2.幼児、被虐の疑い

厄介ごとに首を突っ込んでしまった。

しかしこの厄介ごとは不可避であった。

そんな事を考えつつ、藤護ふじもり禅一ぜんいちは切り揃えた具材を小さな土鍋に突っ込む。


「禅、ホントに行かねぇの?」

そんな彼に声がかけられる。

白皙の美青年と言って差し支えない容姿だが、それに反して腹が真っ黒だと有名な、彼の弟だ。

「まぁ、まだ冬休みだし。大丈夫だろう。長期化しても、教授に事情を説明したら、オンラインで授業を受けられるヤツが多いしな」

「オンラインできないヤツは?」

「……まぁ、一、二度休んだだけで単位を落とすこともないだろう」

楽天的な返答をした禅一に、弟は呆れたようにため息を吐く。

「何だって、見ず知らずのガキの為にそこまでしてやるかね。どこから来たかわからねぇ汚いガキなんて、その辺の鬼婆に預けときゃ良いのに」

彼の視線の先には、一見誰も寝ていないように見える布団がある。


「村の奴らに預けられるわけがないだろう。あの子の状態を見ても、禁域を犯し、祭を台無しにした罰を与えるって怒り狂ってる奴がいるくらいなんだ……全く、狂信者ほど怖いものは無い」

