第218話 協力者

 よほど疲れていたのか、修介は宿に戻ってベッドに倒れ込むと、そのまま気を失うように眠りに落ち、途中で目覚めることもなく朝を迎えた。

 久々に柔らかいベッドでぐっすり眠ったおかげで目覚めは思いのほか快適だった。


「やっぱ若さって偉大だなぁ」


 欠伸と一緒にそんな感想が漏れ出る。

 日頃の鍛錬の賜物でもあるのだろうが、あれだけの疲労がたった一晩寝ただけで回復する若い肉体のすばらしさは、この世界に転移してそろそろ一年経とうとしている今でも感動モノだった。


 手早く着替えを済ませ、昨日ノルガドから受け取った真銀製の鎖帷子ミスリルチェインメイルを身に着ける。ろくに採寸もしていないのに身体にフィットするのは、ドワーフ職人恐るべしと言ったところだろう。

 元々使っていた鎖帷子は人獣ライカンスロープとの戦いで破損していたので、このタイミングで新しい鎖帷子を手に入れられたのは僥倖だった。

 ちなみに肩当て部分が壊れていた革鎧もノルガドに応急処置だけしてもらっていた。一応予備もあるが、長旅には着慣れている物の方がいいかと考え、そのまま使用することにした。


 修介は革鎧の下に鎖帷子と鎧下を身に着けるスタイルを取っている。

 鎖帷子の良いところは重ね着ができることにある。

 棍棒などの打撃武器を主に使用してくる妖魔相手に鎖帷子はそれほど有効とは言えないが、より上位の妖魔になるほど爪を使ってくる種が多くなる。鎖帷子があるかないかで生存率が大きく変わってくるのだ。

 金属鎧を使わないのは単純に機動力が削がれるからと、体力にそれほど自信がないという情けない事情もあった。

 その点、真銀製の鎖帷子ミスリルチェインメイルは予想以上に軽く、それでいて防御力は格段に向上し、魔法に対しても有効だというのだから、修介にとっては理想的な防具と言えた。


「装備だけは一端になっていくなぁ……」


 自身の恰好を見下ろしながら、修介は自嘲気味に呟く。

 古代魔法帝国時代の魔剣に真銀製の鎖帷子ミスリルチェインメイル――それらの装備品に対して、自身の腕前が見合っているとはお世辞にも言えないだろう。

 だが、それは言い方を変えれば、まだまだ伸びしろがあるということでもあった。


 修介は気持ちを切り替えると、背負い袋に手早く荷物を入れて部屋を出た。

 一階の食堂に下り、宿の主人と挨拶を交わす。

 用意してもらった朝食を摂りながら、またしばらく留守にする旨を告げると、主人は「昨日帰ってきたばかりなのにかい?」と呆れた後、「若いからってあまり無茶をするもんじゃないよ」と諭してきた。

 以前に聞いた話では、主人の長男は家を飛び出して今は王都で冒険者をやっているのだという。ひょっとしたら、目の前の若い冒険者に自分の息子の姿を重ねて心配しているのかもしれない。

