第51話 ゴブリン討伐
深夜――修介達は村の外に出てゴブリンがやってくるであろう森が見える場所に身を潜めていた。村と森の間には背の高い草むらがあるくらいで大きな遮蔽物はなく、奴らが近づいてくればすぐにわかるはずだった。
ノルガドとエーベルトは前方の草むらに身を潜ませ、修介とサラが村を囲む柵の陰に隠れる形で二手に分かれていた。襲ってくるゴブリンをノルガドとエーベルトが迎え撃ち、実戦経験が少ない修介は後方で魔法を使うサラの護衛を行うという手筈となっていた。
魔法使いは魔法の詠唱中は無防備になるので護衛は必要となる。特に今回はゴブリンの数が多いことがわかっているので、前線が二人だけだと何匹かは討ち漏らしが出る可能性が高い。修介の役目はその対処であった。
ゴブリンが確実に森からやってくるという保証はないので、念のため戦えそうな村の男衆を村の入口付近に配置して警戒に当たらせることにしていた。配置場所についてはエーベルトが指示を出していたようだった。
もっとも、ノルガドはゴブリンの足跡の位置から襲撃地点の予想にはかなりの自信があるようで、先ほどから微動だにせず森を凝視している。
「こんな真っ暗なのに、よく見えるなぁ」
そんなノルガドの様子を見ながら修介は感心したように小声で呟いた。
空は雲に覆われているのか、月明かりすら届かない。
「ドワーフには暗視能力があるからね。暗闇でも問題なく見えるのよ」
すぐ隣にいるサラが修介の呟きに反応して答える。
「へぇ……」
昔読んだファンタジー小説にそんな設定があったことを修介は思い出した。
「ちなみにゴブリンも夜目が利くから、暗闇での戦闘は向こうの方が圧倒的に優位ね」
「そ、そういえば訓練場の座学でそう習った記憶があるな……でもそうなると月明かりもほとんどないこの暗闇はこっちにとって相当不利なんじゃ……?」
修介は思わず不安を口にする。
「何言ってるの。その為に私がいるんでしょう?」
サラは修介の不安を打ち消すかのように自信ありげな笑みを浮かべる。
普段ならからかわれても仕方ないところだが、そうしないのは彼女なりの気遣いなのだろう。修介はその気遣いに感謝しつつも、それとわかるほど緊張が表に出てしまっている自分を情けなく感じた。
突然、風が吹いたわけでもないのに森の木々が騒めいた。
「……来たわね」
サラの言葉に修介は黙って頷いた。
修介は目を凝らして森に異変がないか見てみたが、暗すぎてわからなかった。
ノルガドは相変わらず微動だにしていない。
耳を澄ますとかすかに草をかき分けるような音が聞こえてくる。その音は徐々に近づいているようだった。
緊張でアレサを掴む手に力が入る。
アレサが小さく震えた。まるで『大丈夫ですよ』と言ってくれているようだった。
修介は小さく息を吐きだすと、いつでも動けるように態勢を整える。
草をかき分ける音はもうはっきりと聞こえていた。
「今じゃ!」
ノルガドが草むらからそう叫んだ。
同時にサラは立ち上がると、杖を掲げて魔法の詠唱を開始する。
修介は柵の陰から飛び出すと、アレサを抜き放ってサラを守るように前に立った。
詠唱を終えたサラが杖をまっすぐ上空に突き出すと、バスケットボールくらいの光の玉が打ち上げ花火のようにゆらゆらと空を昇っていく。そして上空で数秒漂うと、突然弾けて強烈な光を放った。
「ギャッ!」
光を浴びたゴブリン達が悲鳴をあげる。
修介は咄嗟に目を覆ったおかげで光の直撃を避けることができた。
(サラが言ってたのはこれか! そういうのは事前に言っておいてくれよ!)