禅一は眉を寄せる。

布団に寝かされているのは、厚みも無ければ、高さもない、ちっぽけな子供だ。


ガリガリに痩せ細り、栄養失調から腹水が溜まり始めている。

もう少し放置していたら、立派な餓鬼のような外見になるに違いない。

凡そ大体の人が想像するであろう『幼児の手』から、かけ離れた、枯れ木のような手は、瑞々しさが全く無く、無数の痛々しいひび割れだらけだ。

足も手と同じく、とても正視に耐えない状態だ。


自分の力では、もう歩けるかもわからないこの子は、時代に取り残されたような、古い因習の残る村の、祭事の場に忽然と現れた。

宗主以外入る事の許されない『禁域』にポツンと転がっているのを、禅一が見つけ、屋敷の離れに連れてきたのが一昨日の事だ。

それから懇々と、この子は眠り続けている。

村の中では、そこそこ良識派に分類される医師に、点滴をしてもらっているので、死ぬ事は無いだろうが、いつ止まってもおかしくない、頼りない呼吸音だ。

こんな状態の子を『祭事を穢した』と吊るし上げようとする奴らがいるので、禅一はこの子から離れられない。

こんな状態の子が、一人でここまで歩いて来て、禁域に入る事など出来ないのに。

そんな事すら判らずに、騒ぎ立てる奴らが本当に鬱陶しい。



材料を細かく刻み、ぐつぐつと煮込む禅一を、弟が呆れ顔で眺める。

「だからってこんなトコに長くいる気か?このままここに居たら、正式な『後継』に祭り上げられるぞ」

「この子が目を覚まして、移動に耐えられるくらい回復したら、すぐに撤退するさ」

禅一の言葉に、弟は更に呆れ顔になる。

「はぁ?禅、お前、このガキを引き取る気か!?」

「引き取るとは言ってない。この子の身元がはっきりして……この子の安全が確保されるまで面倒を見るだけだ」

「同じようなモンだろ」

盛大なため息が弟の口から吐き出される。

「すぐに戻る。………すまんな」

禅一が困り顔でそう言うと、弟は渋面になる。

「……ったく、見ず知らずの死にかけのガキに温情をかけても、一文の得にもならねぇんだからな!!」

そしてそう言って、弟は踵を返し、バタンと大きな音を立てて出て行ってしまった。


弟の心配はわかるが、この小さな命を見捨てるような真似は出来ない。

我ながら損な役回りを選んでしまったと思うが、後味が悪いのはゴメンである。

コトコトと鳴る土鍋の火を小さくすると、禅一は布団の方を見つめる。

大きな布団に埋もれてしまうほど小さな体。

サイズ的にまだ『赤ちゃん』と読んで差し支えないように見える。

しかし医師の見立てによると、三歳は超えていると言う話だ。

こんなに小さいのは、極度の栄養失調状態で育っているからかと思うと、胸が痛む。


目覚めた時に、少しくらい栄養がある物を食べさせてやりたいと思って、雑炊を作るが、全く目覚める気配がないので、今の所、禅一は三食雑炊だ。

丁度三日間の絶食していたので丁度いいが、そろそろ飽きてきた。

タンパク質も取りたいなと思ったので、子供に食べさせる時は避ければいいかと、つみれ団子も入れて、中々豪華な雑炊になった。


「………ん?」

布団が少し動いた気がして、禅一は首を伸ばす。

小さくだが、確かに、もぞもぞと動いている。

そっと禅一は布団に近寄り、覗き込む。

「…………」

すると驚いた事に、眠りながら幼児が泣いている。

「目が覚めたのか?何処か痛いのか?」

出来るだけ優しく声をかけてみると、幼児の瞼がピクピクと動く。

「大丈夫か?無理に起きなくて良いぞ」

一応そう声をかけるが、幼児は上と下の瞼を引っ剥がすようにして、目を開ける。


ぼんやりとした目が宙を彷徨い、やがて禅一で視点が合う。

(……あっ………)

声が出そうになったが、寸前で禅一は飲み込む。

涙に濡れたその目は、虹彩が黒じゃない。

オリーブ色とでも言うのだろうか。

暗めの緑だ。

パサパサの髪は黒だったので、気が付かなかったが、言われてみれば、顔の造作も日本人とは少し違う気がする。

(日本人じゃないのか……こちらの言葉は通じるのか?)

子供に動揺を悟られてはならないと、顔には出さないが、更に困った状態になった。

幼児の世話自体不安があるのに、言葉が通じないとなると、グッと難易度が上がってしまう。


「おはよう。気分はどうだ?」

声をかけてみると、幼児は明らかに困った顔をする。

オロオロとその視線が巡らされる。

親を探しているのだろうかと思ったが、困り顔のまま、幼児はヨロヨロと起き上がり、禅一に向かってキチンと正座して向かう。

「あまにゅえぃ、みにゅあはぁん、むぅりゅまりゅ」

何か喋り出したが、全く未知の言語だ。

英語や中国語、韓国語ではない。

近隣国や英語圏の子でないとなると、言葉による意思疎通は無理だろう。

妙にマ行の発音の多い可愛らしい言葉だが、この子が何を伝えようとしているのかは分からない。


(弱ったな……)

真っ直ぐに目を見てくる幼児は、小さいながら何か伝えようとしているのに、全くわからない。

しかし何かを言っている幼児を遮るのも忍びない。

そう思って見守っていたら、幼児が突然布団に伏せてしまった。

「何で!?何でいきなりの土下座!?」

土下座。いや、土下座を超えた平伏だ。

幼児は妙に勢い良く、上半身を布団に投げ出した。


年齢の割に、物に動じないと言われる禅一も、幼児の突然の平伏には驚いてしまい、慌てて彼女を起こす。

脇の下に手を入れると、ゴリッと皮の下にすぐに肋骨を感じる。

こんなに痩せ衰えた体で、全く知らない奴と、たった一人で対面させられたと言うのに、幼児は泣く事もなく、禅一をキョトンとした顔で見ている。

初対面の相手に突然平伏するなんて、どんな風に育てられてきた子なのだろうと、禅一は幼児を座らせながら考える。

見上げる幼児の折れそうな首に、ズキンと彼の胸は痛む。

このくらいの歳の子なら、ふくふくとした顔肉に隠れて殆ど見えないはずの首が、無惨に浮き出ている。


(せめて太らせてやらねば)

