8.兄弟、報労金(?)を得る

大体の浄化場所の割り振りを決め、昼食時に進捗を報告し合い、割り振りをやり直す。

そんな約束だったのに、禅一から連絡が来たのは、昼と言うには随分早い時間だった。

『担当場所、全部終わった』

いくら人外より人外っぽい禅一といえど、そんなに短期間に何箇所も対処できるはずがない。

信じられない思いで譲が返信しようとしたところ、すぐに次なるメッセージが届いた。

『ちょっと変な人拾った』

『相談したいから連れてって良いか?』

連続で届いたメッセージに、譲は頭痛を感じた。


禅一はちょくちょく人間を拾う。

直近で言うと、アーシャなのだが、それ以外にも熱中症で倒れそうになっていた老人や、DV被害に遭っていた妊婦など、一体どこでそんな人間を拾ってくるのかと聞きたくなる、問題を抱えた人間を、三ヶ月に一回くらいは拾ってくる。

因みに、老人は家族が引き取りに来るまで頻繁に面倒見に足を運んでいたし、妊婦はDV男に盛大な釘を刺した上で親元に逃がしていた。


こちらまで泥沼に嵌まるような事にまでは手を出さないので黙認していたが、今の状況で新たに人間を拾ってくるなど言語道断だ。

(今まで無理な状況では拾ってこなかったのに、あのチビを拾ったせいで、少々タガが外れたか……?それとも大した問題のない奴なのか?……でも相談したいほどのレベルだろ?)

即断ろうかとも思ったが、もしかしたらすぐにリリースできるくらいの軽い案件の可能性もある。

少し考えて、譲は禅一に現在地情報を送った。


そこから長音記号について独自の説明をする篠崎とアーシャの、不思議なやり取りを、スマホ越しに眺めながら、譲は禅一の到着待った。

フワフワとした感覚の篠崎とアーシャは、中々気が合うようで、わかるようなわからないような不思議な会話で盛り上がっている。

「篠崎、ちょっと出てくる」

和泉の車が到着したのを確認して、車載ホルダーにのったスマホに、一応そう声をかけて譲は車外に出た。


「譲!」

車から出ると、禅一はブンブンと手を振りながらやってくる。

でかい図体で、そんなに存在をアピールされなくても、気付くわと、苦々しい顔で譲は禅一を睨む。

「…………」

嫌味の一つも言ってやろうと、口を開いた譲だったが、手を振る禅一の後から、姿を現した人物を見て言葉が喉に詰まる。


真っ白な角刈りの頭。

顎に生える不揃いな無精髭。

顔の左側を走る、明らかに刀傷とわかる傷痕。

白髪頭の老人とは思えぬ、禅一と比べても遜色のない存在感を持った、がっしりとした体つき。

その体を包む、ストライプの簡単な柄ながら安っぽさを全く感じない、一目で質が良いとわかる着流し。

お洒落なビンテージ物と思われるジーンズと革靴を、その下に履いているところが、また怪しさを増している。

パッと見た外見だけでも、一般的な世界で生きている人間に見えない。


その上、譲の目には、老人を包む、泰然とした氣が見える。

藤護たちの村にいたので、氣を纏っている人間など見慣れているが、この老人は『格』が違う。

全身にピッタリと沿わせ、全く揺らぎがない。

(『俺じゃなきゃ見逃しちゃうね』)

