第47話 転移者

 休憩を終えた一行は街道を西へと進む。

 どこまでも続く草原と遠くに見える森の木々という代わり映えのしない景色のなかを黙々と歩く。さすがに疲労が蓄積している為、会話もほとんどなくなっていた。

 途中で妖魔や野盗と遭遇することもなく旅自体は順調だったが、気がかりなのは道中で人とすれ違う回数が極端に少ないことだった。ドラゴン出現の噂が西のキルクアムの街にも伝わっているからか、グラスターとキルクアムを行き来する行商人の数は普段よりも明らかに減っていた。

 このまま妖魔問題が長引けば経済にもかなりの影響が出るんだろうな、と修介は他人事のように考えた。


 一行は日没ぎりぎりまで移動したところで野営をすることにした。

 イアンが「無理をさせてしまったお詫びに」とお手製のシチューを振舞ってくれた。具は少ないながらも疲れた体に染みわたるようで、修介にはやけにおいしく感じられた。屋台の焼きそばがおいしく感じられる現象と似たようなものかもしれない。

 夜は二交代制で見張りをすることとなり、イアンが自分も参加すると主張したが、素人はかえって邪魔になるいうことでノルガドがやんわりと断っていた。

 結局、ノルガドの提案で修介とエーベルト、ノルガドとサラという組み合わせで順番に見張りをすることになった。修介としてはノルガドと組んで色々と教わりたいところだったが、それがわがままなのは言うまでもないので素直に従った。

 ちなみに、先にサラ達を休ませるのは、マナは睡眠によって大きく回復するからで、マナを消耗した魔法使いを先に休ませるのは冒険者の常識なのだそうだ。


 サラ達が寝床に着いた後、修介とエーベルトは少し離れてお互いに背を向けるような形で適当な場所に座った。

 修介はたき火と夜空の星々の明かりだけを頼りに周囲を見回す。

 相変わらずこの世界の夜は闇が深く、少し先は何も見えない暗黒の世界だった。

 視覚に頼るよりも気配や物音などに注意を向けたほうがいいのかもしれないと考え、目を閉じ神経を張り巡らせ周囲の気配を探る。とはいえ鋭敏な感覚など持ち合わせていない修介では、せいぜい背後のエーベルトの気配やノルガドのいびきを聞き取る程度の物であった。

 ようするにそんなお遊びを試みることができる程度には穏やかな夜だった。


 ふと、修介は背中に視線を感じた。

 感じ取ることができたのは先ほどのお遊びのおかげだろうか、そんなことを思いつつ振り返るとエーベルトがこちらをじっと見ていた。


「どうかしたか?」


 修介が声を掛けると、エーベルトは一度目をそむけたが、再び視線を戻すと少し躊躇った後に口を開いた。


「あの魔法に抵抗する技術はどこで身に付けたんだ?」


「魔法に抵抗する技術って?」


「昼間、あの女魔術師に魔法をかけられても平然としていただろう」


 その一言で修介は昼間のサラとのやり取りをエーベルトに見られていたのだと知って気恥ずかしさを覚えた。興味がないフリをしながらもしっかりと把握しているあたりはさすが邪気眼君と言うべきか。


「あー、あれね……」


 修介はどう答えるべきか迷った。自分の体質については不明な点が多すぎるので、今の時点であまり他人には積極的に話したくはなかった。

 だが、エーベルトは今回限りとはいえ、共に命を預け合うパーティの仲間である。こと戦闘に影響しそうな事柄は共有しておいたほうがいいだろう。それに彼の性格からして無意味に他者に吹聴するようなことはしないはずだ。修介はそう考え、自分にマナがないことをエーベルトに話した。