この子をこんなに痩せ衰えさせた保護者に、すぐに返すわけにはいかない。

せめて幼児らしい体型に戻して、これから生き抜けるように肉を蓄えさせてやらねば。

そんな使命感が湧き上がり、

「俺が君を守るからな」

思わずそんな言葉が口から転がり出る。

そして禅一は幼児の頭を撫でる。

すると、幼児は一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに禅一を見上げて、笑った。

「…………」

それはそれは、慕わしそうな、まるで親にでも向けるような笑顔だった。

どこもかしこもカサカサで、水分が抜けた餓鬼のような姿だが、とても愛らしい笑顔だった。


言葉は通じていないはずなのに、何故か幼児からの強い信頼を感じる。

もしかしたら、この子にはこうやって頭を撫でてくれる存在が居なかったのだろうか。

「ご飯にしようか」

安心させるように、もう一度その頭を撫でてから、禅一は立ち上がる。


「み、みぅ……みぇう、うにゃういぃ……」

瀕死の子猫のような声がして、振り返ると、幼児は慌ててついてこようとしている。

口を開きかけて、通じないかなと思った禅一は、手の平を少女に向かって押し出し、その場にとどまるように指示する。

すると心細そうな顔をしながら、幼児は布団に留まる。

通じた事に安堵しながら、禅一は鍋の具合を見に行く。


鍋の中はいい具合に煮立っているが、つみれ団子などを入れたので、少し味が濃ゆいかもしれない。

上澄うわずみを少し小皿に取って、禅一は味見をしてみる。

(……まぁ、つみれ団子本体をやらなければ問題ないかな)

