5.化物、現る(前)

午前八時半。

家に客人を迎えるにはまだ早い時間帯に、藤守ふじもり一至かずしは二人の客を案内していた。

「凄い豪邸だな」

「豪邸っていうより、これは城だろ。俺には藤護の資金源が謎すぎる」

ヒソヒソと話そうとしているが全く声を潜めきれていない一名と、音量は抑えているが聞かれても構わないと思っていそうな一名。

客人たちは初めて来たと思えないほど堂々とした足取りで門をくぐった。

そして玄関まで続く庭園を物珍しそうに見ながら、一至の後ろに続く。


後ろからついてくる二人を、一至はさりげなく観察する。

よく似た氣をまとう兄弟だ。

大柄な者が多い藤護の血を見事に引き継ぎ、どちらも一八〇センチの一至より大きい。

兄の方は高身長な一至を更に見下ろす程、体格に恵まれ、宗主代理として本家の道場で扱きを受けたであろう、その体は服の外側からも鍛えられていることがわかる。

弟の方は一至より少し背が高いようだが、紳士服のモデルでもやっていそうなスタイルの良さで、身につけている服もオシャレで、いかにも今時の若者といった感じだ。


(父さんはしつこい程気をつけろと言っていたが、それほどのことか?)

一至は彼らを見て、内心、首を傾げる。

『距離を詰めすぎないように。特に兄の方。下手に近づいたら、神経を焼き切られかねない』

父親からはしつこいほど注意を受けたのだが、彼らが纏っている氣はそれほど強くは見えない。

弟の方は一至より若干強いかと思う程度で、兄の方も強いは強いが、父が警戒する程とは思えない。


一至と彼らは、親が兄弟同士で、関係的には従兄弟にあたるが、初対面だ。

藤護の本家がある地は、とんでもなく排他的な土地で、村の外で生まれた者がそのまま受け入れられることは基本的にない。

戦後、土地の人間が大きく減ってしまったため、婚姻によって土地に人が入ることは認められたが、『土地の人間になる』という事が絶対条件になっているのだ。

先代の宗主が跡目を継いだ辺りから、かなり緩くなってはいて、駐在を受け入れたり、子供を外の学校に行かせる事もできるようになったようだが、古い因習はまだまだ根深い。

一般の住人は外の人間と商売をしたりすることもあるのだが、土地の長である藤護の血を引く者たちや、それに近しい者たちは古い習慣に縛られている。


そういうわけで村で生まれた父親は、節目節目で村に戻っているが、その息子である一至たちは立ち入りを禁じられている。

一至たちが土地に入ろうと思えば、村の人間との結婚が必須になる。

『早く結婚しろ。さっさと村以外の人間と結婚するんだ』

そのせいか、小さい頃から耳にタコができるぐらい父は繰り返していた。

そんな父の言葉に従ったわけではないが、一至には既に将来を誓い合った婚約者がいる。


そんな藤護の宗主の血を受け継ぎながら、村の外で生まれた、この兄弟は異端だった。

宗主が思った以上に穢れに侵されるのが早く、妻の間に子供ができる様子もない。

血を途切れさせるわけにはいかないから、現宗主の兄である父の末子、一至の弟である三男を次期宗主として養子に入れよう。

そんな話が出始めて、父は難色を示したが、藤護の家は末子相続の家で、末の者が継ぐのだという決定に逆らえなかった。


そうして養子の話が進み始めた時に、宗主に隠し子がいるという事が判明したのだ。

『結局子供を地獄に送り込むのか』

夜中に酒を飲みながらそう嘆いていた父は、一も二もなく、その兄弟を引き取ることに賛成した。

父の他の兄弟たちも賛成し、本家に引き取られた兄弟は、土地の者と婚約を交わして、弟の方が次期宗主になると思われた。


しかし実際は兄弟はどちらも土地に残らないことを宣言し、正式な後継ができるまでの、中継ぎとして兄の方が宗主代理を勤めることになった。

異例中の異例だ。

内部では大きな事件があったらしいのだが、

『とりあえずの跡目は化け物が継ぐ。それでいい。お前たちは関わるな』

父が語ったのはそれだけだった。


(何か拍子抜けだな)