「マナが、ない?」


 普段表情を変えないエーベルトが珍しく驚いた顔を見せた。その顔を見られただけでも話した甲斐があったな、と修介はひとり満足する。


「どうやらそうらしい」


「……なるほどな」


「やっぱりマナがないってのは珍しいのか?」


「さあな。だが俺の知り合いにもひとりそういう体質の奴がいた」


「マジで!?」


 今度は修介が驚愕の表情を見せる番だった。


「マジデ?」


 例によっていつもの口癖がエーベルトを困惑させたようだが、修介にそんなことを気にする余裕はなかった。


「そ、その知り合いの人の名前ってどんな名前だった?」


「名前? ……たしかジュンとかいう変わった名だったな」


「ジュン……たしかに変わった名前だな。ジュン……ジュンか……」


 口の中で名前を繰り返し呟く修介に「他人のこと言えないだろう」とエーベルトは言ったが、修介は聞いていなかった。

 ジュンという名前はどちらかというとこの国ではなく、前の世界でよくある名前だった。男女どちらかはわからないが、このジュンという名の持ち主は、修介と同じ日本から転移してきた可能性があるのだ。


 自分以外に転移してきた者がいる可能性を修介はまったく考えていなかった。すぐにでもアレサに確認したいところだったがエーベルトがいるので我慢した。

 そもそもアレサはその手の質問には答えないだろう。アレサは『世界事典』に直接アクセスできることからこの世の全てを知ることができるが、無制限に修介の質問に答えたりはせず、あくまでも生活に必要な知識しか提供しないというスタンスを貫いていた。

 もしこの世界に他の転移者がいるのであれば、ぜひとも会って情報を共有したいと修介は思った。

 正確に言えば情報の共有ではなく、前の世界の価値観を持った人間と感情を共有したいのである。事情を知った人間と「だよねー」と共感し合いたいのだ。そんなことを考える程度には自分が他者との繋がりに飢えているのだということに、修介は我がことながら驚いていた。


「……それで、そのジュンって人は今どこにいるんだ?」


「知らん。最後に会ったのは一〇年以上前だからな……」


「一〇年前か……ちなみにその人って男か?」


「男だ。生きていれば四〇過ぎだろう」


「なるほど……」


 自分と同世代である。ますます会ってみたいと修介は思った。


「……随分とジュンのことが気になっているようだが、何か心当たりでもあるのか?」

 エーベルトとしてはここまで修介が食いついてくるとは思っていなかったのだろう。その声には若干戸惑いのような物が含まれていた。


「ああ……いや、そういうわけじゃないんだ。ただやっぱり自分と同じ体質の人がいるのなら、もし会えたら色々と話が聞けそうだと思ってな……」


「ジュンは冒険者だった親父の仲間だったんだ。ガキの頃に何度か剣の手ほどきを受けたことがある。その時に自分にマナがないことを言っていたんだ。だが、一〇年前に親父と共にどこかへ行ってしまって、その後は音沙汰なしだ」


 その話に修介は思わずエーベルトの顔を見た。


「親父さん、冒険者なのか?」


「ああ」


「音沙汰なしってことは、今も行方不明?」


「世間ではそう言うのかもしれないな」


「探してたりするのか?」


「……」


 エーベルトは修介を睨みつけると、そっぽを向いてそのまま黙り込んでしまった。どうやらあまり詮索されたくないらしい。その横顔には喋りすぎたことを後悔しているような色が浮かんでいた。

 だが、修介は密かに喜んでいた。同じ転移者がいるかもしれないという貴重な情報を得ることができ、さらにエーベルトとまともに会話が成立し、あまつさえ自分の過去のことまで話してくれたのだ。これは修介的には相当な快挙であった。


 その後、エーベルトが口を開くことはなかった。

 修介は自分が夜番だったことを思い出し、再び暗闇へと意識を集中する。

 だが、頭の中は自分と同じ転移者の男の事で一杯だった。修介は会えるかどうかもわからないその男との邂逅に思いを馳せる。

 女性との出会い以外を楽しみにするなんて初めてのことだった。

 そんなことを考えている自分がおかしくなって修介は思わず笑みを浮かべていた。

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