その氣は、思わずそんな台詞を言いたくなってしまう程、肌の上に出るか出ないかの位置に押し留められ、完全に制御されている。

『視える』人間でも、多くは見逃してしまうだろう。


「捨ててこい」

よって譲の解答は一択だった。

怪しいの一言に尽きる。

ヤバい物件としか思えない老人だ。

「即答!!考慮の余地なし!?」

会話を交わす前に否定された禅一はショックを受けている。

「ない。むしろ何でこんなに見るからに怪しい老人を拾ってんだ」

譲はそんな禅一に追撃を加える。


「おいおい若人、老い先短い老人に向かって、そんなに酷いことを言うもんじゃないよ」

「シャラップ事故物件。うちの馬鹿に気軽に拾われてんじゃねぇ」

和製マフィアのドンのような空気感で、老人が鷹揚に話しかけてくるが、譲は容赦なく切り捨てる。

厄介な人間の匂いがプンプンしてくる。

「ゆ、譲、ちょっと話を聞いて欲しくて……」

取りつく島のない譲に、禅一は慌てて口を挟もうとしてくる。

「拾った場所に返してこい」

しかし譲は生物を拾ってきた小学生が言われがちなセリフで禅一を退ける。


そんな、強くぶつかられたらコンクリートの如き硬度で応える水のように、強いものには強く当たる譲に、歩み寄る者がいる。

「譲……あの……その人、譲たちの知り合いの身内らしいよ。えっと、俺が言うのも何だけど、話を聞いて損はないと思うんだけど……」

最後に車から降りて、老人が立っている所を大きく迂回して、譲のそばまでやってきた和泉である。

耳をそばだてないと聞こえない、蚊の鳴くような小さな声で、それでも必死に伝えてくるので、譲も無碍にはできない。

そっと入れてくる手には、水は抵抗できないのである。


「知り合いぃ?」

譲は顔を顰めて、胡散臭いと思っている心情を全く隠す事なく、老人の顔を見る。

対話する気になったのを敏感に感じ取って、老人はニカっと人懐こい顔で笑う。

その人好きのする笑顔に、譲は胡散臭そうに目を眇める。

無礼な人間にも微笑みかけられるのは、馬鹿か詐欺師かのどちらかだと彼は思っている。

老人はどう見ても後者だ。


「お噂はかねがね。さん」

「……………」

未だ受け入れきれていない苗字を、殊更強調され、譲の目は益々胡散臭そうに細められる。

そんな態度でも、老人は気分を害する事なく、愉快そうに見ている。

「実は……」

禅一が橋渡しをしようと歩み出ようとするが、老人はそれを小さく手を振って制する。

「俺はいぬい衛司えいじ。二代前に分家になった、この時代の藤護の中ではラッキーな生き残りだ」

歳の割に全く黄ばみがない歯が、太陽の光に輝く。


「乾………!!先生たちの身内……!?」

譲は目を見開く。

「医師の『先生』の父で、保育士の『先生』の祖父だな」

冷静沈着な乾医師にも、行動が斜め上なクールビューティーの峰子先生にも、老人は全く似ていない。

彼女たちの属性が冬だとしたら、この老人の属性は真夏だ。

表情は豊かだし、物凄く愛想も良い。

節度とか、遠慮とかを踏み越えて、勝手にこちらの領域を照らしまくる、鬱陶しい真夏の太陽のようだ。


(村の外の人間にも協力を仰ぐべきだと主張して、村から叩き出された人……の、はずなんだが)

気骨に溢れているとか、信念に満ち溢れているという感じには全く見えない。

顔の怪我と独自路線の服装のせいで、どちらかと言うと、グレー寄りな自由業で、賭博や詐欺が主収入の人間に見える。

医者や保育士という、しっかりとした職業に就いている人の身内だとは、にわかに信じ難い。


「譲、譲、気持ちはわかるけど、顔が凄いことになっているぞ」

「黙れ諸悪の根源。人間拾いの常習犯。拾ったモンは着服せずにさっさと警察に届けろ」

全く信用できない気持ちが顔に出ていたようで、禅一に突っ込まれるが、譲は三倍にして返してやる。

「見た目が怪しいし、言動もそこそこ怪しいし、乾先生たちのようなしっかりした人の身内とは、とても信じられないと思うが、先ほど連絡して『そんな怪しい人間が、この片田舎に二人もいないと思いますので間違いなく祖父だと思います』と確認は取れているんだ」

禅一はなかなかに失礼なフォローをする。


「怪しい人間なら祖父ってどういう判断基準だよ」

譲は眉を顰めて、かなり失礼な事を言われても、相変わらず笑っている老人を見る。

「一応外見の特徴と、言動を伝えて、峰子先生が本人確認のために出した質問にも正解した」

「質問って……どんな質問だ」

勘で当たるような質問なら信憑性は低い。

「衛司さんが乗っていたキックボードの名前」

「あのな……そんなもんは有名どころのメーカー名を……」

「いや、名前。『マリー』だって」

「………………………」

譲の冷たい視線が禅一と老人に刺さる。

「それから普段乗ってる自転車の名前も確認したんだけど、『クレオパトラ』で合ってた」

しかし冷たい視線に慣れている禅一は、そんな情報を付け加えてくる。


「………………………」

譲は無言で眉頭を揉む。

乗り物に名前をつける奴自体珍しいし、つけている名前もマニアックで、本人であることは間違いない。

マリーってもしかしてマリー・アントワネットかとか、残りの乗り物にはヘレネとか楊貴妃とかいう名前がついているんだろうとか、事態に全く関係ないツッコミが頭に浮かぶが、話が脱線する未来しか見えないので、何とか噛み殺す。


「穢れの所でコケていたのを拾ったんだが、家まで送るからと道案内させたら、譲が一番気をつけろって言ってた場所に連れて行かれたんだ。で、流れで衛司さんの目の前で浄化作業をやる事になったんだけど………」

そこで一旦禅一は言葉を切って、譲の斜め後ろで気配を消している和泉に視線を向ける。

「和泉が言うには俺が刀を下ろすタイミングに、穢れが動けないように封じ込めてた結界を、衛司さんが解いたんだと。そしたら、なんかよくわからないんだけど、連動してた感じ?の奴に俺の氣が飛んでいって、一気に浄化されたって」

「はぁ!?」

流れで人前で祝詞をあげるなとか色々とツッコミたい所のある話だったが、最後の情報に譲は目を剥いた。


「ははは、悪かったねぇ。峰子ちゃんから、この地の氣が正常化したって聞いてから、処置していた穢れのうち、自然浄化で何とかできそうなものは解放して、毎日様子を見て回っていたんだが、そこに丁度よく当主代行をやってるって噂の青年が来てるじゃないか。これは変に隠されずに当主代行のお手前を見学できる絶好の機会だと思ったわけよ」

