第217話 英雄
ノルガドの店を後にした修介は、ナーシェスとの待ち合わせ場所である中央広場へと向かった。
すでに陽は西に傾きつつあったが、肝心のナーシェスはまだ来ていないようだった。寄るところができたと言っていたが、それがどんな用事でどれくらい時間を要するのかまでは聞いていない。
スマホがあれば簡単に連絡できるのにな、などとくだらないことを考えながら、修介は近くのベンチに腰を下ろす。座る時に「どっこらしょ」と言ってしまったことで、久々に自分が元中年であったことを思い出した。
くたびれ切った修介とは対照的に、中央にある噴水の周りでは、子供達が手に木の棒を持って元気いっぱいにチャンバラごっこに興じていた。
「おれは王国一の冒険者ハジュマだ!」
子供のひとりが木の棒を振り回しながらそう名乗りを上げた。
「ならぼくは絶対王者アルディスだ!」
「こっちは鉄人リンドルゲンだぞ!」
やはり強い戦士は子供たちの憧れなのだろう。
ルセリア王国には英雄と呼ばれる戦士が幾人か存在している。
言わずと知れた王国一の冒険者ハジュマ。
王都で毎年開催される剣術大会で十年間無敗を誇る騎士、絶対王者アルディス。
北の大山脈にて上位妖魔討伐の最多記録を持つ蛮族出身の戦士、鉄人リンドルゲン。
妖魔に襲われた小さな町をたったひとりで三日三晩守り続けたという東のドワーフ族の戦士、不屈のダロン。
こういった英雄たちの名は修介も何度か耳にしたことがあった。
最近ではそこにグラスター領が誇る最強の騎士ランドルフの名も連なることが多くなってきているのだという。
修介からすれば、デーヴァンやエーベルトの強さも十分に化け物じみていると思うのだが、やはり上には上がいるのである。
「お前は誰にするんだよー」
他の子供たちが次々と英雄の名を口にするなか、少し体格の小さな男の子は後に続くことができずに黙り込んでしまっていた。名乗りたい名を先に言われてしまったのかもしれない。
だが、男の子は少し躊躇してから、予想外の名を口にした。
「ぼ、ぼくは冒険者シュウスケだ!」
まさか自分の名が呼ばれるとは思わなかった修介は危うくベンチからずり落ちそうになった。口にした子供もまさか近くに本人がいるとは夢にも思っていないだろう。
「シュウスケって……魔獣討伐の英雄の? たしかに最近名前をよく聞くよな」
「でもハジュマやランドルフに比べたらぜんぜんたいしたことないだろ」
「そ、そんなことないよ! うちの父ちゃんは魔獣との戦いでシュウスケに助けられたって言ってたんだ!」
「っていうかシュウスケって黒髪だぞ?」
「それにお前みたいなチビじゃないっての」
「なんだよう、別にいいじゃないかよぅ」
小さな男の子は、他の子にやいのやいの言われながらも、あらためて「ぼくは黒髪の剣士シュウスケだ!」と名乗り、元気よく木の棒を構えた。
修介はむず痒い気分を味わいながら、実物はそんな大層な奴じゃないぞ、と内心で突っ込みを入れる。
慣れない戦場で右往左往した挙句、腕を折られて気絶した出来損ないの戦士。おまけに身に着けている鎧や衣服はぼろぼろで、薄汚れた包帯があちこちに巻かれたままという、お世辞にも英雄とは呼べなさそうなみすぼらしい恰好である。
子供にとって英雄とは憧れであり、きらきらとした存在でなければならない。
修介は子供たちの夢を壊してはいけないと、その場から立ち去ろうとしたが、立ち上がった瞬間に立ち眩みがして、へなへなとベンチに尻もちをついてしまった。
考えてみれば、グラスターの街に帰還してから休む間もなく生命の神殿に駆け付け、その後も癒しの術による治療で体力を根こそぎ奪われたのだから、こうなるのも当然だった。
(なんとも情けない英雄だな……)
ただ、皮肉なことに疲労が限界に達したことで、修介はようやく冷静に物事を考えられるようになっていた。
(やっぱり、俺とナーシェスだけでアイナを救出するのは無理だな……)
身の程をわきまえれば、必然的にそういう結論にたどり着く。
敵は相当な実力を持った魔術師だという。他にも仲間がいる可能性を考えれば、いくら魔法が効かない体質があると言っても、ナーシェスとふたりだけでは戦力不足は否めない。
目的を果たす為には、もっと多くの仲間の協力が必要だった。
問題はどうやって仲間を集めるか、である。
てっとり早いのは金で人を雇うことだろう。この世界に来た時に持っていた金貨や宝石は世話になっている商会の金庫に預けてあった。その金を使えば冒険者を雇うことができる。マイホームの夢は遠のいてしまうが、アイナリンドの命と天秤に掛けられるものではない。
「明日朝一でハンナさんに相談してみるか……」
修介はそう予定を決めると、ベンチの背もたれに全身を預け、目を閉じる。
こうしていると今にも眠ってしまいそうだった。
「――どうやら待たせてしまったみたいだね」
唐突に声を掛けられて目を開くと、いつのまにか傍にナーシェスが立っていた。
「用事は済んだのか?」
「おかげさまで」
「よし、じゃあ今日は帰ろう」
「えっ!?」
ナーシェスは信じられないという顔をした。
「お、驚いた。てっきりシュウ君のことだから、すぐに出発するぞって言い出すに違いないと思って、どうやって休むよう説得するかずっと考えていたのに……」
「お前な、俺をなんだと思ってるんだよ?」
「そんな酷いこと、とても私の口からは言えないよ」
「あのな……」
「でも、どうして急にそうしようと思ったんだい?」
「べつに、思った以上に身体がへろへろだから、休まないと駄目だと思っただけだ。あと、俺らだけだと戦力不足だろうから、明日の朝一で冒険者ギルドに行って手を貸してくれる奴を探したほうがいいかなって」
「おおぉ……」
ナーシェスは目と口を綺麗な丸にして感動に打ち震えた。
「なんだよ、なんか文句あるのか?」
「ないない。むしろその意見には全面的に賛成だ。今日は帰ってゆっくり休んで、明日ギルドで協力者を探そう。その方が私も色々と都合もいいしね。よし、そうと決まればさっさと帰ろう!」
修介はナーシェスに背中を押されて公園を後にする。
振り返ると、傾きかけた陽の光に照らされた子供たちが元気よく動き回っていた。きっとそれぞれが名乗った英雄になりきっているのだろう。
(英雄か……)
自分がそんな存在になれるとは思わない。
アレサの言う通り、上ばかりを見すぎていた。
魔法の援護云々の前に、やれることはまだまだたくさんある。剣の腕は未熟だし、体力だってもっとつけなくてはならない。
そもそも魔術師が希少なこの世界では魔法の援護を受けられないのが普通なのだ。冒険者がパーティを組んで協力し合うのも、騎士が集団戦術を磨くのも、個人の力に限界があることを知っているからだ。
無論、ランドルフやデ―ヴァンといった傑出した才能の持ち主はいる。
自分もそういう特別な存在になりたいという思いはたしかにあったが、多くの人間が現実を受け入れて、そのなかで足掻いているのだ。
それでも、あの子供たちと同じように、憧れ、目指すことはできる。
大切なのは、前を向いて努力し続けることだった。
「頑張れ、英雄シュウスケ」
シュスウケを名乗った少年に自身を重ね、修介は小さく声援を送るのだった。
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