第62話 三本の槍
「……それで、私がこの場に残された理由をそろそろお聞かせいただけますかな?」
会議中もずっと黙っていた冒険者ギルドの長、オルダスが口を開いた。
オルダスは五〇過ぎの冴えない見た目の中年で、薄くなった頭髪がその見た目の印象をさらに強めていたが、彼はかつて王都でも名を馳せた冒険者であった。国王自らがその時の実績を認めてグラスターのギルド長に就けたという話は知る人ぞ知る逸話である。
オルダスはグントラムの配下ではなく、あくまでも王都のギルド本部から派遣されている役人である。本来であれば領の運営に関わる重要な会議の場に参加する資格も必要もない。戦力の補充の為に冒険者ギルド経由で冒険者を雇うというのは先ほど聞いたが、それも後で個別に話を聞けば済む話であった。
自分が呼ばれた本当の理由が別にあるはずだとオルダスは考えていた。
「本作戦の重要事項を決めねばならんからだ」
グントラムはおごそかに言った。
「誰が三本の槍を持つか、ですね?」
「そうだ」
フェリアンの言葉にグントラムは頷いた。
「なるほど……ですが、それは騎士団から然るべき人材を選べば済む話ですな。まさか冒険者ギルドからその人材を選べとはさすがにおっしゃらないでしょう?」
戦いの神の加護を受けた三本の槍を魔獣に突き刺す――それが作戦成功の前提である。その役割を担う者はそれを実行できる実力と、魔獣の咆哮に耐えられる強い精神力を兼ね備えた者でなければならない。いくらグントラムが冒険者に好意的な領主だとしても、この重要な役目を冒険者に任せるとはオルダスは考えていなかった。
だが、グントラムは直接その問いには答えず、微妙に話題を変えた。
「実は魔法学院からの魔術師派遣とは別件で進めていた話があるのだ」
「別件……ですか?」
唐突に話題を変えたグントラムにオルダスは戸惑いながら問い返す。
「ヴァルラダン討伐は我が領地の未来が掛かった重要な戦いとなる。先ほど不足している戦力を冒険者を雇うことで補うという話はしたが、今回の作戦に参加させる冒険者は所属に囚われずに有能な者を集めたいと思っている」
「……話が見えませんな」
オルダスだけでなく、その場にいるカーティスとフェリアンも困惑した表情を浮かべていた。
「王都の冒険者ギルドから冒険者ハジュマを派遣してもらうこととなった。そして俺は彼に三本の槍のうちの一本を託すつもりだ」
グントラムの言葉にその場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた。彼が冒険者に槍を託そうとしていることも驚きだったが、それ以上にハジュマという名に衝撃を受けていた。
ハジュマ……この国に暮らす者であれば誰もが一度はその名を聞いたことがあるほど有名な、そして優秀な冒険者であった。
彼は三〇年ほど前に別の大陸からこの国に流れ着いた民の数少ない生き残りであり、別大陸由来の卓越した剣技とその独特な風貌が相まってその名はグラスターの地にも轟いていた。
そのハジュマをグントラムは雇ったというのだ。しかも作戦の要となる槍を持たせる役目を委ねると言う。
先に口を開いたのはオルダスではなくカーティスであった。
「閣下! 領の未来を掛けた戦いに我ら騎士団ではなく、よそ者の、しかも冒険者風情にその大役を担わせるというのですか!?」
冒険者風情、という言葉にオルダスは眉をひそめたが、あえて口は挟まなかった。騎士と冒険者は同じ妖魔討伐を生業とする者同士ではあるが、その立場の違いから水と油のような関係でもあった。カーティスの言葉に思うところはあったが、金ではなく名誉を重んじる騎士にとって今のグントラムの発言は無視できないという気持ちはオルダスにも理解できた。
「そなたの気持ちはわかる。納得しないことも、だ。だがこれはもう決めたことだ。こうしておぬし達にこの話をしたのは許可をもらう為ではなく、その上で残り二本を託す者を選ぶ為だ」
「我ら騎士ではなくその者を選ぶ理由をお聞かせ願えますか?」
カーティスは挑むような口調でグントラムに問う。
「強いからだ」
グントラムの答えは単純にして明快だった。
「……それほどまでにハジュマという冒険者は強いのですか?」
「強い。俺は自分の腕に自信を持っているが、俺など足元にも及ばん」
グラスター領は他の領地と違い、多くの妖魔が跋扈する土地であり、この地に住まう民は常に妖魔からの襲撃に怯えて暮らしている。それ故にこの地を治める領主には、民が安心して暮らす為の象徴として強さが求められるのだ。
領主は強くなくてはならない――それが代々この地で領主を続けてきたライセット家の家訓でもあった。
グントラムも若い頃より剣の修練を積み、多くの実戦でそれを磨いてきた。グントラムの強さは多くの騎士達も認めるところであり、グントラムに勝てる者はこの地では幾人もいないだろう、というのがその評であった。
そのグントラムが、あっさりとハジュマの強さを自分よりも上だと認めたのだ。そこまで言い切ったことにカーティスは驚きを隠せなかった。