父をして、『化け物』と言わしめた存在に会う事に、一至は少し緊張し、同時に楽しみにしていた。

しかし会ってみれば、ちょっと力が強そうなだけで、全く普通の青年だ。

暴力的だったり、破滅的だったりするわけではなく、何なら礼儀正しくお人好しそうに見える。

侮りがたい雰囲気を持っているのは、むしろ、弟の方だ。


「ウチは道場も兼ねているので、敷地は広いですが、母家はそれほど大きくないんですよ」

一至がそう説明すると、素直に頷く兄をよそに、弟の方は皮肉っぽく笑う。

「へぇ、その道場とやらで警察の下請けの怪しげな秘密結社の奴らを飼ってるんだな」

「…………高次元災害対策警備会社の社員の方々はうちの道場で『研修』させていますね」

わざと挑発するような物言いに、一至は笑顔を取り繕って答える。


「研修ねぇ……幼児の効率的な誘拐のやり方とか?」

「……その辺りは分家頭から話があるかと」

歳をとって攻略しにくそうな父より、若い一至を煽って、何かしら情報を得ようとしているようだが、その程度の煽りにのる一至ではない。

軽くかわすと『残念』とでも言いたそうな顔で、弟は肩をすくめる。


「……あっちが道場ですか?」

弟に比べると、口数がかなり少ない兄は、正確に道場の方を指差す。

「ええ。そうです」

隠す必要もないので、そう答えると、兄はそちらに足を向ける。

「あ、ちょっと!母家はこっちですよ」

慌てて声をかけるが、彼は止まらない。

「エセ警備会社が来ているんでしょう?あっちから沢山の気配がする」

「ちょっと!今は朝稽古中だから……」

その肩に手をかけて止めようとした瞬間、一至はビクリと固まった。

「俺は分家より奴らに用事があるんです」

肩に置いた一至の手を掴んでおろす、その姿が霞む。


「……っっ」

いや、霞んでいるのではない。

突然、陽炎かげろうのように、彼の周りを苛烈な氣が取り巻いたのだ。

「禅、ウェイト、ウェイト。まだしまっとけ」

その輝きに一至は動けなくなったが、弟の方は全く恐れる事なく、兄の頭を勢い良く叩く。

「……出てるか?」

「漏れ始めてる。もうちょい頑張れ」

兄の方は目を瞑り、少しして、初め見た時の状態に戻る。

かなり強いが、異常に強いというほどではない状態だ。


「今のは……一体……」

一至は声を絞り出すようにして聞く。

「初めてのお宅訪問に手土産の一つも持ってきてねぇから。サプライズくらいやってやろうかと思って」

全く答えになっていない事を、弟の方が半笑いで言う。

「悪いけどさ、道場にエセ警備会社の奴らが集まってるなら、そっちから案内してもらって良い?うちの狂犬、マテが苦手なんだわ。あんまり待たせると……気にいらねぇ奴ら食いちぎっちまうかも」

礼儀正しい兄、横柄な弟と思ったが、その評価は間違っているかもしれない。


兄は静かに足元を見ている。

物静かに、大人しくしているように見えるが、しっかりとれば、今にも噴き出しそうなものを堪えているのがわかる。

その体から何が噴き出そうとしているのか。

「…………ご案内しましょう」

ゴクリと唾を飲み込んでから、一至は道場に通じる道を歩き始める。


「そう言えば、例の噂、出元はわかりましたか?」

まだ学生なのに丁寧な言葉遣いができて、好感が持てると思っていたが、今の一至にはそれが猛獣の唸り声のように聞こえる。

「それが……聞き取り調査は進めているんですが……本当に村の者が漏らしたかもわからない状態で……」

全く事件解決に向けて殆ど事態が動いていないとは言い辛い。

「アホか。村の人間以外チビの存在を知らない時に情報が流れたんだぞ。村以外あり得ねぇだろ」

弟が小さく舌打ちする。

歳下に呆れたように言われても反論のしようがない。



道場では心体を鍛える事によって、氣を強化したり、祝詞を始めとしたさまざまな術を教える。

朝のこの時間帯は、氣を練り上げる呼吸法を使いながらの体術の修練がされている。

道場からは活気にあふれた声や音が響いている。

「道場っていうより、ちょっとした体育館じゃねぇの?」

弟の方は大きな道場を呆れ気味に見上げているが、兄の方は敵に対するような厳しい表情で、道場の中を貫く様な眼差しで見つめている。

「我々の技術を提供するための場なのでが建てています」

一至がそう答えると、弟はちょっと目を見開く。

「ふぁ〜〜〜、税金の無駄遣いだな」

出てくる感想がそれらしい。


「無駄遣いじゃないですよ。この国は大地の継ぎ目に近いせいで、氣が濃くて乱れやすい。それを修復できる技術は重要です。それに陽が強ければ陰も濃くなる。人知の力を越える穢れも発生しやすく、それを祓える人間も必要になります」

「……そんな日本全国の問題解決をしてやってるのが藤護ってわけか?」

弟の質問に一至は首を振る。

「元々は違います。昔は『外』でどうしても解決できない問題が起きた時には対価をもらって依頼を引き受ける形をとっていたらしいです。陰陽師、神職、拝み屋。『外』には『外』のプロフェッショナルがいるんです。しかし今は戦中の過ちのせいで慢性的な人手不足に陥っているので、藤護に正式な要請がなされて、人材育成と、どうしても解決できない事件の解決に当たっています」

「それで、教育の為に分家たちが村の外に出てるのか」

「ええ。全国に散らばっています。……最も、村の古い連中は未だにそれに反発していますが」

ふむふむと弟の方は頷いている。

宗主の息子であるはずなのに、彼等には全くと言って良いほど情報を知らされていないことに、一至は内心驚く。

本家は彼等を本当に使い潰しの中継ぎと考えているのだろうか。


一至たちの話を聞いているのか聞いていないのか。

兄の方は、もう道案内不要とばかりにズンズンと道場の入り口に向かっていっている。

「ちょっと、禅一さん、待ってください!俺がまず話を通しますから……」

一至が止めようとするのも聞かずに、彼はあっという間に開け放たれた入り口を潜る。

「禅、喋るな。まずは俺が行く」

一緒に止めてくれるかと思いきや、弟は兄よりも先に靴を脱いで道場に乗り込んでしまう。


「あぁ!もうっ!」

まずは母屋の客間で、高次元災害対策会社から来てもらった面々からの謝罪と面談を予定していたのに、無茶苦茶だ。

「君、母屋に行って、客人が道場の方に来てることを告げてくれ」

一至は下っ端の研修生を捕まえて、そう指示しながら自分も靴を脱いで後を追った。

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