 修介は「気を付けます」とだけ口にして宿を出た。




 冒険者ギルドにはナーシェスの方が先に来ていた。

 片手を上げて近づこうとしたところで、背後から肩を掴まれる。

 振り返ると、見慣れた大男が立っていた。


「デーヴァンじゃないか。それにイニアーも」


 傭兵兄弟の名で知られるふたりの戦士だった。

 彼らとは先のカシェルナ平原での戦いを共に潜り抜けた仲である。サラの件があって傭兵隊解散後はろくに挨拶もしないまま別れていた。

 仕事を終えた傭兵は大抵は翌日の朝まで盛り場で飲み歩くらしいが、今のふたりはどう見ても素面だった。


「昨日の今日でもう新しい依頼を探しに来たのか? デ―ヴァンはともかくイニアーがそんな勤労精神旺盛だったとは驚きだな」


 修介は挨拶代わりに皮肉の先制パンチをお見舞いした。それが許される程度には深い信頼関係が構築されているだろうという一種の甘えでもあった。


「俺だって好き好んで来たわけじゃないっすよ。例によって兄貴のわがままに付き合わされてるってだけだ」


 イニアーが兄の方を見ながらうんざりしたように言った。

 デーヴァンは抗議するように「うう」と唸ると、修介の背後を指さした。ちょうどナーシェスがのんびりとした足取りで近づいてくるところだった。


「やぁやぁ、ちゃんと約束通りに来てくれたんだね。そっちの兄さんはあんまり乗り気じゃなさそうだったから来てくれるかちょっと心配してたんだ」


 ナーシェスは修介の横に立つと、陽気な声でイニアー達に話しかけた。


「約束通りって……ナーシェス、お前、イニアー達と知り合いだったのか?」


「いや、会ったのは昨日が初めてさ」


「……どういうことだ? さっぱり話が見えないぞ」


「ようするにだね、今ここにいる四人は同じ依頼を受けたパーティってことさ」


「は? 同じ依頼?」


「おいおい、ギルドで手を貸してくれる人を探そうって言ったのは君じゃないか」


 そう答えたナーシェスは、あきらかに修介の混乱ぶりを楽しんでいるようだった。


「たしかにそういう話はしたが、なんでもうすでにギルドに依頼が出されているんだよ。そもそも誰が出した依頼だ? ナーシェスか?」


「昨日、ノルガドさんの店で君と別れた後、サラ君のところへ行ってね。彼女に頼んでギルドに依頼を出してもらったのさ」


 それを聞いて修介は得心がいった。

 昨日ナーシェスが言っていた用事というのは、これだったのだ。


「なんでわざわざサラに依頼を出させるんだよ?」


「よく考えてみてくれ。どこの馬の骨ともわからない私や君が依頼主になったところで、協力者なんてそう簡単に集まるわけないだろ? でも、サラ君は違う。貴族……それもフィンドレイ伯爵家の者だ。信用も金もある。依頼主としてこれ以上の人はいないと思わないかい?」


「そりゃわかるけど――」


「で、ギルドに行って受付のお姉さんに相談したら、なんとあの有名な傭兵兄弟とシュウ君が懇意にしてるって言うじゃないか。だから、近くの酒場に入ろうとしていた彼らを掴まえて、協力をお願いしたってわけだ」


 得意気な態度のナーシェスを見て、修介は眉を上げた。


「話はわかった。けど、そんな大事なことをなんの相談もなしに決めるか?」


「たしかに相談もなしに決めたのは悪かったけど、先に外堀を埋めて後戻りできないようにしてから君を説得した方が手っ取り早いと思ったんだよ」


「手っ取り早いってなんだよ!」


「だってシュウ君は言えば絶対にあれこれ悩むだろう? それに、別行動する前の君はあまり冷静には見えなかったしね」


「勝手にきめつけんな! おやっさんの時は『本人の意思を確認すべき』とか偉そうに言ってただろうが」


「ドワーフ族と違って君はすぐ顔に出るじゃないか」


「……お前、もしかして喧嘩売ってんのか?」


「とんでもない。そんなことしても私がぼこぼこにされるだけじゃないか」


「あのなぁ――」


 続けて文句を言おうとする修介に向かって、デーヴァンが「うう、うう!」と割って入った。


「揉めるんだったら俺は帰るぞ、と兄貴が言ってるぜ」


 イニアーがすかさず通訳する。


「うう!」とデーヴァンが激しく首を振った。


「冗談だって。喧嘩は良くないって兄貴が言ってるぞ」


 その言葉に修介は口をつぐんだが、ナーシェスを睨むのはやめなかった。相談もなしに仲間を危険な旅に巻き込んだことが心情的に許せなかったのだ。


「旦那もそう目くじら立てんなって。そいつから事情は聞きましたよ」


 イニアーは顎でナーシェスを指し示した。


「旦那がエルフの嬢ちゃんを助けに行くつもりだって聞いたら、案の定、兄貴が俺も行くって騒いでな。あの嬢ちゃんにはグイ・レンダーとの戦いの時に世話になったからな。旦那も兄貴の性格は知ってるだろ? 兄貴は恩人にはとことん甘いんだ」


 デーヴァンがその通りとばかりに大きく頷いている。


「それに、今回ばかりはさすがに俺も見て見ぬふりは寝覚めが悪いしな」


 イニアーは頭を掻きながらそう締めくくった。


「デーヴァン、イニアー……」


 現金なもので、今のイニアーの言葉で修介の怒りはあっさりと氷解していた。彼らもアイナリンドとの繋がりを感じていたのだ。そのことが無性に嬉しかった。


「納得してくれたかい?」


 ナーシェスの問いかけに、修介は頷いた。


「……すまん、つい興奮しちまった。たしかに昨日の俺はあまり冷静じゃなかった。ただ、できれば次からはちゃんと前もって話してくれると助かる」


「わかってるよ。これからはちゃんと事前に話すようにする。それと、少し口が過ぎたみたいだ。申し訳ない」


 互いに反省の弁を口にすると、デーヴァンが満足そうにうんうんと頷いた。


「ま、こっちとしてはもらえるモンさえもらえれば、なんの問題もないからな。さすが金持ちの嬢ちゃんだけあって報酬も悪くないし、話を聞いた感じじゃ犯人の魔術師には間違いなく高額の懸賞金も付くだろうしな。だから旦那は遠慮なく俺らを使えばいい。な、兄貴?」 


「ああ」


 いつも通りのやり取りをする兄弟の姿を見て、修介は彼らの厚意を素直に受け取ることにした。


「……ふたりにはまた世話になるな。よろしく頼むよ」


 まかせろ、とばかりにデーヴァンが胸を叩くと、イニアーも「仲良くやりましょうや」と、いつもの人を喰ったような笑みを浮かべるのだった。


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