「俺が若い頃に一度だけ、奴がこの地で冒険者として妖魔討伐に参加したことがあってな、縁あって共に戦ったのだが、その時の奴の鬼神のごとき戦いぶりは今でも目に焼き付いておるわ……」
それを聞いたオルダスは目を見張った。領主とハジュマとの間に面識があったことが意外だったのだ。
「そ、それほどまでなのですか……?」
カーティスの問いにグントラムは頷いた。
「一〇体を超すオーガを相手にして、その全てを打ち倒せる人間など少なくとも俺は奴以外には知らんな」
その言葉にカーティスは絶句する。それが事実だとしたらハジュマという冒険者はとんでもない化け物だった。並の騎士では一対一でオーガを倒すことは難しいとされている。それを一〇体も倒したというのはにわかには信じられない話であった。
「あの時の奴はまだ一〇代の若造だったからな。あれから長い年月が経っているが、今どれほどの強さになっているのか想像もできん」
「その者の実力はわかりました。ですが、それでも冒険者に槍を託すということには承服出来かねます」
「言ったであろう、許可を求めてはおらんと。俺だって普段であれば騎士団以外の者を選ぼうとは思わん。だが、次の戦いは絶対に負けられんのだ。ハジュマは強い。奴であれば相手が何であろうと後れを取ることは絶対にない。たとえおぬしらから不興を買おうともそれで勝てるなら俺は構わん!」
グントラムにはっきりとそう言いきられては、カーティスも引かざるを得なかった。もちろん納得はできなかったが、それ以上にグントラムのヴァルラダン討伐に掛ける執念に心を動かされたのだ。
とはいえ、この話を聞けば若い騎士達は間違いなく憤慨するだろう。それがわかっているからこそグントラムもあえて会議の場でこの話をしなかったのだ。この後、騎士達にこの話をしなければならないことを考えると、カーティスは胃が痛くなる思いであった。
「……さて、騎士団長殿はご納得されたようですが、グラスターの冒険者ギルドの長としては先ほどの閣下のお話は少々面白くありませんな。特に我らよりも先に王都のギルドに話が行っていたというのは、閣下が我々を軽視なさっていると、そう受け取らざるを得ませんが?」
オルダスが実際に面白くなさそうな顔で言った。
「そういうつもりはない。本来であれば先にオルダス殿に話を通すべきことだとはわかっていたのだが、急を要していたのでこの場で伝えることになってしまったのだ。人伝ではなくこうして直接伝えたことがこちらの誠意だと思ってもらえるとありがたい。無論、そちらから何か要望があれば可能な限り応えよう」
グントラムも両ギルドに対して意図的に差をつけるつもりはなかったのだ。だが、ハジュマの件があって王都のギルドへの連絡を優先していたことは事実であり、オルダスが不満を抱くのは当然であった。
「であるならば、私からの要求はもうお判りでしょう?」
「……」
グントラムは敢えて答えずに黙って先を促した。
「残りの二本の槍のうち、一本は我らグラスターの冒険者ギルドの冒険者に持たせてもらえますかな?」
その言葉にカーティスが勢い良く席を立つ。
「ふざけるなっ! そのような要求が通るはずがないだろう!」
「あなたがた騎士が名誉を重んじるなら、冒険者は面子を大切にするんですよ。いざ依頼を受けてみたら大事な仕事は他所の冒険者に取られていた、なんてことになったら彼らの面子は丸つぶれです。もちろん金さえもらえれば問題ないという輩もいますが、このグラスターの地で妖魔と戦うことを選んだ冒険者にもそれなりの矜持があるということをご理解いただきたいですな」
一歩も引かぬ構えのオルダスにカーティスがさらに何かを言おうとしたが、グントラムがそれを制した。
「……よかろう。オルダス殿の要求を受け入れよう」
「閣下!」
「カーティス、すまんが引いてくれ」
「閣下……」
グントラムにじっと見つめられ、カーティスは力なく椅子に腰を落とした。
カーティスには申し訳ないと思ったが、グントラムは始めからそうするつもりでいたのだ。
グントラムは日頃から面子だの名誉だのに重きを置く人間ではなかったが、組織を構成するのが人間である以上、それが軽視してよい物ではない事も理解していた。
グントラムからしてみればオルダスの要求はつまらない対抗意識に端を発するものだったが、それを無視すれば後に禍根を残すことになりかねない。グラスター領にとって冒険者はなくてはならない存在である。今後のことを考えるならば、この地の冒険者に軽く扱われていると思わせるような真似は避けるべきだ。
もちろん面子に拘って大局を見失うわけにはいかないが、元々槍を持つ者は途中で代わることだって考えられるのだ。最初に槍を持った者が戦闘不能になれば、別の者が代わりに槍を持つことになる。要は最終的に三本の槍を魔獣に突き刺すことさえできればそれが誰であろうと関係ないのだ。