修介はそう不満を抱いたが、おそらく夜間での妖魔との戦闘で開幕に光の魔法を使うのは魔術師がいるパーティでのセオリーなのだ。誰もそのことを言わなかったのは嫌がらせではなく、修介がそれを知らないとは思ってもいなかったからだろう。自分が冒険者として如何に素人であるかを痛感させられる開幕となった。
戦場ではすでにノルガドとエーベルトがそれぞれの得物を手にゴブリンの集団の中で暴れていた。
サラの魔法によって昼間のように明るくなった草原を、ふたりの戦士が縦横無尽に駆け巡る。
ノルガドは戦斧を両手に持ち自分の体を軸にして回転するようにゴブリン達を薙ぎ払い、エーベルトは無駄のない動きで二本の小剣を操り、一太刀ごとにゴブリンの急所を的確に切り裂いていく。
「すげぇ……」
初めて目の当たりにするふたりの戦う姿に修介は状況も忘れて見入ってしまっていた。
サラの魔法で完全に虚をつかれる形となったゴブリン達は傍目にもそれとわかるほど浮足立っていた。混乱するゴブリン達をノルガド達は容赦なく切り捨てていく。二〇匹以上はいたであろうゴブリンはあっという間にその数を半減させていた。
修介は何もしないまま戦闘が優位に推移していくことに半ば安堵しつつも、心のどこかに自分も何かしなければという焦りを感じていた。
無意識に足が半歩だけ前に動く。
「シュウ!」
修介の内心を見透かしたかのようにサラが鋭く声をあげる。
サラはいつでも次の魔法を唱えられるよう杖を構えつつ修介を見ていた。
その視線を受けて、修介は「仲間を信頼し自分の役割をきっちりとこなすことが冒険者にとって一番大事なことじゃ」というノルガドの教えを思い出した。
修介はサラに頷き返すと、アレサを構えてゆっくりと戦場を見渡す。
すると、三匹のゴブリンが前線を迂回するようにして向かってくる姿を視界の端に捉えた。
「こっちに何匹かくる!」
修介はサラに向かってそう叫びながら、近づいてくるゴブリンの進行方向を塞ぐような位置に移動する。
向かってくるゴブリンのうち、一匹はひときわ大きな体格をしていた。
「あの体格が良いのはホブね。おそらくあれが群れの長よ。どうやら私を倒せばあの光が消えるとでも思ってるようね。私を倒したところであの光は消えないんだけど、そんなことゴブリンが知ってるわけないか」
サラは小馬鹿にするように言った。
ホブゴブリン……修介にとってはトラウマと言っていい相手であった。三カ月前に全く歯が立たずに殺されそうになった忌まわしい妖魔である。
「ホブか……上等じゃねぇか。あの時の借りを返してやる!」
修介はそう言うと一歩前へ進み出た。
戦場の空気に中てられたのか、戦いの前に抱いていた不安はいつの間にかどこかへと消え去り、修介の心に高揚感にも似た感情が湧き上がってくる。
「ちょっと! 無理しないでよ!?」
サラが声を掛けてくる。
「大丈夫だ。もう俺はあの頃の貧弱な坊やじゃない! あいつを倒して、俺はこの世界で戦士になるんだ!」
後半は自分に向けた言葉であった。
「よくわからないけど、頼りにしてるわよ」
サラの声を背に受け修介はアレサを高々と掲げると「来やがれ!」と叫んだ。
ホブゴブリンの左右にいたゴブリンが先行して突撃してくる。
修介もそれに合わせて駆け出した。だが、どちらのゴブリンを先に対処するか一瞬判断に迷う。
結論が出る前に背後のサラが声をあげた。
「シュウは右ッ!」
その声とほぼ同時に左側のゴブリンの胸に光の矢が突き刺さった。矢を受けたゴブリンは胸から血を噴き出しながら力なく崩れ落ちる。
それを見た修介はすかさず呆然とする右側のゴブリンに斬りかかる。ゴブリンはなすすべなく血煙をあげながら地面に倒れ伏した。
