21.聖女、夢を見る

「いやに早く帰ってきたね、遥か遠き国の御巫みこ

気がついたら明るくも暗くもない空間の中にいて、長い髪を二つに分けて、耳の辺りで束ねている人物と向かい合っていた。

髪を結っているので、女性かと思ったが、女性にしては体の線が鋭い。

声は高くもなければ、低くもないので、性別を判定できない。

慈しむような瞳を向けられて、アーシャは戸惑う。


「……失礼ですが、前にお会いした事が……?」

アーシャの問い掛けに、相手は少し驚いた顔をする。

「あれ?………しまったな。貴女のくびきだけを壊したつもりだったんだけど、予想以上に、軛は貴女の色んな部分に根を張っていたんだね。軛と一緒に必要な記憶も壊れてしまったみたいだ」

困った顔は、まるで少女のようだ。

黄色味の強い肌で、顔が平たいから、神の国の亜人なのだろうか。

そんな風に考えていたら、相手はクスクスと笑う。

「失礼だなぁ。私はこう見えて、元人間だよ」

考えが読まれたアーシャは驚いてしまう。


「あ、ご、ごめ……じゃなくて、申し訳ありません」

「良いんだよ、遥か遠き国の御巫。貴女の悲惨な一生は知っているから。搾取され、利用され、生と死の境界に閉じ込められた御巫。貴女は世界を知るいとまもなく死んだんだ。この世に存在するなる物を知らないのは、決して貴女のせいじゃない」

笑った顔も少女のように愛らしい。

「じんしゅ……?」

「そう、この世の人にはそれぞれ赤、白、黄、黒、青の五色の肌をもつ種族がいるんだ」

「五色!!!」

「うん、五色人ごしきじんと言うんだよ」

アーシャは驚いてしまう。

神の世はとっても彩り鮮やかである。


少女のような少年のような、幼いながらも、老成した雰囲気を持つ相手はクスクスと笑う。

「あと、この地の王は神の血は入っているが、神ではない」

「……この地の王……?」

「君がゼンと呼ぶ若人わこうどだ」

涼やかな顔で次々と爆弾を投下する人である。

ゼンが神ではないと言われて、アーシャは目を剥いてしまう。

しかし『神の血』という事は、この地の神は人と契りを交わすのだろうか。


「ここは祭祀を司る王と、統治を司る王が治める地だったんだ」

話に追いつけないアーシャは、ポカンと間抜けな顔を晒して、話を聞くことしか出来ない。

「二人の王が協力して、この地の安寧は守られていたんだけど………ほんの少し前、大きな戦があってね。まぁ、ほんの百年程度前のことさ」

わからないなりに、一生懸命聞いていたアーシャは、ブッと噴き出してしまう。

百年は全然『少し』ではない。

人の寿命は五十歳程度だから親子孫三代で、ようやく繋がる年数だ。


「この地の守りの重要さを知らなかった愚か者どもが、王を戦に駆り出そうとして、大騒ぎして、あろう事か、祭りを血で穢してしまったんだよ」

はぁ、と彼(彼女?)は溜息を溢す。

「君も見ただろう?ここに眠るくら神子みこを」

「……くらのみこ……?」

「君が先程、眠らせてくれたかただよ」

誰かを眠らせただろうか?とアーシャは悩むが、沈痛な面持ちの相手は気がつかない。

「血の穢れは、かたを目覚めさせるだけでなく、その身を蝕む怒りや憎しみを増幅してしまう。結果、王たちが命懸けで、彼の方をお慰めする事になったんだ」

痛ましそうな顔の相手に『全く意味がわからないんですけど』と言うこともできずに、アーシャは曖昧な相槌をうつ。


「そのせいで祭りの詳細を知る者が絶えて、二人の王を立てることも忘れ去られてしまった。彼の方の怒りに蝕まれながら、ここを統治する事は出来ない。正しい祭りも行えなくなる」

真っ黒な、まるで深淵の闇のような目が、アーシャを見つめる。

「だから君に頼んだんだ。この地の王を助けてほしい、と」

「ええっ!!」

大変な事を依頼されていたらしい。

王の補佐なんて、一介の底辺聖女になんて無理な話だ。


「ふふふ、何も難しい事じゃないよ。今の王の資質は統治。祭祀の資質を持つ者は……誤った情報により、無力になる事で、繋ぎ止める鎖となる道を選んだ。……だから君には、前の国でやっていたように、統治王と一緒に舞踏を捧げてくれればいい。それ以外は、たっぷり大事にしてもらって、健やかに育つと良い」

アーシャは悪い頭をふり絞って、一生懸命相手の言葉を理解する。

「えっと………私は結界を張って、ゼンを清めれば良いんですか?」

「うん。一年に一度だけね。それ以上は君の体に毒になるから」

頷かれて、アーシャはホッとする。

それなら今までの業務と一緒だから、何とかやれそうだ。

それにゼンのためになるなら、いくらでも頑張れる。


い子」

そんなアーシャの頭が優しく撫でられる。

「私も頑張って君の体を引き寄せるから、次に会う時は期待していて」

「体を……引き寄せる?」

耳慣れない言葉だ。

「君の国は、ここより体が精神に寄っているんだよ。だからこの国では受肉させないと顕現できない」

「はぁ………?」

全く意味がわからない。

飲み込めていないアーシャに、相手はクスクスと笑う。


「難しく考えなくて良いよ。今は私の力が弱すぎて、君の小さな頃の姿しか取り寄せられなかったけど、次に会う時には、もう少し君を大きくできると思う」

細くて白い指だけど、何となく手の温かさはゼンに似ている気がする。

心地よい感触にアーシャは目を細める。


「……実は、この前会った時も同じ事を約束していたんだけど……まさか君がとんぼ返りしてくると思わなかったから、殆ど取り寄せできなくて……ごめんね。次は絶対にもっと大きくするから」

すまなそうな顔をされて、アーシャはふふふと笑ってしまう。

相手が覚えていない約束を、果たせなかったと謝る誠実さが嬉しい。


「王たちは君を、この土地から引き離して育てることにしたようだから、しばらくは私からは君たちが見えなくなっちゃうのが残念だ」

「王……ゼンが?」

優しい顔で頷いて、相手はアーシャの頭を撫で続ける。

「でもあの子たちはとても優しいから。君を大切にしてくれると確信しているよ」

慈愛の微笑みは、女神のように見える。

「あぁ………もう出立するようだね。幸せにおなり、遥か遠き国の御巫」

温かな微笑みに、寂しさが混ざる。

それと同時に頭に触れた温かさが薄れていく。


誰が出立するのだろうと疑問に思ったが、その疑問が解消されるよりも先にアーシャの意識は途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る