グントラムが槍を持つ者の人選を重要事項と言ったのは、戦闘能力ではなくハジュマに持たせることで発生する政治的な問題を指してのことだった。
「具体的な人選についてはおぬしたちに任せる。決まったら報告してくれ」
グントラムの言葉にオルダスは満足げに、カーティスは憤懣やるかたないといった顔でそれぞれ頷いた。
今回もっとも割を食う形となってしまった騎士団には何か別の形で報いる必要があるだろう。カーティスの顔を見ながらグントラムはそう考えた。
「それでは私も諸々の手配がございますので、これで失礼します」
オルダスはグントラムに向かって恭しく頭を下げると席を立った。
「オルダス殿、ひとつお聞きしたいことがあるのだが……」
グントラムの声でオルダスは足を止め振り返った。
「はて、なんでしょうか?」
「ギルドに所属する冒険者にシュウスケという名の者はおるか?」
「シュウスケ、ですか……?」
オルダスは顎に手を当てて考える素振りをする。彼の頭の中にはギルドに登録されている冒険者の情報はほぼすべて入っており、当然シュウスケの存在もそこに含まれている。
だが、オルダスは咄嗟にその情報の持つ価値がわからず、この場で領主に提供して良いかどうか判断に迷った。
短い思慮の結果、彼は話しても特に問題はないと考えた。
「たしかにそんな名をした若者が最近ギルドに登録しましたな。変わった名でしたので覚えております。……して、その者が何か?」
「いや、どういった人物なのか知りたくてな」
明朗さが売りの領主にしては奥歯に物が挟まったような言い方だった。
なぜ領主が一介の冒険者の、しかも新人の事を知りたがっているのかオルダスは不審に思ったが、それを表情には出さずに答える。
「私も直接の面識はございませんので、どういった人物かは存じ上げておりませんが、職員の話によると、冒険者になってからずっと薬草採集の依頼ばかり受けていたことから、冒険者達の間では薬草ハンターなどと呼ばれているようですな」
「薬草ハンター?」
グントラムは思わず問い返す。
「なんでも彼の薬草採集の成果がかなり目覚ましいそうで、わずか一週間でギルドの薬草採集の記録を塗り替えたとか。まぁ、その名称はどちらかというと
それを聞いてグントラムは眉を上げた。
「ほう! あのジュードを討伐したのがそやつだったのか!」
「はい。たしか報告書ではそうなっておりました」
「なるほど……そうか、あのジュードを討ち取ったという事はその者、かなりの腕前なのだろうな」
「どうでしょうか。彼が組んでいたパーティには当然他の冒険者もいたでしょう。おそらくそれらの者の援護もあってのことかと……。無論、素人ではないでしょうが、所詮は新人ですからな。腕前だけで言うならゴルゾやエーベルトといった冒険者には到底及ばないでしょう」
その二人の名はグントラムも知っていた。グラスターの冒険者で最も腕が立つのは誰か、という話題では必ず名前が挙がる二人である。特にエーベルトは若く、まだまだ伸びる余地があることからグントラムも密かに注目している人材であった。
「仮にの話だが、もしオルダス殿なら此度の戦いでそのシュウスケとやらに槍を持たせようと考えるかな?」
予想だにしていなかった質問にオルダスは面食らったが、その答えは簡単だった。
「ありえませんな。選ぶならもっと実績と実力を持った者を選びます」
「……そうか」
「もうよろしいですかな?」
「ああ、引き留めて悪かった」
オルダスは一礼すると会議室を出て行った。
オルダスを見送ったグントラムはため息を吐くと手元の資料に目を落とした。
資料はセオドニーが用意した物である。そこには今回の作戦の概要から魔法学院への魔術師の手配、王都の冒険者ギルドに所属するハジュマに依頼を出すことに至るまで、すべてが事細かに記されていた。
驚いたことにそこにはハジュマに槍を持たせた場合、オルダスが自分のギルドの冒険者にも同様に槍を持たせるよう要求してくるであろうことまで予測されていた。
あらためて次男の底知れなさにグントラムは薄気味の悪さを感じていた。
さらに資料には槍を持たせる候補者の名前も記載されていた。そこには当然ハジュマやランドルフといった一流の戦士の名前が挙がっていたが、三番目に先ほど話題にした修介の名前が記載されていたのだ。
大役を任せる候補に聞いたこともない名前が挙がっていたことから、グントラムは思わずオルダスに確認してしまったのである。
なぜセオドニーが修介を推挙したのか……その理由は気になったが、それをセオドニーに聞くのは躊躇われた。
だが、あのオルダスの反応だと間違いなく修介は選ばれないだろう。こちらから無理やり人選に口を出すこともできなくはなかったが、正直これ以上オルダスに借りを作りたくはなかった。それにハジュマの参戦を認めさせたことで満足していたということもあり、グントラムは修介の存在をあっさりと忘れることにしたのだった。
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