思ったより味は濃くなっていない。

幼児は少なくとも一日は絶食しているので、なるだけ胃に優しい物をあげなくてはいけない。

つみれだけは後で自分で食べようと思いつつ、彼は火を止める。


「まにぅい!!」

朱塗の盆に鍋敷きを置いて、鍋をのせていたら、布団の方から驚いたような声が上がった。

覗き込んで見ると、フンフンと鼻息荒く、幼児が障子を撫でている。

カサカサの頬を紅潮させて、何やらとても楽しそうだ。

「障子が好きなのか?」

あまりに目をキラキラと輝かせ、楽しそうに撫でているので、微笑ましくて、そう声をかけてしまった。

「っっっ!!!!」

すると子供はびっくりしてしまったようで、瞬間、飛び上がり、その衝撃で障子を破いてしまう。


「あぁぁぁぁぁ!!ああああ!!」

幼児の口から、この世の終わりを嘆くような悲鳴が上がる。

幼児は慌てて障子から指を抜いて、その穴を震える指で摩る。

まるでそうする事で直そうとしているようだが、生憎、破れた紙はそんな事では元に戻らない。

「み、み、みやうぃ、みやうぃにいしぃしえん!!」

幼児は真っ青な顔で振り向くと、またもや見事な平伏をご披露する。

凄い勢いで、何回も畳に頭をぶつける、ヘドバン平伏だ。

ガタガタと全身を震わせながら、何度も何度も幼児は畳に頭を打ち付ける。

「ひっく……み、みやゔぃ、にいじぃじぇん!うぅぅ、みやゔぃにいじぃじぇん!!」

畳にポタポタと涙が降り注いでいる。


「…………」

謝っているようだが、この鬼気迫る土下座っぷりは何なのだろう。

禅一は驚きのあまり固まってしまっていた。

たかが障子を少し破いた程度のことで、まるで命乞いをするかのような、謝りっぷりだ。

幼児がこんなに小さな体を震わせて、泣きながら謝るなんて、あり得ない。

日常的に何らかの虐待を加えられ、怯えているとしか思えない。


畳を涙や鼻水、涎が濡らしている。

「ゔぅううう、み、みやゔぃ、にいじぃじぇ……」

謎の言語を唱えながら、更に畳に頭を打ち付けようとする幼児を、禅一は抱き上げる。

そして胡座をかいた膝の上に幼児を下ろす。

「泣かなくていい。俺は味方だ」

大きく震えた背中を撫でながら、禅一はティッシュを手繰り寄せる。

そしてみぃみぃ何やら言っている幼児の、グチャグチャの顔を拭いていく。

涙や鼻水と一緒に、垢らしき汚れも一緒に取れるので、少し元気になったら、綺麗に洗ってやらないといけない。

そう思いながら、禅一は鼻水も綺麗に取ってやる。

言葉は通じないが、「ふーん」と声をかけると真似をする所を見ると、こちらの意図は、そこそこ伝わるようだ。

見た目程幼いわけではないのかもしれない。


「ん?」

ティッシュをまとめてゴミ箱に投げつけていたら、妙な音が耳に入った。

キュルキュルキュルとまるでエンジンのかからないバイクのような音だ。

「ひっっ!!」

すると膝に乗せている幼児が自分の腹を押さえる。

水が溜まり出しているせいで、ぽっこり出ているお腹を、グイグイと力任せに押している。

こんな小さい子でも、一人前に腹の虫が鳴くのは恥ずかしいのだと思うと、何やら微笑ましい。


「ご飯にしよう」

そう言って禅一は持ってきていた土鍋の蓋を開ける。

「ふわぁぁぁぁ〜」

すると幼児はお腹を押さえるのも忘れて、歓喜の声を上げる。

「う、うにゃい!!」

相変わらず何を言っているかわからないが、喜んでいることだけは伝わってくる。

痩せ衰えた瞼から、緑の目が飛び出るのではないかと、心配になるくらい目を見開いて、幼児は土鍋に釘付けになっている。

この小さな体の何処から、こんな巨大かつ複雑な音が出てくるのかという、腹の音が鳴り響くが、最早それを気にする余裕もないようだ。


(可哀想に……ろくな物を食わされていなかったんだな)

思わず禅一は同情してしまう。

しかし直ぐに、その同情より、口から溢れそうなヨダレを吸い込みながら、鍋に夢中になっている姿に微笑ましく感じる気持ちの方が大きくなる。

緑の目が宝石を超える勢いで輝いて、瞬きもしないで土鍋を見つめている。


(これから沢山食べさせてやるからな)

決意新たに禅一はレンゲに掬った白米を冷ます。

ふうふうと息を吹きかけているレンゲに、幼児の目は吸い寄せられている。

しかし湯気がおさまったレンゲを口元に持っていってやるが、幼児は口を開かない。

もう口は開きたいと、その顎が動いているのに、必死に唇が閉じている。

「ほら、食べていいんだぞ?我慢しなくていい」

チョンチョンと口元をレンゲでつつくが、幼児は顎に梅干しのような皺を寄せながら、必死に我慢している。

唇の間からヨダレが溢れ始めているのに、それでも口を開けない。


何か変な躾でもされているのだろうか。

虐待などしでかす親だから、どんな理不尽な事でもやりそうな気がする。

「あ〜ん」

言葉は通じなくても、これなら通じる。

禅一がそう言うと、ヨダレで口の周りを光らせた幼児は顔を上げる。

キョトンとした顔が、『もしかして食べていいの!?』とばかりに変化するのがおかしくて、禅一は噴き出してしまう。


「あ〜ん」

もう一度禅一がそう言うと、プルプルと歓喜に震えながら、唇が開かれる。

「あ、あ〜……っん」

遠慮がちに開かれた口に、禅一はレンゲを突っ込む。

大人用のレンゲだったので口に対して大きかったか、と、思ったが、幼児の口は思ったより大きく開いて、パクっとレンゲを咥え込んだ。


「!!!!!!!!」

元から大きく開いていた目が、更に開かれ、本気で飛び出してくるのではないかと禅一は焦った。

しかし次の瞬間、幼児は陶酔するようにその目を閉じ、頬に手を当てる。

「う………うぃにぃあぅ!!」

そして小さく震えたかと思ったら、次は頬を押さえたまま、クネクネと左右に動く。

(『ダンシングフラワー』みたいだな)

この村はひっそりと息づいていて、どんな下らない大昔のおもちゃでも大切にとってある。

その中に音に反応してクネるオモチャがあったのだが、幼児の動きは、正にそれだ。


「あ〜ん」

二口目からそう言うと、餌に飛びつく鯉の様に、レンゲに食らいつく。

そしてふはふはと言いながら、頬を押さえ、左右に揺れる歓喜の舞を踊る。

味付けも適当な雑炊に、ここまで喜ばれると、首の後ろあたりがこそばゆくなる。

三口目には冷ます間すら惜しそうに、お尻をモゾモゾさせて、待っているのが愛らしい。

ご飯に夢中だ。


そんな彼女が喜びの舞の合間に、チラチラと見ている存在がある。

(う〜ん………タンパク質を与えて良いものか……)

