか、一様に緊張した表情を浮かべていたが、ランドルフからの状況説明を聞いているうちに、その表情から徐々に緊張の色がなくなっていった。


「ちょうど良いではないですか。冒険者が上位妖魔とやり合ってくれるというのなら、我々はそのあいだにクルガリの街を目指せばよいだけです」


 若い騎士が一歩前に進み出てそう発言した。


「大方、討伐報酬に目がくらみ、ドワーフ達と協力すれば上位妖魔を倒せると考えたのでしょう。なんとも浅はかな考えではありますが、まさしく自己責任というものであって、我々が気にすることではないでしょう」


 他の若い騎士たちも次々とその意見に追従する。

 彼らの口調には、あきらかに冒険者に対する侮蔑の感情が籠っていた。


「口を慎め。彼らは行方不明となった仲間を捜索しに向かったのだろう? 仲間を救おうとすることは別におかしなことではない。こちらの指示を無視したことは問題だが、人として間違った行動ではないと、俺は思うがね」


 ブルームがそう窘めると、発言した若い騎士たちは気まずそうに口を噤んだ。


「で、どうするんだ?」


 ブルームがランドルフの方を向いて問いかける。

 ランドルフは若い騎士達に視線を向ける。

 発言の好悪は別として、彼らの意見は間違ってはいない。

 騎士として任務を優先すべきなのは当然のことだった。彼らが守っている物資は、クルガリの街にいる数千人の民の命綱なのだ。そして、輸送部隊には復興を支援する為に、職人や技師などの民間人も数多く同行していた。それらを放り出して妖魔と一戦交えようなどと考える方がおかしい。先発隊のことが気にならないと言えば嘘になるが、輸送部隊は予定通りクルガリの街を目指すべきだろう。

 ランドルフがそう答えようとしたところで、上空から一羽のフクロウが飛んでくるのを視界の端に捉えた。


 それは先発隊がランドルフとの連絡の際に寄こしてくる使い魔だった。

 使い魔のフクロウは輸送部隊と先発隊との間を連絡役として昼夜を問わず何度も行き来していたので、今ではすっかり顔なじみとなっていた。

 フクロウは差し出されたランドルフの腕に翼をばたつかせてとまる。足に付いている小さな筒には小さく丸められた紙片が入っていた。

 ランドルフは素早くそれに目を通す。


「こいつも何度も往復させられて気の毒なことだな」


 フクロウを引き取ったブルームが、その眉間を撫でながら呑気に言う。


「……くだらんことを言ってる場合ではない。どうやら、事態は我々が考えているよりも深刻なようだ」


「なんて書いてあったんだ?」


 ランドルフは紙片をブルームに手渡した。


 それを読んだブルームは「ほう」と驚いているのか感心しているのかよくわからない声を出して目を細めた。

 その内容は、デヴォン鉱山からレギルゴブリンが率いる千を超える妖魔の軍勢が出現し、輸送部隊を目指して進軍している、というものだった。


「レギルゴブリンだと!? 上位妖魔はグイ・レンダーだけではないのか!?」


「しかも千を超える妖魔の軍勢とは……いったい何が起こっているのだ」


 騎士達のあいだに動揺が走る。

 先ほどまでの彼らの余裕は、いかに上位妖魔が恐ろしい存在だとしても、一体であれば問題なく処理できると考えていたからだった。それが二体同時に、しかも千を超える妖魔の軍勢を率いているとなればまったく話が違ってくる。


「まさかレギルゴブリンとはな。そんな希少な妖魔が領内にいたとは……魔獣ヴァルラダンがいなくなったのに妖魔の数が一向に減らなかった原因はそれか……」


 ブルームがひとり納得したように呟く。


「現在、先発隊はドワーフの一団と共に妖魔の軍勢を引きつけながら、ここから少し南に行ったところにある平原に向かっているとのことだ。どうやらそこで妖魔の軍勢を迎え撃つつもりらしい。我々に騎兵隊を出してほしいという要望も書かれてあった」


 ランドルフがそう言うと、先ほどの若い騎士が声を荒げる。


「騎兵隊を出せ!? 何を勝手なことを! なぜ冒険者風情が我らに断りもなく作戦を立てているのですか! そんなものに我々が付き合う必要などないでしょう!」


「落ち着け。さっきまでとは状況が違うだろう。我々の足では妖魔の軍勢に追い付かれる可能性が高いからこそ、彼らが足止め役を買って出てくれているんだぞ」


 ブルームが呆れたように口を挟んだ。

 大量の物資を抱えている輸送部隊の移動速度は決して速くない。妖魔の軍勢を放っておけば間違いなく輸送部隊は追い付かれる。荷馬車や民間人を抱えた状態では、いかに精強な騎士団が守っていても相当な被害が出ることは避けられないだろう。

 何かを守りながら戦うことの難しさは、護衛任務をこなす騎士ならば知らぬ者はいない。

 若い騎士は不満を押し殺せない様子ながらも口を噤んで引き下がった。

 すると、別の若い騎士が場を取り成すように口を開く。


「ですが、我々の任務は妖魔の討伐ではなく、お嬢様をお守りし、物資を無事に街に届けることです。冒険者達が妖魔の軍勢を足止めしてくれているあいだに我々がクルガリの街にいる守備隊と合流できれば、戦力的には充分に妖魔の軍勢に対抗できるはずです」


 その意見に若い騎士達から次々と賛同の声が上がった。


 ランドルフは内心ため息を吐く。

 このような緊迫した状況でも騎士と冒険者の不仲が作戦に影響を及ぼしていることに、問題の根深さを痛感させられていた。両者が協力し合わなければ、この難局を打開することは難しいというのに。

 そんなランドルフの気持ちを代弁するかのように、古参の騎士が口を開いた。


「私は反対だ。万が一、このまま先発隊が全滅しようものなら、騎士団が冒険者を捨て石にしたという噂が広まり、後に大きな禍根を残すことになりかねないぞ」


「だからこそ、待機するよう指示を出したのではないですか! それを無視して勝手な行動を取ったのは彼らでしょう! 言わば自業自得です。我らがそれに付き合う必要はない!」


 若い騎士が勢い込んでそう言った。


「……それはつまり、冒険者たちを見殺しにするということか?」


 ブルームの口調に怒気がこもる。

 若い騎士はその迫力にたじろぎながらも反論する。


「こ、ここで我ら騎士団が冒険者と共倒れになれば、たとえ輸送部隊が無事だったとしても、今度はクルガリの街が妖魔の脅威に晒されることになります。その最悪な事態を避ける為にも、ある程度の犠牲はやむを得ないのではないですか」


「――今の言葉は聞き捨てなりません」


 突然の背後からの声に一同が振り返る。

 そこにはシンシアが立っていた。

 その表情にはランドルフですら見たこともないほどの怒りが滲んでいた。

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