修介は軽く剣を振って血を払うと、そのままホブゴブリンの前に立ち塞がった。
「よう、久しぶりだな」
気安い言葉とは裏腹に修介は好戦的な目でホブゴブリンを睨みつけた。
目の前のホブゴブリンはあの時のホブゴブリンとは違う個体である。そんなことはわかっていたが、そう言わずにはいられなかった。
ホブゴブリンと対峙するのはこの世界に転移した日以来だったが、あの時の屈辱と恐怖を忘れたことはなかった。目の前のこのホブゴブリンを倒す以外にそれらの負の遺産を清算する術はないと修介は思っていた。
「グギャ!」
ホブゴブリンは威嚇するように吠えると、手に持った剣を無造作に構える。
その姿に修介は違和感を覚えた。
よく見るとホブゴブリンの右耳が削げ落ちたかのようになくなっていた。
「それじゃ左耳も削ぎ落してバランス良くしてやるよッ!」
言うと同時に修介はホブゴブリンに斬りかかった。
その攻撃はホブゴブリンに簡単に弾き返された。
あの時はそれで勝負がついた。だが、「あの時と一緒だと思うなよッ!」修介は身体のバランスを上手く取ってすぐさま相手の攻撃に備える。
ホブゴブリンが咆哮を上げながら剣を振りかぶって襲い掛かってくる。
修介は自分でも驚くほど冷静にホブゴブリンの剣の軌道を見極めると、体の位置をずらしてその一撃を躱した。
驚くホブゴブリンに修介は立て続けに攻撃を繰り出す。
その連続攻撃をホブゴブリンはよく防いだが、四撃目を受けた衝撃で右手に持った剣が体の外側に流れた。
「くらえッ!」
その隙を逃さず修介はがら空きになった胴体にアレサを叩き込んだ。
脇腹を切り裂かれたホブゴブリンは悲鳴をあげ傷口を押さえながらうずくまった。
修介は下がった顎をつま先で蹴り上げる。血反吐を噴水のように吹き出しながらホブゴブリンは仰向けに倒れた。
修介は冷めた目でホブゴブリンを見下ろす。
「……悪く思うなよ」
アレサを逆手に持ち替えると、ホブゴブリンの心臓目掛けて容赦なく突き刺した。
飛び散る返り血と、手に伝わる肉を貫く感触に修介は顔をしかめた。
ホブゴブリンは完全に動かなくなった。
自分が思っていたよりも勝利に対する喜びの感情は湧いてこなかった。
その理由はわからなかったが、良くも悪くも戦いという行為そのものに慣れてきているということなのかもしれない。そんなことを思う自分に修介は少し驚いていた。
「なかなかやるじゃない。見直したわ」
サラの言葉に修介は手を上げただけで応えた。時間にすれば一分にも満たない短い戦闘だったが、修介は肩で息をしており声を出す余裕はなかった。
周囲を見渡せばすでに多くのゴブリンが地に倒れ、残ったわずかなゴブリンも次々とノルガド達の刃の餌食となっていく。戦いの趨勢は決したように見えた。
(どうやら勝ったようだな……)
修介がそう思ったその時――村の入り口付近から火の手が上がるのが見えた。
(まさか、ゴブリンの別動隊か!?)
その可能性に気付いた修介は勝利の余韻に浸る間もなく、村の入り口に向かって全力で駆け出した。
「シュウ、待ちなさいッ!」
サラの静止の声が聞こえたが、修介は止まらなかった。
村の異変にはサラも気付いていた。修介を一人にするのは危険だと判断したサラは、すぐに追いかけることを決めたが、彼女は修介ほど考えなしではなかった。
「村に火の手が! ふたりともそっちが片付いたらすぐに来て!」
サラは大声で戦っている最中の仲間に状況を伝える。
エーベルトがその声に反応し小さく頷いたのを確認してから、サラは修介の後を追った。
その胸中には嫌な予感が渦巻いていた。
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