全く悪いと思っていない顔で老人は謝る。


『処置していた穢れ』『解放』

そんなキーワードで、譲の抱えていた疑問の一つが解決された。

「市内に危険なレベルに達してた穢れがあったが……それに封印を施していたのはアンタだったてわけか?」

譲が聞くと、老人はあっさりと頷く。

「全部俺ってわけじゃないけど、危険な物は処置しておいたよ。スクールゾーンに近い所もあったし。成長途中の子は、特にああ言うのの影響をうけるからねぇ」

子供に何かあっては大変と、誰かさんたちを連想させる物言いの老人に、譲は脱力しそうになる。


溜まった穢れに処置をした者が、今回の騒動を引き起こした黒幕か、事実を隠したい高次元災害対策警備会社の人間かと思っていたのに、まさか関係ない第三勢力がやっていたとは。

想像していなかった。

ガックリと肩を落とす譲を、禅一と老人は不思議そうに見て、和泉はハラハラしながら見守っている。


気持ちを切り替えるのに数秒かかったが、譲は大きく息を吐いて、何とか気を持ち直した。

「出会った経緯はわかった。で?禅は俺に何を相談したいんだ?」

老人の正体を確かめたいとか、そんな相談ではない事だけは確実だ。

「あ〜〜〜、それが……」

「拾得物の報労金は一割が通例だろ?拾ってもらったお礼に、当主代行たちに昼飯でも奢らせてもらおうかと思って誘ったんだがねぇ」

まさかの拾得物からの返礼の申し出だ。


譲は禅一の困り顔を見て、昼食に行くか行かないかではなく、アーシャを連れて行くか行かないかの相談をしたいのだなと察する。

乾医師と峰子先生の身内だから、イコール味方と考えられないのは、自身たちの血縁に碌な奴がいないせいだ。

自分たちだけなら、何があっても切り抜ける自信があるので、タダ飯に食らいつかない手は無いが、アーシャを連れて行くとしたら話は別だ。


「いや〜〜〜ウチは娘も孫娘も職務上知り得た情報の漏洩に厳しくて。俺が当主代行たちはどんな感じか聞いても全然教えてくれないし。会えたのはラッキーだったねぇ。是非、飯を食いながら、色々話を聞きたいんだがねぇ」

カラカラと身内から情報をもらえないことをカミングアウトしてくる老人は、一見、陽気で無害に思える。

しかし何も見えない・感じない禅一も、この老人が『只者ではない』と本能で判断して、警戒している。


譲は少しだけ考え込む。

今は出来るだけ様々な情報が欲しい。

そしてアーシャに関して言えば、まだ護衛として武知たちが配置されているので、相手が手練れでも昼日中から何かできる事はないはずだ。

「あ、因みに行くのは焼肉のぎゅうぎゅう亭ね!」

「「「………!!!」」」

行っても良いかなと思っていた所に、ダメ押しが入った。

それほど裕福という訳でもない十九歳男子たちの目が、焼肉の一言に輝く。

平日ランチメニューはそこそこリーズナブルであるが、学生にとっては敷居が高い焼肉屋に奢りで行けると言うのは中々魅力的である。


どうする?行くか?と、幼馴染三人組は視線で会話して、視線だけで合意が取れる。

「……俺ら、昼食を食べる約束している奴がまだいるんだけど」

譲はもったいぶって、咳払いを一つして切り出した。

「あぁ、あと二、三人なら連れてきて良いよ」

老人があっさりと受け入れたので、断るという選択肢は消えた。




譲と禅一たちは、その場で一度解散した。

老人と一緒に店に行って順番待ちをしておく禅一たちと、アーシャと篠崎を迎えに行く譲に別れたのだ。

譲は繋がったままのスマホに向かって、簡単な経緯と焼肉に行くことを告げ、用意しておく旨を告げた。

「わ〜〜〜い!用意しとく〜〜〜!!」

そんな元気な返事を聞きながら、譲は家に向かってハンドルを切った。



まさか篠崎の『用意』がアーシャの外出の準備を整える事ではなく、アーシャにメジャーな肉の種類を教える事だとは、この時の譲には想像もしていなかった。

「今から禅の所に行くんだよ!禅!」

突然の外出に、不安いっぱいの顔で腕に巻き付いてくるアーシャに、そう譲が言い聞かせる羽目になってしまった。

「篠崎!テメェ、準備とか全然してねぇじゃねぇか!!」

「二人で肉の勉強して待ってたよ〜〜〜ね、アーシャちゃん!」

そんな事を言いながら篠崎は自分が書いた動物たちの絵を、掲げる。


「……そんな生前の姿を学習させてどうすんだよ……肉は肉で良いんだよ……」

焼肉の前に、生きている動物の姿を教えるなんて、とんだ食育である。

(肉が食べられないとか言い出したらどうする気だよ……サイコパスかコイツは……)

呆れながらも、譲は禅一たちが待つ焼肉店へ急ぐのであった。


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