彼女の視線の先にあるのはつみれ団子だ。

牛や豚なんかよりは、かなり消化し易いだろうが、一応これも肉だ。

禅一は迷うが、レンゲがつみれ団子に伸びた瞬間に、歓喜の表情でお尻を浮かせる姿を見て、我慢できなくなった。

(一口だけ。小さくしてやれば良いか)

レンゲでつつくと、団子はホロリと崩れたので、その中で一番小さなカケラを掬う。


「あ〜ん」

そう言うが早いか、幼児はレンゲに突進して来た。

鼻息が禅一の手を掠める勢いだった。

(縦揺れまで加わった)

左右に揺れる歓喜の舞に、上下に伸び縮みする動きが加わった。

求愛ダンスを踊る鳥のようである。

(どれだけタンパク質に飢えていたんだ)

保護者を見つけたら一発殴ってやらねばなるまい。

禅一がそんな事を思っていたら、目の前の幼児の涙腺が、突然決壊した。

「どうした!?」

緊急放水されるダムのように、唐突に噴き出す涙に禅一は立ち上がりかける。


(まさか何かアレルギーか!?しまった!!全然考えていなかった!!)

禅一は慌てて、吐き出させるためにティッシュに手を伸ばす。

「うぃにぃあぅみぅ」

その禅一に、滂沱の涙を流す幼児が何か言う。

子供は自分の頬越しに、中の食べ物を撫でるように手を動かす。

「うぃにぃあぅ……うぃにぃあぅいぃ………」

恍惚の表情で涙を流す幼児。

村の年寄りが祭事の時、有り難がって泣いてるのにそっくりだ。


もっちゃもっちゃと惜しむように口の中のものを噛み、飲み込んだ時、「ふぁぁぁ!」と謎の感嘆が吐き出される。

(めちゃくちゃ美味しがっているだけなのか………)

思わず禅一は脱力してしまう。

感動の表現が激し過ぎる。

(欧米人は子供も感情豊かなんだな)

そんな事を思いつつ、禅一はまた匙を動かす。


「……………」

一口だけと思ったのだが、期待込めた目で匙の行く末を、潤んだ目で見守られていると、それを裏切る事ができない。

禅一はあっさりと幼児の圧に負けて、再びつみれのカケラをレンゲにのせる。

それを目にした途端、また幼児の顔が輝く。

もう「あーん」と言う必要もない。

既に幼児は既に口を開けて待っている。

レンゲを口に入れる前から、口はハクハクと動き、食べる気満々である。


何やらうぃうぃと呟いたり、頬をさすりながら求愛ダンスもどきを踊ったり。

幼児はレンゲを動かすたびに感情豊かに喜んでいた。

土鍋の半分も食べ、こんなに食べさせて大丈夫だろうかと心配になり出した頃、幼児の動きが鈍くなってきた。

「………うぃにぃ……あぅ……」

勢いの凄かった呟きが小さくなり、瞼が重たくて仕方ないらしく、瞬きが長くなっていく。

お腹が一杯になり、再び眠たくなったらしい。

何とか眠気に抗おうとしているが、口に物を入れたまま寝られたら困る。

最悪喉に詰まりかねない。

何とか最後の一口を飲み込んだところで、禅一はトントンと、幼児の背中を叩いて寝かしつけを試みる。


何とか目を開けようと頑張っていた幼児であったが、トントンには抗えなかったようで、痩せ細った頭を重そうに上下させる。

「……うぃ……」

小さく呟いてから、禅一のお腹にもたれて、眠り始めた。

遠慮なく寄りかかっているのに、その体は驚く程軽い。

(もっと重くしてやらんといかんな……消化に良くてカロリーがとれるやつを作るか)

幼児が目を覚ましてから、まだ一時間足らず。

それなのに幼児は安心し切った顔で、自分の体を禅一に任せてしまっている。


起きたら覚えられていないという、幼児あるあるもあり得そうだが、こんなに頼られると応えたくなってしまう。

それにこの子の信頼と胃袋は、密接な関係にありそうだ。

「起きたら、また旨いの作ってやるからな」

そう言って、禅一は鶏ガラのような幼児を起こさないように布団に戻してやった。

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